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 日常の闇


ポータル内部の中層部を進む探索隊は、いつものように影の群れと対峙していた。空間のあちこちから滲み出るように発生する漆黒の影は、触手を伸ばしながら隊の周囲を包囲しようとしていた。


「影の発生を確認。障壁を維持しろ」


コウタの指示のもと、リアが魔術障壁を展開した。隊の周囲を淡い光の膜が覆い、影がその表面に接触するたびに小さな波紋が生じる。影は障壁に阻まれ、そのまま弾き返される。


コウタは盾を構え、障壁に近づきすぎる影を排除した。剛志が後方から繰り出す強力な一撃が複数の影を同時に散らし、澪が精密な魔術で残った影を仕留める。探索隊の連携は、既に確立された手順に従って円滑に機能していた。


「影の発生数は通常範囲内です。密度に特筆すべき異常はありません」


澪が分析装置を確認しながら報告する。影は散発的に発生し、排除されるたびに霧のように散逸する。その挙動に、特別な変化は見られなかった。


「このまま予定された地点まで進む。異常があれば即座に報告しろ」


隊は影を排除しながら前進を続けた。影の群れは執拗に隊に接触を試みるが、魔術障壁によってその侵入は許されない。障壁に触れた影は次々と散り、空間に一時的な空白を生み出していた。


探索の過程で、影の特性は既に隊員たちの間で共有されていた。物理的な実体を持ちながらも、一定以上の衝撃を受けると霧散する存在。魔術障壁によって接近を阻まれ、単独では隊に有効な打撃を与えることができない。


「影の発生パターンは予測可能です。集中して接近する前に排除すれば、大きな脅威とはなりません」


リアが障壁を維持しながら説明する。彼女の魔術障壁は、影の接触を確実に防ぎ、隊の安全を確保する主要な防御手段として機能していた。


探索を進める中で、小規模な影の群れが一斉に障壁に接触を試みた。しかし、障壁は揺らぐことなく影を弾き返し、コウタと剛志の連携によって群れは瞬く間に排除された。


「これが通常の影との戦闘だ。特別な対策を要することはない」


剛志が散った影の残滓を払いながら言った。排除された影は、瞬時に霧散し、空間に痕跡を残すことなく消え去る。その様子は、これまでの探索で繰り返し確認されてきた常態であった。


予定された地点に到達し、周辺の状況を確認した後、隊はポータル外への帰還を開始した。影の発生は途切れることなく続いたが、隊の対応によって大きな混乱は生じなかった。


宿舎に戻った後、澪がその日の探索データをまとめながら報告した。


「影の発生数および挙動に、従来と異なる異常は確認されませんでした。障壁の機能も問題なく維持されています」


コウタは頷きながら、今回の探索を振り返った。


「影は依然として主要な脅威だ。だが、現在の編成と手順であれば、予測可能な範囲内で対処が可能だ」


リアが静かに付け加えた。


「障壁を維持する限り、影が隊に直接的な被害を与えることはありません。現在のところ、大きな問題はないと考えられます」


この日の探索は、特別な出来事もなく終了した。影はポータル内部に常在する敵対的な存在として、探索隊にとって日常的な脅威であり続けていた。魔術障壁を基盤とした防御と、迅速な排除を組み合わせることで、影の群れは隊の活動を阻害するほどの影響を及ぼさない。


しかし、コウタは撤退の際に散った影が霧散する様子を改めて観察しながら、内心に微かな違和感を覚えていた。排除されたはずの影が、空間に完全に溶け込むまでのわずかな時間。その一瞬に、何か見落とされているものがあるのではないかという予感が、かすかに彼の胸に残った。


「影は、ただそこにいるだけではないのかもしれない」


その予感は、まだ明確な形を持たないままだった。ポータル内部に蠢く闇は、日常的な脅威として隊に立ちはだかり続けていた。


--



 以下は、第41話の本文です。この話は、影の侵食特性が明確に現れる前の段階として、影の発生に微細な異常が観測され始めるエピソードとして位置づけられています。


---


### 闇の兆し


ポータル内部の中層部を進む探索隊は、通常の任務を遂行していた。散発的に発生する影を排除しながら前進し、魔術障壁によってその侵入を防ぐという、これまでと変わらない手順が繰り返されていた。


