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:老剣士の流儀


朝もやが立ち込める訓練場。コウタは柵の陰から息を殺し、一人の老兵を見つめていた。


オルセン。68歳、ギルドランクはE。表向きはただの頑固じいさんだ。


「ふん…よっこらしょ」


オルセンは相変わらずの不格好な動きでルーティンを開始する。ゆっくりと剣を構え、足を引きずるようにして歩法の練習。一見すると、どこにでもいる年老いた剣士の鍛錬風景だ。


しかしコウタはもう知っていた。この不格好さの裏に隠された深遠な技術を。


(あの右足の引きずり方…あれは左膝に古傷があるからだ。剛志さんが調べてくれた記録によると、40年前のポータル事故で負った大怪我の後遺症)


オルセンがゆっくりと剣を振るう。その軌道は一見雑に見えるが、よく観察すると最小限の動きで最大の効果を生み出す計算ずくの動きだった。


「はあ…最近の若い奴らは」


独り言をつぶやきながら、オルセンは突然動きを止める。


「おい、陰に隠れてじろじろ見てんじゃねえ。出て来い」


コウタははっとした。これだけ距離を取っているのに、どうして気づかれたのか。


「す、すみません、オルセンさん」

「コウタか。てめえ、また俺の動きを盗もうってのか?」


オルセンは錆びた剣を肩に担ぎ、けらけらと笑った。


「いいぜ、好きにしろ。だがな、俺のマネをしたって意味はねえぞ。俺のこの動きは、俺の身体に合わせて40年かけて作り上げたもんだ」


コウタは勇気を振り絞って問いかけた。


「オルセンさん、あなたは『根性』っておっしゃいましたが…それだけじゃないですよね?この動きの一つ一つには、全て理由がある」


オルセンの目が一瞬、鋭く光った。


「お前、なかなか目が肥えてるじゃねえか」


老兵はだらりと剣を下ろし、コウタに近づく。


「いいか、コウタ。本当の強さってのはな、他人のマネじゃ得られねえ。お前自身の身体と、お前自身の戦い方を見つけなきゃな」


その言葉は、コウタがこれまで受けてきたどの指導とも違っていた。


「でも…どうすれば?」

「ふん、まずは俺の動きをよく見ろ。ただし、形をマネするんじゃねえ。『なぜ』そう動くのかを考えろ」


オルセンは再び剣を構えた。今度はゆっくりと、一つ一つの動作を分解してみせる。


「見ろ、この足の運び。右足を前に出す時は、必ずかかとから接地する。そうすりゃ、いつでも素早く後退できる」

「剣の構えは低め。高く構えると、下からの攻撃に対応できねえ」

「呼吸は常に一定に。乱れたら、それだけで死ぬ」


コウタは目を見開いた。一見不格好に見えた動きの一つ一つに、これほどの深い理由が隠されていたのか。


「オルセンさん…あなた、本当はすごい実力者なんじゃないですか?」


老兵はけたたましく笑いながら首を振った。


「馬鹿言え。俺はただのEランクのじいさんだ。年取って身体が言うこと聞かねえから、必死で考えながら動いてるだけさ」


しかしコウタにはわかっていた。これは単なる「年寄りの知恵」などではない。圧倒的な経験と洞察力から生まれた、独自の戦闘哲学なのだ。


「よし、今日はここまでだ」

オルセンは錆びた剣を鞘に収め、のそのそと歩き出した。


「おい、コウタ」

振り返らずに言う。


「明日も見に来るなら、ただボーッと見てるんじゃねえ。一つ一つの動きの『意味』を考えながら見ろ。それだけで、てめえの戦い方は変わるからな」


オルセンの背中を見送りながら、コウタは拳を握りしめた。


(そうか…これが俺が求めていた答え。形ではなく、本質を学ぶこと)


