第十六話 心に秘めた気持ち
さくらとお母さんの始めた物語が終わり、私はすべてを理解した。
――私もこの旅に終止符を打つ時がきたのだ。
エーデルワイスへの帰還方法、形見の鍵と簪の意味、さくらと母の最期。
すべてを蒼に話そう。
ゆうかさんに「おやすみなさい」と伝え、蒼の部屋をノックする。「どうぞ」と返事が返ってきて、私はそっと扉を開けた。
「あのね、私……」
すべてを話すと決めたはいいが、なんと切り出したら良いのかわからない。ベッドに腰掛けている蒼は自分の隣をポンポンと叩き、私に座るよう無言で伝えてくる。
私はひとりぶん間を空けてベッドに腰掛けた。
「手紙を全部読んだ。日記も4冊目までと9冊目の後半から10冊目まで読んだ。もう、私は自分の世界に……自分の家に帰ることができる」
「解読できたんだな」
「うん。それに、さくらとお母さんが魔族を誕生させてしまったことは事実だった。でもちゃんと決着をつけた」
「決着?」
「エルフが魔族を倒したって話したことがあったでしょ?私は単純にエルフが強いから成し遂げたんだと思ってた……だけど、違った」
「違った?」
「宇津木家に伝わる言い伝え「満月の夜に花を供えること」はさくらの残した儀式の継承だった。成し遂げたのが誰かはわからない。
でも、誰かが送ったマーガレットの花が私の家の周りに咲いた。その花のお茶を飲んだことでエルフは未来が見えるようになって、魔族大戦に終止符を打った」
私はポロポロと言葉をこぼした。それを紡ぐようにして語った私の話は、きっと拙い文章だったと思う。それでも、蒼は優しく相づちを打った。ただただ私が話し終えるまで、静かに聞いてくれた。
「満月の夜がくればいつでも帰れる……」
私は最後まで言いはしなかったが、私たちそれをよくわかっていた。
わかっていたけれど、心の揺らぎは止めることができなかった。エーデルワイスに帰りたいと思っているけれど、この生活を手放したくない。またひとりぼっちの生活に戻る……そんなの嫌だ。でも、この世界に残ってどうするのか。
それから数日後、春休みに入った蒼は「見せたいものがある」と言った。3度のその言葉に身構えたが、続く言葉が「デートだ」というので拍子抜けした。
人生2度目のデート。またしても行き先は教えてもらえなかった。駅に向かう途中、突然蒼が知らない私の知らない人に声を掛けられた。私を見て「彼女か?」「いつのまに」なんてからかうように言って、蒼をこづいたと思ったらそのまま行ってしまった。
あれは蒼のいとこだったらしい。蒼は顔を赤くして「気にしないでくれ」と言った。
そんなこんなありながら連れて来られた場所は、大きなビルの入口。
『2024年度 〇〇主催コンテスト入賞作品展会場ー私の見つめる先ー」
赤面していた蒼はどこへやら。打って変わってどや顔である。
わけを聞いてみると、12月中旬のコンテストに応募した作品が優秀賞を取ったらしい。額縁に飾られた絵の下には「宇津木 蒼」と書かれていた。それは「私の横顔」だ。たった4色しか使われていないの、いまにも動き出しそうなその絵は、蒼の優しさがにじみ出ているように感じた。
会場にいた男性に「私の絵」を背景に蒼とのツーショット写真を撮ってもらった。
――帰りの電車の中で、私はそれをスマホの待ち受けにした。
その後、いつものカフェで黒糖ラテを注文し、少しお茶をしてから帰宅した。
家のドアを開けると物音ひとつせず、異様な空気が漂っていた。後ろにいる蒼も、なぜか緊張した面持ちだ。なんだか私は怖くなってしまい、蒼に「先に行って」と言ったのだが無視されてしまった。
仕方なくおずおずとリビングに入ると「パンッパンッ」とクラップ音がして、目の前にキラキラした紙が舞った。
「「ローザちゃん。お誕生日おめでとう!」」
じいちゃん、うめさん、ゆうかさんはそう言って拍手をする。困惑した私は蒼の顔を見ると、同じく「おめでとう」と言って拍手をしている。
「ローザ、お前自分の誕生日忘れてただろ」
蒼は笑いながら、私にリボンをかけた。
――本日の主役。
そう書かれた文字を見て、今日が3月27日だということに気がついた。
「もちろんローザちゃんにケーキを用意したわ」
