39
第39話:うなれミミゾウの力
朝、リアはなぜかベッドで目を覚ました。
「……ん? おかしいな」
昨日の夜、彼女はコウタの膝の上で眠ってしまったはずだ。なのに今、自分はベッドの上にいる。コウタは隣でぐっすり眠っている。
「おはよう、リア」
ちょうど起きたコウタが、あくびをしながら声をかけた。
「昨日は俺の膝の上で寝ちゃったよね? ベッドに来たの、覚えてる?」
「いや……全然覚えてないんだ。コウタくんが運んでくれたの?」
「いや、俺も気づかなかった……」
(コウタの視界に青白い文字が浮かぶ)
【新クエスト発生:『ミミゾウの謎の行動を解明せよ』】
【内容:なぜリアがベッドに移動したのか、その真相を探れ】
【報酬:絆ポイント+20】
二人がリビングに出ると、ソファの上でミミゾウが得意げな顔をしていた。いや、ぬいぐるみに表情があるわけないのだが、なぜか誇らしげに見える。
「まさか……ミミゾウが?」
「え? でもミミゾウはぬいぐるみだよ?」
その夜、リアはわざとソファで寝るふりをした。コウタは目を細めて観察している。しばらくすると、小さな物音が聞こえてきた。
「ぷぅー……ぷぅー……」
ミミゾウがソファの端から這い上がり、眠っているリアの胸の上に座ると、その体がほのかに光り始めた。
次の瞬間、信じられないことが起きた。リアの体がふわりと浮き、ベッドの方へゆっくりと移動していくのだ。まるで目に見えない力に運ばれるように。
「な、なんだこれは……!」
【クエスト成功】
【ミミゾウの新能力発覚:『一日がんばった人をベッドに移動させる』】
【効果:疲れてソファで寝落ちした者を自動的にベッドまで運ぶ】
【絆ポイント+20 獲得】
「わあ! ミミゾウ、すごい!」リアは拍手した。
「これでコウタくんがソファで寝ても大丈夫だね!」
ミミゾウは「ぷぅー!」と得意げに鳴き、さらに進化した能力を見せつけるかのように、リビングに落ちていたコウタの上着もベッドまで運び始めた。
「こ、これは……まさかの家事サポート能力?」
「ミミゾウ、あなたって本当はすごい子だったのね!」
コウタは、ただの清潔なぬいぐるみだと思っていたものが、実は彼らの生活を陰で支えるスーパー相棒だったことを知り、衝撃を受ける。
「地味で目立たないけど……確実に俺たちの役に立つ。なんだか、俺たちに似てるな」
リアはコウタのその言葉に、大きくうなずいた。
「うん! ミミゾウは私たちの大切な家族だよ」
こうして、Fランクから這い上がった二人と、役立たずと思われたぬいぐるみの、新たな絆が深まる朝となった。
数日後、コウタは訓練から帰ると、リビングがいつもよりきれいなことに気づいた。窓際のほこりがなくなり、床もさっぱりしている。
「おかえり、コウタくん」
「ああ、ただいま……あれ? 今日も部屋、きれいだな」
リアは嬉しそうにコクンとうなずいた。
「うん! コウタくん、最近すごく頑張ってるから、お掃除してくれてありがとう」
コウタはきょとんとした。
「え? 俺は何も……むしろリアこそ、俺の見てないところでこっそり掃除してくれてるだろう? 昨日だって、訓練から帰ったら棚の上がきれいになってたし」
「……え?」今度はリアが首をかしげた。「私、掃除してないよ? コウタくんが疲れてるのに気づいて、そっとやってくれてるんだと思ってた」
「いや、俺もしてない……」
二人は同時に首をひねり、リビングを見渡す。そこには、ソファの上で何事もなかったように佇むミミゾウがいた。
「ぷぅー」
