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第62話  死の回廊


俺が・・・負ける?

そんな・・こんなところで?

こんなことがあっていいのか?

必ずチャプター9を停止させると誓ったのに。

まだ、やり残したことがあるのに。

いやだ。

こんなところで、死にたくない。


●●●●●●●●●●●●●●●



目の前が霞んでいる。まるでどす黒い霧に覆われているかのようだ。ほんのわずか数秒のことなのに、何があったのかさっぱりわからない。


「ぐは・・・」


急激な嘔吐感により無意識に血反吐を撒き散らすと、目の霞みがとれてゆく。しかし、意識がはっきりしたためだろうか、今度は身体全身に激痛が走った。


「なんだよ・・・これ」


その激痛は、自分の生命の危機を教えてくれた。腹部に多々、破片が突き刺さって、赤黒い血が細く流れていたのだ。あまりの激痛で、意識をつないでいるのがやっとというほどなのだ。


(そうか、俺はやられたのか)


ここまできて、俺はようやく自分の置かれた状況を理解する。そうだった、敵対するアスタロトが、こちらのニルヴァーナをコピーして使用し、俺は見事それにしてやられたのだ。この屈辱といえば、一泡吹かされたとかいった程度の生易しいものではない。こちらの被害はいたって深刻で、敵のニルヴァーナの爆発はコクピット内にまで及んでおり、エラーを報告するビープ音がけたたましく鳴り響く。


「あははははははは」


魔女は嗤う。ビープ音もそれに付和随行し、不協和音を響かせる。不快だ。不快でたまらない。全身は痛いし、気持ち悪いし、酷く眠い。しかも、全然思い通りにことが進まないし、敵は強すぎるから、本当にやる気を失くしそうだ。本当にダルい。


「おもしろーい。これが、アニミストの能力なのね。こんなに使える使い魔がいるんなら、なんだってできるわね」


敵に属している五つの黒いニルヴァーナは、まるでコウモリのようにアスタロトの周りを不規則に飛び交っている。地べたから見上げて見たその光景は、まさに何かのマンガで見た暗黒大魔王さながらであった。もはやゴミくずみたいな俺に対して、悠然と聳え立っているアスタロトはそれほどまでに圧倒的な存在なのだ。


「ふふふふ・・・新しい武器も手に入ったことだし、アナタはもう用済み♪このニルヴァーナでアナタを跡形もなく消してあげるわ、団堂」


アスタロトの殺意がじりじりと伝わってくる。それと同時に、黒いニルヴァーナどもが俺に牙を向ける。痛みでこちらはそれどころではないのに、敵が放つ五つのニルヴァーナは一斉に放たれる。俺の命めがけて、一直線に突き進むのだ。


「くそったれが」


こちらも激痛をねじふせながら、ニルヴァーナをもって応戦する。敵の進路を遮り、逆に喰らいつく。鋼鉄の生命体が轟音を立てて、衝突する。それぞれの使い魔たちが、このだだっ広い空間を飛び交って、何度も、何度も打ち合うのだ。


「あら、意外にあがくのね。でも、本体を忘れているんじゃないかしら?」


跪くアニミストの前に、突如、アスタロトが転移される。そして、直ちに強烈な回し蹴りを叩き込まれ、アニミストは後方へと吹っ飛ばされる。


「がは・・・」


本体がいることを忘れていたわけじゃない。今の俺は本体の攻撃が来るのをわかっていても、それを回避する余裕すらないのだ。


「やっぱり、アニミストなんて、ニルヴァーナがなければただのゴミくずなのね。私のアスタロトの足元にも及ばないじゃない。なのに、まもるったら、こんなのにあっさりやられちゃうなんてどうかしているわ」


そして、アスタロトはいつのまにか転倒したアニミストを真上から見下ろし、その頭を踏みつけるのだ。だが俺は直前に受けた衝撃により、激痛を蒸し返され、抵抗するどころではなかった。とりあえず、頭を踏みつけてもらっている間、少しでも休めるのならばそれでよかった。


「グレイも弱かったわ。何度も再生してきて、正直うざかったけど、すぐどっかの次元に放り込んであげたら、あっさり勝っちゃったもの」


彼女は頭を踏みつけるのに飽きたようで、今度は腹部を数回足蹴りにする。そんな活かさず殺さずの暴行は、地味に衝撃をもたらすので、蹴り上げられるたびに断続的な苦痛が身体を突き抜ける。


「お前、グレイを殺したのか」

「そうよ。あんな弱い男、生きている価値ないもの」

「生きている価値がないだと?ふざけるな・・・」

「そして・・・団堂。あなたもね、連中みたいなゴミと同類・・・」

「・・・・」

「あなたは、やっぱり何もできないクズじゃない?あなたにこの世界は変えられない。変えるだけの能力も資格もない。今までお疲れ様でした。あとのことは、この私に任せて消えてください」


