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第65話  極楽へ至る魔光

「辰巳。いや、魔王アスタロト。今ならまだ間に合う。今ここでお前がこの戦いから手を引くなら、俺はコイツを撃たないで済む。コイツを撃ったらどうなるのか、俺にもわからない」

「フフフフ、何をいまさらためらっているのかしら。私なんかよりも自分の心配をしたほうがいいんじゃない?」

「そりゃあためらいもするさ・・・。コイツは・・・このシュカヴァティはおそろしすぎる。自分の心配をしている場合ではないよ」

「随分な言いようね。どうやらあなたはソレによほどの自信があるのかしら。その一撃が仮にこのアスタロトを倒しうるものであるならば、ぜひとも一度喰らってみたいものだわ!!」


アスタロトは、突撃する。一応、脅してはみたものの言うだけ無駄だったようだ。彼女は俺の忠告など気にもせず、あえてこちらに刃向ってくる。それは未知なる力への無尽蔵な好奇心からなのだろうか。撃つのをためらっている俺とは対照的に,辰巳は何のためらいもなくこちらに向かってきた。


「ほらほら、もたもたしていると先にあなたが死んでしまうわよ。あははははは」


彼女の笑い声はこの寂しい死戦場に怪しく反響する。その嗤いは、あたかもあたらしい玩具を見つけた子どものそれと同じだった。それは無垢なる嗤いゆえに、彼女の心の奥底に眠る純粋さが現実化しているようだ。ただ単に彼女は楽しい戦をしたい。彼女にはそれがただ唯一の悦びであり、生きがいなのかもしれない。そうであれば脅しごときで彼女を止めるのは不可能だ。この上ない苦痛を与えるとともに、その命を絶つことでしか、戦いの恐ろしさ、虚しさを思い知らせる術はないだろう。


「俺は・・・」


だが、このシュカヴァティという謎の外法兵器は俺でさえも手に余る。否。手に余るかどうかすらも不明だ。何が何だかさっぱりわからない。これを発動してしまったとき、一体全体、どのような効果が生じ、どのような結果となるのか想像もできない。コイツを一度でも喰らったのなら、その相手を殺し尽くすのだろうか。否、殺すなどという生易しい言葉では正確に表現しきれていないかもしれない。魂そのものを抉り取るようなおそろしいことが起こるのかもしれない。ただはっきりしているのは、単なる好奇心から手を出してしまったら、その代償はやけどだけではすまないということだけだ。


「さあ、撃ちなさい。先輩。肉の一片までも残さないほどに私を殺すつもりでね」


アスタロトは、もうすぐそこで俺に爪を突き立てていた。ここで撃たねば、俺が死ぬ。強大なるこの魔王は、俺が手を抜いて勝てるほど甘い敵ではないのだ。


「辰巳・・・。また、殺すしかないのか。仲間を殺すしか・・・」


思えば、短かったようで長かった。戦友として一緒にお前と戦った時間。いろいろとむかつくやつだったが、それ以上にいろいろな馬鹿をやって楽しかった。だが、あのころにはもう戻れない。今となってしまってはもう彼女は敵だ。問答無用で俺を殺すつもりの凶悪な敵だ。俺がここで背を向けて戦いから逃げ出したところで、彼女は俺の敵であり続け、必ず俺の命を断ちに来る。俺は、どうやっても生き残らなければならない。ならば、俺は戦うしかない。


「俺は・・・」


この引き金を引くだけで、きっとすべては終わるだろう。迷っているいとまなどない。そもそも何を迷っているのだ。最悪の敵を滅ぼすことのできる絶対の力が、今まさにこの手の中にあるのだ。何を迷う必要があるのか。俺はただ最後の引き金を引き、アニミストの枷を解き放てばよい。


「さあ、団堂曹士。あなたの力を解き放ちなさい」

「うわぁぁぁぁぁぁ」

「・・・!!」


生存本能からだろうか、俺は無意識にも引き金を引いてしまったようだ。するとシュカヴァティはオートで対象を迎撃する。7本あるコイツらは、言葉では表現しきれないほどの動きで、目前にまで迫っていたアスタロトをどこかへ吹っ飛ばしていった。


「すごい・・・」


目で追うことは不可能なのでよくわからないのだが、どうにもシュカヴァティは彼女を蹂躙してくれているようだった。とんでもない速さで、とんでもない力で、あの最凶最悪の魔王を圧倒しているのだ。