「影の発生数は通常範囲内です。障壁に異常はありません」


リアが淡々と報告する。彼女が展開した魔術障壁は、影が接触するたびに小さな波紋を生じさせ、その侵入を確実に阻んでいた。コウタは盾を構え、障壁に近づく影を排除する役割を担い、後方から剛志と澪が援護を続けていた。


しかし、その日の探索において、澪がわずかな異変を指摘した。


「影の挙動に微細な変化が観測されます。接触後の散逸速度が、従来よりわずかに遅くなっています」


分析装置に表示されたデータを見ながら、澪が説明を続ける。


「通常、影は物理的な破壊によって即座に散逸します。しかし、最近の個体では、散逸した後も残滓が一定時間、空間に留まる傾向が確認されています」


剛志が排除した影の残骸を指さしながら、不機嫌そうに言った。


「あの黒い霧がなかなか消えねえってことか? ただの残りカスだろう」


「単なる残滓ではありません。散逸したはずの影が、微量ながら空間に残留し続けています。この残留物が何らかの影響を及ぼす可能性があります」


澪の言葉に、コウタが周囲を改めて観察した。確かに、排除されたはずの影の残骸は、完全には消滅せず、薄い黒い靄のように空間に漂っている。その靄は、通常であれば瞬時に拡散して消えるはずのものだった。


「障壁に影響はないか?」


コウタの問いに、リアが意識を集中して確認した。


「現時点では、障壁の強度に変化はありません。残留した影が接触しても、通常通り排除されています」


探索を続けたが、影の残留現象は徐々に顕著になっていった。排除された影の残滓が空間に滞留し、互いに混じり合うことで、薄い闇の層を形成し始めた。その層は、探索隊の進行を阻害するほどではないものの、視界をわずかに曇らせる存在となっていた。


「この残留物が蓄積されれば、視界の確保や移動に支障をきたす可能性があります」


澪の指摘に、コウタは頷いた。


「影の発生そのものが変化している可能性がある。単に数を増やしているのではなく、何か別の挙動を示し始めているのかもしれない」


探索を中断し、隊はポータル外へ撤退した。空間に残された薄い闇の層は、隊が去った後も完全に消えることなく、かすかな痕跡を残していた。


宿舎に戻った後、澪は観測データを詳細に分析した。


「影の残留現象は、ここ数回の探索で徐々に増加しています。散逸したはずの影が空間に残留し、一定時間後に再び凝集する兆候が確認されました。この現象が進行すれば、影の排除が完全には達成されない状況が生じる可能性があります」


剛志が苛立たしげに言った。


「つまり、倒しても完全に消えねえってことか。一度倒した敵がまた湧いてくるようなもんじゃねえか」


「完全に再構成されるわけではありませんが、残留した魔力が再び影を形成する可能性は否定できません。この現象の原因を突き止める必要があります」


コウタは分析装置に表示されたデータを眺めながら、静かに口を開いた。


「影の発生に、何らかの変化が生じているのは確かだ。これまでとは異なる性質を持つ可能性がある以上、注意深い観測と対応が必要になる」


リアが穏やかに、しかし確信を持って応じた。


「障壁の維持には問題はありませんが、影の残留物が何らかの影響を及ぼす可能性を考慮する必要があります。今後の探索では、より慎重な対応が求められるでしょう」


この日の探索で明らかになった影の残留現象は、探索隊に新たな懸念をもたらした。これまで単なる敵対的な存在として扱われてきた影が、排除後も空間に痕跡を残すという事実は、単純な殲滅では解決できない問題を示唆していた。


コウタは撤退時に残された闇の層を思い浮かべながら、静かに呟いた。


「影が、ただそこにいるだけでは終わらないのかもしれない」


空間に残るかすかな闇の靄は、新たな脅威の兆しとして、探索隊の前に姿を現し始めていた。


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