彼女は蔑むように、そう言い放つと、アスタロトは、ぼろ雑巾のようになったアニミストをまるで汚物でも扱うかのようにつまみ上げて、汚い空へとふり投げた。


(すまない・・・シキ・・・)


俺はともかくとして、あのふたりまでここまでコケにされたから、さぞはらわたが煮えくり返ることかと思いきや、意外にも俺は冷静だった。辰巳には力があるし、彼女の放つ言葉にはなんとも説得力がともなっている。彼女の言うとおりなのだ。だから俺は、かえって引っ込んでしまったのだ。結局、何の結果も出せないのなら、俺なんか社会にとってはゴミ以上に有害なだけなのかもしれない。だから俺はもう、抵抗する気力もなくて、静かに目を閉じた。最後に、かの少女の顔を思い浮かべながら。


「楽に死ねると思わないでよね、先輩」


アニミストの周囲の空間が切り取られていく。とてつもないエネルギーが、次元を超えてやってきたのだ。俺の魂を奪い去りに。


●●●●●●●●●●●●●●●


ここはどこだろう?

肉体のくびきから解き放たれた私の体は、どこまでも自由だった。ただ、自由であるが故に、私の目の前に開かれた可能性の全てが正解への途であり、誤りへの途でもある。そんな無限にも等しい分かれ道のために、かえって私は進むことを躊躇っていた。

いや、私はただ迷っているだけなのかもしれない。なぜ自分がこんなところにいるのかもわからなくて、何をすべきなのか、何をしたいのかさえもわからない。だから私は、この生ぬるい海中のような世界でたゆたうだけなのだ。


『!!!』


だが、完全なる静寂に支配されていると思われたこの世界にも、異変が生じているようだ。先ほどから、何度も何度も空間が激震しているのがわかる。絶対と思われた領域が、壊されてしまうのではないかと不安が募ってくる。


『ねぇ、君?』

『誰?』


そんな中で、突然、男の子の声がしたので、びっくりして私は振り向くと、そこにはやはり男の子がいた。何度も衝撃が走るこの世界において、この子は眉ひとつ動かさず、優しい目で私を見ていたのだ。


『ああ、怖がらなくていいよ。僕は君をいじめに来たんじゃないから』

『・・・』

『あえて言うなら、君に僕の願いを伝えに来た、というべきか』

『願い?』

『そう、これは純粋な願い。特に利害関係もないし、約束ではないから、君を拘束するようなことはない。これを無視したって君は誰からも咎められることはない。僕の願いを聞くも聞かないも、君の完全なる自由だよ。だから、どうでもよかったら、もう何処か行っちゃっていいよ』


私は、その願いとやらを聞くことにした。正直面倒くさいことに巻き込まれるのは勘弁してほしかったが、少年を見ているとなぜだか動くことができなかったのだ。


『うん、ありがとう。じゃ、一度しか言わないからよく聞いてね』


私は、ゆっくりと頷いた。


『僕のお願いはね。キミにあの人を助けてあげてほしいんだ』

『あの人?』

『うん、あの人は僕にとって大切な人。もちろん君にとっても大切な人・・・』

『私にとっても?』


私は無意識に問い質すと、少年は頷いた。


『あの人は今、戦っている。僕や君のためにね。でも、もうこのままじゃ彼は死んでしまう・・・ここまできて、相手が強すぎたんだ。もちろん、僕にできることがあれば、何だってしてあげたい。でも、僕には無理だ。何もできない。せいぜい僕は、君にこうして頼み込むくらいしかできないんだ』


少年は、悔しそうに俯いた。歯型がついてしまうくらいにその下唇を噛み締めて、自分の不甲斐なさを呪っているのだろうか。


『でも、君なら、君があの人を助けてくれるなら、あるいは・・・』

『ちょっと待って。一体、あなたはさっきから何のことを言っているの?』

『ごめん、これ以上は・・・・うっ・・・もう・・ここまで・・・』

『ちょっと、大丈夫!!』


少年は、何らかの妨害を受けているのだろうか、心底苦しそうであり、存在がかなり不安定に見える。


『へへ・・・へーきだから・・・僕の心配は無用だよ。それよりも、このイメージを受け取ってくれないかい?僕が、掻き集めてきた、あの人の記憶・・・』


少年が眩いばかりに輝きだすと、彼は光の粒子となって周辺に四散していく。そしてその光は、大きな映像を見せてくれた。そこにはふたつのオーガが対峙しているのがわかる。


『これって?』

『そう、あの人が・・・戦っているんだよ』


戦っている?一方的な虐殺の間違いではないか?一方が他方を圧倒的な力でもって、叩き潰しているのだから。


『酷い・・・』


あまりにもむごくて、私は目を逸らした。


『目を逸らさないで!君は、この戦いを見届けなければいけない』

『嫌、こんなの酷すぎる』

『ナインが必死で戦っているんだ。君が見届けてやらないでどうする?』

『ナイン・・・?』


その言葉を復唱したとき、ずっと凍結していた私の心に、かすかな火が灯った気がした。

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