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第六話 東京の街の小さな冒険

いよいよ繰り出した東京の街は未知の世界。

魔法の世界では高価な品物をぽんぽんカゴに入れる蒼に驚愕するローザ。

そして意外なところでつまずくローザと蒼。

無事街を歩いて買い物をすることができるのか。






 蒼と手を繋ぎ歩く道は、森からスコルピオンまで歩くより1/3よりも短い時間でお店に辿り着いた。道中はノルデンのような中都市の街並みに似ていた。そして大きな通りに出ると、教えてもらった車がビュンビュンと走っていて、人もたくさん歩いていた。




 蒼のような見た目の人もいれば私の住む世界、エーデルワイスで見るような顔立ちの人もいる。聞こえてくる多くの言語はパンシュ語(日本語)だが、見知った顔立ちの人が話す言語は全くもって聞いたことのない言語だった。





「思ったよりも早く着いたしお茶でもするか。コーヒー飲めるか?」



「飲める」





 そう答えるとガラス張りのようなお店へと足を進めた。中に入るとコーヒーの匂いがする。





「何にする?俺はアイス黒糖ラテだな」





 蒼の指差す方を見たが書いてある文字がよくわからなかった。というのも読める字もあるがほとんどが読めない。母に習った字と字体が違う。




「蒼、あれなんて書いてあるの?」




 そう素直に聞いたのだが蒼は驚いた顔でこちらを見た。そして耳打ちをするように話しかけてきた。




「ローザ、お前字が読めないのか?」



「いや、蒼の言う日本語?の字の読み書きはできるはずなんだけど……知ってる字体じゃないからほとんどわからない」



「てっきり話せるなら読み書きできると思ったんだが。まあいいや、ローザは甘いコーヒーは飲めるか?」



「飲める、でも甘いコーヒーは高いでしょ?」



「んー、あんまり変わらない。俺と同じの頼むわ。あ、冷たいのでいい?」



「うん、ありがとう」





 そう言うと蒼はお店の人に飲み物を注文してお金を払い、少し先のカウンターの前に立つ。この世界には木でも鉄でもない、つやつやの物体が多いようだ。このカウンターもそれでできている。そしてすぐに店員さんは冷たい飲み物が入ったコップを2つ、トレーにのせて蒼に渡した。蒼が2人がけのテーブルにトレーを置いて座るのを見て私も座った。




「とりあえずこれ飲みなよ」




 そう言って蒼はストローをコップに刺した。私の知っているものは麦わらでできているが、これもつやつやした素材でできている。


 渡された飲み物を口にするととても甘くクリームの入った今までに飲んだこともない高級な味がした。




「ローザ、こういうの初めてか?」



「うん、こんな高級品初めて飲んだ」



「これ言うほど高くないぞ?そっちの世界ではどれくらいの値段するんだ?」



「んー、バケットが10本近く買えると思う」



「バケットって長いパンか?」



「うん」



「そっちでパンがどれくらいの値段がわからないけど……10本は相当な高級品なんだろうな」



「貴族の人と会うとこういうの出してくれることがあるけど、人生で飲んだ回数なんて片手で数えられるぐらいだよ」





 あまりの美味しさにもったいないとさえ感じ、なかなか飲み進められない。しかし周りを見れば皆似たようなものを平然と飲んでいる。みんながお金持ちなのか、この世界ではこれが一般的なのか……まあ後者なんだろうなと思う。




「そろそろ行くから飲みなよ、また買ってやるからさ」




 蒼に急かされ、もったいないが飲みきりトレーの上にコップを戻す。蒼はそれを片づけてお店を出た。向かった洋服屋さんはすぐそこだった。見たこともないほど大きな建物に入ると、そこはとても広かった電気というものがチカチカして眩しく、なんだかドキドキする。


 



「母さんに買うものをリストアップしてもらったんだ。ほら、女の人に必要なものわからないし。ただ字が読めないんじゃ俺が見るしかないな」





 そう言って看板を見ながらあっちだこっちだ進んでいく蒼。世界中の服を全てここに集めたのではないかという量の服におどおどしていると、目立つからシャキッとしろと蒼に言われてしまった。





「この辺の長袖のTシャツなんかどうだ?」





 そう言って指差すのはこの世界の人がよくきているシャツだ。私が知っている物よりも丈が短く生地は薄手。男性が着る物だと思っていたが、女性が着れるような可愛いデザインだ。




