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第91話:四人揃って、新たな一歩
場面:ギルド受付
コアの消滅と空間の収束から数ヶ月。ポータルによる脅威は大幅に減少し、コウタたちのギルドには、平和な時代の需要に応じたクエストが並んでいた。
コウタ、リア、剛志、澪の四人は、受付カウンターの前でクエストボードを見上げていた。
「おい、こんなのばっかじゃねえか」剛志がボードを指差して不満を漏らす。「『迷子の犬を探してくれ』だ? 俺らは元最強パーティだぞ!」
剛志の視界には、相変わらず**『大型魔獣の討伐』や『ポータル深層の探索』**といった、血の沸き立つような高難易度クエストはもうほとんど存在しない。
コウタの視界には、ボードに貼り出されたクエスト全てに**【日常クエスト】**のタグが表示されていた。
【日常クエスト:迷子の犬探し】
目標:商店街の柴犬「タロウ」を発見し、依頼者に引き渡す
報酬:タロウの笑顔×1、感謝の言葉×1
「文句言わないの、剛志。平和になったんだから、私たちも働き方を変えなきゃ」澪は冷静に剛志を諫める。「それに、この四人揃って受けるクエストは、難易度が高かろうと低かろうと、常にSランク相当よ」
彼女の言葉に、リアが静かに頷いた。
「そうよ。私たち四人で、この平和を守っていくんだから」
リアはコウタの隣で、優しく微笑む。彼女の心には、コウタの過去のクエストの軌跡が暖かく刻まれている。彼女にとって、コウタの全ての行動が**『私を守る』**というSランククエストの連続だったのだ。
コウタはリアの小さな手を握り、静かに頷いた。彼にとって、リアの笑顔こそが、あらゆる報酬を凌駕する。
「よし、じゃあ決まりだ」剛志が一つクエストを指差した。
「『廃墟となったポータル跡地の清掃』。これはどうだ? 魔物はいないが、瓦礫の撤去とか体力勝負だろ。俺たちの力が一番生きる」
「いいわね。危険度は低いけど、経験値にはなるわ」澪が頷く。
「決まりね!」リアは目を輝かせた。
コウタはすぐさまクエストを受諾し、手元に表示されたクエストログを確認する。
【日常クエスト:廃墟の清掃】
目標:旧ポータル跡地の瓦礫を全て撤去する
備考:チームでの協力が不可欠です。
報酬:四人の友情×1、達成感×1、ギルドからの感謝状
「行くぞ!」剛志がドアへ向かう。
「待ちなさい、剛志!」澪が剛志の襟首を掴んだ。「清掃用具のチェックが先よ! あなたまた素手で瓦礫をどかそうとするでしょう!」
二人の騒がしいやり取りを、コウタとリアは顔を見合わせて笑った。
「賑やかだね」リアが言った。
「ああ、これが一番いい」コウタはリアの頭を優しく撫でた。
四人揃って受けるクエストは、以前のような命懸けの戦いではないかもしれない。だが、互いを信頼し、笑顔を交わすこの時間は、あの闇の中で命を懸けた日々よりも、ずっと尊く、満たされている。
彼らは再び、共に歩き出した。平和になった世界で、世界最強の四人が挑む、新たな日常クエストへ。
:世界最強の日常クエスト
場面:小さな自宅
それから数年が経った。
コウタとリアは、ギルドを引退し、静かな街の片隅で小さな家を構えていた。世界を救った最強の二人は、今や近所の住人から「仲の良い夫婦」として知られている。
朝の光が差し込むリビング。コウタは新聞を読みながら、コーヒーを啜っていた。
「コウタ、遅くなる前にこれお願いね」
リアはそう言って、コウタの手にメモを握らせた。
コウタは思わず手に浮かんだ半透明の文字を視認する。
【日常クエスト:夕食の買い物】
目標:商店街で新鮮な人参とジャガイモを購入する
報酬:リア特製・愛情たっぷりの肉じゃが
「……また肉じゃがか」
「文句ある?」
「いや、最高です」
コウタは素直に降参した。数年前まで世界を脅かすコアや影を相手にしていた男が、今は夕飯の食材をクエストにしている。
コウタが立ち上がろうとした、その時。
「待って」
リアはコウタの右手を掴み、自分の左手でそっと包み込んだ。
「気をつけてね」
「ああ、ただの買い物だろ?」
コウタは知らない。 リアが、彼の掌からわずかに漏れ出すクエストの光を、今も敏感に感じ取っていることを。そして、その裏に隠された、彼の「無事に帰還する」という無言の決意を。
リアの頭の中には、コウタがこれまでにクリアしてきた無数の『日常クエスト』の軌跡が、暖かな映像として流れ続けている。
『リアを笑顔にしろ』。
『リアに美味しい朝食を』。
「大丈夫」とコウタは笑った。
しかし、リアは首を振らず、ぎゅっとコウタの手を強く握りしめた。
「約束して。クエストなんかより、私のもとに帰ることを、一番の目標にするって」
彼女の瞳は、数年前のあの朝、コウタのすべての献身を知った時と同じ、深く強い光を宿していた。
コウタは一瞬驚いたが、すぐに微笑み、力強く頷いた。
「ああ、誓うよ。この手の温もりのために、必ず帰る」
リアは満足そうに笑い、彼の手を解放した。
コウタは家を出る。彼の視界には、今日も淡いクエストが浮かび続けている。
【日常クエスト:夕食の買い物】
目標:商店街で新鮮な人参とジャガイモを購入する
報酬:リア特製・愛情たっぷりの肉じゃが
しかし、彼の心には、リアの言葉が深く響いていた。
――クエストなんかより、私のもとに帰ることを。
コウタは空を見上げた。最強の力とは、核を破壊する闇の力ではない。最強のクエストとは、世界の平和を守ることではない。
自分自身を求め、自分を愛してくれる、たった一人の女性がいること。
それが、この世界で彼が得た、最も難しく、最も尊いクエストだった。
コウタは少し早足で、愛する人の待つ家へと帰るため、商店街へと向かった。
――完




