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私がコウタの夢を見た夜
……変な夢を見た。
狭い部屋。
木の匂い。
でも、オルセンさんは私を見て、
少し困ったように笑った。
「リアか。……悪いな、ここはコウタの夢なんだ」
え? って思った瞬間、
視界が変わった。
そこにいたのは、小さい頃のコウタだった。
まだ十歳くらい?
ぼろぼろの服で、
膝を抱えて震えてる。
「怖いよ……」
「誰も助けてくれない……」
「僕、ひとりで死んじゃうのかな……」
その声が、すごく幼くて、
すごく痛かった。
私は思わず駆け寄って、
その小さなコウタを抱きしめた。
「……大丈夫だよ」
「もう、ひとりじゃないから」
コウタはびっくりしたみたいに顔を上げて、
涙でぐちゃぐちゃの目で私を見た。
「リア……?」
私は頷いた。
ぎゅっと、もっと強く抱きしめた。
「私がついてる。ずっと、ずっとついてる」
「だから、もう泣かないで」
そのとき、
小さいコウタが、ぽろぽろと涙をこぼしながら、
私の背中に小さな手を回してきた。
……すごく、温かかった。
そして、ふと気づいた。
――これ、私の夢じゃなくて、
コウタが今、見てる夢なんだ。
だから、
私はこの温もりを、
ちゃんと届けてあげなきゃ。
朝、目が覚めたとき、
なぜか頬が濡れてた。
隣の部屋で、まだ寝息を立ててるコウタの声が聞こえて、
私はそっと呟いた。
「……おはよう、コウタ」
「今日も、ちゃんと一緒にいるからね」
:朝、夢の話をした
朝。
俺は布団から這い出て、顔を洗おうと立ち上がった瞬間、
隣の部屋からリアが飛び出してきた。
「ま……コウタ!」
いきなり腕を掴まれて、びっくりした。
「ど、どうした!?」
リアは真っ赤な顔で、目を泳がせながら、
でもはっきりと言った。
「……私、昨日の夜、コウタの夢を見た」
……え?
俺の心臓が、ドクンって跳ねた。
「え……それって……」
リアは小さく頷いた。
「小さい頃のコウタがいて……すごく泣いてて……
だから、ぎゅってして……『もうひとりじゃない』って言った」
俺の顔が、熱い。
耳まで真っ赤になってるのが自分でもわかった。
「そ、それ……俺も見たんだ……!
リアが来てくれて……抱きしめてくれて……」
二人して、沈黙。
数秒間、部屋に朝の音だけが響いてた。
そして、
「……やっぱ恥ずかしい!!!」
「うん、超恥ずかしい!!!」
同時に叫んで、二人で顔を背けた。
でも、
リアが小さく笑いながら、
俺の袖をそっと摘まんだ。
「……でも、よかった」
「うん……俺も、すごく安心した」
俺は照れ臭くて、頭を掻きながら呟いた。
「……あの夢の中の俺、子供だったけど……
今の俺も、実はまだ怖いことばっかりで……」
リアが、静かに首を振った。
「大丈夫。私がついてるって、夢でも現実でも、ずっと言ってるから」
……もう、ダメだ。
顔が熱すぎて死にそう。
俺は咳払いして、必死に話題を変えた。
「そ、そうだ! 今日はゴミムシの追加調査だ! 早く準備しないと!」
リアも慌てて頷いて、
「……うん! 行こ!」
二人で顔を真っ赤にしたまま、
部屋を出ようとしたそのとき。
廊下の向こうから剛志の声が轟いた。
「おい朝から何騒いでんだボケが!!
イチャイチャは夜にしろって言ってんだろ!!」
澪の冷静な声も続く。
「……朝から恋愛イベント発生率、87%上昇中」
俺とリア、目が合って、
また同時に叫んだ。
「ち、違う!!!」
……今日も、
すごく騒がしい一日になりそう。
でも、
胸の奥が、
なんだかすごく温かかった。
――――――――――
:朝、布団を全部取られた日
朝、目が覚めたら、俺は完全に布団の外だった。
寒い。
床は硬い。
そして隣で、リアが俺の布団と毛布をぐるぐる巻きにして、
天使みたいな寝顔で爆睡してる。
……またか。
俺はため息をつきながら、
床に転がってた薄いタオルケットを引っ張ってきて肩にかけた。
でも、やっぱり寒い。
そーっと布団の端っこを引っ張ってみる。
「……んん……」
リアが寝ぼけながら、ぎゅーっと布団を抱きしめて離さない。
……無理だ。奪還不可能。
仕方ない。
俺は覚悟を決めて、
リアの巻いてる布団の隙間に体を滑り込ませた。
狭い。
でも、すごく温かい。
「……コウタ……?」
寝ぼけた声でリアが俺の胸に顔を埋めてくる。
「……お前、また全部取っただろ」
小声で文句を言うと、
リアは目を閉じたまま、くすっと笑って、
「……だって……コウタの匂いがするもん……
これがないと……寝られない……」
って、俺のシャツをぎゅっと掴んだ。
……もう、勝てない。
俺も観念して、
リアの背中にそっと手を回す。
「……しょうがないな」
「……えへへ……大好き……」
寝言みたいな声。
俺は小さく笑って、
そのまま目を閉じた。
――結局、
二度寝して、
起きたら10時だった。
剛志に「朝練サボんなボケー!!」って怒られたけど、
まあ、いいか。
今日も、幸せな朝だった。
:剛志の朝練に巻き込まれた日
朝5時45分。
まだ外が真っ暗なうちに、
ドアがバーン!!と開いた。
「おいクソガキども!! 朝練だ!! 5秒で支度しろ!!」
剛志だった。
俺とリアは布団の中で固まる。
「……まだ寝てたのに……」
「……5秒って無理……」
「4!! 3!!」
もう逃げられない。
5分後、
俺たちは半泣きで屋外に立たされてた。
気温2度。
吐く息が白い。
剛志はすでに剣を振り回しながらニヤニヤしてる。
「今日のメニューは簡単だ!