「黒のボーダーと赤のボーダーどっちがいい?」



「んー……どうしよう」



「迷うようなことか?俺が決めてあげよう、赤な」




 そう言って赤と白のボーダーのシャツをカゴに入れる。それから、薄手のセーターやボタン付きのシャツなど、次々とカゴに服を入れる蒼。


 突然、周りをキョロキョロ見てから、足を進めた先でモジモジしている蒼は小さな声を上げた。




「その、し、下着は何がいるんだ?」



「ショーツと袖のない下着があれば」



「……ショーツは自分で選べ」




 そう言って顔をそっぽ向く蒼の耳は赤い。




「何枚選べばいい?」




 そう聞けばメモを見て5から7枚と言われる。適当に5つ、シンプルなものを選んでカゴに入れた。




「ブラ……とかサイズとかわからないから自分で見てくれ」




 蒼は頑なにこちらを見ない。ブラとはブラジャーのことだろう。だがそんな物つけるのは、貴族ぐらいだろう。わたしは袖のない下着を選ぶ。すると蒼は私の手を掴み、細い声で言った。




「おい、それだと透けるだろうが。カップのついてるやつとか選べよ」



「でも、私胸ないから問題ないよ?」



「そういう問題じゃねえだろ。女なんだから」




 「頼むから」と付け加える蒼があまりに必死なので、カップ付きの物を選んだ。下着を選び終えると、蒼に手を引いて足早にその場から離れる。




「帽子とかばんと財布はよそで買うとして、あと靴か」



「このブーツでいいんじゃないの?」



「いや、そろそろブーツの時期は終わるし、格好によっては合わないだろ?スニーカーを買おう」




 蒼が選んだのは白とベージュの靴だった。革靴とは違い、編み上げるわけじゃないのに紐がついている。履いてみろと言われ足を入れると、あまりの快適さに驚いた。女性がブーツ以外の靴を履くことはない。でもこれならいくらでも履きたい。




「22.5でちょうどいいな。よかった、これより小さいのあんまりないからな」




 靴を入れると、カゴはもうパンパンだった。店員さんのところへカゴを持っていくと、蒼は「袋をください」と言った。そもそも私の世界、少なくともエルフの持っている服は、ワンピースか上下セットを1着、ローブ1着、下着は2セット以上だ。それでも合わせて300シャープとかなりのお金がかかる。



 普通の人が1ヶ月で稼ぐお金が100、どんなに多くても200シャープ。国1番の戦士や魔法戦闘員になれば400シャープ。貴族がどれくらい稼ぐのかは知らないが500を超えることはないだろう。


 


 カゴに入っているのは私の持っている服の3倍以上の量だ。1000シャープじゃ効かない。昨日ゆうかさんに渡したコインは50シャープ、1/20の金額だ。想定外の出費に怯える私を気にすることなく、蒼はお金を払った。大きな紙袋2つを受け取り店を出る蒼はの後ろを、青い顔でついていく私。




「おい、どうした?具合悪いのか?」



「……あのさ、お金なんだけど足りたかな?足りなかったよね」



「ん?あと3つ買うものがあるが、今買った分は母さんからもらったお金ぴったりだ。残ってるものぐらい俺のお金で全然払えるぞ。なんだローザ、心配してくれたのか。ありがとな」



「本当に足りた?私昨日何も考えてなかったけど、こんな量の服を買うなんて思ってなくて……」



「おいおい、どんだけ少ない量を想像してたんだよ。普通に生活するのに最低限の量だぞ?普段どうやって生活してたんだよ」



「1枚服があれば十分でしょ?洗ったら魔法で乾かせるわけだし」



「……。まあその想定で来たならこれは想定外だろうな。こっちの世界じゃ洗って乾かすのに1日かかる。毎日洗うわけにはいかないし3、日に1回ぐらい?しか洗わない。そしたらこれが最低限だ」




 魔法の無い世界はそんなに不便なのか。像したこともない生活だ。とはいえ、大金がかかったことには違いない。どうしようかと考えているうちに、次のお店に着いた。




「ローザ、お金なら本当にあるんだ。心配すんなよ」




 そう言って蒼はお財布らしきものをチラつかせる。




「ほら、帽子選べよ」



 

