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59胸糞注意

継続は力なり、でも本当に辛かったら休みましょう

休みが取れるシステム作り!周りに協力!

59胸糞注意


:老剣士の流儀(地獄版)


朝もやが立ち込める訓練場。

柵の陰からコウタは、いつもの老兵を見つめていた。


オルセン。68歳。ギルドランクE。

街の誰もが「ただの頑固じいさん」と笑う存在。


「ふん……よっこらしょ」


右足を引きずり、錆びた剣をゆっくり振り下ろす。

一見、不格好で遅い。

だがコウタはもう知っている。

あの最小限の軌道に、無駄が一ミリもないことを。


(剛志さんが調べた記録では、40年前の大崩壊事故で左膝を粉砕。

 医者は「二度と歩けない」と宣告したらしい)


オルセンは独り言を漏らす。


「最近の若い奴らはな、カッコばかり気にしてるが……

 本当に大事な仕事ってのは、誰にも見えねえところでやってんだよ。

当たり前にやって、誰も感謝しねえ。

 なくなったら大騒ぎだがな」


その言葉は、なぜかコウタの胸に突き刺さった。


突然、オルセンが振り返る。


「おい、陰に隠れてるのは誰だ。出てこい」


コウタは慌てて姿を現す。


「す、すみません! コウタっていいます。オルセンさんの動きを……」

「また俺の動きを盗もうってのか?」


老兵は錆びた剣を肩に担ぎ、けらけら笑った。


「いいぜ、見るだけならな。

 だが俺のマネをしたって意味はねえ。

 この動きは、俺のボロボロの身体に合わせて50年かけて作ったもんだ」


コウタは勇気を振り絞った。


「オルセンさん……あなたは本当にEランクでいいんですか?」


瞬間、オルセンの目が鋭く光った。


「……ガキ、余計なことを聞くな」


その声には、どこか悲しげな響きがあった。


「俺はな、ただのEランクだ。

 それ以上でも、それ以下でもねえ。

 もし俺が『何か特別』だってわかったら……

 次も、もっと頑張れって言われる。

 でもな、もうこれが限界なんだよ」


一瞬だけ、老兵の肩が震えた。


コウタは言葉を失った。


オルセンはすぐにいつもの調子に戻り、背を向けた。


「明日も来るなら、ただボーッと見てるんじゃねえ。

 『なぜ』そう動くのか、考えろ。

 それで十分だ」


老兵はのそのそ歩き出す。

その背中は、どこか疲れ果てていた。


コウタは拳を握りしめた。


(……違う。

 オルセンさんは、知ってるんだ。

 自分のしていることが、どれだけ大きなことかを。

 でも、それを口にしちゃいけないってことも)


【新クエスト:見えない仕事を記録せよ】

内容:オルセンの行動と、それが街に与える影響を観察・記録する

目標:誰にも知られぬ貢献の真実を、誰にも明かさぬまま守る

報酬:洞察力+30、社会を見る目+50

隠し条件:真実を知りすぎた者の覚悟


コウタは走り出した。

記録しなきゃいけない。

でも、誰にも見せてはいけない。


この街が成り立っている、

見えない基盤を。


次回

(この先、物語は優しくない方向へ進みます。覚悟してください)