俺が100本振るまで、逃げ回ってろ!
当たったら死ぬぞ!!」
……朝から殺人予告である。
走り出す俺たち。
剛志の木剣がビュンビュン空を切る。
「甘い!!」
「そこだ!!」
リアが悲鳴を上げながら影に潜って逃げる。
俺は必死で転がって回避。
澪は隅でストップウォッチ持って冷静に計測。
「……現在生存率68%。 あと4分で全滅予測」
助けてくれ。
30分後。
俺たちは地面にへたり込んでた。
剛志が満足そうに剣を肩に担ぐ。
「まあまあだな。 昨日より0.8秒長生きした」
……褒められてるのか?
すると剛志が、珍しく小声でボソッと。
「……オルセンじいさんなら、
俺の100本全部受け止めて、
逆に一発もくれねぇで終わらせてたけどな」
一瞬、静かになった。
俺は息を整えながら言った。
「……俺たち、まだまだだな」
剛志はフンッと鼻を鳴らして、
でも目が少し優しくなった。
「当たり前だ。
だから朝練なんだよ」
そして、
いつもの調子に戻って叫ぶ。
「よし、次は腕立て500回だ!!」
「えぇぇぇぇ!!」
リアが泣きながら俺にしがみついてきた。
「……コウタ、一緒に死のう……」
「……ああ」
でも、
なんだかんだで、
最後までやりきった。
朝日が昇って、
全員汗だくでへばってる中、
剛志が珍しく笑った。
「……まあ、今日は生きて帰してやる」
それが、
剛志なりの「褒め言葉」だった。
帰り道、
リアが小声で呟いた。
「……剛志さん、優しいよね」
俺も頷いた。
「ああ」
……朝練は地獄だけど、
みんなでやると、
ちょっとだけ楽しい。
:澪の観察日記(抜粋)
▼11月20日 天気:晴れ 気温:9℃
対象:コウタ・リア・剛志
観察場所:共有リビング・キッチン・玄関前
06:12 剛志が「朝練だ!!」と突入
→コウタ&リア、布団の中で死亡確認
→生存本能で5.8秒後に復活(新記録)
06:45 朝練終了
→全員生存。剛志の機嫌値:78(昨日比+12)
07:03 コウタがリアの髪をポニーテールに結ぶ
→結び目高さ:昨日より+0.8cm(リアの好み傾向を学習中?)
→リアの顔面温度:+4.2℃
→コウタの耳赤度:87%
07:11 朝食
・コウタがリアの皿にウインナー2本追加
・リアがコウタの牛乳に砂糖スプーン1杯追加
→相互補完行動確認。カップル補正値:+15%
07:25 剛志が「イチャイチャすんな」とツッコむ
→ツッコミ後の照れ隠し腕立て:42回
→本日も健康的
12:37 ゴミムシ調査帰り
→コウタがリアのマントの埃を払う(所要時間9.2秒)
→リアがコウタの頬の泥を指で拭う(所要時間11.8秒)
→お互い「ありがとう」と同時に発声→固まる→同時赤面
→恋愛フラグ進行度:94.8%(危険水域)
18:04 風呂上がり
→コウタがリアの髪をドライヤーで乾かす(所要12分41秒)
→リアが「次は私の番」と宣言→コウタの髪を乾かす(所要4分12秒)
→短い髪でも満喫してる様子確認。微笑ましい
21:23 就寝前
→二人で同じ毛布にくるまる
→テレビの音量:8(ほぼ聞こえない)
→手繋ぎ確認:あり
→寝息が重なるまでの時間:7分11秒(過去最速)
22:07 剛志が部屋を覗きにくる
→「まだ起きてんのか……」と小声
→すぐにドアを閉める
→廊下で壁ドン1回(照れ隠しと推定)
観察所感
・コウタ&リアの甘々指数:過去最高を更新し続ける
・剛志のツンデレ値:もはや隠しきれてない
・本日も平和です
・明日も観察続行予定
(澪の日記 終わり)
澪に文句言ったら、
「データは正義です」って一言で終わった。
……もういいや。
恥ずかしいけど、まあ、悪くはない記録だ。




