12話 異世界ボッチ。
さて、初の異世界料理となるわけだが、俺はカウンターに座って食べている。目の前にいるのはむさ苦しいマスターだ。
料理ができて運んでくれた訳だが、給仕らしき女性が余計なことを言った。
「新しくパーティに入れるの? 同席でいいよね?」
パーティというのは冒険者が共に行動するチームのことだな。ゲーム用語として知っているよ。
で、それに対する反応が。
「嫌です」
「ありえません」
「お断りですわ」
順に、アイリス、ユキ、エレメアの反応だ。
シンディは無言で目を反らした。
パーティの行動は全員が意見を出すとか言っていたが、今回は全員一致らしい。
まあ、まぜてほしいなんて言うつもりではなかったが、なんか告白もしてないのにフラれたようなやるせなさがある。
「単独で仕事するのか? 土魔法が使えるとは聞いてるが、そういう仕事は基本1日縛りの肉体労働だぞ」
マスターが会話に付き合ってくれる。
「外壁工事と、農地開拓でしたっけ?」
壁にある依頼票にそんな内容が書いてあるらしい。古ぼけている様子があり、繰り返し貼られ続けているのであろう。
外壁工事。午前2の鐘までに南門に集合。午後3の鐘までの作業。報酬銀貨5枚。
農地整備。指定範囲の整備作業。報酬銀貨5枚。
とのことだ。口頭で教えてもらった。
どちらも銀貨5枚だが、外壁工事は時間で拘束されるのに対して、農地整備は出来高のようだ。
鐘というのが良く判らないが、まあ、鐘が鳴るんだろう。変に聞くと常識知らずと思われそうだし、実際に鳴るのを確認すれば済むだろう。
農地整備は大地変容を使ってしまえば、いくつも一瞬で終わらせられてお得だろうか?
しかし、それでは目立ってしまうだろうな。土魔法というので、普通はどれだけ手間が省けるものか判っていないし、できるならもっとやれ、と同じ料金でノルマを増やされるのではないだろうか。
「なあ、銀貨はこの店で使えるのか?」
「構わんぞ。定食だけの注文でも、ちゃんと大銅貨1枚釣りを渡す。だが、報酬の受け取りを大銅貨でもらえるように事前にいっておけば、大銅貨10枚で払ってくれるから、たいていみんなそうするな」
つまり、銀貨1枚は大銅貨2枚で1000円ってことね。
庶民の生活では大銅貨と銅貨が使いやすいってことか。
しかし、一日銀貨5枚じゃギリギリの生活になってしまうな。週に1日休んだだけで、ほとんど残らないじゃないか。
もしかして、休日という概念がないのか?
「それなら、ホーンラビットを2匹以上狩って来る方が俺には合ってるか」
と、そんな感想を持ったのだが。
「あら、あなた重要なことを忘れているのではなくって?」
エレメアが会話に割り込んでくる。聞き耳でも立ててたのか? ってか、酒飲んでるな、連中。
シンディが馬鹿笑いをして、アイリスに絡んでいる。物理的に。セクハラ魔神だったか。
それはさておき、さて、重要なこととは何だろう?
「んー、もしかして、買い取りに数量制限とかあるのか? それとも勝手に狩ってはいけない、とか?」
「うんにゃ。そんなもんはねえよ。そりゃ、使いきれねえほど積み上げられたり、山が枯れるほどに取りつくすってんなら問題だが、毎日数匹なら問題ねえ。移動時間も考えればそんなもんだろ」
マスターが答えてくれる。
「森に入れば管理なんて無いも同然だ。街壁の外では何をしたって咎められることはまずないさ。山賊行為でもしない限りはな」
「いるのか? 山賊」
「いるねえ。で、そいつらが賞金首にもなるって寸法だ」
マスターが指差す先には依頼票が貼ってある。
似顔絵の書いてあるのが賞金首の手配書ってことなのだろう。
「北の森では見なかったけどなあ」
「そりゃあ、北側は山と森しかねえからな。山賊ってのは商品を積んだ馬車を狙うもんだ。この街だと、西が王都への街道、東が港町に続いてる」
「南は?」
「南にゃ湖しかねえよ。一回見に行くといい。余裕ができたらな」
まあ、確かに、生活を軌道に乗せるのが先だな。観光はその後だ。
「で、それなら結局、重要なことって何なんだ?」
エレメアに訊ねる。
「あなたのやり方では、毛皮は売り物にならないってことですわ。ホーンラビットの角も肉も運が悪ければダメになるのではなくって?」
ああ、穴に落として串刺しだとそうなるのか。
肉と角だけの場合は一匹で大銅貨4枚。角がダメになれば1枚にしかならない。
「まあ、そこはやり方を少し考えれば?」
「あら、自信ですのね」
エレメアは立ち上がると依頼票を二枚取って差し出してくる。
「では、勝負しませんこと? わたくしとあなたで片方ずつ依頼を受ける。先に達成した方が勝ちですわ」
「勝負と言われても、負けたところで出せるものが俺には無いぞ?」
そんなところで、たかられても困る。
「必要ありませんわ。魔術師としての格付けをして差し上げようというだけですもの」
鼻で笑って、流し目を向けてくる。
美人は得だな。これだけ性格の悪いことを言っても絵になるのだから。
マスターの方を見やるが、肩をすくめてくるだけ。
「まあ、なんだ」
俺は一方の依頼書を手に取ると、エレメアに差し出す。
「俺は文字を読めないんだ。選べというなら、内容を読んでくれ」
依頼の内容はこんな感じだった。
グリーンディアの皮と角。1匹あたり銀貨30枚。
ワイルドボアの皮。1匹あたり銀貨25枚。
どちらも肉は自由にして良いらしい。ただし、傷が多ければ報酬は減額される。
「公平を期すために、狩るのは一匹のみ。肉も含めて納品すること、としますわ」
勝手にルールが決められて行く。
「明日の朝食後、同時にこの店から出発。先に戻ってきた方が勝ちですわよ」
「それは良いんだが、勝手に依頼なんて受けていいのか? それに4対1だと公平ではないんじゃないか?」
「問題ありませんわ。うちのパーティは明日休みの予定ですの。だから、何をしても自由ですし、わたくし1人で依頼を受けますわ」
まあ、何らかの依頼は受けるつもりであった。単に獲物を狩ってきて売るよりも、依頼になっている獲物を狩るほうが高く売れる。
今この街は皮が不足してるんだろうか?
どちらを受けるにせよ、無料で依頼票を読んでくれたのだからありがたい。
マスターに聞いたところ、グリーンディアもワイルドボアも大きめの獲物で、持ち運ぶのは1体が限度だろう、とのことだった。
地球にいる鹿や猪と同サイズらしい。
さて、どちらを選ぶのが正解だろうか?




