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### 障壁の内側


ポータル内部の中層部を進む探索隊は、いつものように影の群れと対峙していた。散発的に発生する影を排除しながら前進する中、隊の周囲を覆う魔術障壁が静かにその役割を果たしていた。


「影の発生数は通常通りです。障壁に異常はありません」


リアの報告に、コウタは頷きながら盾を構えた。影が障壁に接触するたび、光の膜に小さな波紋が生じ、そのまま弾かれる。従来の探索では、これが常態であった。


しかし、その日の状況は微妙に異なっていた。


「障壁の表面に、わずかな変色が観測されます」


澪が分析装置を操作しながら告げた。障壁の表面に、触れた影の痕跡が薄く残り、黒い染みのように広がっているのが確認された。


「変色? ただの接触によるものか?」


剛志が眉を寄せながら影を叩き潰す。散った影の残滓が障壁に付着し、染みの範囲がわずかに拡大した。


リアが障壁を維持しながら、表情を曇らせた。


「内部に……何かが染み込んでいるような感覚があります。通常の接触では感じないものです」


その言葉に、コウタが即座に反応した。


「障壁の状態を詳しく確認しろ。侵食されている可能性がある」


探索を続けながら、リアは障壁の内部に意識を集中した。すると、彼女は明確な異変を捉えた。


「間違いありません。影が障壁の外側からではなく、内側から浸食を始めています。魔力が薄く削られているような……」


その説明に、隊員たちの間に緊張が走った。影は物理的な衝撃を与えることなく、障壁を内部から溶かすように侵食し始めていたのだ。


「外部からの攻撃ではないのか?」


剛志が苛立ちを抑えながら問う。澪が分析結果を提示した。


「影の表面から微量の魔力が分離し、障壁の内部に浸透しています。物理的な接触ではなく、魔力そのものの侵入です。このため、障壁は外部からの破壊を防ぎつつも、内部から徐々に弱体化しています」


コウタは周囲を警戒しながら指示を出した。


「障壁の維持を優先しろ。侵食の進行速度を確認しながら進む」


しかし、影の群れが集中して障壁に接触するにつれ、侵食の影響は顕著になっていった。障壁の表面に広がる黒い染みが、次第に内部まで浸透し、光の膜に細かな亀裂を生じさせる。


「障壁の強度が低下しています。このまま接触が続けば、修復が追いつかなくなる可能性があります」


リアの声に焦りが滲む。従来の影との戦闘では、障壁は消耗するものの、修復によって維持が可能であった。しかし、内部からの侵食は、魔力の供給を直接阻害するものであり、単純な修復では対応しきれない。


コウタは判断を下した。


「ここで撤退する。影の挙動に異常がある以上、無理に進む必要はない」


隊は後退を開始し、影の接触を最小限に抑えながらポータル外へ脱出した。障壁は辛うじて維持されたものの、その表面には無数の黒い染みと細かな亀裂が残っていた。


宿舎に戻った後、澪は障壁の状態を詳細に分析した。


「影は物理的な攻撃ではなく、魔力の浸透によって障壁を内部から弱体化させます。この特性は、これまで明確に観測されていませんでした。通常の防御策が、部分的に無効化される可能性があります」


剛志が拳を握りしめながら言った。


「つまり、あいつらは殴り潰しても、内部からじわじわと食い荒らしてくるってわけか。厄介な性質だな」


コウタは沈んだ表情で頷いた。


「これまでのように影を排除するだけでは不十分だ。障壁を内部から侵食される前に、影の発生を抑える必要がある」


リアが静かに付け加えた。


「私の障壁でも、侵食を完全に防ぐことはできませんでした。影の密度が上がれば、さらに維持が困難になります」


その日の出来事は、影に対する認識を根本から覆すものとなった。これまで単なる敵対的な存在と見なされていた影が、魔力そのものを直接侵食する性質を持つことが明らかになったのだ。