 お店には、溢れるほどの帽子が重なり合って置かれている。棚が道に出ているではないか。見たことのない帽子から見慣れた帽子まで、世界中の帽子がここにあるのではと思えるほど豊富な種類。ふと目に止まったのは、短いつばのついたふっくらとした黒い帽子。




「このキャスケットがいいのか?被ってみろよ」




 見ていた帽子を蒼が手に取り私の頭に被せる。




「似合うじゃん、これにしよう。おじさん、これください」





 奥にいた男性に声をかけお金を払う。「このままかぶっていきます」と、蒼はついていた紙をお店の人に取ってもらい私に被せる。





「さっ、あとはカバンと財布だな。外国人受けするのはあっちの店かな」





 蒼は私のことなんてお構いなしに進んでいく。





「もう荷物いっぱいで手を繋げないんだから、ちゃんとついてこいよ〜」





 それもそうだと思い、慌てて追いかける。最初のお店に来た時よりも、あたりに人が増えてきた。とにかく迷子にならないよう、蒼のそばにくっつくようにして歩く。





「ねぇ、蒼とは全然違う服の人がいるけど。あれは変じゃないの?」





 寸胴のワンピースのような服は、袖の下にも布が垂れ下がっている。腰には太い布を巻いていて、後ろがリボンのようになっていた。靴も見たことない物だし、簪を刺している人も多い。蒼は髪を下ろせって言ったけど、別に良かったのでは?なんて思う。





「あー、あれは着物って言って、昔の日本人が着てた伝統的な服だ。でもまあ、今あれを普段着にする人はほとんどいないよ」



「でもみんな着てるよ?」



「観光客だよ。この辺は浅草って言って、昔の日本の風景が残ってる。だから昔の服を着て楽しむ人がいるんだよ。」



「観光客?」



「この辺に住んでない人ってこと。旅行とかで来て、ああいうのを楽しむんだよ。なんだ?ローザも着たいのか?」



「いや、そういうわけじゃないけど。簪はつけてきても良かったんじゃない?」



「あれはああいう服の人がつけるから変じゃないんであって、洋服でつけたらおかしいとは言わないけど。それこそ珍しいぞ」




 そんなこんなで、蒼は観光客がたくさんいるお店の前で足を止めた。


 


「ローザのかばんはリュックがいいかな。手が空いた方がいいだろ」





 店の奥に進む蒼。リュックが何かはわからないが、ついていくしかない。手渡されたのはレザーのような素材の四角いカバン。ただ持つところがとても小さく不便なように思う。




「これ、持ちづらくない?」



「これはこの紐を肩にかけて背負うんだよ」




 カバンの後ろを見ると縦に2本の紐が付いている。それぞれ手を通して肩にかけると、背負うようにして、身につけることができた。なんて画期的なカバンなんだと感動した。




「この焦げ茶色ならローザがもともと持ってたかばんに違い色だし、いいんじゃないか?5000円だし値段的にもちょうどいいだろ」




 確かに私のカバンの色に似ている。ただ何の皮なんだろうか?生地自体の厚さは薄くないが、頼りない感じもする。まあでも蒼に買ってもらうんだから素直に従おう。





「このまま使うんでタグ切ってください」



「はいよ、おつり100円ね」





 リュックを受け取ると私の借りていたかばんからハンカチを出し、くるくると丸めてリュックにしまう蒼。私は新しいリュックに、ワクワクしながらお店を出た。




「最後は財布だな。ローザに外国人的感覚があるなら、多分心ときめく財布があるんだよ」


 


 かばん屋さんを右に出てまっすぐ行くと、とんでもない人がごった返す通りに出た。そこには観光客と呼ばれる人がたくさんおり、知らない言語が飛び交っている。




「この中にかわいいって思う財布ないか?」




 目の前には少し変わった形の財布。どの財布にも銀か金の口が付いている。それぞれ布の色や柄が異なる。その中に藍色よりは柔らかいい布地に、薄ピンクの桜模様の財布があった。手のひらに収まるサイズ。とても心がひかれた。




