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――この世界は、ほんの少しだけ、私たちの知っている地球とは違う。
現代日本。しかし数十年前、世界各地に「ゲート」が出現し、異世界から魔獣が流入した。人類は当初、軍隊で対抗したが、まもなく一部の人々が「魔力」と呼ばれる特殊能力に目覚め始める。彼らは「ハンター」と呼ばれ、魔獣討伐の最前線に立つ存在となった。
時は流れ、魔獣の脅威は一定程度抑え込まれ、ハンターは社会に組み込まれた一つの職業となっていた。ハンターはその実力によってFランクからSSSランクまで格付けされ、ランクによって受けられる任務や報酬が大きく変わった。
Fランクは文字通り最下位。魔獣討伐はおろか、雑用や補助任務が主な仕事で、下積みと見られることが多い。多くのハンター志願者は専門の養成学校を経てデビューするが、中には学歴や経歴に関係なく実力一本でなる者もおり、そうした者は往々にしてFランクからのスタートを余儀なくされる。
舞台は、そうしたハンターたちが行き交う、どこにでもある地方都市・夕凪市。
この街で、二人の少年少女がFランクハンターとして、今日も小さな任務に励んでいる――
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第2話:お守りクエスト、はじめました
ハンターギルドのざわめきは、いつも彼らを無視していた。
「ねえ、コウタくん…今日のクエスト、危なくないやつがいいな…」
袖がかすかに引っ張られる。振り返れば、南雲リアが俯き加減でぼそりと呟いた。彼女の声は Guild の喧噪にかき消されそうな、か細いものだ。
内心:(コウタくんの隣が一番落ち着く。今日もいっぱい甘えちゃおうかな…)
「任せとけ!」
僕、コウタはできるだけ明るく返事をした。Fランクの僕にできることなんて、たかが知れている。でも、この子を危険にさらすわけにはいかない。たとえ雑用クエストでも、彼女を守るのが僕の役目だ。
内心:(この笑顔を、絶対に守ってみせる。それが僕の、Fランクにできるたった一つの意味だ)
そんなわけで、我々Fランク二人組が受けたのは、「迷子の子猫を探して」 という、文字通りどうしようもない雑用クエストだった。
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路地裏は薄暗く、湿った空気が肌にまとわりつく。
「…ちょっとだけ、怖い」
背後から、リアのささやくような声がする。いつの間にか彼女はぴったりと僕の背中に寄り添い、その小さな手が僕の上着の裾を握っていた。
内心:(わぁ…すごく近い。コウタくんの背中、広いな。え? ちょっと躓いちゃった…わ! 支えてくれた! 優しすぎるでしょ…ドキドキが止まらない)
「大丈夫、俺がついてるからな」
僕はそう言いながら、必死に動悸を押さえた。彼女の体温が、上着越しにひしひしと伝わってくる。たかが子猫探しだというのに、なぜか妙に緊張してしまう。
「きっと、この辺りだよな…」
廃工場の影に、かすかな鳴き声が聞こえた。子猫は廃工場の奥、がれきの陰に隠れていた。よし、これでクエスト完了だ――
その瞬間だった。
ブシュッ
鈍い音と共に、僕の眼前の空間がゆがんだ。無数のゼリー状の塊が、地面からにゅるりと這い出てくる。Eランク魔獣・スライムだ。こんな街中に、しかも群れで現れるなんて、ありえない!
「コ、コウタくん…!」
リアの悲鳴が僕の背中を伝わる。
「下がれ!」
僕はリアを背後に守り、拾い上げた鉄パイプを構える。だが、Fランクの僕の攻撃など、スライムのゼリー状の体にはほとんど効かない。パイプが体にめり込むも、すぐには弾き返されてしまう。
バシッ!
一匹のスライムが跳躍し、リアめがけて飛びかかった!
「!?」
思考よりも先に体が動く。僕はリアを抱きかかえ、そのまま体を捻じった。スライムの衝撃を背中にまともに受ける。鈍い痛みが走る。
「くっ…!」
その時、僕の視界に、異様な光の文字が浮かび上がった。
【緊急クエスト発生!】
ミッション:リアを絶対に守れ!
報酬:スキル【守護者の誓い】獲得
失敗条件:リアにダメージを与える
しかし、考える暇はない。スライムの群れが、ゆっくりと、しかし確実に包囲網を縮めてくる。
「離すな、リア――ッ!」
僕は彼女の手を握りしめ、必死に突破口を探す。しかし、数の前には無力だった。足元に潜んでいたもう一匹のスライムが僕の足首を絡み取り、そのまま思いきり壁へと投げ飛ばす。
ガンッ!
背中と後頭部に激しい衝撃が走り、視界が一瞬、真っ白になる。意識が遠のいていく。まずい…ここで…リアを…!
