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第38話:迷いの中の一歩


月曜日の朝。訓練場でコウタは無心に素振りを繰り返していた。


「……四百九十八、四百九十九……五百!」


「コウタくん……?」

訓練場の入口で、リアが心配そうに立っていた。

「最近、急に頑張りすぎじゃない? 何かあったの?」


コウタは剣を下ろし、深く息を吐いた。

「……あの幻影を見せられたポータルでのこと……俺、お前を守れそうにない場面があった。Eランクに上がったって、まだ全然足りない」


リアの目がわずかに見開かれた。彼女もあの体験――コウタが苦しむ姿を見た記憶を鮮明に覚えていた。


「でも……」コウタの声が詰まる。「どうすればもっと強くなれるのか……基本の素振り以外、何をすればいいのかわからなくて」


彼の剣を持つ手が微かに震えている。


リアはそっと近づき、彼の震える手を包み込んだ。

「私もわからないよ。でも……二人で考えよう? 一緒に強くなる方法」


「そうだな……」コウタはうなずいた。「一人で悩んでても仕方ないよな」


リアの顔にほっとした笑みが広がった。

「それじゃあ……まずはギルドの先輩に相談してみない? 基本的な訓練方法なら、教えてくれるかも」


「ああ、それいいな」


夕方、ギルドの談話室で二人はベテランのCランクハンターからアドバイスを受ける。


「Eランクか……まずは魔力の制御と基本動作の反復だな。派手な技より、地味な積み重ねが一番の近道だ」


その言葉に、コウタははっとした。自分が無意識にやっていた素振りは、間違っていなかったのだ。


「ありがとうございます! これからも基本を大切にします」


帰り道、コウタはリアの手を握り直した。

「ありがとう、リア。お前がいてくれたから、迷わずに済んだ」


「ううん、これからもずっと……二人で成長していこうね」


夕焼けの中、二人の影が長く伸びていく。Eランクとしての新たな一歩が、また確かに刻まれた。

---



 迷いの中の一歩


アパートのドアが閉まる。一日の訓練と相談事の疲れが、少しずつ二人の肩にのしかかってくる。


「ふう……今日は少し、頑張りすぎたかもな」コウタがリビングのソファに腰を下ろし、こめかみを揉む。


「うん……私も、ちょっと疲れちゃった」リアも彼の隣にぽたりと座り、自然にコウタの肩にもたれかかる。


しばらく静かな時間が流れた後、コウタが立ち上がる。

「よし、そろそろ夕飯の支度をするか。今日は俺が作るよ」


普段は分担している家事だが、今日は自分が無理をした分、少しでもリアの負担を減らしてやりたいという気持ちからだ。


「え? でもコウタくんも疲れてるし……」

「大丈夫だ。任せとけ」


しかし、キッチンに立ってみると、剣を振り続けた腕が思うように上がらない。玉子を割ろうとした手先には、微かに疲労の震えが残っている。


(……くそ。こんなこともままならないのか)


その時、背後からふわっと温もりが近づいた。

「……コウタくん、私、今日はお手伝い……いいかな?」


振り返ると、リアが少し申し訳なさそうに、それでも甘えるようにしてつぶやいた。彼女もまた、コウタの無理を察し、そして自分も彼に甘えたいという、複雑な想いを抱えていた。


(視界に、ごく小さな、そしてどこか温かな光の文字が浮かぶ)

【日常クエスト発生:『彼女の甘えを見守れ』】

【内容:リアのささやかなサボりと甘えを受け入れ、労わり合う時間を作れ】

【報酬:絆ポイント+10】


クエストの内容を視認し、コウタははっとした。そして、自分と同じように疲れ、少しだけ弱音を吐きたい彼女の気持ちに気づく。


「……バカだな、俺もお前も」コウタは苦笑いしながら、彼女の頭をそっと撫でた。「よし、今日は二人で適当に作ろう。無理しなくていいからな」


「えへへ……ありがとう、コウタくん」


結局、その夜の食事はとても簡素なものになった。しかし、お互いに無理をせず、甘えを許し合いながら作った料理は、どこか温かく、いつも以上に二人の会話を弾ませた。


「コウタくんの作る味噌汁、やっぱり好きだな」

「お前が作るご飯の方が美味しいだろ」


【クエスト成功】

【絆ポイント+10 獲得】


疲れていても、迷っていても、それでも互いを思い、支え合う。Eランクとしての彼らの歩みは、そんなささやかな日々の積み重ねでできていた。



:迷いの中の歩み


夕食を終え、食器を洗い終わった頃には、二人の疲労はピークに達していた。


「はぁ……今日の皿洗い、めんどくさ……」

リアが流し台に向かいながら、小さくこぼした。


コウタはリビングからその声を聞き、クエストの内容を思い出す。彼はソファから立ち上がり、キッチンにやってきた。


「よし、今日の後片付けは俺がやる。お前はゆっくりしてろ」

「え?でもコウタくんも疲れてるでしょ……」

「構わない。たまにはいいだろ」


コウタはリアの手からスポンジを受け取り、流し台に向かう。彼の動きは決して速くはない。訓練の疲れが筋肉に残っているからだ。それでも、一つ一つ丁寧に食器を洗っていく。


リアはしばらくぼーっと彼の背中を見つめていたが、やがてソファに戻り、だらりと横になった。

「クエストさん……ありがとう……お互い大変だよな……」


食器を洗い終え、キッチンの掃除まで済ませたコウタがリビングに戻ると、リアはもうほとんど眠りかけていた。


「おい、ベッドで寝ろよ」

「ん……コウタくん、今日は本当にありがとう……」


コウタはソファに座り、リアの頭を自分の膝の上に乗せた。

「お前も、いつも頑張ってるからな。たまにはサボっていいんだ」


「えへへ……コウタくん、優しい……」


(視界に温かな光の文字が浮かぶ)

【クエスト成功】

【報酬:絆ポイント+10 & コウタの疲労回復(小)】


表示が消えると同時に、コウタははっとした。肩や腕に張り付いていた重い疲労感が、ふわりと軽くなっている。筋肉の奥に残っていた訓練の疲れが、優しい温もりに包まれるように和らいでいくのを感じた。


(これは……もしかして、クエストの……)


彼は驚きながらも、すぐに理解した。これは、彼が今日、リアの甘えを受け入れ、彼女を労わったことへの“ご褒美”なのだ。


「どうしたの、コウタくん?」

「……いや、何でもない」


コウタは嘘をついた。この秘密は彼だけのものだ。だが、軽くなった体と、膝の上で安心して眠るリアの寝顔を見て、彼は心から思った。


(これで……また明日から、お前を守るために頑張れる)


報われた気持ちで、コウタはそっとリアの髪を撫でた。地味で辛いことも多い毎日だが、こんなささやかな報酬があるから、もう一歩、前を向いて歩いていける。


月明かりの中、疲れが癒された少年と、安心して眠る少女。二人の日常は、また静かに次の日へと続いていく。


(第38話 完)

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