探索隊は、新たな脅威に対する対策を迫られることとなった。内部からの侵食を防ぐ方法が見つからなければ、魔術障壁に依存した探索は限界を迎えることになるだろう。


コウタは障壁に残された黒い染みを眺めながら、静かに呟いた。


「影の性質がこれほどまでに厄介だとはな……。このままでは、いつか障壁を突破される」


内部から忍び寄る闇の爪痕は、探索隊に新たな課題を突きつけていた。


---


### 侵食の爪痕


ポータル内部の中層部を探索する任務は、突如として予期せぬ事態に直面した。


「影の発生が通常より多い。注意しろ」


コウタの指示のもと、探索隊は慎重に進んでいた。いつものように散発的に発生する影を排除しながら前進するが、その発生頻度と密度は明らかに異常だった。


「障壁を維持します。接近を許さないようにしてください」


リアが展開した魔術障壁が、隊の周囲を淡い光の膜で覆う。影が障壁に接触するたび、表面に小さな波紋が生じ、侵入を阻んでいた。


しかし、その状況は長く続かなかった。


「リア、障壁の状態はどうだ?」


コウタが確認する。リアの表情にわずかな緊張が走る。


「侵食が……通常より速いです。障壁の内部から溶かされているような感覚が……」


その言葉通り、影は物理的な衝撃を与えることなく、障壁の内部に浸透し始めていた。光の膜に無数の細かな亀裂が生じ、侵食された部分が黒く染まる。


「障壁の浸食速度が上昇しています。このままでは限界を超えます」


澪の分析が状況を裏付ける。影の群れは、障壁を突破するかのように増殖を続け、隊の周囲を埋め尽くしつつあった。


「撤退する。無理に進む必要はない」


コウタの判断で隊は後退を開始した。しかし、影の侵食は撤退を容易には許さなかった。一体の影が障壁の弱点を突き、ついに光の膜に大きな亀裂を生じさせた。


「障壁が……!」


リアが魔力を注ぎ込んで修復を試みるが、侵食の速度がそれを上回る。亀裂から影が内部に侵入し、隊員の一人――中堅の魔術師の足元を絡め取った。


「ぐっ……!」


男が悲鳴を上げる。影は物理的な拘束ではなく、足から魔力を直接吸い取るように侵食を開始した。男の顔から血の気が引き、身体が硬直していく。


「離脱しろ!」


コウタが影を叩き切り、絡みついた闇を排除する。しかし、すでに侵食された魔術師は膝をつき、自身の魔力を制御できなくなっていた。


「魔力経路が汚染されています。自己修復が困難な状態です」


澪の診断は厳しいものだった。影の侵食は、単なる魔力の消耗ではなく、魔力の流れそのものを乱す性質を持っていた。男は意識を保ったまま、自身の魔術を完全に封じられた状態で隊と共に撤退した。


宿舎に戻った探索隊は、即座に報告と分析を行った。


「影の侵食は、魔術障壁を内部から溶解させる特性を持っています。物理的な防御を無意味とし、魔力そのものを直接的に汚染します」


澪が今回の任務で得られたデータを基に説明する。分析装置に表示された障壁の浸食過程は、内部からの崩壊を示していた。


「これまでの影とは性質が異なる。単なる魔物の群れではなく、何らかの統制された侵食行動を取っている可能性がある」


剛志が苛立ちを隠さず言った。


「つまり、ただ叩き潰すだけじゃ済まねえってことか。あいつらは防御をすり抜けて中から腐らせるつもりだ」


コウタは沈痛な表情で頷いた。


「今回の侵食を受けた隊員は、数日間は魔術の使用が不可能だ。このままでは、探索の継続そのものが困難になる」


リアが静かに口を開く。


「私の障壁でも、侵食速度を完全に防ぐことはできませんでした。影の密度が上がれば、障壁の維持はより困難になります」


報告を受けた管理官が重い口調で告げた。


「影の侵食がこのまま進行すれば、探索隊の損耗は避けられない。発生源を断つことが急務となる」


澪が分析結果を補足する。


「侵食の中心となる異常な魔力反応が、ポータル内部の最深部で継続的に観測されています。この反応が影の統率と侵食能力の源である可能性が高いです」


部屋に沈黙が落ちた。影の侵食が単なる局所的な脅威ではなく、組織的な行動を示している可能性が明らかになった瞬間だった。


コウタは決然とした声で言った。


「最深部に到達し、その反応の正体を確かめる必要がある。侵食の発生源を放置すれば、状況は悪化する一方だ」


その言葉に、リアが静かに応じる。


「障壁の限界はありますが、侵食を遅らせることは可能です。最深部への到達を支援します」


影の侵食がもたらす新たな脅威は、探索隊に明確な課題を突きつけた。単なる殲滅ではなく、侵食の源を断つための行動が必要となる――その認識が、隊員たちの間に共有された。


この任務で露わとなった影の真の脅威を前に、探索隊は新たな段階へと踏み出そうとしていた。


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