第十三話 魔族の花
結局、いつだって私は意気地なしだ。それでも前に進まなくてはいけない――お母さんの謎を解き明かしてエーデルワイスへ帰るために。
私は2冊の日記に記載されていた「エーデルワイスへの帰還魔法陣」の解読を始めたが、術式を省略して書かれたところも多く難解であった。1ページにとても小さく書かれた文字の量は300字ほどだったが、省略された部分を読み解いたら3倍以上の量へと膨れ上がる見込みだ。ところどころ見慣れた略式記号もあったが、私の知らない省略の仕方のされている部分は1から解読しなければならない。
蒼にもらった新品のノートへと丁寧に写し、そこから省略された部分を抜粋して解読をする。蛍光ペンという素晴らしいペンを使うとどこまでどう解析したかがひと目でわかり、3つの色を使い整理しながら進めていった。その横で蒼は12月のコンテストに応募する絵を描くと言って、鉛筆で丁寧に絵を描いていた。またしても私の絵だった。ちなみにコンテストの題材は「私の見つめる先」だそうだ。
一方で、魔法陣の解読と同時に3冊目の日記も読み進めていた。12月になろうとした頃にたどり着いたのは、さくらとお母さんの行動がもたらした結果だった。
1636年4月3日
『満月の夜、蔵からすさまじい魔力を感じて自分の部屋を飛び出した。裏口の鍵を開けるが誰もいなかったが、上から光が漏れていた。急いで梯子を上ると、毎日供えていた花が無くなっていた。代わりに赤い目と尖った耳、紫色の耳飾りをつけた見知った顔の女性が立っていた。藤乃はすべてをやってのけたんだとわかった』
『ここからは彼女のことを本当の名前、ベギンと呼ぼう。ベギンの第一声は「半年近く待たせてごめん」だった。そこで私たちは2つの世界の進むスピードの違いに気がついた。おそらくベギンの世界は江戸の5倍は速く時間が進んでいる。つまりベギンが日本にいたのは半年だが、ベギンの世界では2年半ほど経っていたということになる』
まずお母さんは無事にエーデルワイスに帰還した。そして鍵を完成させて日本に戻ってきた。つまり2冊目の日記に書かれた魔法陣の描き方を解読できれば、私もエーデルワイスに帰ることができる。この鍵を使えば、私は2世界間を自由に行き来できることもわかった。驚いたのは時間の進むスピードの違うということ。エーデルワイスにから突如と姿を消したお母さんは、2年半の時を経て再び姿を現したということになる。そんなこと、村のだれからも聞いたことがない。
『ベギンは完成した鍵の片方を私にくれた。桜色の石がついている。魔法石といって、本来必要な量の半分以下の力で使えるように作ったと言った。これで私の霊力でも鍵を使うことができるだろう。私たちは大きなことを成し遂げた。しかしベギンはとても暗い顔をしていた』
鍵の魔法石はお母さんがエーデルワイスでつけたものだった。確かに魔法石を使えば、少ない魔力を増幅させることができる。召喚に帰還魔法陣、2つの世界をつなぐ鍵。誰も知らない偉大な功績だ。
『ベギンは「自分の世界には人間と動物に妖精、そして魔物が住んでいる。いや、住んでいた」と言ったが、その意味が私にはわからなかった。続けて、蚊の鳴くような声で「新たな生き物が生まれた」と言った。魔物とは魔法の使える動物のことだと聞いていた。驚くことにベギンは元の世界に戻ってから家に帰る道中に、しゃべる魔物と対峙したそうだ。人々はそれを魔族と呼んだ』
さくらは意味がわからないと書いているが、私も意味がわからない。魔族は2000年前には誕生していたと聞いている。もしこれが真実だとしたら、この日記の時代がエーデルワイスにとっては2000年も前の話ということになる。
そしてエルフの寿命は永遠だ。でもそれは死なないと約束されたわけではない。人間と異なるのは寿命だけで、病にかかったり血を流し心臓を貫かれれば当然死ぬ。魔法の発展とともにエルフが死ぬことは少なくなったが、それでも魔物や魔族と戦い命を落としたエルフもたくさんいる。そうやって2000年も経てば、お母さんの転移を知る人が限られた人数まで減る可能性は十分にあると思った。
『魔族は赤い花の中から誕生した魔物の進化だと語るベギン。続くベギンの言葉に私は耳を疑った。涙をこぼしながら「私の世界に赤い花は存在しない」と訴えるベギン。その瞬間私はめまいがした。自分の犯したことが何かを理解したからだ』