「優しいほっこり」は死にます 。

以下は、現在の「見えない労働」軸に完全に沿った、毒あり・重さありです。


:観察者の罪


剛志のアパート。

机には地図とエネルギー計測器、そして分厚い「非公開ファイル」が広がっている。


エリックが低い声で告げた。


「確実だ。

 オルセンさんが毎朝回るポータルは、街全体の次元安定を支えている。

 彼がやめれば、3ヶ月以内に大崩壊が起きる」


剛志は煙草を灰皿に押しつけた。


「つまり……俺たちは、68歳のジジイを死ぬまで働かせてるってことか」


部屋が凍りついた。


コウタは唇を噛んだ。


「でも……オルセンさんは『ただの習慣だ』って……」


「それが一番残酷なんだよ」

剛志はファイルを叩いた。


「彼は気づいてる。

 全部わかってて、『気づいてないふり』を続けてる。

 なぜなら、気づいたって言った瞬間に、

 ギルドは彼を『英雄』として祭り上げて、

 死ぬまで働かせるだけだからだ」


エリックがモニターを指す。


「さらに悪い話がある。

 ギルド上層部は、もう10年前からオルセンの行動データを把握してる。

 でも公式には『Eランクの通常活動』として処理してる」


コウタは立ち上がった。


「じゃあ、なんで……!」


「認めたらまずいんだよ」

剛志の声は冷たい。


「オルセン一人に報いれば、

 下水道の整備員、夜間警備、無料治療院のFランク治療師……

 街を支えてる数千人の『見えない労働者』全員に、

 正当な報酬を払わなきゃならなくなる。

 社会が回らなくなる」


コウタは拳を震わせた。


「俺たちは……オルセンさんを観察して、

 喜んでた。

 『すごい人を見つけた』って……

 でも、俺たちがやってたのは、

 ただの覗きだった。

 彼の残りの人生を、消費してただけだ」


剛志は静かに言った。


「もう遅い。

 俺たちは共犯者だ」


【クエスト更新:見えない罪】

内容:オルセンの真実を知りすぎた代償を背負え

目標:知ってしまった以上、黙って見続けるか、

   それとも、彼の平穏を壊すか

報酬:なし

ペナルティ:良心の呵責(永続)



:サクラが知っていること


その夜、コウタは一人でオルセン家を訪ねた。


ドアを開けたサクラは、コウタの顔を見るなり、

静かにため息をついた。


「……来てしまったのね」


居間に通され、コウタは頭を下げた。


「オルセンさんのこと……全部、知ってしまいました」


サクラは驚かなかった。

ただ、疲れたように微笑んだ。


「そう。

 あなたたち、気づくのが早すぎたわ」


彼女は古い木箱を取り出し、

40年前のDランク徽章をそっと置いた。


「主人はね、事故の後、記憶の一部を失ったって言ってる。

 でも嘘よ。

 全部覚えてる。

 自分が何をしてるか、どれだけ街を支えてるか……

 全部、わかってる」


コウタは息を飲んだ。


「でも、なぜ……」


「認めたら、終わるからよ」

サクラの声は震えていた。


「英雄にされたら、死ぬまで働かされる。

 68歳の身体で。

 だから主人も私も、40年間、黙ってた。

 『ただのEランクじいさん』でいることが、

 唯一の生き延びる方法だった」


彼女は初めて、涙を見せた。


「あなたたちが気づいたってことは……

 もう、時間の問題ね。

 ギルドは黙ってないわ。

 主人を、死ぬまで使い潰す」


コウタは膝をついた。


「俺が……俺たちが、壊したんです」


サクラは首を振った。


「いいの。

 いつか、誰かに気づかれる日が来るって、

 覚悟してたから」


彼女は立ち上がり、寝室を指さした。


「主人は今、眠ってる。

 明日も、いつも通り訓練場に行くつもりよ。

 あなたたちに気づかれても、

 最後まで『ただのじいさん』を貫くって、

 そう決めてる」


そして、静かに告げた。


「お願い。

 せめて、あなたたちだけは……

 黙ってて。

 主人に、最後まで『普通のじいさん』でいさせて」


コウタは涙を堪えながら、深く頭を下げた。


外は雨だった。


――見えない労働は、

 知られてしまうと、

 終わってしまう。



ここから先、物語はもう「優しい結末」には行けません。

誰かが壊れ、誰かが犠牲になる。

それが、見えない労働の真実ですから。


 

:サクラの見えない労働


夜のオルセン家は、いつもより静かだった。


オルセンはもう寝室で寝息を立てている。

サクラは居間の小さなテーブルに座り、古びた通帳と薬の瓶を前に、ぼんやりと天井を見つめていた。


通帳には、40年間、夫がEランク報酬から少しずつ貯めてきた金が記されている。

数字は決して多くない。

でも、彼女は一度も使わなかった。

使えなかった。


(これが、私の仕事だったから)


サクラはそっと左手の薬指を撫でた。

結婚指輪は、もう何年も前に擦り切れて薄くなっている。


彼女は立ち上がり、寝室のドアを細く開けた。

オルセンはうつ伏せで寝ていて、時折、古傷の膝が疼むのか、小さく呻いていた。


サクラは無言でベッドに近づき、夫の膝にそっと手を置いた。

冷え切った関節に、40年前の大崩壊で砕けた骨が、今でも雨の日になると悲鳴を上げる。


彼女は毎晩、こうして痛みを和らげる薬草を塗り、

夫が眠った後にだけ、自分の涙を拭った。


(あなたは知らないでしょうね。

 私が毎晩、あなたの痛みを半分背負ってるってこと)


