8話 街までは何マイル?
あれから2日。まだ街には着いていない。
まだ日も高い内から眠ってしまったせいで夜中に目が覚めたが、知らない夜の森なんて怖くて外には出られない。
大地知覚で探ってみると、生き物らしき反応が昼間よりも増えているように思えた。判るのは地面につけている足が動いていることだけなので、どんな生き物かまでは判らない。大きさの見当はつくが。
木の上に生き物がいても、大地知覚では判らない。飛んでいる鳥も判らなかったからな。
近くに反応が寄ってくる度に息を潜めて通りすぎるのを待つ。幸い見つかることはなかった。
向こうからすれば、こっちはただの大きな岩だ。無意味に体当たりしてきたりもすまい。
そのまま眠ってしまったり、目が覚めたりを繰り返し、朝になって起きたときにはもう日が高かった。
外の光が入らなくて、暗いのも良くなかったようだ。ストーンシェルに突起を増やしてスリットを付け、明かり取りにする。
食事をして予定通り川に沿って移動するも、2時間も歩けば休みたくなる。
そうしたらまた食事を取って、ストーンシェルを作っての小休止。
なのだが、一度休んだらなんかそのまま寝てしまう。
気が付くともう夕方だ。そんな感じ。
「そろそろ、風呂に入りたい」
汗もかいてるし、頭が痒くなってきた。
街に行けば風呂はあるだろうか?
逆に、街に着く前に身綺麗にするべきだろうか?
特に汚れていたり、匂ったりはしていないと思うのだけれど、自分では判らないっていうしなぁ。
「……よし、風呂を作ろう」
川原を掘ると温泉になるとかいう観光地を聞いたことがある。もちろん、運良く温泉が湧いたりはしないだろうが、水を溜めることはできるだろう。
「アースホール。続いてストーンウォール」
ストーンシェルのときと同じ様に、穴を掘って固める。
これが浴槽になる。
川の水が入ってくるように溝も掘る。
あとは、ほおっておけば水が溜まるだろう。
多めに木の枝を集めてきて、着火。
火のついた竈で石を燃やす。
石焼き風呂だな。
熱くなった石は、収納してから湯船のなかに取り出せば簡単に移動できた。竈も湯船も地面に直置きなのが良かったな。
「まあ、温めの風呂だけど、そろそろ入るか」
冷たいと感じる温度ではないし、湯船に浸かりつつ石を追加すれば良いのだ。
服を脱いで湯を堪能することにした。
「おー、やっぱり露天風呂はいいなあ」
しかし、俺は何をやってるんだろうな。人を見つける前に風呂とか。
「これも、石長比売様の神通力のお陰」
改めて手をパンパンと鳴らす。
「さーて、そろそろ服も洗うことにするか」
そう思って、脱いだ服に手を伸ばそうと思った瞬間。森の出口にある草むらが大きく揺れた。
バサッと飛び出してきたのは、大型犬くらいの大きさの獣。あれは……ウサギだろうか? ウサギにしては大きい。体毛も紫というのは変わっている。
そいつは俺に気が付くと、こっちに槍のようなものを向けてくる。手に持っているわけではない。額に立派な角が生えているのだ。
「ギュゥゥゥ」
なにやら気が立ってらっしゃる。目付きも悪く、こちらを睨んでいるようだ。ウサギに表情があるのかは知らないが。
猫が獲物に飛びかかる時のように後ろ足を踏ん張りだした。
予想はつく。おそらく、角を向けて突っ込んでくるのだろう。刺されば大怪我だ。
対してこちらは無防備にも程がある。何せ素っ裸だ。
相手を刺激しないように、ゆっくりと立ち上がる体勢を整える。
視線は反らさない。熊は視線を反らすと襲ってくるのだ。今の相手はウサギだが。
来る、と思った。飛びかかってこようとする瞬間が判る。
「アースホール」
ウサギの足は地面を蹴ることなく、俺の空けた穴に全身を落下させた。
「さらにストーンニードル」
穴の横壁から、中心に向けての石のトゲ。それが何本もウサギを突き刺す。
「ギィィィィ……」
ウサギの鳴き声はすぐに聞こえなくなった。
「ふう、うまくいったな」
時間はたっぷりとあった。こんな使い方はどうだろう、といろいろ考えていたのだ。初見でこれは避けられまい。
「魚以外でもいけそうだ。肉ゲット」
2日間、魚しか食べてないからな。違うものがほしかったのだ。ウサギ肉は美味しいと聞く。
「生活出来そうじゃないか。はっはっはっはっはー」
テンションの上がった俺は左手を腰にあて、右手で天を指差す。そう、高らかに、誇らかに。
肉を手にいれることに成功したのだ。また一つ快適な生活が捗る。
「……あんたは何をしてるんだ?」
目の前に、いつの間にか女がいた。