エーデルワイスで赤い花といえば1つしかない。それは魔族の花だ。魔物を魔族へと変えた赤い花は、魔族対戦終了後に1つ残らず消し去られた。だから私はそれを見たことがない。しかし赤い花の咲く場所は危険だということは周知の事実。
『私はその赤い花の特徴を聞いて反射的に土下座をした。その花の名前は「彼岸花」。私がベギンを召喚するときに使用した花だったからだ』
「魔族を生み出した」と書かれているその事実を、とてもじゃないが受け入れられなかった。私はこの世界で赤い花をいくつも見た。あまりにたくさんの種類があるので、最初こそ怯えたものの慣れてしまった。その中に魔族の花があったかもしれないということに吐き気すらした。魔族を打ち滅ぼした英雄が、そもそもの元凶。それがお母さんかもしれない?そんなことあっていいはずがない。
『彼岸花は死者を送る花だ。悪い花じゃない。でも「死人花」「地獄花」「幽霊花」と呼ぶ人もいる。「彼岸花を家に持ち帰ると家事になる」「死者が迎えに来る」なんていう人もいるぐらいだ。そして「彼岸花を摘むと不幸が訪れる」という言葉があることを思い出した。とはいえこれらは。彼岸花の球根の毒を子どもたちから遠ざけるための迷信だ』
『ベギンは私に「言霊の乗った花だったのではないか」と言った。言霊とは私が教えた言葉だ。私が摘んだ彼岸花は、寛永寺に咲いていた花だ。住職さまは子どもたちを球根の毒から守るために、彼岸花が咲くころによく迷信を言って聞かせていた。その言霊が込められた花を私は使ってしまったのだ』
『魔法の世界でも言葉に魔力をのせて術を発動すると、以前ベギンが言っていた。ベギンの推測はこうだ。言霊をのせた彼岸花がベギンと入れ替わるようにしてあちらの世界に渡った。ベギンがいた場所には魔力の強い川があり、そこでしか取れない植物がある場所だった。彼岸花は転移と同時に言霊が魔法の力で発動し、そこにいた魔物を魔族へと変えてしまった。この推測が正しければ、私は取り返しのつかないことをしてしまったことになる』
魔法は行いたいことをイメージして言葉をのせる。火を知らない人は、指に火を灯す言葉を知っていても魔法として生み出すことはできない。そこに強い思いや願いが込められれば込められるほど、その魔法は強力なものとなる。当時この世界でどれだけの人が彼岸花へネガティブな思いを持っていたかはわからないけれど、上野や浅草にいる人皆がそう思っていたとしたら、魔物を魔族に変えることができるが十分にできる力だったかもしれない。何よりエーデルワイスでは花の持つ魔力は強力である。
『ベギンは私のせいだけではないと言った。その姿は私同様の罪悪感に苛まれているように見えた。ベギンは教えてくれた。本来生き物を召喚することはできない。ただし例外として妖精と魔物は違う。しかしベギンはエルフでありながら、妖精の血を宿しているのだと言った』
『ベギンは始まりのエルフと呼ばれる最初のエルフの娘だった。魔物に襲われて1度は落としたかけた命を、ベギンの母親は自分の命と引き換えに「娘に妖精の血を分けて生かす」よう契約したらしい。妖精は契約に応じるような種族ではないが、始まりのエルフは対等な存在として特別に扱われたという。私はあの夜、問答無用でベギンを召喚したのだと思っていた。しかしベギンは選べたという。召喚に「応える」か「断る」かを』
私は、私とお母さんが転移しても死ななかった理由を知った。多分私にも妖精の血が流れている。召喚者はわからないが、私は「お母さんに会いたい」と願い召喚に応じたのだろう。そしてお母さんが始まりのエルフの娘だなんてことも知らなかった。私が生まれたときには、すでに始まりのエルフは誰も生きていなかったからだ。
『召喚をした私と、召喚に応えたベギンは同罪だと言った。私たちは償いをしなければならない。そして約束をした。これから先の命を、魔族を絶滅させるために使うことを。ベギンは元の世界に戻り、魔族と戦うと言った。私には何ができるだろうか』
『ベギンの作った鍵は蔵と家を繋いだだけで、その空間からは出ることはできない。そもそも私には魔法が使えるわけではないから、ベギンの世界で戦うことはどのみち不可能である。そこで「花を転移させること」なら可能ではないかと考え着いた。彼岸花のように転移の際に魔法がかかれば、ベギンが魔族を倒すことを手助けできるかもしれない』
お母さんが魔族と戦い続けた理由もわかった。お母さんは平和のために戦っているのだと思っていた。みんなを助けるために力を使うのだと思い込んでいた。そんな風に尊敬していたお母さんの戦った本当の理由は「罪悪感」だ。ここまで読んだ時点で、私の心はもうボロボロだった。これ以上お母さんの犯した罪について知りたくなかった。でも手を止めることはできなかった。