「やめて…!コウタくんを離して!お願い…誰か…コウタくんを助けて――!」
リアの泣き叫ぶ声が、遠くで聞こえる。彼女の必死な叫び。それを守れない自分の無力さ。そして、深い闇が僕を飲み込んだ。
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僕の意識が完全に途切れるその直後、世界が凍りついた。
「……」
リアから、すべての感情が消えた。彼女の溢れ落ちた一雫の涙が地面に触れた瞬間、周囲の温度が急激に低下し、彼女の長い髪は静かに無風で浮き上がる。彼女の目は、深淵のように虚ろだった。
スライムの群れは、次の瞬間、一斉に動作を停止した。そして、透明な体の内部から氷の結晶が広がり、次の瞬間には無数の氷の彫刻と化し、粉々に散った。
工場の壁面、がれき、すべてのものに分厚い氷が張り詰め、一帯は静寂に包まれた。
リアは無表情で、崩れ落ちる氷の破片の中を歩き出す。僕の傍らに跪き、そっとわたしの頭を抱き上げた。
「もう…誰にも…」
彼女の口から漏れたのは、かすかな、それでいてどこか歪んだ声だった。
「コウタくんを…傷つけさせない…」
その言葉と共に、彼女の周囲の氷がさらに輝きを増した。しかし、彼女自身には何一つとして認識されていない。ただ、無意識のうちに、最も大切なものを守ろうとする本能だけが、暴走していた。
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「……リア?」
咳き込みながら意識が戻ると、目の前にあったのは、涙でぐしゃぐしゃになったリアの顔だった。
「コウタくん…!よかった…本当によかった…!」
彼女はわたしの胸に顔を埋めて、激しく泣いた。その肩の震えが、どれだけ彼女が怖がっていたかを物語っている。
「ごめん…心配かけたな。もう大丈夫だ、俺は強いからな」
体のあちこちが痛むのに、そんなことは言っていられない。僕は必死に平静を装った。
内心:(強いよ…コウタくんは世界一強いよ。だって、私を守ろうとしてくれたんだもん…)
彼女は泣きじゃくりながら、激しくうなずいた。
その時、視界に再び光の文字が。
【クエスト成功】
スキル【守護者の誓い】を獲得しました
これは…さっきの? そして、ほんの少しだけど、体力や防御力の基礎的な数値も上がっている気がする。この危機を乗り越えたことで、僕は確かにほんの少し、強くなった。
立ち上がろうとすると、リアがすぐに支えに来た。そして、僕の腕にしっかりとしがみつく。以前よりも、ずっと強く、ずっと離れまいとするように。
「次は…もっとうまく守るからな」
夕焼けに染まった帰り道、僕はそう誓った。
「うん…」
彼女の返事は、僕の腕にすり寄るようにして聞こえた。その甘えるようなしぐさに、胸がきゅっと締め付けられる。
内心:(コウタくんの体温、感じる…すごく暖かい。このままずっと一緒にいたいな。)
内心:(私も…コウタくんのために、何かしたい。でも、どうすればいいんだろう…)
そうして、僕は守りたいと思う少女と、守られることでしか繋がれない少女の、少し歪みかけているかもしれない依存と成長の物語が、ゆっくりと動き出したのだった。
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第二話:指令「リアを守れ」
ハンターギルドの雑踏の中、一枚の依頼書がコウタの目を捉えた。
【クエスト発生】
依頼:薬草の収集
ランク:E
目的:街外れの薬草園から《ブルームヘーブ》を5つ収穫せよ
報酬:5000G
警告:軽微な魔獣の生息が確認されています
「コウタくん、これ…Eランクだよ?」
隣でリアが不安げに声を潜める。彼女の指が、そっとコウタの袖を掴んだ。
内心:(Eランク…初めての戦闘が伴う任務だ。でも、この報酬があれば――リアにあの可愛いワンピースを買ってあげられる)
「大丈夫だ」コウタは笑顔を見せて、依頼書を掲示板からはがした。「俺がついてる。どんなことがあっても、お前を守ってみせる」
その瞬間、視界に青白い文字が浮かび上がる。
【メインクエスト受諾】
『薬草園の危機』を開始します
ミッション目標:
1. 《ブルームヘーブ》を5つ収穫する
2. パーティーメンバー「リア」を守りきる
※「リア」が戦闘不能になった場合、クエストは失敗となります
内心:(これが俺の使命だ――絶対に守りきると誓ってるんだ)
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街外れの薬草園は、不自然な静寂に包まれていた。鬱蒼と茂る草木が太陽の光を遮り、薄暗い森の中に青く光る薬草が点在している。
「うぅ…なんか、嫌な予感がする…」
リアの声がわずかに震えていた。彼女はコウタの腕にしっかりとしがみつき、その温もりを確かめるようにしている。
「大丈夫、すぐに終わらせるからな」
コウタは警戒しながら腰をかがめ、最初の薬草を慎重に摘み取った。
《ブルームヘーブ》を入手しました (1/5)
彼が二つ目の薬草に手を伸ばした時、視界に警告が表示された。
【警告】
敵性存在を検知しました
Eランク魔獣『ウィーラット』が3体、接近中
「来たか…!リア、俺の後ろに!」
コウタは咄嗟に『守護者の誓い』を発動した。リアを守る――その一心で、自身の防御力を高める。
グルルル…!
