第56話 無限の幻想
団堂のカウンターをまともに受けたサードは、強烈な衝撃にもまれながら、いましがた、自分の身に起こったできごとをフィードバックしていた。
(なぜ、アポカリプスの剣が防がれたのだ?)
致命的なカウンターを受けたとはいえ、無限の再生能力をもつアポカリプスである。機体に走ったダメージなど、いくらでも取り返しが効くので、そんなことは問題ではない。それよりもどうして、アポカリプスの防禦不可能な攻撃が防がれたのか。完璧すぎる窮極の一撃が、よりにもよってあの団堂曹士ごときに防がれたのだ。そちらの精神的なショックの方がサードにとっては、切実な問題となっていた。
(おのれ・・団堂め)
サードが、歯軋りをするほどに苦虫を噛み潰す表情をすると、彼の気づかぬ間に、殺気に満ちて瞳をぎらぎらと光らせているアニミストが追撃に来ていた。死者の強い怨念を纏う、そのオーガの表情に、サードは一瞬、背筋が凍ってしまった。
「く・・・」
アニミストによる、アポカリプスのコクピットを一突きにする強打がなされる。これによって、その腹部の肉を吹き飛ばし、上半身と下半身を分断する。
「ぬおぉぉぉぉ」
またその一撃は、同時にアポカリプスの力によって、ほとんど再生していたサードの肉体を、再び、人でない形に歪めてしまう。
「く・・クソが・・・」
だが、相変わらずアポカリプスは、砕け散った肉を瞬時に集合させ、攻撃前の状態に戻ってしまう。めためたになったサードも同じだ。
「貴様ぁぁ、調子に乗るな」
そして、アポカリプスは体勢を立て直し、すぐさま混沌の剣を振りかざして、団堂に襲い掛かる。全てを無に帰す異界の力が、彼に襲い掛かるのだ。
「消えろ、団堂!」
だが、やはりアポカリプスの攻撃は、アニミストによって防がれてしまう。本体へ直撃となるはずの一撃は、鈍い衝撃音だけを奏でて止められてしまったのだ。
「サード、アニミストのニルヴァーナは少し特殊なんだよ。まあお前が考えているように、確かに、その存在形式として物理法則上の物体であるのが原則だ。つまり、このニルヴァーナも所詮は分子と分子の結合によって構成される、アニミストのパーツのひとつだ。だが、その存在形式は自由に改変できて、外法規則上の外法物にもなる。この場合、そもそも分子で構成されるという前提は存在しないから、お前の力はその意味を失うというわけさ」
「そうか・・、俺の剣が貴様の剣に防がれたのは、貴様の剣がもつ外法効果と反発ないしは相殺していたからか」
「そういうことだ。もう少し、基本的な外法理論を頭に入れておけば、ニルヴァーナの外法規則を全て無効化できたんだろうが、お前のことだ、そんな外法典に書いてあるような基本知識をいちいち覚えているわけがないだろう。だから、お前の攻撃はとりあえず俺に当たらない」
「ふざけやがって・・団堂ぉぉぉ!!」
頭に血が上ってしまったサードは、怒りにまかせて切りかかってきた。だが、それもやはりニルヴァーナとの接触により、アポカリプスの混沌の力は相殺され、単なる棒と化してはじかれてしまう。その反動によって、ひっくり返りそうになったアポカリプスに対し、団堂は3本のニルヴァーナを、まるでミサイルのように飛ばして追い討ちをかける。
まず、1本目がアポカリプスの身体に突き刺さり、エネルギーの急激な膨張と収縮を一瞬で処理することで、外法エネルギーの暴走を生じさせる。これにより、次元の裂け目が生まれたかのような歪みが、アポカリプスの肉を奪っていく。他方で、辛くも逃げていくアポカリプスに2本目が貫通し、同様のエネルギー暴走を引き起こす。ここまでくると、ほとんど原型が残っていないアポカリプスであるが、それでもちょこまかと動く。そんな、アポカリプスに対して、3本目も容赦なく襲い掛かるのだ。
「ぬぉぁぁぁ!!」
「これでどうかな?」
3発のミサイル型ニルヴァーナを命中させた団堂は、あとに何もなくなっていることを確認すると、さすがに再生は無理だろうと感じた。
「・・・っくくくくく」
だが、いまだにサードの引き攣るような笑いが聞こえてくる。するとその直後、この空間内に霧散していたアポカリプスの全構成要素が結集をはじめるのだ。どうやら、その再生能力は半端なものではないらしい。
「団堂よ・・。アポカリプスの攻撃を見切ったからなんだというのだ。それでも、貴様がこのアポカリプスの無限の力を否定することだけはできないのだ。故に、貴様は私を斃すことはできん」
「やっぱり無理か・・・」
アポカリプスの永遠の再生能力は、たとえ塵ゴミ以下からでも、元の姿に再生できるのであったのだ。もっとも団堂自身、アポカリプスを完全消滅させる程度でこれを斃せるとは思っていなかったので、この光景を見てもさほど驚いたりはしなかった。
「強がりはよせ、団堂。私にもはや限界などないが、貴様にはある。いくら貴様が強いとはいえ、無限にその力が持続するものではない。幾度と私を粉塵へ帰したとしても、私は何度でも蘇る。その間に、貴様を殺す方法などいくらでも思いつくことができるのだ。だから、私は今から外法典の条文を漁り、貴様の外法効果を無効化する条項をゆっくりと検討することとしよう。私が、それを発見したときこそ、貴様の最後だ」
「そうか、なら時間はそんなに残されていないな。どんどん行くぞ、サード」
