第十八話 あの日へと馳せる想い
魔法陣に光が広がり、そっと一言残して消えて行ったローザの笑顔。
俺は1年経った今でも鮮明に思い出せる。
ローザが魔法の世界に帰ったあの日から1年。今年も桜の花が満開となった。舞い散る花びらを見ると思い出す。慌ただしくも楽しかった毎日を。
――あの日、ローザと出会って俺の人生が始まったんだ。
俺はこの1年間、とある話を漫画としてひたすら描いていた。その漫画が、専門学校卒業目前、ある出版社が行っていた新人コンクールの大賞を受賞。
この春からの連載が決まり、漫画家としてデビューすることになった。俺が描く物語の内容は、みんな想像がつくんじゃないかな。
――ローザの転移の謎はどうなったのか。
それはまだ解決していない。俺が知っていることは、離れの巻物が時々減っては元に戻りと、増えたり減ったりを繰り返しているということ。変化があったとわかるのは、俺が置いてた花が無くなり、代わりにエーデルワイスが置かれていくからだ。
ばあちゃんと母さんも変わらない。神棚に花を供えることの意味がわかった後も、花を供え続けている。母さんに至っては「花言葉辞典」を買ってきた。毎月何の花にしようかと楽しそうなので、まあいいだろう。
時より、ローザの母さんが俺の先祖に手紙を送ったように、俺にも手紙がこないかなと思うことがある。そんなちょっとした浮ついた気持ちがよぎるが、結局すぐに落ち込むことになる。
手紙が来ないなら、こちらから書けばいいのかもしれない。でも、そんな勇気が俺にあるはずがなかった。
ローザは離れを出入りするとき、魔力を極限まで消して来ている。だから俺も、ローザの魔力を感じても離れに行くのはその次の日にしている。本当は会いに行ってもいいのかもしれない。でも、まだその時じゃないような気がするんだ。
1人になってからも、上野東照宮や寛永寺などの神社や寺院などに足を運んでいる。霊力を感じられるようになった俺になら、もしかしたら何か手掛かりをつかめるかもしれない。
そう思い行動していると、決まって2人で上野を歩いたことを思い出す。俺はローザの跡を追いかけているんだと思う。
俺の求めている手がかり……それはもう1つ鍵。見つかれば……なんて想像することもある。でも、きっと見つかったとして使う勇気はない。手紙と同じく俺は意気地なしだ。
ローザとの別れが近づいていると感じていた時から、わかっていたことがある。
それはローザがエルフという生き物であることだ。これから俺の想像もつかないほど、終わりのない命を生きていく。そもそもローザの世界の時間は、この世界よりも速い。
この「1年」は俺にとっての時間で、ローザの重ねた時間はその5倍もある。
ローザの前では覚悟しているふりをしたが、本当は心が拒んでいた。永遠の別れになるとわかっていたから、本当は引き留めたかった。
それでも理解ある自分を演じたのは、ローザに情けない姿を見せたくない、弱いところを見せられない意気地なしだからだ。俺はローザのことを考えているフリをした、ただの臆病者だ。
時々夢をみる。あの日、笑顔で消えていった彼女の姿。そして最後の言葉が頭の中でこだまする。
きっと聞き間違えじゃない。はっきり聞こえた。でもそれを確かめる術はない。
俺はローザと別れたあの日に浅草で買った、桜柄の小さな巾着をポケットから取り出す。中に入っているのは桜模様のペアリングの片割れ。
実は1つだけローザに隠し事をした。
それは、ローザの誕生日プレゼントに渡した指輪、がペアリングだということ。ローザは桜の花びらの模様だと思っているが、2つの指輪を合わせると桜の花になる指輪を買った。
これは最初で最後の俺だけの秘密。
月夜が輝く桜に指輪をかざしながら、今日も俺は思い出す。
――あの日、魔法使いのエルフに恋したことを。




