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釣りを通じた自己発見の物語

──黒川剛志、最終章──



『潮の匂いが教えてくれた、俺の居場所』


最初はただの「逃げ場」だった。


スマホを握りしめていた指が、震えながら延べ竿を握るようになった。

親父がライトセーバーみたいに竿を伸ばすたび、俺は「うわっ」と素で声を上げた。

あの瞬間、初めて「今、ここ」にしか存在しない自分がいた。


釣りは待つことだ。


ウキが沈むまでの時間、

誰にも見られなくていい。

誰にも「いいね」を求めなくていい。

ただ風と潮と、隣にいる親父だけがいる。


沈黙が怖くなくなったのは、

その沈黙の中に、誰かがいてくれると知ったからだ。


初めて自分で場所を取った日。


朝3時半。

まだ真っ暗な堤防を、懐中電灯片手に歩いた。

足元が滑って転びそうになったとき、

「誰にも見られてない」って思ったら、

逆にすごく安心した。


俺はもう、見られなくても存在していられる。


親父が昔、全国を回っていた話を聞いた日。


「なんでやめたんだ?」って聞いたら、

親父は少し照れ臭そうに答えた。


「お前が生まれて、釣りより大事なものができたからだ」


俺は、その言葉を胸に刻んだ。


ある朝、俺は一人で堤防に行った。


親父は仕事で来られなかった。

初めて、完全に一人で竿を伸ばした。


シュパァァン。


風が気持ちよかった。

ウキが小さく揺れる。

魚は釣れなかった。


でも、

俺は泣いた。


一人でも、

ここにいていいんだって、

初めて本当に思えた。


その日の夜、親父に言った。


「明日、一緒に行こう」


親父が笑った。


「場所取りは俺に任せろ」


俺も笑った。


「いや、俺が取る」


今、俺は朝3時に目覚ましをかける。


スマホを見るためじゃない。

潮の匂いを嗅ぎに行くためだ。


Hunter's Netは、もうほとんど開かない。

フォロワーは17人のまま。

でも、俺の投稿は毎回、たった一人の「いいね」がつく。


親父だ。


俺はもう、誰かに見られるために生きていない。

誰かと一緒にいるために生きている。


釣り糸の先には、魚じゃなくて、

俺自身の居場所が繋がってる。


黒川剛志、18歳。

フォロワー17人。

充電残量、いつも30%以下。

延べ竿一本あれば、世界は十分に広い。


潮の匂いが、俺に教えてくれた。

俺はここにいる。

それだけで、十分だ。


──完──


これが、釣りを通じた剛志の自己発見の物語。

SNSの向こうじゃなくて、

潮の匂いと、親父の隣で、

やっと自分を見つけた。

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