彼は走り出した。記録しなければならないことが山ほどあったからだ。


オルセン。無自覚の英雄が、静かに街を守り続ける真実を。


【新クエスト:『老兵の知恵を記録せよ』】

内容:オルセンの動作とその理由を観察・記録する

目標:オルセンの戦闘哲学を理解する

報酬:戦闘理解力+20、洞察力+15


コウタは知っていた。この記録が、いつか誰かの役に立つ日が来ることを。


 :観察者の気づき


剛志のアパートには、地図やメモが所狭しと広げられていた。


「見てくれ、コウタ」剛志は机の上の資料を指さした。「オルセン爺さんがこの一ヶ月で訪れたポータルの位置をプロットしてみた」


コウタは息をのんだ。地図上に印されたポイントは、街を取り囲むように配置され、完璧な防衛線を形成している。


「これ…偶然ですか?」

「ありえないな」剛志は厳しい表情で首を振った。「毎日3つ、ほぼ同じ時間帯に、これだけ広範囲をカバーするポータルを選び続けるのは、偶然じゃない」


エリックがノートパソコンを持ち込んできた。

「データ分析の結果が出ました。オルセンさんが攻略したポータルは、その後すべて安定化し、危険度が著しく低下しています。これは明らかに、何らかの『浄化』が行われている証拠です」


コウタはオルセンの訓練ルーティンを思い出した。

「オルセンさんは、毎朝決まった順番でポータルを回っています。まるで…」

「巡回警邏のようだな」剛志が完了した。


次の日、コウタはオルセンの後を追った。老兵は相変わらずのんびりとした足取りで、最初のポータルへ向かう。


「今日もいい天気だなあ…よし、まずは東の森のポータルからだ」


オルセンがポータルに消えると、コウタは隠れながら待機した。30分後、オルセンが再び現れた。彼の装束には少しも乱れがない。


「はあ…最近のゴブリンはおとなしくなったな。まあいい、次は西の洞窟へ」


コウタは急いで次の目的地へ先回りする。その途中、奇妙なことに気づいた。


(待てよ…オルセンさんがポータルから出てくるたびに、周囲の空気が…澄み渡るような感覚がする)


剛志と合流し、そのことを報告すると、エリックが興奮して説明した。

「それは次元の歪みが修正された証拠です!オルセンさんは無意識のうちに、ポータル内部の次元不安定を修復しているんです!」


三日目の観察で、ついに決定的な証拠を掴んだ。


オルセンが「いつものEランクポータル」と称して入っていった洞窟で、コウタと剛志は外部から計測器でエネルギー変動を記録していた。


「信じられない…」エリックがモニターを指さして震えていた。「ポータル内部で、一時的にSランク相当のエネルギー反応が検出されました。そして…オルセンさんが退場すると、完全に正常化しています」


コウタは自分の目を疑った。オルセンが洞窟から出てきたとき、彼の錆びた剣の先から、かすかに光の粒子が舞い散っているのが見えたのだ。


「おい、お前らか」

突然の声に三人は飛び上がった。オルセンが立っていた。


「てめえら、この三日間、俺の後をずっとつけて来やがったな」

オルセンの目は鋭く光っている。


「す、すみません、オルセンさん!私たちはただ…」

「ふん」オルセンは鼻で笑った。「まあいい。だがな、一つだけ言っておく」


老兵の口調が真剣になった。


「俺はな、別に街のためとか、そんな大層なもんじゃねえ。ただの習慣だ。毎日同じことの繰り返し…それだけだ」

「でも、オルセンさん…」

「いいや、聞け」オルセンは言葉を遮った。「てめえらが何を考えてるかは知らねえが、一つだけ教えてやる。本当に大切なもんはな、目立たねえところにあるんだ」


オルセンは背を向け、歩き出した。


「明日からはつけて来るな。邪魔だ」


しかしその言葉には、優しさが込められていた。


剛志が深く息を吐いた。

「彼はすべてを知っている…いや、少なくとも感じ取っている」

「どういうことですか?」コウタが問う。


「オルセン爺さんは、自分が特別なことをしている自覚はない。だが、無意識のうちにその役割を理解し、受け入れているんだ」


エリックが記録装置をしまいながら言った。

「この事実は公表すべきではないでしょう。彼の平穏を守るためにも」


コウタはうなずいた。

「はい…オルセンさんとサクラさんの日常を、私たちで守りましょう」


三人は暗黙の了解を交わした。無自覚の英雄の秘密を、胸に刻み込むことを。


【クエスト更新:『静かなる守護』】

内容:オルセンの真実を守り、その活動を陰から支援せよ

目標:オルセンの巡回経路の安全を確保/ 異常を早期発見する

報酬:街の安全度+30、オルセンとの信頼+50


コウタは夕日を見つめながら誓った。

(オルセンさん、あなたが気づかなくてもいい。私たちが、あなたの守るこの街と、あなた自身を守りますから)

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