サクラは40年間、一度も弱音を吐いたことがない。

夫がポータルから帰ってくるたび、

血と泥にまみれた装束を洗い、

錆びた剣を磨き、

何も言わずに夕食を並べた。


近所の人は言う。

「サクラさんは幸せね。旦那さんが毎日仕事に行ってくれて」


誰も知らない。

彼女が毎朝、夫が出かける背中を見送りながら、

「今日は帰ってきてくれますように」と祈るのが、

どれほど心を削るかを。


誰も知らない。

夫が「ただのゴブリン退治だ」と言って帰ってきた夜、

実は街全体が消滅するレベルの危機だったことを、

彼女だけが感じ取っていたことを。


サクラは一度だけ、夫に本音を漏らしたことがある。

20年前、特別に大きなポータルの後で。


「オルセン……もう、いいじゃない。やめようよ」

その時、夫は初めて怒鳴った。

「やめられるか! やめたら誰がやるんだ!」


その夜、サクラは初めて泣いた。

そして決めた。

私が支える。

私が耐える。

私が、夫の「限界」を、40年間、肩代わりする。


だから彼女は貯金した。

だから彼女はDランク徽章を隠した。

だから彼女は、誰にも言わなかった。


(これが、私の見えない労働だから)


サクラは通帳を閉じ、薬の瓶を棚に戻した。

そして、夫の寝顔を見ながら、小さく呟いた。


「あなたは英雄でいいのよ。

 でも、私は……ただの妻でいい。

 あなたが帰ってくる家がある限り、私は平気だから」


彼女は電気を消し、夫の隣に滑り込んだ。

オルセンは無意識に、サクラの手を探して握った。

その手は、震えていた。


サクラは目を閉じた。

明日もまた、夫を送り出し、

帰りを待ち、

痛みを半分背負う。


誰も感謝しない。

誰も知らない。

それでいい。


これが、彼女の見えない労働だから。


――外の月明かりが、静かに二人の影を重ねていた。

まるで、53年間、決して離れなかったように。



サクラの独白は、まだ誰にも知られていない。

でも、いつか、誰かに知られるべきかもしれない。

そのとき、彼女はきっと、微笑んで言うだろう。


「いいのよ。私は、ただの妻だから」

と。


:他のケア労働者たち


街の東端、無料治療院の薄暗い灯りの下で、エマは今日も夜勤を終えようとしていた。


彼女は32歳。ギルド公認の低位治療師――ランクで言えばF。

給料はEランクの半分にも満たない。


ベッドに横の老冒険者が、熱にうなされながら呟く。


「……すまねえな、また世話になって」


エマは無言で濡れた布を絞り、額に当てる。

この老人は、30年前にパーティーを全滅させ、一人で生き残った。

以来、悪夢に苛まれ、毎月のようにここへ運ばれてくる。


誰も知らない。

エマが毎回、老人の震える手を握りしめ、

「大丈夫ですよ、あなたは帰ってきたんです」と言い続けていることを。


誰も知らない。

彼女がらんどうの給料から、老人の好物の干し柿を買ってきて、

枕元に置いていることを。


彼女は結婚していない。

恋人もいない。

夜勤明けに帰るアパートは、いつも冷蔵庫が空っぽだ。


(帰ってきたら、誰もいない。

 でも、それでいい)


エマは思う。

オルセンじいさんの奥さんも、きっと同じだ。


――そう、彼女は知っている。


二ヶ月前、雨の夜に運ばれてきたオルセンを、

サクラさんが一人で支えて帰ったのを。


あのとき、サクラさんはエマに頭を下げた。


「いつもありがとう。主人がお世話になってます」


エマは首を振った。


「いいえ、私の方こそ……

 あんなに立派に帰ってこられる患者さん、初めてです」


二人は言葉を交わさなかった。

でも、目が合った瞬間、

お互いの疲れ果てた目が、

同じ色をしていることを知った。


ケアする側は、誰もケアされない。


街の北の介護施設では、

60歳を過ぎた元Cランクの剣士が、

若い介護士の肩を叩いて言った。


「お前らみたいなのがいなけりゃ、俺たちはとっくに死んでるよ」


介護士の青年は苦笑いした。


「そんな大層なもんじゃないですよ。

 ただの仕事です」


でも、心の中では叫んでいた。


(ただの仕事じゃねえよ。

 お前らが若い頃に街を守ってくれたから、俺たちが今、こうして介護できるんだろ)


