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第四十二話:誠実な代償


前日、コウタはリアをミミの店に残すと、真っ直ぐにギルドへと向かった。約束を反故にしたわけではないが、紹介状を無碍にする形となった塔の老魔術師に対して、きちんと謝罪する必要があると考えたからだ。彼は几帳面で、礼儀を重んじるところがあった。


ギルドのカウンターで、コウタは深々と頭を下げた。


「大変申し訳ありません。ご紹介いただいた塔の魔術師様の元には、同行できなくなりました。相方のリアは…別の道を選びました」


受付の女性は少し驚いた様子だった。

「そうなんですか…でも、わざわざ謝りに来るなんて、珍しいですね。多くの者は、ただ黙って他の道を進むだけですから」


「それは…せっかくご紹介いただいたのに、無下にするわけにはいきませんので」


その時、後ろから低く響く声がした。

「ふむ…その誠実さは評価できる」


振り向くと、そこには老魔術師バルタザールが立っていた。


「私はてっきり、紹介状も無視して失踪したのかと思っていたよ。だが、きちんと顔を出しに来るとはな」


「バルタザール様…! 本当に申し訳ございません!」


老魔術師はコウタをじっと見つめ、やがて深くうなずいた。

「よいとも。むしろ、私は感謝するよ。もし半ば強引にでもあの娘を連れてきていたら、彼女の特性を歪めてしまったかもしれないからな」


コウタは息を飲んだ。老魔術師は、リアの闇属性に気づいていたのか?


「私は長年、魔法の『理』を見てきた。あの娘には…既に、別の『縁』が出来ていた。お前のその選択は、間違っていない」


そう言い残すと、老魔術師は去っていった。


コウタはほっと胸を撫で下ろす。クエストが示した道は、結果的に最善の選択だったのだ。少なくとも、リアの特性を理解する者には、そう見えていた。


(これで…間違いなかったんだ)


しかし同時に、老魔術師の言葉が気にかかった。

『別の『縁』が出来ていた』

ミミのことを言っているのか?それとも…


コウタはギルドを後にした。彼の誠実な行動が、思いがけず新たな示唆をもたらすことになるとは、この時まだ知る由もなかった。



ギルドを出たコウタは、複雑な思いを抱えながらアパートへと戻った。バルタザールの言葉が頭から離れない。


『別の『縁』が出来ていた』


それは単にミミとの出会いを指しているのか、それとも何か別の、もっと深い意味があるのか。クエストが彼をミミのもとへ導いたのは、単なる偶然以上の何かだったのだろうか。


アパートに着くと、すでにリアが戻っており、夕食の準備をしていた。


「おかえり、コウタくん。ギルドはどうだった?」


「ああ…なんとか許してもらえたよ」コウタはできるだけ平静を装った。「バルタザールさんって人、わりと理解のある人だった」


リアはホッとしたように笑った。

「よかった。私もミミさんにいろいろ教えてもらったの。裁縫って、思ってたよりずっと深いんだね」


彼女が野菜を刻む手元を見ながら、コウタはふと気づいた。いつもより動作が滑らかで、無駄な動きが少ない。たった一日で、そんなに変わるものだろうか。


「で、ミミさんってどんな人だった?」


「うーん…」リアは包丁を止めて考える。「厳しいけど、すごく物知りで。でも、自分のことはほとんど話してくれなくて…」


彼女はミミが魔法の話を避け、ひたすら裁縫の基本を繰り返し教えたことを話した。しかし、その指導の中に、まるで魔法の基礎に通じる要素が散りばめられていたとも付け加えた。


「変だよな」コウタは思わず口に出した。「魔法も使えない俺が、なんであの店を見つけられたのか。それに、なんでミミさんが闇魔法のことに詳しいのか」


リアはしばらく沈黙し、そっと呟いた。

「もしかしたら…コウタくんには、誰にも見えないものが見える能力があるのかもね」


その言葉に、コウタははっとした。クエスト視認の能力のことか? いや、リアはそんなこと知るはずがない。


「…ありえないよ」彼は慌てて否定した。


その夜、コウタはベッドの中で考え続けた。バルタザールの言葉、ミミの正体、そしてクエストシステムの謎。すべてが複雑に絡み合い、一つの大きな謎を形成しているように感じられた。


