15話 ダンジョンへ行こう。
「ダンジョンって、あの地下に何階層も迷路があるやつ?」
文字の書き取りをしつつ、合い間にそんな雑談をした。
エレメアに文字を教えてもらえることになり、夕食後の時間を使って勉強会が開かれているわけなのだが、何だかんだで4人全員が同席している。
意外と識字率高かったんだな、冒険者。
最初に数字を教えてもらったが、これは10文字覚えれば問題なかった。
10進数であることも、書き方も同じだったからだ。違うのは文字の形だけ。
数字であることさえ判れば、計算は何の問題もなくできるわけだ。
掛け算九九の覚えなおしとか、マジ勘弁だったので助かった。まあ、その時は都度10進数に置き換えるほうが現実的か。
次に覚えたのは、依頼票で良く使われる単語。
貨幣の名称や、街周辺に生息する獣や魔獣の名前、依頼の種類など。
単語は決まっているので、文章にならなくとも、もうたいていの依頼票は把握できている。
書いてある文章なんて、ほぼ定型文だからな。
もちろん、"てにをは"が違って意味が変わる事はあるだろうから、口頭で確認はするが、自分で依頼票を確認できるようになったのは大きい。
あとは、たまに出てくる知らない単語をこうして都度書き取っている状態だ。
今はダンジョン、という文字を教えてもらった。
「そ。興味ないかしら? 土魔法使いの冒険者は、ダンジョンに向いてるって話よ?」
話しているのはユキ。椅子に座っているとき、猫獣人である彼女の尻尾は真っ直ぐ立った状態になるのだが、話が長くなると、それが左右に揺れるようになる。ついそれを目で追ってしまう。
「そういうのって、パーティで行くもんなんじゃないの?」
俺はソロ冒険者だぞ?
「もちろん、依頼を受けるのは私たちよ。あなたをポーターとして雇いたいって言ってるの。もちろん、一時的なものよ?」
「ポーター?」
ハリーな魔法使い?
「ポーターってのは、荷物持ちのことさ」
シンディが補足する。
「何で俺が荷物持ち?」
土魔法と関係あるか? それ。
「エレメアが、荷物運びならあなたが得意、と言ってたからよ」
ああ、この間の猫車の話か。あれはまた使いそうだから、改良して収納してある。表面を固くし、中に空間を開けることで軽量化。その分タイヤのサイズを大きくして、より使いやすくなった。
「でも、それならエレメアも便利な魔法使ってたよな?」
あの、宙に浮くやつな。
「無属性魔法のサイキックは、細かいものをたくさん運ぶには向きませんのよ」
「なら、袋詰めにでもすれば良くね?」
「今そうしてますの。シンディたちも担いで運んでる状態ですわ。でも、袋が破けてしまうほどは入れられないですから、一度に運べる量が少ないのですわ」
ああ、最近麻袋担いでるところ見たな、そういえば。
「今のペースじゃ期限に間に合いそうになくってね。それで、あんたに声をかけたって訳さ」
なるほど、単に人手が足りないわけね。
「それで、何を運ぶんだ?」
「ゴーレムの破片よ」
ダンジョンって、そんなのがマジにいるんだな。
まさかの無機物魔法生物が実在したようだ。
ロボット生命体とかもいるのかな?
ゴーレム。
魔法によって動くことのできる石の人形。
中には金属で作られるものもあり、堅くなるほどに強敵になる。
一方で、体の全てが素材であり、歩く鉱山とも呼ばれる。
それを集めるのが今回の仕事なわけだ。
向かうダンジョンは、ファーレンの街から北西方向、北の森を外れた場所にある遺跡から入ることができる。通称、石のダンジョン。
4人娘とともにやって来た、初ダンジョンだ。
「中は暗いんだな」
「そりゃあ、ダンジョンに潜るなら明かりを持って来るのは当たり前さ」
松明を取り出して火をつける。
「松明の保つ時間しか行動できない、というのもネックになるのです」
アイリスはこういう説明をさせると饒舌になるな。普段は無口なのに。
「明かりの魔法とかないのか?」
「あいにくと、光魔法は使えませんの」
なるほど。ダンジョン探索って大変なんだな。
ダンジョンの入り口に手をついて、アースサーチする。
ダンジョンの構造が全て立体マップで脳内に表示された。
「これなら、暗闇でも出口まで辿ることはできそうだな」
もちろん、敵がいなければだが。
ダンジョンを進む女性陣の後ろを着いて歩く。
すでに何度も訪れたであろう4人の足取りは確かだ。
ゴーレムは常に決まった位置に居るという。そして、何度倒しても時間が立つと復活しているらしい。
今目指しているのも、そんな場所の一つ。通路の節目にある大きな部屋だ。
中に居るのは石のゴーレム。大きな岩を胴体として、足は短い。逆に腕は長く、立ったまま地面に付くほどだ。
腕の先は大きめの丸い石になっており、握りこぶしを模していると思われる。
頭に相当する部分は、胴体の上に突起として乗っていた。
「じゃ、行くよ。戦闘はあたしたちがやるからね」
シンディの掛け声でパーティ全員が動く。俺は見学させてもらう。
別にサボっている訳じゃないぞ。今回の俺はあくまで荷物運びなんだから、余計なことはしない方が良いのだ。
「世界の根元たるマナよ、我が呼び掛けに応じ力を示せ。木は繁り育ち、彼の者を束縛せん」
最初はエレメアの魔法から始まる。使うのは文言から見て木魔法か。地面から伸びた蔦がゴーレムの足に絡み付き、動きを止める。
次に動いたのは、ユキとアイリス。二人でロープを投げ、ゴーレムの頭に引っ掻けた。そして、二人でそれを引っぱる。
足を固定されたゴーレムは体勢を崩し、前のめりに倒れる。
最後にシンディが前に出る。普段の大剣とは別に、巨大なハンマーを持っていて、それを大きく振りかぶるとゴーレムの背中に叩きつけた。
ビシッと大きな音がして、ゴーレムの上半身全体にまで届くひび割れが生じる。
それと共にゴーレムは動きを止め、両腕両足が間接部分でバラバラになった。
「お見事」
拍手して讃える。危なげなく、流れるような作業だったな。
冒険というより、狩りか採掘って感じだ。
「さて、それじゃあ、こいつを持ち帰るんだ。あんたの出番だよ」
「あいよ」
細かい部分や破片を袋詰めにして、猫車にのせて運ぶ、という予定である。
が、その前に試しておこう。
「収納」
元ゴーレムとはいえ、岩でできているわけで。
あっさりと大地収納に収まった。
「収納魔法も持っていましたの? 聞いてませんでしたわね」
「ああ、いや。俺のはちょっと不便なやつで、石しか収納できないんだ。なんで、試してみないとできるかどうか判らなくてな」
「ほう、興味深いですね」
アイリスにとっては、興味の対象になるらしい。
劣化収納魔法というだけだと思うんだがな。
「少なくとも、今はとても役に立つ魔法です。どのくらい運べるのでしょうか?」
どうだろう?
「とりあえず、必要なだけ集めてみればいいんじゃないか? 収納できなくなったら、残りを予定通り運べば良い」
そのままダンジョンの部屋を回り、結局一日で必要なだけのゴーレムを倒すことができたのだった。




