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#### 第76話「親父と、海の日」
それから数日後。
俺はまだ、毎日海に行ってた。
一人で。
コウタは「俺がいなくても行ってるんだな」って笑ってた。
ある土曜の朝、
玄関で靴を履いてたら、
リビングから親父の声がした。
「……剛志」
振り返ると、親父が作業ズボンに軍手姿で立ってた。
「お前、最近、朝早く出かけてるな」
「……うん」
親父は、ちょっと照れ臭そうに鼻を掻いた。
「俺も、ワームなくなったろ?
……俺も、行くか」
俺は、息を止めた。
「え……」
「場所なら、俺が知ってるいいとこある」
親父は俺の返事を待たずに、
物置から小さなタックルボックスを出してきた。
中には、俺が小3のときに使ってた、
短くて錆びた竿と、
新しいパックのワーム。
「……まだ、持ってたんだ」
「当たり前だろ」
親父は、初めて、俺をまっすぐ見た。
「行こうぜ」
車出す」
俺たちは、黙って車に乗った。
朝の港町を抜けて、
誰もいない小さな堤防へ。
親父は俺の隣に座って、
ワームを付けてくれた。
「こうやって、底に這わせるんだ」
俺が投げると、
すぐにアタリ。
今度は、25センチくらいの良型グレ。
親父が、黙ってタモで掬ってくれた。
「でけえな」
「……親父」
俺は、震える声で言った。
「俺……小さい頃、親父と来たこと、あったよな」
親父は、ちょっと驚いた顔して、
すぐに目を逸らした。
「……覚えてたか」
「うん」
潮風が吹いた。
親父は、自分の竿は出さなかった。
ずっと俺の隣で、
ワームを付け直したり、
絡まった糸を解いたり、
黙って餌を撒き続けてた。
帰りの車の中、
俺は、ぽつりと呟いた。
「……ありがとう」
親父は、前を見て、
小さく答えた。
「……また来ような」
家に着いて、俺はHunter's Netを開いた。
今日釣ったグレの写真を上げた。
キャプションは、たった一言。
「親父と」
通知は、17人から。
でも、その中に、
@silent_watcher_08からの「いいね」があった。
俺はスマホを閉じて、
充電ケーブルを抜いたまま寝た。
残量19%。
「……まだ、大丈夫」