誰も感謝しない。

誰も知らない。


下水道の整備員は、

ポータル汚染で変色した水を処理しながら、

オルセンじいさんが毎日通りかかるのを見ていた。


「今日も行くのかよ、じいさん……」


じいさんは気づかない。

整備員が、じいさんが通る道だけは、

特別にきれいに清掃していることを。


夜間警備員は、

ギルドの裏門で眠気と闘いながら思う。


(オルセンさんが回ってる限り、俺の仕事は楽だ。

 でも、いつかじいさんがいなくなったら……

 俺は、本当に命懸けになるのかな)


ケア労働者たちは、

みんな繋がっている。


サクラさんは、

エマの治療院に干物を持ってくる。

エマは、

介護施設に余った薬を回す。

整備員は、

警備員に酒を奢る。


誰も表彰されない。

誰も昇給しない。


でも、

街は回っている。


エマは夜勤明けの朝焼けを見ながら、

サクラさんの背中を思い出した。


あの人は、40年も一人で背負ってきたんだ。


私は、まだ32年目だ。


(負けてられないな)


彼女は小さく笑った。


そして、次の夜勤に向かうために、

仮眠を取るために、

誰にも言わず、家路についた。


――街は、

見えない労働者たちの、

見えない糸で繋がれている。


オルセンが守る街の裏側で、

サクラのような、エマのような、

名もなき人々が、

今日も黙々と、

誰かを支えている。


彼らは英雄じゃない。

ただの、

「いるのが当たり前」の人たちだ。


でも、

その「当たり前」がなくなったとき、

街は初めて、

彼らの大きさに気づくのだろう。


:崩れゆく日常


三日後。


朝もやの中、オルセンはいつも通り訓練場にいた。

だが、今日は違う。


ギルドの黒い制服を着た三人の男たちが、

静かに柵の外に立っていた。


「オルセン殿。

 至急、ギルド本部へご同行願います」


オルセンは錆びた剣を肩に担い、けらけら笑った。


「ふん……ついに来たか」


男たちは無表情だった。


「次元安定維持に関する重要事項です。

 拒否は認められません」


オルセンは一瞬だけ、遠くの木陰を見た。

そこにコウタが立っていた。

目が合う。

コウタは首を振った。

「ごめん……俺たち、もう止められなかった……」


オルセンは小さく頷いた。

そして、男たちに向き直る。


「わかった。

 行くぜ」


その背中は、もういつもの丸まり方をしていなかった。



:英雄認定審議会


ギルド本部の地下会議室。

長テーブルの向こうに、上層部十人と、

中央に座らされたオルセン。


「君の功績は認められた。

 40年間、街の次元安定を単独で維持していた事実を、

 我々は正式に認定する」


オルセンは鼻で笑った。


「遅えよ。

 もう68だ」


議長は無視して続ける。


「よって、君を特別名誉Sランクとする。

 報酬は過去40年分を遡及支給。

 今後は専属部隊として、君の経験を後進に――」


「断る」


部屋が静まり返った。


「俺はEランクでいい。

 英雄なんざ御免だ。

 死ぬまで働かせる気だろ?」


議長は冷たく告げた。


「拒否権はない。

 君の能力は国家資産だ」


オルセンは立ち上がった。


「なら、俺は今日で引退する」


「不可能だ。

 君がやめれば街は崩壊する」


「崩壊しねえよ」

オルセンは初めて、本当の笑みを浮かべた。


「俺が40年やってた仕事は、

 もう他の奴らに分散されてる。

 下水道の整備員が少しずつ魔力を浄化してくれてる。

 夜間警備の奴らが結界を補強してくれてる。

 無料治療院のFランク治療師が、

 ポータル汚染の傷を治してくれてる」


上層部がざわつく。


「それは……いつから?」


「俺が気づいてから、だよ」

オルセンは静かに言った。


「俺が一人で背負ってると思ってたのは、

