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第61話  a dark emperor

戦いの舞台は幕を開けた。衝撃波に遅れて、既存の空間が新たな空間へと次々にぬり変わっていくのが見て取れる。水辺に一石を投じるがごとく、波紋となって同心円状に被害が拡大していく。あるいは可視不能な巨獣が、信じられないほどの数をもって、この世界を食い破りながら暴れまわっているとも思える。こんなものに飲み込まれたらと思うと、俺は背筋を凍らせるしかなかった。



正面からは分厚い何かが、世界をひっくり返しながら猛スピードで突っ込んでくる。それはあまりに圧倒的すぎて、周りの空間ごと俺を押し潰してしまいそうなほどだ。故に、後方へ逃れる以外の回避手段は無い。しかし、この攻撃の射程はおそらく無限にある。そうすると、後方へ逃れても多少生き長らえるだけだ。なんとも非常識な技であろうか。それならば、こちらとて常識を超えた手段をもってやり過ごすしかない。


アニミストは、何かに消される前にふと、自らこの世界から消えていなくなる。全身を虚物化することでよく解らないものをやり過ごしたのだ。そして、新たにアニミストは実物となり、アスタロトの面前に現出する。こちらの反撃の瞬間だ。


ところが、近くで見えたアスタロトは「今のはただの挨拶代わり」とでもいいたげなような、そんな顔をしていた。実に優雅な、それでいて下衆な表情を浮かべていた。相手は、俺の行動を読んで次いでの迎撃準備をしてくれていたようだ。


アスタロトが手に持っているのは、かつて彼女が好き好んでよく濫用していた巨大な重火器だ。それはもはや人類100年の歴史を一瞬で焦土と化してしまいそうな、おぞましい代物。そんなものの銃口が真直ぐに俺を捉えていた。


『フフフフ・・・』


ふと、少女の忌々しい微笑が脳を突き抜ける。それとともに、ドロドロに溶けた溶岩のような実包が放たれ、炸裂する。あちらこちらに火の欠片が弾け跳び、それぞれがまるで意思を持つかのごとくに全方位から襲い掛かってくる。


いったん実体に変換されたアニミストは、直ちには虚物になることはできない。なす術もない俺は、無意識にガードを張ってやり過ごそうとする。そのおかげで、跳んできた欠片は見えない壁に阻まれて、そこにべたりとへばりつくにとどまってくれた。だが、ひとつひとつの欠片が虫食うがごとくにガードを食い破っていく。そして待っていたといわんばかりに、あとに控えていた主砲がこちらめがけて飛んでくる。


虫に食われて弱体化したガードは、巨大な鉄球のような一撃を受けて一瞬のうちに瓦解する。そして間髪いれずにアニミストは直撃を受けることとなる。ガラス球のように無色透明な凶弾は、ガリガリと肉を削りながら、アニミストをゴミくずへと変えていく。


「まずい・・・」


可視不能な弾丸はアニミストの右肩あたりに噛み付いて、その部位を強引に引き千切る。

『フフフフ・・・』


またしても彼女は笑っているだけ。しかし、それとは裏腹に行動は極めてアグレッシヴなものだ。遠慮も何もない。アスタロトは躊躇いもなく、畳み掛けてくる。


「ニルヴァーナ」


だが、こちらもやられっぱなしというわけにはいかない。虚空にたゆたう5つの宝玉が迫り来るアスタロトを迎え撃つ。5つの宝玉は鋭利な槍となり、アスタロトを貫く。が、敵もなんらかのガードを展開しているのか。槍はたしかに刺さったように見えたが、まるでダメージを与えていない。アニミストの迎撃は全く功を奏さずして、不覚にもアスタロトの接近を許してしまう。


「ち・・・」


俺は枯渇しかけているメンタルポイントをありとあらゆる防禦へとまわし、相手の攻撃に備える。間もなくして無慈悲なる一撃がくりだされると、なけなしのガードごと、アニミストは吹き飛ばされて大地に叩きつけられた。


「く・・」


俺は強烈な衝撃を受けたため、意識が朦朧となる。ピントの合わない視界の中で、いろいろなことが脳内を駆け巡る。


(何て強さだ)


俺が現在相対している敵は、実質的ナンバー2であるアスラの力を辰巳春樹の力に掛け合わせただけあって、すさまじい能力を持っているオーガだったようだ。現段階においては、間違いなく最強のオーガの名を恣にしている。今までの敵とは格が違うのだ。にもかかわらず、俺の方はすでに満身創痍の状態。勝利への解など、もはやどこにもなさそうだ。


(俺では、こいつをたおせないのか・・・)


しかしながら、気分は絶望の淵へと落ちゆく反面、俺の脳内で何かが引っかかっている。どうにも筋が通らない部分があるのだ。


(そうだ、そういえばやつのガード。そこにおかしな点がある)


外法学理論上、攻撃属性のパターンは最大4通りのはずだから、これに対応するガードも4つのパターンで収まらなければならない。しかしこれは、相手のなしうるガードのパターンも限定的であることを示している。故に俺は、ガードによって失われる攻撃力を最小化できるようにそれぞれのニルヴァーナには異なった属性を付加して攻撃している。それにもかかわらず、アスタロトに対しては5つ全てのニルヴァーナが無効化されていた。これはいったいどういうことか。


(全属性ガードシールドか?そんな荒唐無稽なもの、聞いたこともないが、全く存在しないとも言い切れない)


