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(:二人きりの海釣り計画)
――――――――――――コウタ
コウタは剛志の家を訪ねた。診断から数日、剛志の様子が気にかかっていた。
「お邪魔します。剛いますか」
「剛志ーーー。お友達だよ――――」
応対した剛志の父・浩一は、作業ズボンに傷んだ軍手という姿で、物置の整理をしているようだった。
コウタが剛志の部屋を訪ね、少し雑談した後、階下から浩一の声が聞こえた。
「おい、剛志!お前が小さい頃使ってた海釣り竿、出てきたぞ。もう要らねえか?」
剛志とコウタが階下に降りると、浩一が物置から錆びた小さな海釣り竿を手にしていた。
「なにそれ?」剛志は首を傾げた。
「ハゼ釣りだよ。港でよくやっただろうが」
浩一は呆れたように笑った。
(クエスト更新:『海辺への第一歩』)
(目標:剛志を海釣りに連れ出せ)
(報酬:現実体験による依存軽減の契機)
コウタはクエストの文字を視認し、はっと気づく。まるで背中を押されるように、口が動いた。
「そうだ、剛志。今から海に行かないか?」
「え?今から?」剛志は目を丸くする。
「ああ。お前のその竿、使ってみようぜ」
浩一は少し驚いた様子で二人を見た。
「お前たちだけで?俺も……」
「大丈夫です!」コウタは即座に答った。なぜかわからないが、これが正しい気がした。「僕らだけで行きます。ねえ、剛志?」
「でも、俺……」
「いいから、ついて来いよ」コウタは剛志の腕を掴み、少し強引に立ち上がらせた。「ずっと部屋に籠ってるより、ずっといいだろ?」
浩一は困惑しながらも、冷蔵庫から小さな容器を取り出した。
「……まあ、好きにしろ。ほら、ワームだ。俺が使ってたやつをやるよ」
剛志はしぶしぶ釣り竿とワームを受け取った。
「ありがとう……ございます」
(クエスト進行:『海辺への第一歩』 - 承諾獲得)
(次の目標:実際に海で釣りをさせる)
コウタは剛志をそのまま導くように家の外へ連れ出した。
「な、なんで急にそんなに強引なんだよ……」剛志は戸惑いながらも、抵抗はしなかった。
「わかんない。でも……これが正しい気がするんだ」
コウタ自身も、なぜそこまで強く出たのかよくわからなかった。ただ、クエストがそうさせるのではなく、剛志のためにそうしなければならないという強い思いが自然と湧いてきた。
「たまには、画面じゃないものを見ようぜ。ほら、海だ」
夕暮れ迫る港町を、二人は並んで歩き始めた。剛志は不満そうな顔をしていたが、片手には父親から受け取ったワームの容器をしっかりと握りしめていた。
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「釣り糸と、17人のままの俺」
夕暮れの埠頭。
錆びた小さな海釣り竿一本と、親父がくれた残り物のワームだけ。
コウタが強引に連れ出した。
俺は最初、ぶつくさ文句を言ってた。
「今さら海なんか来て、何が楽しいんだよ」
でも、潮風が頬を打つと、
なぜか、胸の奥がざわざわした。
コウタが悪戦苦闘しながらワームを付けて、
「ほら、お前もやれよ」って竿を押し付けてくる。
俺は渋々投げたら、
5分もしないうちに、竿先がピクピクッと震えた。
「……うそだろ」
巻き上げると、手のひらサイズのグレがぶら下がってた。
銀色に光って、ぴちぴち跳ねてる。
俺は、思わず息を呑んだ。
コウタが「すげえ!」って騒ぐ。
俺は、魚を外しながら、
指先が震えてるのに気づいた。
写真なんか撮らなかった。
でも、家に帰ってから、
なぜかHunter's Netを開いて、
何も書かずにそのグレの写真だけ上げた。
10分後、通知が2件。
高校の同級生
「お、釣り始めた?」
「どこで釣れた?」
たったそれだけ。
バズなんてしてない。
でも、胸が熱くなった。
その夜、スクリーンタイムは4時間12分。
昨日まで9時間を超えてたのに。
俺は充電ケーブルを抜いたまま寝た。
残量31%。
「……まだ、大丈夫」