『私たちは情報交換のために文通をすることにした。何か進展があれば互いに手紙を書く。いつでも鍵を使えるように私は蔵に、ベギンは寝室に必ず花を置くことになった。鍵の魔法で何かが起きるとは思えなかったが、念のため供える花は良い意味の込められたものを選ぶことにした』
『今日が最後の別れになるとわかっていた。しかし私たちは別れの言葉など言わなかった。「約束を果たす」ことだけを誓い、私は蔵の鍵を閉めた』
4月3日の日記は10ページにも及んでいた。ここまで読み終わったのは、蒼は冬休みに入る手前の12月中旬。この2週間、私はあまり部屋から出ることができなかった。このことを蒼になんと伝えたらよいのかわからなかった。この後さくらがどんな生活を送ったのかはわからないが、お母さんの人生はわかる。頭では理解していたが、心がそのことを拒絶していた。
――コンコン。「ローザ、入ってもいいか?」
23時、蒼が突然部屋をノックした。本当は断りたかったが、うまい言葉が見つからなかった私は「どうぞ」と言うしかなかった。
「大丈夫、じゃなさそうだな」
マグカップを2つ持った蒼は私の隣に座る。
「最近ローザが思い詰めてるのは知っていた。でも、さすがに今日は見過ごせなかったんだ」
「どうして?」
「ばあちゃんと母さんは感じないみたいだけど、俺には感じるんだ」
「…………」
「俺はローザの鍵で霊力に目覚めたろ?だからかはわからないけど、俺にはささいな量の魔力でも感じることもできるみたいなんだ」
「魔力を?」
「ローザが霊力を魔力とは違う力とわかりながらが感じるように、俺も霊力とは違うけど感じる力がある。多分これが魔力だ」
「……私の魔力を感じてるの?」
「うん。ローザの感情が強く動いたのを感じた。俺はそれを無視することができなかった。ローザはきっと話したくないのかもしれないし、話せないのかもしれない。俺にはわからないようなことを日記から得ているのかもしれない。でも、俺はローザの気持ちだけは知っておきたいんだ」
「ふふ、蒼は魔法使いみたいだね」
思わず笑いがこぼれるほどに、心の底からそう思う。蒼は私の魔力を感じたと言ったけれど、きっと感じられずとも私の気持ちに気づいてくれる。
「私が知ったことを聞いてくれる?」
日記に蔵と私の家がつながっていると書かれていたこと。鍵は2本完成したこと。この世界と私の世界とで進む時間の速さが違うこと。そしてさくらとお母さんが魔族を誕生させてしまったこと。2人は魔族を倒す約束をしたこと。文通をしようと決めたこと。
蒼は私の話を静かに聞いてくれた。
「俺の先祖が魔族を誕生させたのか……」
「さくらだけじゃない。お母さんも同罪だ」
「でもローザの母さんは魔族を倒したんだろ?」
「うん……でも失われた命が多すぎる。そしてその命は返ってこない」
私と蒼の間に沈黙が流れた。
「私は日記を読むことを続ける。もしさくらとお母さんが手紙のやり取りをしていたとしたら、それについても何か書かれているかもしれない」
いつもは蒼が先に背中を押してくれる。でももう私は自分の足で立たなければいけないし、蒼に甘えてばっかりではいけないと思った。そんな私の気持ちすらお見通しの蒼は、いつものように私の頭をポンポンと叩いて部屋を出ていった。
――1つだけ私は蒼に伝えなかった。「エーデルワイスに帰ることが、あと1歩でできること」を。
大好きは母は英雄だど思っていたのに。
2人がすべての始まりだという事実は、ローザには受け入れられない内容でした。
誰も母の転移を口にしなかったこと、本来召喚することができないはずのエルフなのに召喚されたこと。
隠されていた秘密はあまりにも大きすぎたことへのショック。
蒼はローザに優しく寄り添い、ローザはそれに応えました。
物語も終盤に近づいてきました。
次々と解き明かされる秘密に頭を悩ませるローザと、そんなローザを見つめる蒼。
帰還魔法陣について蒼に言えなかったローザの心境。
自分で書いていて胸が締め付けられる想いです。
残りの時間もぜひ2人を見守ってくださるとうれしいです。
次回14話の更新は10月30日木曜日の13時の予定です。
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