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第四十五話:それぞれの朝


ドアが閉まり、リアの足音が遠ざかっていく。急にアパートが静かになった。コウタはキッチンに一人取り残され、ふと虚しさを感じる。


(さぁ、リアがいないぞ…寂しいけど、どうする)


彼は食器を洗いながら、今日一日の過ごし方を考え始めた。今までなら、何も考えずに訓練場へ直行するところだ。しかし…


(クエストに頼るんじゃない…自分で考えて動くんだ)


コウタは意識的にその考えを選んだ。彼はキッチンのカウンターに手をつき、深く息を吸う。


選択肢1: いつも通り訓練場へ行き、基礎を磨く

選択肢2:ギルドへ行き、新しい知識を学ぶ

選択肢3:街を歩き、何かヒントを探す

選択肢4:ミミの店を訪ね、裁縫を学んでみる


(リアは自分の道を見つけて進んでいる…俺も、ただ漫然と訓練するだけじゃダメだ)


彼はカバンを手に取ると、決断した。


「よし…今日はギルドの図書室に行くか」


そこには、魔法の歴史や様々な戦術の記録が眠っている。直接的な戦闘力には結びつかないかもしれないが、視野を広げることはできる。


アパートを出る時、ミミゾウが「ぷぅー」と鳴き、まるでエールを送ってくれるようだった。


「行ってくるぜ、ミミゾウ」


コウタは寂しさをバネに、新たな一歩を踏み出した。リアがいない時間を、自分自身の成長のために使うことを選んだのだ。


 

ギルドの図書室は、朝早い時間にもかかわらず、数人のハンターが資料を広げていた。コウタは「戦闘の型」「流派」「基礎」といったキーワードで検索を始める。


彼は一冊の分厚い本を手に取った。『剣技の基本とその変遷』。ページをめくると、様々な流派の構えや動作が詳細に解説されている。


(どれも理にかなっている…でも、どれもしっくり来ない)


彼はこれまで多くの戦士からアドバイスを受けてきた。しかし、それらは矛盾することも多く、かえって混乱の元になっていた。


クエスト発生(自主的目標設定)

自己設定クエスト:『自分だけの型を見つけ出せ』

目標:様々な流派の基本を学び、自分に合った要素を見つけ出す

期限:三日間

報酬:戦闘スタイルの最適化


コウタはメモを取り始めた。


· 東部流派:速さと流れるような動きを重視

· 北部流派:力強さと安定性を優先

· 西部流派:最小の動きで最大の効果を


(全部を完璧にこなそうとする必要はない…自分に合った要素だけを取り入れればいい)


彼はあることに気づいた。どの流派にも共通する「基本」がある。呼吸法、重心の置き方、視線の配り方…それらは、流派を超えた普遍的な要素だった。


(まずは、これらの基本をマスターするべきだ。その上で、自分なりのアレンジを加えていけばいい)


コウタは図書室を出て、訓練場へ向かった。今日は新しい技を覚えるのではなく、基本動作の確認から始めることにした。


誰もいない早朝の訓練場で、コウタはひたすら基本動作を繰り返す。構え、歩法、斬撃…一つ一つの動きを丁寧に確認していく。


(リアは裁縫で基礎を学んでいる…俺も、戦闘の基礎から見直そう)


孤独な訓練は続くが、コウタの心は前向きだった。これはクエストに頼らない、自分自身による成長の第一歩だった。




気になるジジイのことをギルドの受付で聞いてみると、彼はかなり有名らしい。


「ああ、頑固なオルセン爺さんね」

受付の女性がため息混じりに教えてくれる。

特性は剣士なのに、いつまで経ってもEランクのままなの。みんながもっと効率的な方法をアドバイスしても、まったく聞く耳持たないんだから


別のハンターが苦笑いしながら付け加える。

“自分の道”にこだわる偏屈な漢さ。でも、誰が何と言おうと絶対に曲げない。ある意味すごいよ


コウタは訓練場に戻り、オルセン爺さんのことを考えた。


(特性は剣士…でもEランクのまま…)


彼はこれまで、「強くなるためには効率性が重要」だと無意識に思っていた。しかし、爺さんの姿は彼に問いかける。


本当の“強さ”とは何か?

