第十二話 扉の前に立つ2人が見た「鍵の秘密」
2冊目の日記を記されたさくらと母の「鍵の秘密」とは。
鍵に込められたその力が開くものとは何か。
答えの扉の前に立つ2人の進む物語に注目です。
蒼とのデートは、私にって良い気分転換となった。
それでも、2冊目の日記を開く私の手は少し震えていたかもしれない。覚悟は決めた。
――でも。そこから先の内容は頭が痛くなるような内容だった。
冷たい風が吹き始めた10月末。私はとうとう辿り着いた。
1636年1月18日
『藤乃が言うように空間をつなげるのだとしたら、こちらとあちらの2つの場所が必要である。
誰でも入ることができる場所であってはならない。誰も足を踏み入れない場所、かつ私も行きやすい場所。
そこで私は自分の家の蔵はどうかと考えた。閉鎖空間であり、だれも興味がない。明日2人に話しへ行こう』
1636年1月19日
『藤乃の家と、私の家の蔵をつなげる方向で進めることになった。
藤乃の考えでは対になる鍵を作り、力を込めることで術が発動される仕組みにするらしい。
藤乃は異世界に1人で暮らしているらしく、家には鍵がないから新しく作ることができるという。
私にはとうていできないような高度な技術が求められる上に、召喚以外の図式を描けないので、藤乃をもとの世界に戻すための方法を研究することにする』
鍵に魔方陣を刻み2つの空間をつなげる。とてもよくできた考えだ。力を込めずに使っても、ただその鍵で開くのは扉だけ。空間はつながらない。つまり、このことを知っている者でないと発揮されない仕組みを作り上げたということになる。
――私は首に下げている鍵を、無意識に握っていた。もし、この鍵が2人の考えの賜物なら……これでエーデルワイスに帰ることができるかもしれない。でも蔵とはどこにあるのだろうか。蒼に何か知らないかと聞いたが、思い当たる場所はないと言われた。
1636年1月24日
『藤乃は魔法陣を完成させた。一寸半ほどの鍵に刻むのだと言って見せてくれた図案の書かれた紙は、襖ほどの大きさだった。
あまりにも無謀なことを言うので冗談かと思ったが、本気のようた。できる限り細かく描くのは当然として、それを何層にも重ねるというのだ。
金属を用意すれば、藤乃はそれをできると断言した。魔術で金属を板状にし、そこに魔方陣を刻む。それを潰れないギリギリに重ね、鍵の形に変形させるそうだ。
見た目に対して大きい魔方陣であるから、相当な霊力が必要になるという課題は残るものの試す価値はある』
魔方陣を重ねるという記述に、素晴らしいアイデアだけど「不可能」だと思った。仮に本のように厚さのある物なら、魔方陣を重ねるということはギリギリ可能かもしれない。しかしそれを鍵の形に変形させるなんて、いったいどれだけの魔力と技術が必要になることか。
……そんなことは到底できると思えなかった。だいたい空間をつなげる魔方陣を襖サイズに収めることすら至難の業だと思われる。素晴らしく馬鹿げたそのアイデアを誰が実現させられるものか。
そう疑ってみたものの、半信半疑で首から下げたこの鍵をよく見てみる。鍵の先端の突起部分には、魔法陣のようにも見える模様が彫られている。しかし他の部分はツルツルとしていて、何かが彫られているようには見えなかった。
そして不思議に思ったことがある。この鍵の持ち手の部分には魔法石が装飾されている。魔法石はただの石に魔力を込めてできる物じゃない。最初から魔法石は魔法石なのだ。この世界でこの石が手に入るとは思えない。謎が謎を呼び、真相は闇の中となった。
転機が訪れたのは、11月に入ったある日。日記と睨めっこする私の部屋の扉が勢いよく開いた。興奮した面持ちの蒼は「今すぐ離れに来てほしい」と言った。ベージュ色の上着を羽織り、裏口を覗くが蒼の姿は見当たらない。すると、離れの裏から私を呼ぶ声がした。
ぐるっと裏側まで回ると、蔵の壁の一部の塗装が剥げたところに蒼は立っていた。壁のむき出しになっている部分は木でできている。
「ローザ、これは扉に見えないか?」
「言われたらそう見えないことはないけど。それが何?」
「前に蔵を知らないかって聞かれたろ?俺はふと、この離れが昔は蔵だったんじゃないかと思った。でも表の鍵がローザの物とは似ていなかったから、どこかに扉がないか調べてたんだ」
「つまりここが日記に出てきた蔵で、塗装の下に扉があったということ?」
