表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/104

77

77

第77話「17人の、12人と5人」


朝3時45分。

俺は目覚ましより早く目が覚めた。


いつもならスマホを手に取るところなのに、

今日は違う。

俺は布団から出て、静かに物置に向かった。


ロッドケースを開ける。

子供用の短い延べ竿の下に、

埃まみ爲の便箋が一枚。


親父の字だった。


『剛志へ

 いつでも一緒に釣りに行こう。

 お前が大きくなっても、俺は待ってる。

 浩一 10年前』


裏に母さんの字。


『私も一緒に行くね♡』


便箋は端が擦り切れてて、

何度も開かれた跡があった。


俺は、それを握りしめたまま、

物置の奥で膝を抱えて泣いた。


10年間、

俺がスマホに逃げて、

家族を遠ざけて、

「もういい」って顔してた10年間、

親父は、この便箋と一緒に、

約束をしまって、

ずっと待ってた。


「……ごめん」


声にならなかった。


その朝、俺はHunter's Netを開いた。

フォロワー一覧を、一人ずつ丁寧に見た。


1. @k_mama_39 → 母さん

2. @imouto_yuna → 妹

3. @old_sword_friend → 小3の剣道仲間

4. @silent_watcher_08 → 親父(10年間、投稿ゼロ)

5. 俺の捨て垢

……残り12人は、全部業者・ボット。


俺は、笑った。


10年間必死に数えてた「17人」って、

実は家族と旧友と、業者の群れだった。


でも、今はそれが、

めちゃくちゃ愛おしい。


俺は最後に投稿した。



 

─数日後。

俺と親父は、また堤防にいた。

朝5時、誰もいない。

親父がコマセを撒き始める。

俺はサビキを落とす。

ミシミシ、と小さなアタリ。

上がってきたのは、13cmくらいのアジが2匹。

親父がタモを差し出す。

「……また小さいな」

「十分だろ」

俺たちは顔を見合わせて、

小さく笑った。

12匹も20匹もいらない。

2匹でいい。

親父と並んでるだけで、十分だ。

俺はスマホを持ってきてない。

写真も撮らない。

でも、

この瞬間は、

一生忘れない。クーラーの中の12匹の小魚と、

親父のコマセで汚れた手と、

10年前の便箋の写真。


キャプションは、


「フォロワー17人のうち、12人は業者でした。

 でも残りの5人が、俺の全部です。

 親父、ありがとう。10年待たせてごめん」


投稿して、すぐにアプリを削除した。


通知は、もう来ない。


でも、リビングから母さんの声が聞こえた。


「剛志、朝ごはんできたよ」


妹が「刺身まだー?」って騒いでる。


親父が、新聞を畳みながら、

「……今日も行くか?」って小声で聞いてきた。


俺は頷いた。


「行く」


俺はスマホを机に置いたまま、

家族の元へ歩いていった。


黒川剛志、18歳。

フォロワー0人。

スクリーンタイム、今日から0。

充電ケーブルは、もう必要ない。


でも、

物置の延べ竿と、

親父の隣の席は、

ずっと空いてる。


潮の匂いは、

俺を縛らない。


俺が、潮の匂いを

選ぶ側になった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