三匹の巨大な鼠型魔獣が茂みから現れ、鋭い牙をむき出しにして彼らを包囲した。
「てめえら…リアに手を出すな!」
コウタは貧相な短剣を構え、正面のウィーラットを睨みつける。残り二匹が左右から回り込もうとする動きを見せた。
【戦闘開始】
左側のウィーラットが飛びかかってきた。コウタはかわしつつ短剣で反撃する。
ウィーラットに 5 のダメージ!
効果は薄いが、とにかく敵の注意を自分に引きつけなければならない。
「コウタくん、危ない!」
右から別の個体が爪で襲いかかる。コウタは咄嗟に後退するが、腕にかすり傷を負った。
コウタは 3 のダメージを受けた!
「たかがFランクが…よくもリアを怖がらせやがって!」
怒りに駆られたコウタの一撃が、偶然ウィーラットの急所を捉える。
クリティカルヒット!
ウィーラット一体を倒した!
経験値+10
内心:(よし、一匹!…でも、まだ二匹いる)
残る二匹は、より慎重に、そして凶暴に彼らを睨みつけていた。
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戦闘はさらに苛烈さを増していった。
一匹がコウタに正面から突進。もう一匹が、その隙をついてリアめがけて突進する!
「リア!」
コウタは自分を守ることを捨て、リアの前に飛び出した。背中を無防備に晒し、彼女を守る盾となる。
ドガッ!
鋭い牙がコウタの背中に食い込む。
コウタは 8 のダメージを受けた!
激痛が走り、視界が一瞬かすんだ。
「コウタくん!」
リアの悲鳴が森に響く。コウタの視界に、真っ赤な警告が表示された。
【警告】
パーティーメンバー「リア」が危険状態!
ミッション失敗まであと一歩!
「リアを守れ」!
「くっ…!離れろ…!」
その時、コウタは異変に気づいた。リアの様子がおかしい。彼女の目が虚ろになり、周囲の空気が淀み始めている。
「リア!」
必死の思いで、コウタは叫んだ。
「お前は…!俺が…俺が守る!」
コウタは背中の痛みを振り切り、ウィーラットを振りほどく。そして、残る全ての力を込めて、最後の一匹に突撃した。
「あああああああ――ッ!」
短剣がまっすぐに突き刺さる。
ウィーラットに 12 のダメージ!
ウィーラットを倒した!
経験値+10
戦闘終了!
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コウタはその場に膝をつき、息を荒げていた。背中の傷がひりひりと痛む。
「コウタくん!大丈夫!?」
リアは泣きながら駆け寄り、彼の傷を必死に押さえた。彼女の目は、もう虚ろではなく、コウタへの心配でいっぱいだった。
「へっ…どうした、リア。泣くことないだろ…」
視界に、達成のメッセージが表示された。
【クエスト成功】
『薬草園の危機』をクリアしました!
報酬:5000G / 経験値+50 を獲得
コウタのレベルが上がった!
リアとの絆ポイントが大きく上昇しました
新スキル『かばうⅡ』を習得しました
「見ろよ、リア。俺たち…強くなったぞ」
コウタは痛みに耐えながら、そう言った。
リアは涙を拭い、力強くうなずいた。
「うん…コウタくん、すごいよ。私…コウタくんみたいに強くなりたい」
「バカ。お前はそのままでいい」
コウタは立ち上がり、リアの頭を撫でた。彼女の髪の感触が、掌に優しく伝わってくる。
「強くなるのは、俺の役目だ。お前を守るためにな」
夕焼けに染まる道を歩きながら、コウタは改めて心に誓った。次も、その次も――絶対にこの手で守りきると。
リアはコウタの腕を取り、そっと支えた。彼女の目には、深い信頼の輝きが確かに宿っていた。
【用語解説(初回)】
· ハンター:魔力と呼ばれる特殊能力を扱い、魔獣から人々を守る職業。
· ランク制:F(最低)~SSS(最高)までの7段階。任務と報酬がランクで決まる。
· 魔獣:ゲートから出現する異世界の生物。脅威度によりランク分けされる。
· ハンターギルド:ハンターの管理・任務仲介を行う組織。