(俺はただ、リアを守りたいだけなのに…)


なぜか、この単純な願いが、思わぬ方向へと彼を導き始めていた。そして、その道の先に何が待っているのか、彼にはまだ見えていなかった。



 


コウタが複雑な思いを巡らせていると、視界がかすかに揺らめいた。


【緊急クエスト:笑顔の共有】

内容:リアの裁縫修行の話を、心から楽しんで聞け!

制限時間:リアが話し終わるまで

報酬:リアの幸福感+30% / 絆ポイント+25

失敗条件:自分の悩みを優先する / 上の空で聞く


(ちっ…今のはずるいな…)


クエストの内容に、コウタは内心で舌打ちした。今の自分に必要なのは、確かにこれなのかもしれない。彼は深く息を吸い、表情をパッと明るく変えた。


「で、ミミさんとっておきの技とか教わったのか?」コウタは食卓に肘をつき、身を乗り出して聞いた。


その急な変化に、リアは少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに笑顔で答え始めた。


「うん!まず玉結びから始めたんだけど、最初は全然できなくて…でもミミさんが『力加減は魔法と同じ』って言うから、魔力を制御する時の感覚でやってみたら、できたんだ!」


彼女の目はキラキラと輝き、身振り手振りを交えて話し続ける。


「それからなみ縫いの練習をしたんだけど、これがまた難しいの。でもミミさんが『呼吸と針の動きを合わせろ』って…」


コウタはリアの話に相槌を打ち、時に笑い、時に感心しながら聞き入った。最初はクエストのために演じている部分もあったが、次第に本当に彼女の楽しそうな様子に引き込まれていった。


「…でね、最後にミミさんが言ってたの。『明日はもっと難しい技を教える』って。すごく楽しみ!」


リアがそう言って話を締めくくると、コウタの視界に新しい表示が浮かんだ。


【クエスト成功】

報酬獲得:リアの幸福感+30% / 絆ポイント+25


「そっか…よかったな」コウタは自然な笑みを浮かべていた。「お前、楽しそうで」


その言葉に、リアは少し照れくさそうにうつむいた。

「うん…コウタくんが連れて行ってくれたから。ありがとう」


夕食後、コウタは一人でベランダに出た。クエストは達成されたが、彼の心の中にはまだモヤモヤが残っている。しかし一つだけ確かなことがあった──リアのあの笑顔を見るためなら、どんなクエストでも引き受ける価値がある、ということだ。


(悩んでる場合じゃないな…)


夜空の星を見上げながら、コウタは静かに拳を握りしめた。



夕食を終え、片付けを終えた後、リアはコウタの隣に座り、静かに口を開いた。


「コウタくん、ありがとう」


「え? な、なんで急に」


「最近…ちょっと焦ってたんだ」リアは自分の手のひらを見つめながら言った。「Eランクに上がったのに、なかなか思うように魔法が制御できなくて…周りとも比べてしまって」


コウタは息を飲んだ。まさにクエストが指摘していた通りだった。


「でも、今日ミミさんと過ごして…違う道もあるんだって気づいたの」リアの口元に、柔らかな笑みが浮かぶ。「魔法だけが全てじゃないって。地味な裁縫の中にも、すごく深い学びがあるんだって」