「まさか……」コウタがミミゾウを見つめる。
「でも、ぬいぐるみが掃除するわけないよ」リアが笑う。
その時、コウタの視界にクエストが表示されるが、彼はそれを無視する。この謎は、クエストに頼らずに解きたかった。
「なんだろうな……最近、俺たちが疲れて帰ってくると、なぜか部屋がきれいになってる」
「そうそう! まるで、誰かが私たちのことを見ててくれてるみたい」
二人は顔を見合わせ、そして思わず笑い出した。
「もしかして、このアパート、優しい幽霊でも住んでるのか?」
「それなら、お礼にちょっとしたお供え物を置いてみようか」
そう言ってリアは、ミミゾウの隣に小さなクッキーを一つ置いた。
「ぷぅー!」ミミゾウは嬉しそうな鳴き声をあげる。
コウタはそれを見て、心の中でほっこりとした。
(誰か……いや、何かが、俺たちのことを見守ってくれている。それで十分だ)
こうして、掃除の謎は解明されないまま、二人と一匹のぬいぐるみの、不思議で温かい共同生活は続いていくのだった。
その夜、コウタの視界に、これまでとは違う深い青色の文字が浮かんだ。
【真のクエスト発生:『ミミゾウの誓い』】
【内容:自分のことは自分でしよう】
【メッセージ:あなたが限界まで頑張るなら、ミミゾウは力を貸してくれます。でも怠ける心に負けた時、ミミゾウからお叱りを受けます。ミミゾウは一日の最後の砦、決して二人を堕落させるためのものではない。二人の幸せを祈るものだ】
コウタははっとした。このクエストは、単なる任務ではなく、何か大切な教えのようだ。
翌朝、コウタはそのことをリアに話そうか迷ったが、やはり口にしなかった。代わりに、彼は自分から進んで掃除を始めた。
「おや? コウタくん、今日は自分から掃除するの?」
「ああ。誰かに頼る前に、自分でできることはやらないとな」
すると、ソファにいたミミゾウが「ぷぅー!」と嬉しそうな鳴き声をあげ、コウタが掃除した後の床を、さらにぴかぴかに磨き上げ始めた。
「わあ! ミミゾウがお手伝いしてくれてる!」
「見たか、リア。本当に必要な時にこそ、ミミゾウは力を貸してくれるんだ」
ある日、訓練をサボってだらだらしようとした時、ミミゾウは突然「ぷぅー……」と悲しそうな鳴き声をあげ、部屋の浄化をやめてしまった。
「ご、ごめんよ、ミミゾウ。ちゃんと頑張るから……」
コウタは慌てて訓練に行き、帰ってくると、ミミゾウがまた嬉しそうに部屋をきれいにしてくれているのを見て、ほっとした。
「ミミゾウは、俺たちがちゃんと頑張るのを見てるんだな」
「うん。ミミゾウは私たちのことを、本当に大切に思ってくれてるんだよ」
こうして、ミミゾウは二人の成長を見守る、優しくも厳しい相棒となった。決して甘やかすことなく、しかし必要な時には必ず手を差し伸べる――それはまさに、真の家族のようだった。
シークレットアンサー:ミミゾウの真実
ミミゾウは言葉を話せない。
だから、態度であなたを導く。
コウタが無理をしすぎる夜は、そっと彼をベッドまで運ぶ。
リアが疲れてソファで眠る時は、ふわりと毛布を掛ける。
二人が頑張って帰ってくると、部屋をさりげなく整える。
でも、怠け心が芽生えた時は…
「ぷぅー……」と悲しそうな鳴き声で気づかせる。
掃除を手伝わず、そっと背を向ける。
ミミゾウは決して二人を甘やかさない。
本当に必要な時だけ、そっと手を差し伸べる。
これは、クエストでも魔法でもない。
ただ、二人の幸せを願う、無言の愛の形なのだ。
「ぷぅー」
(あなたたちが、ずっと幸せでありますように)
--