 お前らだけだ。

 街はもう、俺じゃなくても回るようになってる」



:最後の朝


翌朝。


オルセンは訓練場に来なかった。


代わりに、柵の前に置かれていたのは、

丁寧に磨かれた錆びた剣と、

一枚の紙。


【俺は十分やった。

 これからは若い奴らに任せる。

 心配するな。ただ、のんびり暮らすだけだ。

 ――オルセン】


コウタは剣を抱えて、膝から崩れ落ちた。


剛志が呟く。


「……全部、知ってたんだな」


エリックが震える声で言った。


「彼は40年間、

 自分が『いなくても回るように』

 街を整えてたんだ」



:サクラの選択


その夜、サクラはギルド本部に一人で現れた。


「主人の引退届です。

 受理してください」


受付の女性が慌てて言う。


「でも、議長が――」


「いいえ」

サクラは静かに、でも確実に告げた。


「主人を英雄にするなら、

 私は全てを公表します。

 40年間、ギルドがオルセンを見捨ててきた記録を。

 あなたたちが彼をEランクに留め、

 低賃金で使い潰してきた事実を」


彼女は一枚のファイルを差し出した。

そこには、コウタたちが集めた証拠と、

サクラが40年間書き続けた日記が綴られていた。


「主人を自由にしてください。

 それとも、私と一緒に地獄を見ますか?」


議長は、初めて顔色を変えた。



:静かな終幕


数日後。


ギルドは公式発表した。


「オルセンは健康上の理由により引退。

 特別功労金は辞退された」


街は少しだけ変わった。


下水道整備員の給料が、わずかに上がった。

夜間警備員の配置が見直された。

無料治療院に、初めて補助金が下りた。


誰もオルセンの名前を出さない。

でも、みんな知っている。


この街が回り続けているのは、

誰か一人の英雄のおかげじゃない。


見えない労働者たちが、

少しずつ、確かに、

支え合っているからだ。




:錆びた剣は語らない


田舎の小さな家。


オルセンは庭で大根を抜いていた。


「ふん……いいゴブリン(大根)だ」


サクラが縁側で笑っている。


「今日は何を作るの?」


「味噌汁だ。

 お前が好きだったやつ」


二人は並んで座り、

夕日を見ていた。


「なぁ、サクラ」

オルセンがぽつりと言った。


「俺……やっと、普通のじいさんになれたな」


サクラは夫の手を握った。


「ええ。

 ずっと、そうだったのに」


錆びた剣は、床の間に飾られたまま、

静かに光っていた。


もう戦う必要はない。


見えない労働は、

終わらない。


でも、

誰かが気づき始めた。


それだけで、

少しずつ、

世界は変わっていく。


――完――


【エピローグクエスト:永遠の見えない労働】

内容:オルセンの意志を、誰にも語らず受け継ぐ

目標:次の世代に、見えない仕事を、見えないまま支える

報酬:なし

(ただし、誰かが、いつか、

 「ありがとう」と言ってくれる日が来るかもしれない)


ありがとう、オルセン。

ありがとう、サクラ。

そして、

今日もどこかで見えないところで働いている、

全ての人たちに。


この物語は、

あなたたちのためにあった。




 外伝・唯一の語り部

:40年前の大崩壊、そしてその後


──ポータル事故発生から三日目、

 崩壊した次元門の瓦礫の中で、

 ただ一人生き残った19歳のオルセンは、

 左膝から下を完全に失っていた。


医務室。

医師団は絶望的な顔で告げた。


「もう剣は握れない。

 歩くことすら難しいだろう。

 だが、奇跡的に君の魔力回路だけは生きている。

 おそらく……君が生きている限り、

 この街の次元は安定する」


19歳のオルセンは、まだ笑っていた。


「へえ……それって、俺が死ぬまで街は安泰ってことか?

