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第33話:心の傷と、強がりの理由
アパートに戻ってから、コウタの様子が明らかに変だった。壁に向かって俯きぎみで、リアが話しかけてもはっきりと返事をしない。ポータルでの経験が、彼の心に深い傷を残しているのだ。
「コウタくん……無理しなくていいよ」
リアはそっと彼の手を握り、優しく囁いた。
「私、いっぱい甘えていいから……ね?」
その瞬間、コウタの視界に、優しい金色の文字が浮かんだ。
```
【クエスト】
『リアに、心の強さを見せろ』
内容:弱さを見せず、彼女を安心させろ
報酬:リアの安堵の笑顔
失敗条件:弱音を吐く
```
(……ちっ)
コウタは心の中で咂舌した。こんな時にまでクエストか。しかし、クエストの内容は正しい。リアを心配させてはいけない。
「……大丈夫だ、リア」
コウタは無理に笑顔を作った。
「ちょっと……疲れてるだけだ」
「……そう、かな」
リアの声には、少しだけ不安が混じっている。
「あのポータルの中でのこと……話すよ」
コウタは深く息を吸い、ゆっくりと話し始めた。
「お前の……偽物が出てきた。お前の姿をした幻影が……俺に、酷い言葉を浴びせて……」
コウタの声は震え、時々言葉に詰まる。それでも、クエストを達成するため、弱さを見せまいと必死に話し続ける。
リアはただ黙って、うつむき加減で彼の話を聞いている。彼女はあのスクリーン越しに、すべてを見ていた。コウタがどんなに苦しんだか、どんな絶叫をあげて気を失ったか。すべてを知っている。
「……でもな」
コウタは最後に、無理に明るい声を出そうとした。
「あれは……偽物だって、すぐわかった。本物のリアは……絶対に、あんなこと言わないからな」
その言葉は、明らかに無理をして絞り出したものだ。コウタの手は微かに震え、額には冷や汗がにじんでいる。
リアはそっと手を伸ばし、彼の震える手を包み込んだ。
「……うん。そうだね」
彼女の声は優しく、しかしどこか悲しげだった。
「私、コウタくんが……『やめろ』って叫んで、倒れるの、見てたから」
「……え?」
「私……あのスクリーン越しに、全部見てた。コウタくんが苦しんでるの……でも、何もできなくて……ただ、見てるだけだった」
コウタは息を呑む。クエストの表示がちらつき、『失敗条件:弱音を吐く』 の文字が赤く光る。しかし、もう隠しようがなかった。
「コウタくん……無理に、強がらなくていいよ」
リアの目に、涙が光っている。
「私……コウタくんの本当の気持ちが、知りたいんだ」
「……リア」
コウタの仮面が、完全にはずれた。
「……怖かった。あの……お前の姿をした幻影の言葉が……胸に刺さって……たとえ偽物だとわかっていても……苦しくて……」
「うん……わかってる」
リアはコウタの手を強く握りしめる。
「私も……すごく怖かった。コウタくんが苦しんでるのに、助けられなくて……」
二人は抱き合い、互いの震えを感じながら、静かに泣いた。
クエストの表示は、『クエスト失敗:強がりがバレています』 に変わり、ゆっくりと消えていった。
しかし、それと引き換えに得たものは、ずっと大切なものだった。お互いの弱さを受け入れ、分かち合うことで、より深く結ばれた絆。
「ありがとう……リア。話せて……よかった」
「うん……私も。コウタくんの本当の気持ち、聞けて……嬉しい」
窓の外では、夕日が沈みかけていた。部屋の中は、泣き腫した二人の温もりで、静かに満たされていく。
・測れない想い
クエスト失敗の表示が消え、コウタがほっとしたのもつかの間、視界が再び赤く染まる。
```
【ペナルティ発生】
対象の好感度が下がります
現在の対象の好感度:-10
```
(なに…?)
しかし、その数字は一瞬で激しく乱れ、エラーの文字が炸裂する。
エラー 好感度を下げる事が出来ません
システムが唸るように動き、表示が強制的に書き換えられる。
代わりに依存心をあげます
依存心+10
現在値:8853888652658
エラー
数字が意味をなさないほど膨大になり、さらに表示が更新される。
好感度と依存心が100上がりました
(は? なにが起きてるんだ?)
「コウタくん? どうしたの?」
リアが心配そうに顔を寄せてくる。彼女の瞳は純粋にコウタのことを気遣っており、彼の視界に広がる狂った数値など微塵も感じていない。
「あ、いや……なんでもない」
コウタは必死に平静を装う。システムが明らかに異常をきたしている。好感度も依存心も、もはや計測できる領域を超えている。それらがさらに100も上がったという表示は、もはや意味不明だった。
リアは首をかしげたが、それ以上は追求せず、コウタの腕にすっと寄り添った。
「ふう……よかった。もう、無理しなくていいんだよ」
彼女の温もりが、コウタの混乱した心を少しずつ落ち着けていく。狂った数値などどうでもいい。今、この瞬間、彼女がここにいて、彼を気遣ってくれている。それだけで十分なのだ。
その時、視界の表示がふわりと変わった。エラーメッセージと膨大な数値が消え、ごくシンプルな文字が浮かび上がる。
```
【クエスト:更新】
『ありのままの自分を受け入れ、分かち合う』
→ 達成しました
```
クエストは失敗ではなく、この状況そのものが、「ありのままを分かち合う」という真の目的を達成していたのだ。
「……ありがとう、リア」
「え? どうしたの、急に」
「いや……ただ、お前がいてくれて……本当に良かったって」
コウタはリアをぎゅっと抱きしめた。システムが何を言おうと、この想いだけは絶対に本物だ。数値では計りきれない、かけがえのない宝物を、彼は確かに手にしていた。
(第33話 了)