ゆうかさんはキッチンから、フルーツがたくさん盛り付けられたケーキを運んできた。
私は11歳の時以来、6年ぶりに誕生日をお祝いしてもらった。たった5人しかいないリビングで、涙がこぼれそうなほど幸せな時間を過ごした。
お風呂は誕生日スペシャルだと言って、桜の花びらが出てくる入浴剤をゆうかさんが用意してくれた。
温かいお湯に浸かると、私の頭の中にこの1年のできごとが流れる始めた。ひとりぼっちになってからの5年よりも、圧倒的に濃い時間を過ごした。ここに残ったとしても、きっとみんな受け入れてくれる。心がそう揺らぐが、頭ではそれで本当にいいのか問うていた。
ふと鏡に映った自分を見て寂しくなった。赤い目も尖った耳も、私がエルフであることを嫌でも思い出させる。蒼と過ごした時間を後悔したりはしない。出会うことができて本当によかったと思っている。
そう思っていても、自分と蒼の命の長さに差があることを受け入れきれなかった。この世界の人間の寿命は短いうえに、蒼は私の世界の5倍の速さで年を取る。お湯でふやけてしわしわになった自分の手を見て、心が痛くなった。
……蒼は100歳まで生きたとしても、エーデルワイスではたったの20年で死んでしまう。
さっきまでの楽しかった時間が嘘のように、心がズンと重くなった。
私はお風呂から上がり服を着て庭に出て、月を見上げる。
「まだ風は冷たいだろ」
優しい声が耳を鳴らす。蒼は本当にタイミングが良い。
「俺の誕生日サプライズは成功したか?」
「うん、びっくりした」
今、私はうまく笑えていないかもしれない。それが申し訳なくて、それに気づかれたくなくて、蒼の顔を見ることができなかった。
「実はまだ、サプライズは終わってないんだ」
「えっ?」
思いがけない言葉につい蒼の顔を見てしまった。きっとそれさえもお見通しなのだろう。
「手を出して」
私は素直に右手を出した。蒼は私の手のひらに冷たいものをのせた。
――それは、桜の花びらが彫られた指輪だった。
「プレゼント、何にするか迷ったんだ。でも、やっぱりローザには桜の花がいいかなって……選んだけど、どうかな?」
自信なさげに笑う蒼は、頭をかきながら月を見上げる。
「蒼、ありがとう。指輪なんて初めてもらったよ」
「マジで?ごめん、違うものの方がよかったかな」
「これがよかった。これが、欲しいと思ってた」
嘘じゃない。蒼が選んでくれるものなら何でも嬉しい。その言葉に蒼はほっとした表情で、私の手のひらを両手で包んだ。
「エルフって長生きするだろ?そしたら俺との生活なんて、一瞬のできごとになるな」
「……なんでそんなこと言うの?」
思わず泣きそうになる私を見つめた蒼は、いつものように優しく笑った。
「でも、俺にとってはかけがえのない時間だ。ローザ、俺に……新しい世界を教えてくれてありがとう」
蒼は、私の手のひらの指輪に霊力を込めた。
この時、もう――蒼は答えを出したんだと私はわかってしまった。
ここまできても、私はまだ決心がつかなかった。魔法陣も母の謎もわかった。でも、まだわからないことがある。それはなぜ「私はこの世界に召喚された」のか。
残りの日記を読めばわかるのか。お母さんが受け取った手紙を読めばわかるのか。
その晩、私は蒼にもらった指輪を握りしめて眠った。
次の日の朝、巻物を持った蒼が私の部屋の扉を開けた。
「ばあちゃんに巻物を読んでもらったんだ。そしてら日付は平安時代だって。大昔のこれに、俺の血の始まりが書かれているらしい。もしかしたら残りの謎は、これを読めば解けるかもしれない。ただ、お前の母さんが持っている手紙や魔法界の書物も見ないとわからないこともあるはず。だから……元の世界に戻って調べて欲しいんだ。お前は鍵を持っているから、離れはいつでも出入りできるだろ?俺は……ずっとここにいる」
そう言った蒼の声が震えている。
さくらやお母さんと同じように、蒼は覚悟している。そして昨日、蒼の出した答えを見せてくれたのにもかかわらず、まだ答えを出せないでいる私の背中を押してくれているのだとわかった。
蒼は私の魔法使いだ。蒼がいれば大丈夫だと心の底からそう思う。
私も覚悟を決めよう。
次の満月はピンクムーンというらしい。それまでたったの1週間。
――私たちの別れまであと1週間だ。