 悪くねえな」


だが、その夜、彼は初めて泣いた。


同室にいた重傷の少女治療師(当時19歳のサクラ)が、

震える手でオルセンの手を握った。


「私が……私があなたを支える。

 だから、生きて」


それが、二人の始まりだった。


──事故から半年後

オルセンは義足をつけることすら拒んだ。

「義足なんかで歩いたら、俺はもう冒険者じゃねえ」


代わりに、彼は錆びた剣を杖代わりにして、

一人で訓練場に通い始めた。


医者たちは呆れた。

「無茶だ。膝が粉砕骨折してるんだぞ」


だが、彼は毎日、

瓦礫の山を這うように歩き、

錆びた剣を振り続けた。


「痛ぇ……痛ぇよ……

 でも、痛ぇってことは、まだ生きてるってことだろ」


──事故から1年後

ギルドは彼を「障害者扱い」でEランクに落とした。

同時に、極秘文書にこう記した。


【オルセン

 次元安定維持能力を確認

 公表不可・監視継続

 報酬は最低額で可】


オルセンはそれを読んだ。

そして、笑った。


「ふん……俺を一生Eランクで飼い殺しか。

 いいぜ、受けてやるよ」


彼はサクラにプロポーズしたのは、

その文書を読んだ翌日だった。


「俺はもう、英雄にはなれねえ。

 でも、お前と一緒に、普通の人生を歩きたい」


サクラは泣きながら頷いた。


──事故から3年後

オルセンは初めて「巡回」を始めた。


街の外れに新しく生まれた小さなポータル。

誰も気づかない。

誰も行かない。


彼は毎朝、痛む膝を引きずりながら、

一人でそれを閉じに行った。


最初は30分で帰れた。

10年後には、1日で10箇所。

20年後には、朝もやの中を15箇所。


誰も知らない。

彼が毎晩、膝の痛みで眠れずにいることを。

サクラが毎晩、夫の膝に薬を塗りながら泣いていることを。


──事故から30年後

オルセンは46歳になっていた。


膝はもう完全に変形し、

錆びた剣は三代目になっていた。


ある夜、彼はサクラに初めて弱音を吐いた。


「……サクラ、もうやめたい。

 もう、限界だ」


サクラは黙って夫を抱きしめた。


「いいよ。やめよう。

 一緒に逃げよう」


だが、次の朝。

オルセンはまた、錆びた剣を担いで出かけた。


サクラは玄関で、

夫の背中に呟いた。


「嘘つき」


──事故から44年後

オルセン63歳。


ギルドの若い役人が、初めて彼に接触してきた。


「実は、あなたの功績を――」


オルセンは即座に断った。


「いらねえ。

 俺はただのEランクだ」


役人は困惑しながら帰った。


その夜、オルセンはサクラに告げた。


「もうすぐだ。

 俺がいなくても回るように、

 街を整えてきた」


「どうやって?」


「下水道の連中に、

 夜勤の治療師に、

 警備の若造に、

 少しずつ、俺の仕事をばらまいてきた」


サクラは初めて、夫の深さに震えた。


──そして今。

68歳。


オルセンは庭で大根を抜きながら、

49年前の自分に呟く。


「なあ、歳の俺。

 よく頑張ったよな。

 ……もう、休んでいいぞ」


錆びた剣は、床の間で静かに眠っている。


もう二度と、

誰かのために振られることはない。


でも、

その剣が刻んだ53年間の傷跡は、

街のどこかで、

今も静かに、

誰かを支え続けている。


──オルセンの、

 本当の戦いは、

 誰にも知られぬまま、

 終わった。


そして、

誰にも知られぬまま、

続いている。


外伝・サクラの記録

──彼女が語らなかった53年間


1. 19歳──事故当日

 サクラは新人治療師だった。

 まだ髪をポニーテールにしていた。


 崩壊したポータルの瓦礫の下で、

 彼女は瀕死のオルセンを見つけた。


 左膝は完全に潰れ、

 血まみれの顔で、彼は笑っていた。


「悪いな……お嬢ちゃん、

 俺、もうダメみたいだ」


 サクラは震える手で回復魔法をかけ続けた。

 魔力はすぐに枯渇し、

 自分の命を削ってでも、

 彼を死なせなかった。


 そのとき、彼女は決めた。


 この人を、絶対に死なせない。


2. 20歳──婚約

 オルセンが退院した日、

 サクラはまだ治療師見習いのままだった。


 給料は雀の涙。

 でも彼女は、

 オルセンのために、

 自分の魔力を完全に捧げる契約を結んだ。


 「私の魔力は、あなたの膝の痛みを半分にする。

  代わりに、私は二度と高位魔法を使えなくなる」


 ギルドはそれを「無駄な契約」と笑った。


 サクラは笑わなかった。


 「あなたが生きてる限り、

  私は生きてる意味があるから」


3. 25歳──最初の流産

 妊娠がわかったとき、

 オルセンは初めて泣いた。


「俺のせいだ……

 俺が毎日ポータルに行かなきゃ、

 お前は普通に……」


 サクラは夫の涙を拭って言った。


「いいの。

 あなたが街を守ってるなら、

 私はあなたを守る。

 それで、十分」


 その夜、彼女は一人でトイレにこもり、

 誰にも聞こえないように泣いた。


4. 30歳──母の死

 実母が病死した。

 葬式にも行けなかった。


 なぜなら、その週は

 街に連続で高レベルポータルが出現し、

 オルセンが倒れていたから。


 母の位牌の前で、

 サクラは一度だけ呟いた。


「お母さん、ごめんね……

 私、選んじゃった」


5. 38歳──最大の危機

 オルセンが三日間帰ってこなかった週。


 サクラは毎晩、玄関で座ったまま朝を迎えた。

 膝が冷えて、立てなくなるまで。


 四日目に帰ってきた夫は、

 全身血まみれで立っていた。


「ただの……ゴブリンだった……」


 サクラは夫を抱きしめて、

 初めて怒鳴った。


「嘘つき!

