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第77話「17人の、12人と5人」
朝3時45分。
俺は目覚ましより早く目が覚めた。
いつもならスマホを手に取るところなのに、
今日は違う。
俺は布団から出て、静かに物置に向かった。
ロッドケースを開ける。
子供用の短い延べ竿の下に、
埃まみ爲の便箋が一枚。
親父の字だった。
『剛志へ
いつでも一緒に釣りに行こう。
お前が大きくなっても、俺は待ってる。
浩一 10年前』
裏に母さんの字。
『私も一緒に行くね♡』
便箋は端が擦り切れてて、
何度も開かれた跡があった。
俺は、それを握りしめたまま、
物置の奥で膝を抱えて泣いた。
10年間、
俺がスマホに逃げて、
家族を遠ざけて、
「もういい」って顔してた10年間、
親父は、この便箋と一緒に、
約束をしまって、
ずっと待ってた。
「……ごめん」
声にならなかった。
その朝、俺はHunter's Netを開いた。
フォロワー一覧を、一人ずつ丁寧に見た。
1. @k_mama_39 → 母さん
2. @imouto_yuna → 妹
3. @old_sword_friend → 小3の剣道仲間
4. @silent_watcher_08 → 親父(10年間、投稿ゼロ)
5. 俺の捨て垢
……残り12人は、全部業者・ボット。
俺は、笑った。
10年間必死に数えてた「17人」って、
実は家族と旧友と、業者の群れだった。
でも、今はそれが、
めちゃくちゃ愛おしい。
俺は最後に投稿した。
─数日後。
俺と親父は、また堤防にいた。
朝5時、誰もいない。
親父がコマセを撒き始める。
俺はサビキを落とす。
ミシミシ、と小さなアタリ。
上がってきたのは、13cmくらいのアジが2匹。
親父がタモを差し出す。
「……また小さいな」
「十分だろ」
俺たちは顔を見合わせて、
小さく笑った。
12匹も20匹もいらない。
2匹でいい。
親父と並んでるだけで、十分だ。
俺はスマホを持ってきてない。
写真も撮らない。
でも、
この瞬間は、
一生忘れない。クーラーの中の12匹の小魚と、
親父のコマセで汚れた手と、
10年前の便箋の写真。
キャプションは、
「フォロワー17人のうち、12人は業者でした。
でも残りの5人が、俺の全部です。
親父、ありがとう。10年待たせてごめん」
投稿して、すぐにアプリを削除した。
通知は、もう来ない。
でも、リビングから母さんの声が聞こえた。
「剛志、朝ごはんできたよ」
妹が「刺身まだー?」って騒いでる。
親父が、新聞を畳みながら、
「……今日も行くか?」って小声で聞いてきた。
俺は頷いた。
「行く」
俺はスマホを机に置いたまま、
家族の元へ歩いていった。
黒川剛志、18歳。
フォロワー0人。
スクリーンタイム、今日から0。
充電ケーブルは、もう必要ない。
でも、
物置の延べ竿と、
親父の隣の席は、
ずっと空いてる。
潮の匂いは、
俺を縛らない。
俺が、潮の匂いを
選ぶ側になった。