「くくくく・・・」


そんな凌辱の嵐の中で、アスタロトは全身から黒い霧を吹き出しながら、ケタケタと笑う。果たしてどうにかなってしまっているのだろうか。


「あはははははは。確かにすごい力ね。これをこのまま喰らい続けていれば、きっとこのアスタロトさえも倒しうるわね。でも、残念だったわね。あなたの力が強ければ強いほど、私はそれを吸収してもっと強くなる。それこそがアスタロトの本当の力。恐ろしい魔王の能力。だから何者もこのアスタロトを倒すことはできない」


そう、アスタロトの周りに纏わりついている黒い霧は、アスタロトのアブソーション能力である。その黒い霧は、みるみるうちにシュカヴァティをその体内に取り込んで一体になっていく。シュカヴァティの力により満身創痍状態となっていたアスタロトは、喰らった痛みと引き換えに、その痛みを自分に同化させ、あっという間に自己修復を完了した。


「うふふふ、痛かった・・・。すごく痛かったわよ、先輩。でもね、先輩。これで私の勝利が決定したわ。だって、こんなにもすごい力がアスタロトに溢れてくるのだもの」


確かに彼女の言うとおり、アスタロトの損傷がみるみる回復していく。余すところなく吸収されてしまったアニミストのエネルギーは、アスタロトの細胞のひとつひとつに極上のエネルギーを流し込んで、満たしていくようだ。


「ほら見て、先輩。すごい力だわ。これなら全世界を滅ぼしても余りあるほどの力になる。もう誰もこの私を止めることができないわ」


彼女はとてもうれしそうに新たに得た力に酔いしれているようだ。シュカヴァティの力を得たアスタロトには、間違いなくいかなるものをも凌駕するほどの力が備わったはずだ。それは、間近で対面する俺が一番よくわかっている。本当に計り知れないほどのすごいパワーを感じる。

だが、それなのに俺は畏怖することもなければ、絶望することもなかった。どちらかといえば、俺は彼女に対して申し訳ない気持ちだった。根拠はよくわからない。ただなんとなく、アニミストのシュカヴァティがこんな程度のものであるわけがないという傲慢からだろうか。きっと何かが起こるはず、そんな期待を抱かざるにはいられなかったからだ。


「!!!」


そんな風にして、アスタロトのパワーアップする過程を漫然と見ていたのだが、どうやらアタリだったらしい。案の定、アスタロトの身体に異変が起こる。


「あれれ・・、何、これ?止まらない」


すでに100パーセントを超えてエネルギーを吸収しているにもかかわらず、アスタロトはまだまだエネルギーを吸収しているのだ。


「お前が吸収したシュカヴァティは、アニミストがエネルギーを供給している。これが何を意味するのか、お前にはわかるか?」

「?」


シュカヴァティの力の淵源は、アニミストのネクロマンサーシステムにある。すなわち、永遠に繰り返される生と死の円環が創りだす無限の力だ。それはまさに無尽蔵のエネルギーゆえ、システムに適合しないハードにこれを無理に搭載したところで破綻することは目に見えている。アスタロトの全身は、すでに満杯のエネルギーによって満たされており、吸収しすぎていたエネルギーが細胞のひとつひとつを突き破り、その肉を次々と引きちぎっていく。


「もういらないのに。止まって、アスタロト。これ以上、力を吸収したらお前が壊れてしまうわ」


アスタロトは、行き場をなくしたエネルギーによって暴走している。そのキャパシティをはるかに超えるほどの力なのだから、当然と言えば当然だ。出力に限って言うならば、確かに彼女の言うとおりアスタロトは間違いなく最強になったはずだ。しかし、シュカヴァティを吸収して得た力とその限界点とでは均衡をあまりに欠いてしまったがためにその存在を維持することすら困難となってしまっている。どれほどの力があっても、安定性を欠けば無意味なのだ。


