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第81話「節度ある潮の匂い」


──黒川剛志、釣りとの新しい約束──


俺たちは「釣りルール」を作った。

親父と俺、二人でリビングに座って、紙に書いた。


【黒川家の釣り憲章】


1. 週に2回まで(土日どちらか+平日1日)

2. 場所取りは前日21時まで(徹夜禁止)

3. 釣具の購入は月5000円以内(俺の小遣い+親父の小遣い合算)

4. 帰宅は15時まで(夕飯は必ず家族で)

5. 釣れなくても文句を言わない

6. 釣れたら、必ず誰かにあげる(近所・親戚・仲間)

7. スマホは防水ケースに入れて、写真は1日10枚まで


最初は「キツすぎだろ」って思った。

でも親父が言った。


「節度ってのは、自分で自分を縛ることだ。

 縛れなくなったら、また昔の俺になる」


俺は頷いた。


最初の1ヶ月は地獄だった。

平日、潮が良さそうな日でも我慢した。

土曜に雨で中止になったときは、部屋で悶絶した。


でも、2ヶ月目くらいから不思議なことが起きた。


・釣りに行く日が、特別になった

・堤防に着いた瞬間の潮の匂いが、以前の10倍濃く感じる

・魚が釣れなくても「今日はダメだったな」で済むようになった

・帰りに近所のおばあちゃんにアジをあげたら「ありがとう」って笑顔もらえた

・日曜の夕飯で、妹が「今日のお刺身、お兄ちゃんが釣ったやつ?」って聞いてくる


釣りが「義務」から「ご褒美」に変わった。


ある日、コウタたちが遊びに来たとき、

俺は延べ竿を見せびらかさなかった。

ただ、冷蔵庫からアジの塩焼きを出して、

「昨日、親父と釣ったやつ」って言っただけ。


コウタが驚いた。


「お前……昔は釣り具の話で3時間語ってたのに」


俺は笑った。


「今は、釣りよりこっちの方が大事だから」


親父が横で小さく頷いた。


そして決定的な日が来た。


俺が高校最後の夏休み。

親父が急な残業で釣りに行けなくなった。


俺は一人で堤防に行こうとした。

でも、玄関で靴を履きながら、ふと思った。


──今日は、家族で映画に行こうって約束してた。


俺は靴を脱いだ。

延べ竿はそのまま物置に。


リビングに戻ると、母さんと妹が驚いた顔で俺を見た。


「どうしたの? 行かないの?」


俺は首を振った。


「今日は、みんなと過ごしたい」


その瞬間、親父が帰ってきた。


「おう、剛志。やっぱり行かなくて正解だったな」


「……なんで?」


親父がニヤリと笑った。


「明日、俺も休み取れた。

 家族4人で、キャンプがてら釣りに行くぞ」


俺は、初めて泣きそうになった。


節度って、

我慢することじゃなかった。


「選ぶ力」だった。


何を優先するか。

何を後回しにするか。

何を、ちゃんと大切にするか。


今、俺は朝3時に起きることはなくなった。

でも、月に数回、親父と並んで潮の匂いを嗅ぐとき、

世界が全部そこにある気がする。


スマホは充電100%でも、

延べ竿は物置でも、

家族が隣にいる。


これが、俺の「節度ある釣り」。


黒川剛志、18歳。

フォロワー17人。

釣行回数、月4回。

家族との時間、無限。


潮の匂いは、

もう俺を縛らない。


俺が、潮の匂いを選ぶ側になった。



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