「そうだ。離れの1階の中の物をどかしながら内側の壁を調べた。すると木の浮いてる部分があって、そこを剥がしたら扉が出てきた。ここはその反対側になる」
「でも、鍵穴がないよ」
「だからローザを呼んだんだ。俺にはこの扉から取っ手や穴を見つけられなかった。でもローザなら魔力で何か感知できたりしないかな、って思ったんだけどどう?」
私はそっと目をつぶり、木の板に手を当てて端から端まで扉をなぞる。
高さは扉の真ん中、位置は左端。確かに魔力と霊力、2つの力を感じる場所がある。そこに少し魔力を込めてみれば、木がポロポロと剥がれ落ち鍵穴が出てきた。
この世界のものではないそれは、少なくとも蒼の家のものとも異なる形。その見知った形の穴はは、私の家の鍵穴にそっくりだった。
「ローザ、どんぴしゃだ。この離れは蔵だったんだ」
「そうだね……間違いないと思う」
「開けてみよう」
首から鍵のついた紐を外す。冷たい手で鍵を握り、大きく深呼吸をして覚悟を決める。鍵穴にその先端を差し込むと、ぴたりとはまった。ゆっくりと左に回すと、カチャンと音を立てる――しかし扉は動かなかった。
「鍵は開いたはずなのにドアが動かないな。押しても引いてもダメだし、スライドもできない。どういうことだ?」
「蒼、もう1回やってみてもいい?」
「もちろんいいけど」
日記を読んで知っていたが、私はそれをしなかった。鍵を閉め、抜いたその鍵を見つめ強く握りなおす。次は魔力を込めて鍵を回した。
――カチャン。そう音を立てた瞬間、魔力が跳ね返る。そして鍵が逆再生されるようにして手元に返ってきた。
「何が起きた?ローザ、何をしたんだ?」
「今、魔力を込めて鍵を回した。その魔力が跳ね返ったということは、この鍵穴に魔法がかかっているということが証明された」
「じゃあ今度こそ開くのか?」
「いや、この鍵じゃこの扉は開かない。多分だけど……この鍵は私の家しか開かないんじゃないかな」
「じゃあもう1本鍵があるってことか」
「日記には対になる鍵を作るって書いてあった。でも、そんな高度な技術が成立するはずないって思ってたんだけど――2人は成功させたみたいだね」
「対になる鍵?」
「話してなくてごめん。私が今読んだ部分まででわかっていることは、さくらとお母さんが2つの空間をつなげようとしていたということ。蒼に蔵の事を聞いたのは、さくらの家の蔵とお母さんの家をつなげようとしているって読んだから」
「じゃあこの離れとローザの家はつながるのか?」
「つながるはずがないって思ってた……でもこの反応からすると、つなげたんだろうね」
正直さくらの日記に書かれていたような現実的でないその作戦、どうせうまくいきっこないって思っていた。でも、蒼が扉を見つけて証明されてしまった。私にはこれが嬉しいことなのかどうかもわからない。少なくとも、この鍵ではエーデルワイスに帰ることはできない。
「ローザ、大丈夫か?」
「わからない。この鍵はお母さんが作った。でもこの鍵で家に帰れるわけじゃない。まだ私が読んでいる日付の日記では、鍵は完成していない。だから日記を読み進めるしかないんだと思う」
「そうか、でも大きな一歩だ」
「大きな一歩……か」
「俺はそう思うね。ローザの鍵の謎が答えに向かって歩き始めてる。そう思わないか?」
「確かにそうかも?」
「だろ?ちなみにその鍵は魔法でできてるのか?」
「どういう意味?」
「ローザは火や水を魔法で出せるだろ?鍵もそうやって作れるのか?」
「いや、鍵は作れない。火も水も、実際は空気の中に散らばる粒子を魔法で圧縮して出したり、粒子をぶつけてエネルギーを発生させただけ。石とか鉄は作るのに膨大な時間がかかるし、その労力に見合わない欠片しか集められない」
「じゃあその鍵は金属でできてるのか」
「触った感じは金属だと思うんだけど。今のところ日記には金属で作ろうとしていると書かれているだけで、実際に何を使ったのかわかる記述は見つかってない」
「その鍵、俺も触っていいか?」
「そういえば蒼にちゃんと見せたことなかったっけ」
私は蒼の手のひらに鍵を置いた――その瞬間、蒼から霊力がとどめなく溢れかえった。その威力は視界に収めることのできる範囲すべてのの空気を押し流す勢いだった。
「どうした?」
「蒼……何も感じないの?」
「ん?まあこの鍵は金属っぽいなって思うけど」
「いや、そういうことじゃなくて。試しにその鍵穴を触ってみてくれない?」
「鍵穴を?いいけど別に――ってなんだこれ!?」
「やっぱり何か感じる?」
「か、感じる。えっ、気持ち悪いんだけど。何々どういうこと」