他人の評価やランクだけで測れるものなのか?


【新クエスト発生:『真の強さを探求せよ』】

内容:オルセン爺さんの戦い方から学べ

目標:三日間、爺さんの訓練を観察する

報酬:戦闘哲学の理解 / 自分なりの“強さ”の定義


コウタは決めた。効率的ではないかもしれない、周りから笑われるかもしれない。でも、あの爺さんのように、自分自身の道を信じて進むことを。


彼は再び基本動作を始めた。今度は、ランクや他人の評価を気にせず、ただ自分が正しいと信じる道を歩むために。


――――――――――――――――――――

コウタはオルセン爺さんが次に向かうポータルの許可をギルドに頼んだ。あまり褒められた行為ではないが、気になって仕方なかった。


「あの爺さんね…いつも誰もいない低ランクのポータルを選ぶんだよ」と受付が教えてくれた。


コウタがこっそり後を追い、ポータルに入ると、オルセン爺さんはすぐに気づいた。


「何だてめえは!」


コウタが答えようとすると、爺さんは怒鳴った。

「チッ、きやがった!すっこんでろ!」


オルセン爺さんは一人で魔物の群れに突撃していく。コウタはその光景に怖じ気づいた。


(おかしい…ここは低ランクポータルのはずだ)


しかし目の前には、海のように魔物が押し寄せていた。Eランクのポータルとは思えないほどの数だ。


オルセン爺さんは不格好ながらも必死に戦っている。その姿は効率的ではないが、どこか誇り高い。


「引いてろ!」オルセンの怒鳴り声が響く。


コウタは必死に追おうとするが、爺さんの動きが速すぎて全くついていけない。オルセンの動きは相変わらず不格好で、無駄に見える動作も多い。しかし、魔物の攻撃はすべてかすりもせず、逆に爺さんの一撃一撃で魔物がなぎ倒されていく。


(何だこれは!?この人は本当にEランクなのか?)


コウタは目を疑った。朝の訓練場で見たあの不格好なルーティンが、今、命がけの戦場で完璧に機能している。


(あの無駄に見えた動作の一つ一つに意味があったのか?)


オルセンは決して華麗ではない。しかし、それぞれの動きに確かな意図がある。重心移動、視線の配り方、呼吸のタイミング――すべてが計算され尽くしている。


(なぜあの不格好な動きで、あんなに完璧に避けられる?)


コウタはただ立ち尽くし、目の前で繰り広げられる“真の戦い”を見つめるしかなかった。効率や見た目ではなく、実戦で結果を出す――これがオルセン爺さんの“強さ”だった。


【クエスト進行中】

進捗:基礎の真髄を目の当たりにする

気づき:形ではなく、本質を学べ


コウタは悟った。自分がこれまで追い求めてきた“正しい形”は、ただの表面上のものだったと。真に重要なのは、それぞれの動きの“本質的な意味”を理解することなのだと。



――――――――――――――――――――――


戦いが終わり、無数の魔物の屍が散乱する中、オルセン爺さんはようやくコウタの方に向き直った。


 

