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第31話:帰宅後
アパートのドアが閉まる音がした。ようやく自分たちだけの空間に戻ってきた安堵感が、二人を包み込む。
「ふう……疲れた……」
リアはすぐにコウタの腕にしがみつき、顔をこすりつけるようにした。
「おつかれさま。よく頑張ったな」
コウタは彼女の頭を撫でながら、ソファへと導く。リアはコウタの胸に寄りかかり、目を閉じる。任務中の緊張が一気に緩み、激しい疲労感が襲ってきていた。
「……コウタくん」
「ん?」
「……今日の任務のこと、話していい?」
「ああ、もちろんだよ。聞かせてくれ」
コウタは優しく促す。彼は、リアが自ら進んで任務の話をしようとしていることが嬉しかった。
リアは少し間を置き、ゆっくりと話し始めた。
「……最初、すごく緊張した。リーダーの人がすごく厳しくて……私の判断を疑ってたみたいで」
「そりゃあ、初めて組む相手だものな。特にあのリーダーはベテランだし、厳しいことで有名らしいぜ」
「……うん。でも……ちゃんと認めてくれた。最後に、『よくやった』って」
リアの声に、ほのかな誇りがにじんでいた。
「そりゃすごいな!あのリーダーが褒めるなんて、大したもんだぞ!」
コウタは心底感心したように言う。彼の言葉に、リアは少し照れくさそうにうつむく。
「……それでね、魔獣の群れに遭遇した時……すごく怖かった。足が震えて、声も出そうになかった」
「でも、ちゃんと指揮は取れたんだろ?俺がついてないのに、すごいじゃないか」
「……うん。でも……コウタくんがいたら、もっとうまくできたのにって思っちゃって」
「そんなこと言うなよ。お前は一人で、全部やり遂げたんだからな」
コウタはそっと彼女の肩を抱く。
「……それでね、最後にすごく大きな魔獣が出てきて……みんな慌ててたんだけど……」
リアの声が次第に小さくなる。
「……私、なんか……すごく冷静になれたの。コウタくんがそばにいるみたいに感じて……それで、浄化魔法を使ったら、うまくいったの」
「へえ……浄化魔法って、闇属性でも使えるんだな」
「……うん。でも、すごく疲れた……コウタくんの胸で、ゆっくり休みたい」
「ああ、いくらでも休めよ。今日はお前の勝ちだ。ゆっくり休むがいい」
コウタは彼女を優しく抱きしめ、ソファに深く沈み込む。
「……コウタくん」
「ん?」
「……ありがとう。コウタくんがいてくれたから、頑張れたよ」
「バカなこと言うな。お前が一人で頑張ったんだろ?」
「……ううん。コウタくんがそばにいるって思えたから、頑張れたんだよ」
リアはコウタの胸に顔を埋め、深く息をつく。
「……これからも、ずっとそばにいてね」
「ああ、もちろんだ。約束だ」
コウタは彼女の髪を撫でながら、静かに答える。
窓の外では月が輝き、部屋の中は温かな静寂に包まれていた。今日という日を乗り越えた二人の距離は、また少しだけ縮まっていた。
・寝たふり
「……これからも、ずっとそばにいてね」
「ああ、もちろんだ。約束だ」
コウタのその返事に満足したのか、リアは静かに息を整え始めた。しかし、彼女のまつ毛がかすかに震えている。
(……寝たふり、か)
コウタは内心ほっこりとした。彼女は、もっと甘えたくて、もっと褒めてほしくて、そんな子供のような駆け引きをしているのだ。
その瞬間、コウタの視界に、ごく小さく、愛らしい文字が浮かんだ。
```
【ミニクエスト発生】
『彼女は寝たふりをしているぞ』
内容:そっと抱きしめて、静かに褒めてあげよう
報酬:リアの満足げな寝顔
```
(はは……まったく、よく見てるな)
コウタは苦笑いしながら、クエストを受け入れる。
「……よし、もう寝るか」
彼はそう言って、一度立ち上がるふりをした。すると、リアのまつ毛の震えが一層激しくなった。慌てているのが伝わってくる。
コウタはこっそり笑みを浮かべ、再びソファに座り直す。そして、できるだけ音を立てないように、彼女を横たえ、自分の膝を枕にしてあげた。
「……今日は、本当によく頑張ったな、リア」
彼は声を潜めて、そっと彼女の髪を撫でながら囁く。
「一人で任務に行くなんて、俺だって緊張するのに……お前はちゃんとやり遂げた。すごいじゃないか」
膝の上で、リアの口元がほんのりと緩むのを感じた。
「お前のその強さには、いつも驚かされるよ。……そして、俺にだけ見せるこの可愛い寝顔にもな」
コウタは俯き、彼女の額にごく軽く唇を触れさせた。
「ゆっくり休め。俺は、ずっとここにいるから」
その言葉と共に、クエストの表示がふわりと消え、『報酬獲得:リアの満足げな寝顔』 という小さなメッセージが一瞬表示された。
コウタは満足そうに微笑み、彼女の寝息を聞きながら、静かに時が過ぎるのを待った。
本当に眠ってしまう彼女の寝顔は、まるで何の悩みもない天使のようで、今日一日の苦労を忘れさせてくれるほどに愛おしいものだった。
・夢の中でも
深夜、コウタはベッドで眠っていた。
ふと、何かの気配で目を覚ます。辺りは真っ暗で、時計の針は午前3時を指している。
(……?)
隣を見ると、リアの姿がない。一瞬、はっとするが、すぐにトイレから小さな足音が聞こえてくる。
(……トイレか)
ほっと一息つき、コウタは再び目を閉じる。
しばらくして、トイレのドアが開く音。そして、ふらふらとした足音がベッドに近づいてくる。
「ん……コウタ……くん……」
寝ぼけた甘ったるい声。コウタは目を閉じたまま、彼女の動きを感じ取る。
リアはベッドによじ登り、すぐにコウタの胸にぐいっと潜り込む。冷えた手足をコウタのお腹に押し当て、深く息をつく。
「……あったかい……」
「おい、その手足冷たいぞ……」
コウタは思わず笑みを漏らす。しかし、リアはもう深い眠りに落ちている。完全に寝ぼけており、自分の行動に意識はない。
コウタは仕方なさそうに、彼女の冷えた手足を自分の体で温めながら、そっと抱きしめる。
(まったく……寝ても覚めても、俺から離れられないんだな)
しかし、その思いは決して嫌なものではない。むしろ、この全身全霊で依存されてしまう感覚が、なぜか心地よかった。
「……ずっと……一緒だよ……」
リアが寝言でつぶやく。その言葉に、コウタの胸がじんと温かくなる。
「ああ、ずっと一緒だ」
彼は彼女の寝ぼけた寝言に返事をし、彼女の髪の香りを感じながら、ゆっくりと眠りについた。
月明かりが窓から差し込み、ぴったりと抱き合って眠る二人を優しく照らす。外の世界ではハンターとして戦わなければならない二人だが、ここではただ、互いを求め合う若い恋人同士だった。
(第31話 了)




