99話 引けぬもの
「しかし、香りのすごい料理じゃったのぅ。山の上まで漂っておったぞ」
いや、それはさすがに言い過ぎだろ。……冗談、だよな?
「満足でしたわ」
おお、エレメアが今まで見たこともないようなへにゃ顔を。そんなに好きか、辛いものが。
「実に結構なものを頂いたでござる」
口の回りを布で拭きながら、カエデが言う。
そういえば、一人だけずっと正座してるな。崩せばいいのに。
「あ、そういや、カエデの書いた本を見せてもらう話をしてたんだったか。悪いな、つい大脱線してしまった」
「いやいや、某、このような料理は初めてでござった。得したでござるよ」
まあ、喜んでるなら良いか。
「それで、本というのは何のことでござるか?」
首を傾げるカエデ。
ああ、そうそう、さっきここまで話してたんだった。
「カエデの書いた本を出版したくて来たんじゃないのか?」
てっきり作家志望かと思ったのだが。
「せ、拙者が、でござるか? め、滅相もないっ」
あれ?
「カエデは勉学のためってことで、国の方で預かったんだよ。バードマウントの農業や産業の見学だね」
へぇー。ああ、それでシンディが王都に行ってたのか。
あれ?
「それで、なんで家に来てるんだ?」
「まあ、遅かれ早かれかと思ったんでね」
ま、シンディたちと一緒に行動するなら、ここにも来ることになるか。
「はい。改めまして拙者、生まれはラフウッド帝国、皇帝が一子、カエデでござる。以後、お見知りおき下され」
……え?
「て、て? て、て、て、て、てぇ?」
帝国ぅ!?
「なに錯乱してんだい。帝国の皇女だよ。あんたにとっちゃ、今さらだろ」
いや、そりゃあ、お前らとは同格なのかもしれないけど。
「エレメアっ、お前知ってたのか?」
「交流はありますもの、顔馴染みですわ」
「だ、だって、お前……」
「ウィステラソンでのことでしたら、まあ、良くあることですわよ? そんなに気にしなくとも良いですわ」
そんなもんなのか?
だって、間者ってスパイなわけで、こっちの内情を探ったり、勉強したり……。
あれ、いいのか。勉強しに来たって言ってたわけだしな。
でも、機密とかはあるんじゃないのか?
機密というと……あれ、何が機密になるのかな?
「おうそうじゃ、妾もヨシツグに、ちと用があったのじゃ」
話をぶったぎって割り込んでくるニーナ。
……そういえば、機密筆頭がこの人なんじゃなかろうか?
「あー、はじめての人も居るから、ほどほどにな?」
判るよな?
「うむ、漫画について聞きたいのじゃ」
まあ、それならいいか。
「でもお前、何だかんだでしょっちゅう聞いてくるじゃないか。改まって何なんだ?」
「仕方あるまい、お主の記憶を呼び起こさねば妾が読めぬのじゃからな。実際に読むのは巣に帰ってからじゃがの。妾はじっくり読むのが好きじゃ」
すげえな、ドラゴンテレパシー。記録まで出来るのか。
「それで、何が聞きたいんだ?」
「うむ、なにやらボールを大勢で奪い合ったり、投げ合ったりするのがいくつもあるのじゃが、あれはいったい何が面白いのじゃ?」
…………。
……なん……だと……?
まあ、まてまて。まだ慌てる時じゃない。誤解もあるかもしれないしな。
冷静に、冷静に、Be cool。
「なあ、ニーナさんや」
「なんじゃ?」
とりあえず、悪意は感じられないな。純粋に疑問に思っただけ、か。
こちらの回答を待つその顔は無邪気さすら感じる。
「その、ボールが出てくる漫画というのは、野球とかサッカーとかテニスとかバスケとか、そんな単語はなかったかな?」
「おうよ。そう、それじゃ」
…………。
まあ、落ち着け。もち米はないけどモチツケ。
文化の違いだな。いや、種族の違いと言うべきか。
ここは、懇切丁寧に……。
「それとな、巨大なロボットとかいうゴーレムっぽいのが戦うやつもあるのじゃがな、あれは何で人型なのじゃ? 戦闘には向かぬじゃろ、あれ」
…………。
「普段はお主の使うマイ・カーやマイ・ジェットのような形から、わざわざ人型になるのも意味ふめ……」
「……おい、ニーナ」
「な、なんじゃ?」
今の俺はとても冷静だ。心は鏡のように静まっている。言葉を思い浮かべる必要もない。
無我の境地へと至った俺の心を、果たしてドラゴンはどう読み取るのか。知らん、そんなことは。
「明日、来るが良い。……準備しておく」
それだけを告げ、ニーナを山に帰した。