これは推測でしかない……でもきっとそうなのだろう。私の鍵に触れた瞬間、蒼の中に眠っていた霊力が解き放たれたのだ。その力はうめさんやゆうかさんとは比べ物にならない。もしも魔力と霊力の力関係が対等なものだとしたら、その力はエルフ並みである。
今までなぜ蒼に霊力がないのか、そう考えたことがないわけじゃない。とはいえまさかこんなことになるとは、だれが予想できただろう。押し黙る私に蒼はオロオロし始めた。
「前に蒼から霊力を感じるか聞かれた時、私は全くもって何の力も感じなかった。でも今の蒼からはとめどなく流れるほどの霊力を感じる」
「ってことは、俺がこの鍵穴から感じるものが霊力ってやつなのか?」
「そうなるね、信じられないけど。まさかこの鍵が私の世界への扉を開けるものかと思ったら、蒼の力を開いちゃったみたいだね」
本当に信じられないが、蒼にかけた言葉が私の本音である。何がどうしてこうなったのかはわからないが、この鍵の力がこんな風に作用するなんて。1度霊力を感じ始めると次々に感じるようになってしまったようで、蒼の動きはぎこちないものとなった。
そんな蒼の手を引いて家の中に入る。すると、玄関にうめさんとゆうかさんが立っていた。
「まさか蒼だとは私も思いませんでしたよ」
「私はてっきりローザちゃんが魔法を使ったのかと思ったんだけど、違ったみたいね」
その日は言わずもがな蒼の力の話で持ちきりだった。
蒼は、霊力に目覚めたからといって学校を休んで良いわけじゃない。いたるところから力を感じるとしても、電車に乗って学校へ通わなければならない。毎日げっそりとした顔で帰ってきてはベッドで寝込んでいるようだった。
一方で私は日記の解読を急いでいた。鍵の完成のページを見つけたのはそれからすぐの事だった。
1636年1月27日
『鍵が完成した。与三郎の叔父が買ってくれた真鍮を、藤乃は見事に鍵へと変身させた。
1本を蔵から藤乃の家につながるように、もう1本を藤乃の家から蔵へとつながる、それぞれ一方通行の鍵にするのが精一杯だったと言った。それでも十分なできだ。
とはいえ、江戸から藤乃の家を特定して感知することができないため藤乃は元の世界に1度は帰る必要がある。その後、鍵を使ってこちらに戻ってくるのが良いのではという風に結論付けた。
あとは私が、藤乃を召喚した術の反転をできるようになればいい』
1636年2月2日
『今日は初午で、みんなが浅草へ出かけた隙になんとか蔵の扉を完成させた。
事前に与三郎が簡単な扉を作成してくれていたことと、藤乃の魔法があったことでなんとか裏口を作り上げることができた。残り少ない真鍮で作った鍵穴も、無事に取り付けられた。
父の作った暦によると、次の満月は3月4日である。なんとか間に合わせたい』
やはり離れの裏口は、当時さくらの家の蔵だった。私の鍵がうまく作用さなかったのは、一方通行の鍵だったからだとわかった。確かに双方向通行よりも刻む魔法陣は簡略化できるかもしれない。
さくらが書いた通り、転移という強制召喚をされた場合は、出発点はおろか元の世界の感知だってできないはずだ。鍵を正式に完成させるためには、お母さんが無事にエーデルワイスに帰らないといけない。そしてそれが成功し、方法が日記に書かれていれば私も帰ることができる。
これは喜ばしいことのはずなのに、なぜか手放しに喜ぶことはできなかった。
11月中旬、2冊目の日記の最後のページを開いた。
1636年3月4日
『ぎりぎり間に合った。藤乃の魔方陣の理論に、土御門家に伝わる召喚の術を重ねたことで完成した。
召喚成功の時に使った塗料が余っていたのも幸いだった。花は上野東照宮が力を入れて研究している「冬牡丹」の試作だ。淡い紫で、この試作品のほとんどが成功しているように見える。
この花を選んだのは、藤乃と初めて会った日に彼女が持っていた花と同じ色だったからだ。それから四十雀の羽が手に入ったのでこれを使用することにした』
『少し離れたところに立つ与三郎に見守られながら、私は手を切って魔方陣に血を垂らした。
私たちは、それぞれ霊力と魔力を込めた。舞い上がる牡丹の花びらに包まれながら、藤乃は笑顔と白い花を残して消えていった』
『ここからは魔方陣について記載する。まず、∄⊘@$∐#⊕¿⋉∇‣⊫⋊∪*∍………………』
さくらの召喚術とエーデルワイスの魔方陣発動の仕組みは、ほぼほぼ同じようだ。私は魔法陣さえ描くことができれば、発動させることは可能と言えるだろう。