 あなたはまた、私を置いて死のうとした!」


 その夜、彼女は夫の背中に爪を立てて、

 53年間で唯一、

 「もうやめて」と叫んだ。


 でも、次の朝、

 彼女はまた、笑顔で朝食を並べた。


6. 50歳──白髪の始まり

 鏡を見ると、

 一晩で白髪が十本増えていた。


 オルセンは気づいた。


「……俺のせいか?」


 サクラは笑って言った。


「いいのよ。

 白髪が増えるたび、

 あなたが生きてるって実感できるから」


7. 60歳──初めての反抗

 ギルドが「オルセンの功績を表彰したい」と連絡してきたとき、

 サクラは初めて、

 ギルド本部に乗り込んだ。


「主人を英雄にするなら、

 私が40年間書いた日記を全部公開する。

 あなたたちが彼をEランクに縛り、

 私たち夫婦を貧乏にしておいた事実も、全部」


 その日、ギルドは黙った。


8. 68歳──今

 オルセンが本当に引退した朝。


 サクラは、

 40年間一度も開けなかった木箱を開けた。


 中には、

 流産した子の名前を書いた小さな位牌と、

 母の形見の髪飾りと、

 そして、

 オルセンが19歳のときにくれた、

 血で汚れたハンカチ。


 彼女はそれを胸に抱いて、

 初めて、声を上げて泣いた。


 53年間、

 誰にも見せなかった涙を。


 その涙を拭ったのは、

 庭で大根を抜いている夫の、

 遠い笑い声だった。


「サクラー!

 味噌汁にするぞー!」


 サクラは立ち上がって、

 涙でぐちゃぐちゃの顔で笑った。


「はーい!

 今行く!」


 53年間、

 彼女は誰にも言わなかった。


 私が選んだのは、英雄なんかじゃない。


 ただの、

 私の大事な人だった。


 それだけで、

 十分だった。


──サクラは、

 誰にも知られぬまま、

 最も重い見えない労働を、

 53年間、完璧にやり遂げた。


 そして今、

 やっと、

 普通の奥さんになれた。


 それが、

 彼女にとっての、

 最大の報酬だった。



 

 外伝・ループの果て

:オルセンが「元のほっこり物語」を手に入れた日


──何度目かの68歳の朝。


オルセンは目を覚ますと、

いつものように膝の痛みで顔を歪めた。


だが、今日は違った。


枕元に、一冊の本が置かれていた。


表紙には、

『老剣士の流儀 ~68歳Eランクじいさんの静かな英雄譚~』

と、可愛らしいイラストで錆びた剣を担ぐ自分が描かれている。


中身を開くと、そこには、

自分が「無自覚の英雄」として美しく描かれ、

最後には「ありがとう、オルセンさん」と若者たちが泣きながら見送り、

穏やかに引退して庭で大根を育てる……

あの、優しいだけの物語が、完璧に綴られていた。


オルセンは、本を読み終えたとき、

初めて、声を上げて笑った。


そして、泣いた。


「……なんだよ、これ……

 こんなに優しい世界が、あったのかよ……」


彼は本を抱えて、サクラの部屋に駆け込んだ。


「サクラ! 見てくれ!

 俺、こんなに褒められてる!