「辰巳、お前は自分自身の力によって滅びる」

「ああああああ」


エネルギーの暴走。周囲の空間が歪む。世界がぐらぐら悲鳴を上げながら崩壊していくようだ。こんな攻撃をしてしまえば、アスタロトもろとも世界が消滅してしまう。


「そんな、このアスタロトが?こんなことで・・・」


無限の力の流入に耐え切れなくなって、終ぞアスタロトの右腕が吹っ飛んでいき、創傷を負った身体から流血するがごとく、エネルギーが噴出していった。


「辰巳、早くそいつから降りろ。そのままではお前も暴走に巻き込まれる」


アスタロトは、溢れるエネルギーが放つ極楽浄土の光に包まれており、おそらくは俺の声など届いていないだろう。俺は叫ぶくらいに彼女を呼ぶも、音すらも拒絶するほどの分厚い光が、次第に巨大な光の柱を構成していき、アスタロトの黒いオーラは全てかき消されていった。


「アスタロトが消える・・。私が消える・・・。何もかも・・・終わる。私は・・・私は・・・。あはははははははははは」


辰巳は、極彩色の光の中に何を見たのだろうか。諦観の極みに達した彼女は高らかに笑う。


「ははは・・・・。なんて優しいんだろう。優しくて、暖かくて、強い。まるで心が満たされていくようだわ。」

「辰巳・・・」

「あ・・・・」


アスタロトは暴走した魔力を一気に解き放つと、その周辺の空間が一瞬のうちに収縮していきアスタロトはそれに巻き込まれていく。彼女の声は断末魔となって、自分が創りだした空間の歪みの中へと吸い込まれていった。そしてまばゆいばかりの極楽浄土の光が失われていくと、七本の槍とアスタロトの残骸だけが残っていたのだった。


●●●●●●


カラカラの朽木のように退廃したアスタロトの残骸を粉砕し、中から虫の息にある辰巳を救い出す。彼女は頭から血を流し、半開きの目で俺を見つめていた。


「えへへ、私やられちゃったね。やっぱり先輩・・・強すぎだよ。結局私には世界を壊すだけの資格もなかった・・・。ただそれだけのことだったのね」

「辰巳・・・もうしゃべるな」


俺は、アスタロトの残骸に残された彼女を介抱する。そうすると彼女は、彼女らしい悪戯そうな表情をみせて口を開く。


「私、意外に強くなってたでしょ、先輩?」

「ああ」

「えへへ・・・よかった・・・。私、先輩に認められて」

「いいからもうしゃべるんじゃない。すぐに社長のところに戻るから、待っていろ」


俺は、か細い彼女の体を抱き上げて運び出そうとする。だが、彼女はなけなしの力を振り絞って、俺の胸倉あたりを引っ張ってここに留まらせようとする。


「もういいの・・・。私はもう・・・どうせ助からない。それよりもあなたは自分のするべきことだけをして。私はあなたと命を懸けて戦って・・・とっても楽しかったから。最高の時間だったから、もう十分」

「馬鹿野郎、何が十分だ」

「せんぱい、絶対に勝ってね。それでせんぱいの創りたい世界を創って・・・約束だから」

「ああ、約束する。この世界はきっとよくなる。だからこんなところで死ぬな」


彼女はゆっくりと首を横に振った。


「私は、戦いだけを求めていた・・・。人と人とが殺し合う、闘争にありふれた世界。そんな私なんかを、あなたの世界が欲していると思う?いいえ。あなたの世界に私は必要のない存在・・。私の願いはきっとあなたの願いと反発するから・・・。そして、また世界を混乱させてしまう。だからむしろ私はいてはいけない存在なの」

「それでも俺は、お前を死なせない」

「死なせないって・・・本当、変わらないね・・・先輩。どうしてそんなに優しいのかしら?こんな最低で下衆な私なんか生かしておいてもしかたないよ」


彼女は自分を蔑むかのようにうっすらと嘲笑を浮かべた。


「どんなになろうと、やっぱり俺はお前を殺せない。確かに、お前は許されない罪を犯したけど、やっぱりお前には生きていてほしいと思う」


それを聞いた彼女は、俺を見て微笑んだ。


「そんな先輩だからこそ・・・私の全てを託せる」


そう言って辰巳は、俺の胸に手を当てた。


「お前、いったい何を?」

「私のせいであなたを消耗させてしまったから、ある程度回復しておかないと最後の戦いに差し障るでしょ」

「辰巳!!」


俺が彼女の名を呼ぶと俺の体内に力がみなぎり、反面、俺の胸倉を掴んでいた彼女の腕は力を失った。そして、こと切れた人形のように、彼女はくずおれた。


「馬鹿野郎・・・」


俺は、動かなくなったその体を強く抱きしめた・・・。


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