とはいえ日記に書かれた魔法陣の描き方はとても複雑で、ここから魔法陣についても解読をしなければいけない。私の知らない理論で書かれているため、この解読にどれだけの時間を要するのかも想像がつかない。
何より、この魔方陣が本当に成功したかどうかがわからない。以前蒼が言っていたように、どの世界に飛んだのかがわからないからだ。エーデルワイスに無事帰還できたという証拠がない以上、日記を読み進める必要性は変わらない。
日記を読み進めるほど感じるのは、お母さんの知識と技術のレベルの高さ。この時のお母さんの年齢はわからないが、少なくとも私の知っているエーデルワイスにない発想と技術である。
文字は秘密だと言いながらも教えてくれたのに、なぜこんなに重要なことを教えてくれなかったのか。ここまで自分の気持ちを騙し騙し日記を読んできた。蒼に励ましてもらいながら、きっと何かわけがあるはずだと信じてきた。
でも2冊目を読み終えて気づいてしまった……さくらの感じたことや考えはわかっても、お母さんの気持ちは何もわからないということに。
宇津木家が静まり返った夜中。眠れない私は庭に出て空を見上げる。冬の透き通る空に、プラネタリウムで見たカシオペヤ座が輝いている。風が頬を冷やし手はかじかんだが、もはやそんなことはどうでもよかった。
お母さんに愛されていたその事実は変わらない。でも私がもっと優秀な魔法使いだったなら、この秘密を教えてもらえてたのかなと考えてしまう。首に下げた鍵をぎゅっと握る。私はずっと思い出さないようにしていた、お母さんとの別れの日が頭をよぎる。
11歳の私と7歳のライザ、そして3歳のキキ。3人を残して「最後の戦いに行く」というお母さんの言葉に、当時の私でもこれが本当の別れになるということを感じていた。それまでの数年は大人2、3人を残して戦いに向かい、何人か減って帰ってくる。そんな繰り返しだったのに、その日はどの大人も村に残らなかった。私の髪に簪を挿し、首に鍵をかけておでこにキスをしたお母さんは1度も振り返らなかった。
村の大人は、いつもすべてがわかっているように見えた。別れの言葉を残し村を出たエルフは必ず亡くなる。一緒に戦いへ向かう他の人には、自分の終わりが見えているようだった。死に向かうことを恐れるような人は誰もいない。
エルフとして永遠に近い時間を生きてきてそれが終わるというのに、だれも嘆いたりしなかった。私はそれが怖かった。
お父さんは人間でありながら、エルフとともに最後の最後まで戦い続けた。博学ではあったが、特別魔力が強いわけでもないのに。そしてお母さんは何も言わなかったけれど、お父さんは一言だけ「ローザの未来が見える」と言ったことがあった。その真意はわからなかったけれど、すべての戦いが終わった時、私は父が言っていたのはこのことではないかと思った。
「風邪ひくぞ」
振り返れば蒼が立っていた。寒い寒いと言いながら、手をこすり合わせ近づいてくる。
「眠れないのか?」
「んー、ちょっとね」
「お母さんのことか?」
「……なんで蒼は私の考えてることがいつもわかるんだろうね」
「なんとなくだけどな」
「日記を読めばお母さんのことがわかると思ってた。でもお母さんの行動はわかっても、気持ちまではわからない。それに気づいちゃった時、母さんは私のことを愛してくれても信じてはいなかったのかなって思っちゃったんだよね」
「――信じてたから、お前に鍵を託したんじゃないのか?ローザまで転移するなんて予想していなかっただろうけど、異世界間を行き来できるようなものを渡すって結構な信頼だと俺は思うけどね」
「この鍵は信頼なのかな」
「俺はそう思う」
「そっか、ありがとう。ちょっと元気出た」
「ならよかった。じゃあ風邪ひく前に部屋へ戻ろう。ココア飲むか?」
「うん、熱々でお願い」
「任せとけ」
そう笑う蒼の手はとても温かかった。
蒼に眠っていた力が解き放たれ、ローザは鍵の誕生の秘密に辿り着きました。
「知りたい」「わかりたい」と思い進んでいても、どうしても考えてしまう母の秘密。
立ち止まる背中をそっと押してくれる蒼に、ローザは前を向きました。
少しずつ近づく2人の距離。
その関係にはまだ名前はありません。
そちらの方も今後楽しみにしていてください。
次回13話の更新は10月28日火曜日の13時の予定です。
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