彼女の目は、夕食の時以上に澄んで、落ち着きを取り戻していた。


「コウタくんが私をあの店に連れて行ってくれたから、それに気づけた。本当に…ありがとう」


【隠しクエスト達成:心の安定】

報酬:リアの精神安定度+50% / 絆レベル+1


視界に表示された想定外の報酬に、コウタは胸が熱くなるのを感じた。これは、数値以上の何かだった。


「バカなこと言うなよ」コウタは照れくさそうに頭を掻いた。「お前が楽しそうなら、それでいいんだ」


その夜、コウタはベランダで一人、今日の出来事を振り返った。クエストシステムは相変わらず謎だらけだった。しかし、少なくとも一つだけわかったことがある。


このシステムは、彼が気づいていなかったリアの本心を、彼に気づかせようとしているのだ。

――――――――――――――――――――――――――


コウタがベランダで感慨にふけっていると、またしても視界が揺らめいた。


【クエスト発令:生活の分担】

内容:リアの負担を減らすため、自主的に家事を遂行せよ

具体例:風呂掃除、洗濯物たたみ、ゴミ出しなど

報酬:リアの労力軽減 / 生活スキル+1 / 絆ポイント+15

失敗条件:言われるまで動かない / 中途半端な仕事


(はっ…まったく、細かいことよく言ってくるな…)


内心ではそう思いつつも、コウタはすぐに行動を起こした。まずは流し台に溜まった食器を洗い始める。これまでなら「後でやるよ」で済ませていたところだ。


「コウタくん? 私がやるからいいよ」

「いいよ、今日は俺がやる。お前はゆっくりしてな」


しばらくして今度は洗濯物を取り込み、たたみ始めた。最初は不器用だったが、次第にコツを掴んでいく。


【家事スキル:初歩 獲得】


リアが驚いた顔で彼を見つめる。

「どうしたの?急に…」


「いや、別に…たまにはな」


全てを終え、コウタがほっと一息つくと、リアが嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう。助かるよ」


【クエスト達成】

報酬獲得:リアの労力軽減 / 生活スキル+1 / 絆ポイント+15



コウタが洗濯物をたたみ終え、次の家事を探そうとしていると、リアが近づいて来て言った。


「コウタくん、一緒にやろうか」


彼女は自然にコウタの隣に座り、洗濯物の山から一枚ずつ丁寧にたたみ始めた。


「二人でやれば、すぐ終わっちゃうね」


コウタは一瞬驚いたが、すぐにほっとした笑みを浮かべた。クエストは「自主的に家事を遂行せよ」と命じていたが、リアのこの優しさは、どんな報酬よりも価値があると感じた。


【特別ボーナス:協力の心】

追加報酬:絆ポイント+10


視界に表示された追加報酬に、コウタは内心で苦笑いした。このシステム、なかなかよくできている。


「そうだな、一緒にやろう」


二人は並んで家事をこなしていった。食器洗い、掃除、片付け…どれも単調な作業だが、隣にリアがいるだけで、不思議と楽しくなってくる。


「ねえ、コウタくん」

「ん?」

「今日はなんだか…すごく嬉しいよ。コウタくんが進んで手伝ってくれるなんて」


その言葉に、コウタは胸がジンと熱くなるのを感じた。クエストのおかげではあるが、リアのこんな表情を見られるなら、これからもどんどん家事をしようと心に誓った。


(突然、ソファから「ぷぅー!」という鳴き声)


二人が振り向くと、ミミゾウが嬉しそうに跳ねている。そして信じられないことに、床に落ちていたコウタの靴下がふわりと浮き上がり、洗濯かごの中にきちんと収まった。


「え!? ミミゾウ、まさかあなたも手伝ってくれてるの?」

「ぷぅー!(得意げ)」


コウタは思わず笑みを零した。

「はは……どうやら三人で家事をするみたいだな」


リアも嬉しそうにミミゾウを抱きしめた。

「うん!ミミゾウも私たちの大切な家族だものね」


夕暮れの窓から差し込むオレンジ色の光が、二人と一匹のぬいぐるみを優しく包み込む。今日一日、クエストに振り回された部分はあったが、最終的には素敵な時間で締めくくることができた。


【クエスト完全達成】

総合報酬:リアの労力軽減 / 生活スキル+1 / 絆ポイント+25

特別報酬:ミミゾウの信頼+100


ミミゾウは「ぷぅー……」と満足そうな鳴き声を上げ、そっと二人を見守りながら静かになった。まるで、今日の仕事を無事に終えたことを喜んでいるかのように。

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