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「剛志!?」
コウタは剛志が大剣を落とし、苦悶の表情で首を押さえるのを見て、すぐに駆け寄った。訓練場の土埃が舞う。
「大丈夫か!?どこを痛めた!?」
「首が……ぐっ……動かせない……」剛志の顔には脂汗がにじんでいる。コウタは剛志の腕を自分の肩にかけ、支えながら歩き出した。かつては剛志が自分に剣の基本を教えてくれたのに、今はその剛志が……。
病院への道中、コウタの視界に、慣れ親しんだ青い文字とは違う、警告色の赤い文字が突然浮かび上がった。
【緊急クエスト発生:『盟友の苦痛の根源』】
目標:訓練仲間、黒川剛志から首の痛みの原因と思われる行動を聞き出せ。
報酬:剛志の健康回復の手がかり
失敗:剛志の身体がさらに悪化する可能性
(なんだ…このクエストは?)コウタは内心で咂いた。クエストは通常、リアや自分を守るためのものだ。仲間の体調についてのクエストが発生するとは……これは相当まずいという証拠だ。
診察が終わり、医師から「ストレートネックが進行」「20代で手術」という厳しい診断を聞かされた後、コウタは俯き続ける剛志に声をかけた。
「剛志。医者も言ってたぞ、思い当たることはないかって。ずっと前から調子悪かったのか?」
剛志はうつむいたまま、もごもごと答える。「……別に。たまに、首が…張るくらいで……」
「訓練以外で、首をずっと下に向けてるようなこと、してないか?」コウタは《クエスト視認》を意識しながら、根気よく尋ねる。「ゲームとか、読書とか……?」
その瞬間、剛志の顔にわずかな動揺が走ったのを、コウタは見逃さなかった。
「……携帯で……ちょっとだけ、SNSとか見てる……くらい……」
「ちょっとだけ?」 コウタは思わず繰り返した。クエストの文字がちらつく。彼は剛志の目を真っ直ぐ見つめた。「どれくらい『ちょっと』なんだ? 正直に話してくれ、剛志。これはお前の身体の話だ。」
迫るコウタの問いに、剛志はしばし沈黙し、ようやく小さな声で呟いた。
「……寝る前と……風呂場と……あと、トイレで……」
コウタは息を呑んだ。寝る前、風呂場、トイレ。剛志が一日のうちで唯一一人になれる、わずかな時間帯の全てだ。
(まさか……あの熱血漢の剛志が……そんなに……)
コウタの頭の中で、剛志がたまに訓練中に見せる目の下のクマ、休憩時間にこっそりとスマホをちら見する仕草、そして最近特に増えた「トイレ長いな」という仲間の何気ない呟きが、一つの線で繋がった。
クエスト更新
【緊急クエスト:『盟友の苦痛の根源』 - 情報入手】
目標:剛志のSNS使用実態を把握し、依存傾向があるか確認せよ。
報酬:『現実回帰プログラム』案内
失敗:剛志の身体と精神が危険に晒される。
コウタは剛志の肩を握りしめた。
「剛志……お前、まさか携帯をそんなレベルで使っているとは思わなかったぞ。」
その言葉には、驚きと、そして何より無性の怒りが込められていた。この馬鹿者が、なぜそんなことで自分を傷つけているんだ、という怒りだ。
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「どれくらいの時間だ?」
コウタの声は思った以上に鋭く響いた。医務室を出て、夕焼けに染まる路地を歩きながら、彼は問い詰めるように剛志を見つめた。
「一日何時間、それに費やしてる?」
剛志は俯いたまま、もごもごと言う。
「……わかんねえ……気にしてねえ……」
「それなら今、スクリーンタイムを見ろ」
コウタは即座に要求した。
「お前のスマホ、今すぐ確認しろ」
視界の赤いクエスト文字がちらつく。
【情報入手:使用時間の特定】
剛志はしぶしぶポケットからスマホを取り出し、数回タップした。
「……9時間……12分……」
コウタは息を呑んだ。9時間12分。起きている時間の半分以上だ。
「何をしてる? その9時間12分の間、ずっとSNSを見てるのか?」
「……リロード……して……タイムライン見て……たまにリポスト……」
「リロード? 何回くらい?」
「……数えて……ねえ……ただひたすらに……」
「感覚でいい。昨日は何回くらいリロードした?」
剛志の顔が苦悶に歪む。
「……数千回は……軽く超えてる……指が覚えてる……」
コウタの背筋が凍った。一日数千回のリロード。それは最早「使用」ではなく、「強迫行為」だ。
「なぜだ?」 コウタの声には怒りよりも哀願の色がにじんでいた。「なぜそんなことを? フォロワーを増やしたいのか? 有名になりたいのか?」
剛志は激しく首を振った。首の痛みで顔をしかめながら。
「違う……!ちがう……! ただ…………」
彼の声が震える。
「やめると……何かを見逃す気がして……一人取り残されるのが……怖いんだ……」
その言葉に、コウタは全てを理解した。
これは単なる娯楽でも、趣味でもない。孤独への恐怖。取り残されることへの恐怖。承認という名の麻薬。
赤いクエストが更新される。
【緊急クエスト:『盟友の苦痛の根源』- 核心把握】
目標:剛志を孤独感から救い出せ
報酬:真の絆の構築
失敗:剛志の離脱
コウタは深く息を吸い込み、剛志の肩をがっしりと掴んだ。
「聞け、剛志。お前は一人じゃない。俺がいる。みんなお前を必要としてる」
「その携帯の向こうの見知らぬ誰かよりも、俺たちがいる」
剛志の目から、光が消えた。




