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 「検討、します」


花畑から一週間後。

ギルドの談話室は、いつもより少しだけ静かだった。


リアがテーブルに地図を広げて、目を輝かせる。

「ねえ! 今週末こそお泊まり会しよ!

 アパートちゃんと掃除したし!

 布団も3枚目、なんとか買えたよ!」


コウタが苦笑いしながら補足。

「買えたって言っても、中古で500だけどな……」


澪はカウンターの端で、手帳を開いたまま、

**30秒間、完全に固まっていた**。


剛志が肘でコウタをつつく。

「おい、やめとけって。澪ちゃん、固まってるぞ」


美鈴も小声で。

「無理は禁物ですわ」


でもリアは気づかない。

「ねえ澪ちゃん! どう? どう!?」


澪はゆっくりと顔を上げた。

誰とも目を合わせず、

ただ、**淡々と事実を並べ始める**。


「……1DK。家賃は?」

コウタ「え、っと……月30000」

「……風呂は共同。トイレは?」

「共同……」

「……布団3枚。床は?」

「俺が床で寝るよ」

「……食事は?」

「自炊。冷蔵庫は空だけど」


澪は手帳にペンを走らせ、

計算を始めた。

**完全に依頼のコスト計算をしているかのように**。


リアが不安そうに。

「澪ちゃん……やっぱり迷惑?」


澪はペンを止めた。

**また沈黙。20秒**。


そして、

**俯いたまま、誰の袖も触らず**、

**誰の目も見ず**、

ただ、**小さく呟いた**。


「……検討、します」


それだけ。

でも、**それだけで、談話室の空気が震えた**。


コウタが息を呑む。

剛志が「マジか……」と漏らす。

美鈴がそっと目を伏せる。

リアだけが、涙目で小さく跳ねた。


澪は手帳を閉じ、

立ち上がった。

背中はいつもより少しだけ丸い。


「……今日の依頼、区域C。13分で着く」

そう言って、小走りでギルドを出て行く。


残されたみんなは、

**誰も何も言えなかった**。


ただ、

リアが震える声で呟いた。


「……澪ちゃん、初めて『検討』って言った……」





 「検討期間」


1. 朝・ギルド

澪はいつもの場所に立ち、手帳を開いたまま固まっている。

ページには、鉛筆で小さく書かれたメモが一つだけ増えている。


【検討中】


・布団3枚(中古)

・風呂共同

・食事自炊

・滞在可能日:土曜~日曜?


リアが遠巻きに覗き込んで、小声でコウタに囁く。

「……本当に書いてる……!」


2. 依頼中(区域C・ゴブリン退治)

戦闘中も澪の頭は「検討」でいっぱい。

矢を放つタイミングが0.3秒遅れ、剛志に尻を蹴られる。

「おい澪! ぼーっとしてると死ぬぞ!」

澪「……失礼。計算中だった」


3. 昼休み

みんなが弁当を広げる中、澪はカップ麺の残り半分を出す。

コウタが自分の弁当のおかずを一つ、澪の容器に移す。

澪は無言で受け取り、

**初めて、自分からお返しに干物を一つ置いた**。

→ これが澪の「対等な交換」の最大限の表現。


4. 夕方・ギルド帰還

リアが勇気を出して聞く。

「ねえ……検討、どう?」


澪は手帳を開き、

新しい一行を鉛筆で書き加える。


【追加条件】

・滞在時、洗濯物は自分で畳む

・風呂は最後に入る

・朝6時に帰宅可能


そして、**誰の目も見ずに**、

「……土曜日。18時から、可能か?」

声は小さすぎて、リアが聞き返す。

「え……?」

澪はもう一度、**少しだけ声を大きくして**。

「……土曜日。18時から、泊まる」


リアが「うそ!?」と跳ねる。

コウタが「マジか……」と笑う。

剛志が「よっしゃー!」と拳を上げる。

美鈴が静かに微笑む。


5. その夜・澪の家

澪は一人、暗い部屋でリュックに着替えを詰めている。

・Tシャツ2枚

・下着(予備)

・歯ブラシ

・母の分(小袋)


最後に、手帳を開く。

【検討中】の横に、小さく「○」を書いた。


そして、**初めて自分で電気をつけた**。

ブレーカーを上げる音が、静かな部屋に響く。


澪は電気の下で、

**まだ俯いたまま**、

でも確かに呟いた。


「……明日、行く」


―――――― 「土曜日、18時」――――――――


土曜日 17:45

ギルドの時計がカチカチ鳴る。

澪はいつもの壁際の席で、リュックを膝に抱えたまま、

**15分間、完全に固まっていた**。


17:55

リアが駆け込んできた。

「澪ちゃん! もう18時近いよ! 行くよ!?」

コウタが後ろから苦笑いで続く。

「鍵、開けっぱなしにしてあるから」


澪はゆっくり立ち上がる。

「……了解」


18:00 ちょうど

3人はEランク御用達のボロアパート前に到着。

木造2階建て、外壁は剥げ、階段は軋む。


部屋に入ると、

狭い6畳1DK。

布団は3枚、ちゃんと畳んで積んである。

冷蔵庫は空っぽだが、テーブルの上には

リアが買ってきたはのポテチとジュースだけ。


リア「いらっしゃい! 狭いけど……!」

コウタ「風呂は先に入っていいぞ。俺らは後で」


澪は玄関で立ち止まったまま、

**5分間、靴を脱げない**。


「……風呂、最後でいい」

「……洗濯物、自分で畳む」

「……布団は、端でいい」


全部、事前に手帳に書いた条件を

**自分に言い聞かせるように**呟く。


リアが「そんなのいいよ~!」と笑っても、

澪は首を振るだけ。


20:00

風呂から上がった澪は、

借りたTシャツ(リアの)と短パン姿で出てきた。

髪はまだ濡れたまま。

初めて見せる「部屋着の澪」に、リアが「かわいい……!」と小声で漏らす。


21:30

電気を消して、3人で川の字に寝る。

中央:リア

右:澪

左:コウタ


布団は狭く、肩が触れる。

澪は天井を見つめたまま、

**30分間、目を閉じられない**。


リアが寝息を立て始めた頃、

澪は**初めて、自分から**

リアの布団の端を、

人差し指と親指で**ほんの少しだけ**つまんだ。


「……ここに、いてもいい?」

声は出さず、唇の動きだけで。


リアは寝ている。

返事はない。


でも澪は、

**初めて、布団の端を離さなかった**。


外の街灯が、薄いカーテン越しに部屋を照らす。

澪の頰に、ほんの少しだけ影が落ちる。

涙ではない。

ただ、**初めての安心**が、

静かに瞳に溜まっていた。




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