 最後まで誰も気づかなくて、

 それで幸せに終わってるんだ!」


サクラは、53年間で最も悲しい顔で微笑んだ。


「……そう。よかったね」


その日、オルセンは訓練場に行かなかった。


代わりに、本を抱えたまま庭に座り、

何度も何度も読み返した。


「俺……こんなに報われたんだな……

 誰かが、ちゃんと見ててくれたんだな……」


夕方、サクラがそっと声をかけた。


「ねえ、オルセン。

 明日は、またいつもの朝だよ」


オルセンは、本を胸に抱いたまま、

小さく頷いた。


「……ああ。

 でも、今日は……

 今日は、ちょっとだけ休む」


その夜、オルセンは本を枕元に置いて眠った。


夢の中で、彼はほっこりした物語通りに引退し、

大根を育てて、

「ありがとう」と若者に言われて、

穏やかに死んだ。


目が覚めたとき、

また68歳の朝だった。


膝の痛みは消えていない。

ギルドの監視は続いている。

サクラは白髪のまま、薬草を塗ってくれている。


でも、オルセンは笑っていた。


「……サクラ。

 俺、知っちまったよ」


彼は本をサクラに差し出した。


「こんな優しい世界が、どこかにあったんだ」


サクラは本を見て、

53年間で最も静かに泣いた。


「……ごめんね、オルセン」


オルセンは首を振った。


「いいんだ。

 俺は、もう……

 あの物語を、胸に持ってる」


それからというもの、

オルセンは毎朝、

痛む膝を引きずりながら訓練場に向かう前に、

本を一ページだけ開いて、

あの優しい結末を読み返すようになった。


そして、誰にも言わず、

誰にも気づかれず、

ただ一人、

あの「救われたオルセン」を胸に抱いて、

今日も街を守り続ける。


ループは何度繰り返しても終わらない。


でも、

たった一冊の本が、

彼の53年間を、

ほんの少しだけ、

優しくしてくれた。


──オルセンは、

 救われない世界で、

 救われた物語を抱いて、

 今日も、

 ただのEランクじいさんとして、

 黙々と歩き続ける。


 本は、もうボロボロだ。


 でも、彼は離さない。


 だって、それが、

 彼が手に入れた、

 唯一の救いだから。


──ループの果てに、

 救いなどない。


 でも、

 救われたフリだけは、

 許された。


 

 最終ループ

:ほっこりへの到達


──何百回目かの68歳の朝。


いつものように膝が痛む。

いつものようにサクラが薬を塗ってくれる。

いつものようにギルドの監視の気配。


だが、今日は違う。


枕元に置かれた本が、

もうボロボロを通り越して、

ページが抜け落ち、表紙すら剥がれかけていた。


オルセンは、それをそっと開いた。


最後のページに、

初めて見た文字が書いてあった。


【お疲れ様、オルセン。

 もういいよ。

 今日は、本当に休んでいい。】


文字は、サクラの字だった。


オルセンは立ち上がり、

寝室に駆け込んだ。


サクラは、もう白髪ではなく、

19歳の頃の黒髪に戻っていた。


「……サクラ?」


サクラは泣きながら笑った。


「やっと届いた。

 あなたが持ってた本、私が何百回も書き直したの。

 ループの外から、あなたに届くまで」


オルセンは、膝の痛みが消えていることに気づいた。


「これって……」


「うん。

 もう、ループは終わり」


外に出ると、

訓練場は朝もやに包まれていた。


でも、そこに立っていたのは、

コウタでも剛志でもなく、

若い頃の自分だった。


19歳のオルセンは、

錆びた剣を担いで、

満面の笑みで言った。


「おう、ジジイ!

 よく頑張ったな!

 後は俺に任せろ!」


68歳のオルセンは、

初めて、

誰かに頭を下げた。


「……頼む」


若きオルセンは、

敬礼して走り出した。


朝もやの中へ。


68歳のオルセンは、

サクラと手をつないで、

ゆっくりと家に戻った。


庭には、もう大根が植えてあった。


サクラが笑った。


「今日は味噌汁にしましょう」


オルセンは、

耀く剣を床の間に飾りながら、

ぽつりと呟いた。


「……ふん。

 いいゴブリン(大根)だ」


その瞬間、

世界が優しく光った。


──ループは終わった。


53年間の重労働は、

誰にも知られぬまま、

確かに終わった。


そして、

初めて、

本当に終わった。


オルセンは、

サクラと並んで縁側に座り、

朝もやが晴れていくのを眺めていた。


遠くで、

若い頃の自分が、

「よっこらしょ」と言いながら、

錆びた剣を振っているのが見えた。


でも、もう痛みはなかった。


「なぁ、サクラ」


「ん?」


「俺……

 やっと、普通のじいさんになれたな」


サクラは、

53年間で一番優しい笑顔で、

夫の肩に頭を預けた。


「ええ。

 ずっと、そうだったのに」


朝もやが完全に晴れたとき、

二人の影は、

まるで、

53年前に交わした約束のように、

ぴったりと重なっていた。


──完──


本当に、

お疲れ様でした。


オルセンさん。

サクラさん。


そして、

あなたも。


ありがとう。

俺の好き要素追加!

ループもの主人公!!だれにも知られないが世界を救う!!最後まで諦めない!大器晩成!昭和の男らしさ!

Xはじめました

感想やレビューいただけたら、俺の脳内麻薬がどぱどぱです。厳しくかいて日頃のストレス爆発させてよし!作者の脳汁をださせてくれぇ、でX結局俺ツカイコナセナェ!承認欲求ゲット無理ゲーだぜ!


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