アスタロトが本当にそんな都合のいいシールドを完備していたとしたら、俺にはどうしようもない。だが、さっき見た光景はニルヴァーナの攻撃能力が阻却されるのとは異なっていた気がする。たとえばそう。ホログラフィックの映像のようなものをすり抜けていってしまう感じに近いのだ。だとすると、全属性ガードシールドなる万能の盾ではなく、もっと別の原理がはたらいているはず。しかし、それが何なのかまではわからない。


(もしかしたら、この疑問に攻略の鍵があるかもしれない)


俺は少しだけ希望を取り戻し、再び立ち上がる。


『アハハハハハハ』


気違いじみた下衆な嘲笑がなおも響き渡る。それとともにここら一帯の空間が収縮と膨張を繰り返してボコボコになりながら迫りくる。それはまるで、ここが狭いドラム缶の内部で、俺がそこに閉じ込められた憐れなゴミくずのようだ。外部からドラム缶の側面を強打すれば大きく内側へ凹むように、そのような凹みは瞬く間に増えて行き、自分の体積すらも格納できないほどに空間が失われていく。


「これは・・・やばいな」


空間。それは、物質が存在するために神が与えた当然の前提。あまりに当たり前すぎるので、何人たりともそれが失われることなど考えもしない。しかし、アスタロトは、その当然の前提を奪う力がある。それは神への忘恩行為。神の恩恵をあえて踏みにじることで、万物の存在をまさにその足元から否定するのだ。


「そうか、空間か!」


周囲の世界が次々と失われていく中、解けなかった糸がようやくほどけた。なぜ、こちらの攻撃が通らなかったのかがようやく解ったのだ。敵は空間を武器とすることができる。その荒唐無稽な事象が、かえって重大なヒントになっていたのだ。空間を攻撃に用いることが可能ならば、空間を防禦に利用することも当然可能なはず。

では、アスタロトがこちらの攻撃を無効化していたという、その空間利用のメカニズムとは何なのか。答は簡単だろう。アスタロトはそもそもこの空間に存在していなかったのだ。そうであれば、こちらの攻撃がスルーされるのも当然の成り行きだった。


「行け、ニルヴァーナ!!」


そうとわかれば、あとは奴を探し出して串刺しにするのみだ。俺の叫びに呼応するように、5つの宝玉は空間を切り裂いて跳ぶ。異世界に存在する魔王を滅ぼすべく、幾つもの時空を超えて、駆ける。しかし、こちらはあと数秒もしないうちに空間ごと葬り去られる。いったい、どちらが早いか。


「・・・・」


アニミストの脚部が失われて行き、もうこれまで・・・となった瞬間だった。

極小に圧縮されていた空間は突如元通りになり、何事もなかったかのように殺風景な空間が広がっていた。


「どうにか間に合ったようだな」


俺はほっとして一息入れると、5本の槍が串刺しになっているアスタロトがいずこより墜落してきた。それはまるで天界で処刑された堕天使のように無残な姿のまま、はるか天空より突き落とされたようだ。そしてアスタロトが不時着すると、体を数回大地に叩きつけ、鮮血を撒き散らしながら壁にぶち当たり、そこでようやく停止したのだった。


「辰巳・・もう終わりにしよう」


俺は、倒れたアスタロトの前に立ち塞がると、そこに突き刺さっている槍の1本を引き抜いて、その先端を喉下に突きつけた。


「うふふふふふふ・・・」

「なにがおかしい?」

「アナタが勝ち誇っているのがね。うふふふふ」

「この期に及んでよくそんなことが言えたものだ」

「いいえ、まだこれからよ。アナタが私の力に屈するのは・・・ふふふふ」

「なんだと・・?」


俺は既に敵の喉下に噛み付いていて、圧倒的優位にいる・・・はずだった。

なのになんなのだ。この嫌な予感は。敵は今、俺の手の中で生かされているというにあの余裕。不気味で仕方ない。攻めているのはこちらのはずなのに、全くもって安心感がないのだ。これは、ハッタリではない。必ず、何かある。


「おいで、ニルヴァーナ」

「な・・・・」


その瞬間、神速の速さで複数の黒い影が舞う。そして、瞬く間もないほどに手に持っていた槍は叩き落とされ、数本の黒い槍がアニミストに突き刺さる。


「ふふふふふふふ・・・」


危機を退けたアスタロトは、満身創痍の体を悠然と立ち上がらせる。


「どうして奴がニルヴァーナを?」

「驚いたでしょう?もしかして・・このアスタロトの特殊能力が空間操作だけだと思っていたんじゃない?」

「そうじゃないのか?」

「まあ、たしかにアスタロトの能力のひとつには変わりないけれど、本当にこわいのは吸収の力の方・・・。ふふふふ」

「アブソーションか。それでアニミストのニルヴァーナを使えるようになったわけか」

「そういうこと。一応、お礼を言っておくわね、団堂。アスタロトにこんな便利な力を与えてくれたのだもの。これで私は、何ものにも負けない力を手にすることができるわ」

「ふざけんな。そんなものはいらないんだよ」

「あら、そう?それじゃあ、死んで頂戴」


アスタロトは、その拳を強く握り締める。すると、アニミストの身体に突き刺さっていた黒い槍のひとつが、盛大に爆砕する。そして、残る槍もまた誘爆し、アニミストは爆炎に包まれたのだった。



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