「おい、何だてめえは!」


「コウタです…どうすれば、あなたみたいに強くなれますか?」


爺さんは怪訝な顔でコウタを見下ろし、鼻で笑った。


「あぁ?さっきの見たらわかるだろ」

彼は汚れた剣を振り払いながら言った。

「勝って勝って勝ちまくる、あっちの攻撃かわして、こっちが一撃でぶっ倒せばそれでおわりだろ。俺なんてただのEランクだ」


その言葉は矛盾に満ちていた。目の前で見た圧倒的な強さと、「ただのEランク」という自称。コウタはさらに混乱した。


「でも、あの動き…朝の訓練で見た…」


「ふん」爺さんは嘲笑った。「あれか?あれはただの“準備”だ。本当の戦いは、頭で考えるんじゃねえ。体が覚えてるんだ」


彼はコウタをじっと見つめ、鋭い目を細めた。


「てめえ、形にこだわりすぎだ。もっとシンプルに考えろ。敵を倒す、自分が生き残る――それだけだ」


【クエスト進捗更新】

核心:技術ではなく、目的を理解せよ

気づき:形や流派に囚われるな、戦いの本質を見よ


「おい、ちょっと降ってみろ」オルセンが突然、地面から魔物の落とした武器を蹴り上げ、コウタに投げ渡した。


そして、オルセンは解説を始める。関節の動かし方、力の伝達、最短距離の軌道――その説明は驚くほど詳細で、筋肉の連動から魔力の流れの質まで及んだ。


「お前の右足、踏み込みが浅い。それじゃ力が腰から伝わらねえ」

「左手の小指、もっと剣の柄に絡めろ。微細な制御が生死を分ける」

「呼吸が乱れてる。魔力の循環が寸断されてるぞ」


オルセンの知識の量と深さは圧倒的だった。コウタがこれまで学んだどの教官よりも、はるかに細かく、本質を突いていた。コウタはほとんど理解できず、ただ茫然とするしかなかった。


そして驚くべきことに、オルセンはコウタがこれまで学んだ様々な流派や型を全て言い当てた。


「東部流派の構えの癖が残ってるな…でも北部流派の足運びも混じってる。ちっとも統合できてねえ」


コウタはあることに気づいた。これは決して、何も考えず不格好に振り回しているのではない。むしろ、膨大な知識と経験に基づいた、極めて意識的な“選択”だった。


そして、オルセンがふと漏らした。

「…実はな、俺の身体はもうぼろぼロだ。若い時の無理がたたって、不格好な動きしかできなくなってしまった」


だからこそ、彼は“完璧な動き”ができなくても“完璧な結果”を出す方法を、膨大な知識で補い、編み出してきたのだ。


【クエスト完了】

報酬:『強さの本質』を垣間見る

核心:完璧な身体や形がなくとも、知識と経験と意志で、強さは極められる


オルセン爺さんは、不格好な背中を向けて去っていった。彼はEランクのままかもしれない。だが、コウタは知ってしまった。ランクなどという表面的なものでは計れない、深遠な“強さ”の在り方を。




オルセン爺さんが突然振り返り、鋭い目でコウタを見据えた。


「おい、強くなる方法教えて欲しかったんだったか?」


コウタがうなずくと、爺さんは豪快に笑った。


「教えてやるよ、簡単だ!根性だよ!俺は根性でやってきたのさ」


彼の目は遠くを見つめ、過去を回想するように語り始めた。


「魂を燃やし続けた!嫌いだった勉強もした。嫌なやつに剣を教わりにいった。とことんポータルに向かった」


その言葉の一つ一つに、重い年月が込められていた。


「怪我すると身体の動かしかた、人体の動きも意識しなきゃならなかった。だんだん動かなくなる身体、感じなくなる五感。取り返しのつかない怪我」


オルセンは自分の身体を軽く叩きながら続ける。


「何があっても戦い続ける。結局楽な道なんてどこにもなかったけど、なんとかなった。闘って、闘って、闘いぬく」


そして、爺さんはコウタをじっと見つめ、笑みを浮かべた。


「要は根性だよ。だんだん楽しくなってくる」


その言葉は、単なる精神論ではなかった。数えきれないほどの苦難と挫折を乗り越えてきた者だけが語れる、深い境地だった。


【クエスト追加報酬:『強さの極意』】

報酬:不屈の魂

伝承:オルセンの“根性”を受け継げ


オルセン爺さんは再び背を向け、ゆっくりと去っていった。彼の不格好な歩みは、しかし確かな強さに満ちていた。


コウタはその背中を見送りながら、拳を握りしめた。効率やランクではなく、ただ前に進み続けること――それが真の強さへの道なのだと悟った。

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