62話 おっさん会議
さて、俺の目の前には今、4人のおっさんがいる。
一人は熊。ヒグマのような外見はすでに見知ったもの。ハンドレッド国王である、シンディパパだ。
もう一人は獅子頭の獣人。黄金の鬣に、尻尾も立っている。
その隣には片眼鏡をかけて、室内でも縦長の帽子を被っている学者風の男。
さらに、長い銀髪を背に流した老人。熊や獅子ほどの太さはないが、とにかくデカく、眼光も鋭い。深い洞の中で目が光っているよう。
「さて、簡単に紹介しておこう。アイリスの父に、ユーフィリアの父、それとエレメアの叔父だ。そしてワシがシンシアの父である」
シンディパパがそう説明するが、簡単すぎませんかね? というか、もっと肩書きとか紹介するもんじゃないんですかね、普通。
「そっちにいるのが、件の冒険者ヨシツグだ」
4人全員こっちを睨み付けているご様子。
なに、この圧迫面接。
「さて、それぞれ言いたいこともあるだろうが、まずは本題を済ませるとしよう」
そう言ってシンディパパは机に地図を広げる。
「そこにいる冒険者ヨシツグが、土魔法により作成したという世界地図だ」
出されたのは、シンディに渡した二枚の世界地図、ではなくジェル島の地図だな。欲しい土地の場所と形を描いてくれって言われたやつの方。
あれぇ?
「同盟国でもあるゆえ、情報共有させてもらう」
「ファティマ教国からの参加者が居ない理由は?」
アイリスパパが眼鏡を光らせて問う。
「呼んでないからだ。お前らも含めてな。お前ら全員、勝手に来てんじゃねえか。国内に居たから呼んだだけだ」
「娘が森に立ち寄ったのに、顔も見せずに帰ってしまったと聞けば、来るに決まっておろうが」
ああ、だいたい事情は判った。
「なるほど、了解した。では、この地図が正しいものであるのか、回答いただけますかな? エルフの長殿」
アイリスパパは枯大木老人に眼鏡を向ける。
デカいエルフ老人はさっきから難しい顔しているな。俺を睨みながら。
「……別段、隠匿しているわけではない。この大陸は世界樹により守られておる。それは周知の事実」
「では、大陸北には未知の大地が続いている、と?」
「そこまでは知らぬ。世界樹の結界はエルフの掟で守られておる。その先へ立ち入ることはない」
アイリスパパの追求にも泰然自若として答える老エルフ。
「では、我らがその先へ行くことは?」
「世界樹の決めること。世界樹が認めねば叶わぬ。だが、世界樹が守っているという以上、そこには何らかの驚異となるものが存在すると理解しておる」
なにやら、面倒なルールがあるらしい。
「さて、さらにもう一つ。いや、二つか。地図がある」
シンディパパが広げたのは、こっちはちゃんとした二枚組の世界地図の方。
「我らの住むのが、中央の小さな島。海を隔てて広大な陸地があるという」
「……それは、信頼に値するのか?」
視線が俺に集まる。
「判断はできん。が、実証するものがある」
シンディパパは指をパチンと鳴らした。
カッコいいな、王族は指パッチンの訓練とかするんだろうか? 指パッチンの先生とかつけて。
俺、鳴らないんだよな。
試しに机の下でやってみるが、今の体でもパスッとかすれた音しかしなかった。
そんなことをしている間に、4人の前にカップが置かれる。
この臭いは、ココア擬きか。城に着いたときにシンディにねだられて渡したが、パパに横取りされたのかな?
シンディパパが最初に飲み、残りもそれに続く。
……沈黙が怖い。
「……これは、今まで口にしたことの無いものだ」
「ふむ。植物の種の様に思えるが、確かに覚えがない」
「美味いことを認めよう、俺にはそれで十分だ」
アイリスパパ、老エルフ、ユキパパがそれぞれ発言する。
「それで、これは外の大陸にある食い物だ、という事で相違ないか?」
ユキパパが俺に問いかけてくる。
「まあ、そうですね」
ココアがベットリついていてもライオンの牙は迫力があるんだな。
「二枚目の地図というのは?」
「裏側の世界、とのことだ。詳細は知らん。というか理解できん」
アイリスパパと老エルフは地図を凝視する。
シンディパパとユキパパはまだカップを傾けて中身を出そうとしている。
完全に見た目通りに二分してるな。
「ハンドレッド王は、これをどうするおつもりか?」
「うむ……」
アイリスパパに話を向けられて、シンディパパは漸く居住いを正す。
「まず、情報は隠匿するつもりだ。海の外や裏の世界など、帝国はもとより教国に知られるのも不味かろう」
「しかり。禁忌とすべきであろうな、少なくとも当面は」
エルフ的には蓋をする方針らしい。
「そのうえで、信頼できる人選をした上で、北の大地に調査隊を送ることを考えておる」
「そう来なくちゃなぁ」
舌舐めずりをするユキパパ。
「エルフの長殿はそれでよろしいのか?」
「致し方あるまい。しかし、それも世界樹が認めればの話」
「既に出ちまった情報は世界樹だってどうしようもなかろ?」
「そもそも、この情報はどうやって?」
「そこのヨシツグは、北ではなく西に向かって海を越えたそうだ」
「ほほう、やるじゃねえか。おめぇ、うちに来ないか?」
「ジャブル殿は娘の婿に迎えるおつもりかな?」
「ああん? ふざけてんじゃねえぞっ」
お願い、喧嘩はよそでやって、俺を巻き込まないで。
「ヨシツグには、ハンドレッド国内で土地を与えることになっている」
ジェル島地図を再度出してシンディパパが説明する。
「サウザンド国王にも知っておいてもらいたいが、ヨシツグにはストンフォレストの南側に土地の所有を認めることになった」
俺の描いた地図の場所を指す。
「所有はヨシツグが生存する限り。継承はない」
ふん、俺が実は永遠の命を持っていることを知らない故の失策だな。ここは未来永劫俺の土地になるのだ。ふはははは。
「……なにやら、不穏な雰囲気が感じられるのですが」
「……まあ、サウザンドの方に迷惑をかけぬように注意はする」
酷い言われようだな。悪事なんてしないよ? 多分。
「しかし、ずいぶん街道からは外れた場所になってるな」
「うむ、そこで、近くに街を一つ作ろうかと思っている」
聞いてませんが?
「これも、皆に伝える必要があると思って呼んだ。娘達の活動拠点の一つになるだろうからな」
「しかし、そうするとストンフォレストのかなり近くに街を作ることになるのではないでしょうか? そんな街の統治を誰に任せると?」
「ノスト=グランバード卿を考えている」
「「「ドラゴンスレイヤーか」」」
え、そんな人がお隣さんになるの?