「それが気に入ったのか?桜柄だな」



「うん、これ可愛いね。どうやって開けるの?」




 蒼は2つの玉をひねるようにして開けてくれた。真似をして開けたり閉めたりを繰り返す。お店の人に声をかけると、そのままお金を払ってくれた。




「お嬢さんはどこから来たの?このお財布可愛いでしょう」




 お店のおばさんはお財布の中に入っていた茶色い紙を取ってくれた。




「ア〜メリカから来たんです。ホームステイでうちに来てて」




 ははっと笑って蒼は私の服の裾を掴みお店を出る。人混みの通りから1本入ったところで立ち止まり、財布をリュックにしまうよう言われた。




「ちょっと早いがお昼ご飯にしようか?」




 11時だし、まだ空いてるんじゃないかと言いながら来た道を戻る。


 さっきの大通りよりは人が少ないが来た時よりも全然多い。歩いている感じ、中都市ノルデンよりもここは大きいのかもしれない。




「ローザって苦手な食べ物とかある?」



「特にないよ。お酒が飲めないぐらいかな」



「16で何がお酒だ。そんなもん俺だって飲めないわ」



「蒼もお酒苦手なの?」



「……ローザ、この世界でお酒を飲んでいいのは20歳からだ」



「えっ。じゃあ蒼お酒飲んだことないの?」



「ないよ!ローザは何歳で飲んだんだよ」



「んー、12とか?でも確かに街の人は16ぐらいから飲むんじゃないかな」



「そうか、ローザ安心しろ。お前は少なくともこの世界では、どのみちお酒は飲めない」




 そう笑って蒼はお店のドアを開ける。すんなり入れたことを「ラッキー」と言いながらお店に入る。店員さんに「2人」と伝えると、カウンターの端っこを案内された。




「ローザ、頼むのは俺が決めていいか?」



「うん、わかんないから任せる」



「了解、すみません〜」



「はいよ」



「豚角煮と煮卵2つ」



「豚角煮と煮卵2つですね」




 お店の人は、2つお水を置いて奥にさがった。店内はそんなに変わっているようには見えない。蒼は大量の荷物を足元に置き、私にもリュックを下に置くよう言った。真似をして足元に置いたあと、カウンターの向こうを覗く。




「キョロキョロしすぎ。あーあ、ちょっと疲れたな」



「そう?見たことないものばかりで面白いよ」



「まあそうだろうな。あ、箸は使える?」



「お箸?使えるよ」



「お〜、知ってるんだ。え、何を食べるのに使うの?」



「食べるのには使わないけど」



「ん?じゃあ何に使うんだ?」



「ご飯作るのに使うけど、食べるのに使うって……むしろどうやって使うの?」



「いや、普通に使うだろ。でも箸が使えるんならいいや」





 蒼が色々喋ってる間に、トレーが2つ運ばれてきた。お米と何かのお肉と卵、野菜が入っているのはわかる。確かにトレーにはお箸しかないが、私が知っている箸の半分ほどしかないほどに短い。




「ほら、こうやって食べるんだ」




 「いただきます」と言ってお肉をお箸で小さくして食べる蒼。私も真似をして「いただきます」と言ってから、お肉を箸で割くようにして小さくする。プルプルのお肉は臭みもなくて、とてもおいしかった。




「そんでご飯と一緒に食べるのがまたうまいんだよ」




 白いご飯はおかずと一緒に食べる物らしい。それは蒼の言う通りとてもおいしかった。小皿の野菜は少し酸っぱくて、さっぱりしている。森ではこんな料理なかなか食べられない。街でだってきっとこんなに美味しいご飯はそうとう高いだろう。




「「ごちそうさまでした」」




 蒼はお店の人に金額を言われると、昨日バスに乗った時に使った小さな本をかざした。なぜそれだけでいいのか不思議で仕方ない。お店を出て帰ろうかと歩き出す蒼。




「あのさ、蒼が持ってるその小さな本?ケース?を使うとお金がいらないの?」



「ん?これか?あー……この中にはカードが入ってるんだ」



「カード?」



「あ、カードって知らない?」



「いや、わかるよ。魔法使う時に使うことあるし」



「まあそんな感じ?それの中にお金を入れておいて、ああやってかざすとその中のお金で支払いができるんだよ」



「え、カードの中にお金が入ってるの!?」



「んー、まあ今度お金を入れるところ見せてやるさ」




 この世界には魔法がないというけど、魔法のようなことばかりが起きる。これが魔法じゃないなら、いったいなんなんだろうか。蒼は帰ったら「何しなきゃ」だの「これ全部洗濯すんのかな」だの1人で喋っていた。

 







大量の服においしいごはん。

目まぐるしい街に驚きつつも初めての景色に心踊るローザ。

次回はいよいよ“離れ”の書物に触れます。


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