サードは外法典を手に、団堂は剣を手に、互いに対立した。そして、すかさずアニミストの必殺の一撃を叩き込むのだ。もはや、サードに1ページでも外法典の条文を読ませるわけにはいかない。それほどまでの勢いで、盛大に斬りつけるのだ。
「うぉぉぉぉ・・・」
中のサードごと一刀両断にする一撃。だが、たちまちにして、再生能力が発動する。
「無駄だと言っているだろうが、クソが」
サードは、まるで五月蝿いハエを相手にしているのか、不毛な攻撃に苛立ちを隠せないでいる。しかし、当の団堂は、自分の行為が無駄であることをわかっているのか、それともわかっていないのか、構わずに何度でもアポカリプスを斬りつけるのだ。
「なるほどな、俺に条文を読ませない戦法というわけか。だが、そんな激しい攻撃がいつまでもつか、見ものだな」
サードは、再生した外法典を再び見ようとする。だが、その直後にアニミストの一太刀が貫通し、サードの腹部を引っ掻き回す。
「イテェ・・・イテェよぉぉ・・」
しかし、回復し、元どおりになったところであろうが、団堂の猛攻は止まらない。反撃を許すまいと、さらなる一撃を叩き込むのだ。
「ぐああああ」
せっかく回復したサードの肉体は、再び肉塊に戻される。コクピット内に、彼の血が勢いよく飛び散り、猟奇殺人の現場そのものに変容してしまう。それでも、死ぬことの許されていないサードは、また人間へと戻される。コクピット内に飛び散っていた血液もまた、一滴として残さずに、彼の肉体へと還っていく。
「やめろ・・・」
ふと、不死かつ無敵の力を得た人を超えた男、サードは無意識にも、そのような弱気な台詞をつぶやいてしまっていた。どんな攻撃を受けようと、無限の力によって回復ができる彼を前に、何者も無力のはず。こんな攻撃、あと数分もすればたちまちに止んで、形勢逆転の狼煙が上がるのだ。ならば、そんな彼が弱気になるなどありえないはずなのだ。
「やめろ」
だが、事実として、彼の全身は震えていた。ほぼ神とさえいってもいい彼であれば、アニミストなど、おそるるに足らないはずだ。なのに彼の表情といえば、額に脂汗をにじませて、酷く苦痛に歪んでいるのだ。
そんな彼の事情などお構いなしに、アニミストは、ニタリと不敵な笑みを浮かべて、怯えるサードに冷酷な一撃を振りかざす。すると今度は、サードの頭はマグロのたたきのように中身をぶちまけて床に転がった。だが、それも瞬く間に原状へと戻され、何事もなかったかのように砕かれた頭骸骨も元どおりになる。もっとも、さっきまでと違うのは、彼の表情がだんだんと恐怖に引き攣りつつあることだった。
「もうやめてくれ・・・」
サードの身に叩き込まれているのは、まさに恐怖そのものであった。アニミストの一撃一撃は、本来ならばどれも彼を即死させるはずのものなのだ。おそらくは痛みも感じる間がないほどに、強烈な一撃が叩き込まれているはず。普通の人間なら、自分が死んだことにも気づかないであの世へ旅立っているのかもしれない。
だが、死ぬことができなくなってしまった彼は、それの痛みも恐怖をもすべて体験しなければならない。たとえ頭が粉砕されたとしても、彼はそんな自分を体験しなければならない。それは、いったいどんな気持ちなのだろうか。想像すら困難なほどに酷なものに違いなかった。
「やめてくれ!!」
彼は、何度も、何度も、死の恐怖を体験する。死んで楽になろうなどということは、もはや彼の身体ではできなくなっていた。修復不可能とすら思える深刻な肉体的なダメージでも、すぐに修復され、痛みも間もなく消えるのだ。ならば、死んで楽になろうと思うなどおかしいのではないか。しかし、彼の精神的なダメージを考えると、どうだろうか。
「もういやだ・・・」
人間にとって最大の恐怖。それは、死だ。だが反面において、死とは、一生に一回しか訪れ得ないものであるから、まだ救いがある。
「殺してくれ・・」
しかし、たった一度でも死の恐怖は強烈であるのに、これが何度も繰り返されるサードは、いったいどれほどの地獄を味わっているのだろう。いくら死なない身体であるとはいえ、人間にとって最大の恐怖を幾度となく味わっていれば、心の方が先に壊れてしまうはずだ。これは、メンタルポイント切れという意味ではなく、死んだ方がはるかにましという意味なのだ。
「ああああああああ!!!!」
アニミストは、その仮面の下に潜ませている鬼の口を愉悦に曲げて、無抵抗のアポカリプスを一定のリズムですりつぶす。
粉砕。再生。粉砕。再生。粉砕・・・。
サードを粉々にして殺害し、ある程度再生が済んだところで再び殺害する。これを無限に繰り返す。サードの心が消えてなくなるまで。
そう、無限なんて都合のよい幻想にすぎない。無限などというものは何処にも存在しないのだ。だから、無限のように思われるアポカリプスにも、執行官という限界が存在したのだ。結局、足を引っ張っているのはサード自身だったのだ。
(二)
「あ・・・あ・・・あ・・ああ・・・」
もう、どれほどこのような不毛の行為を繰り返していたのであろう。1時間か、1日か、あるいは1ヵ月か・・・。アポカリプスの執行官は、その無限の力の偉大さに取り付かれて、すでに廃人と化してしまっていたのだ。もはや彼は、外法典を引くどころか、アポカリプスを動かすことすらできない状態になってしまっていた。
「サード、死んだか」
団堂は、ひとまず目の前の敵が片付いたことに安堵すると、先を急ぐことにする。中の執行官に対して、まるで新品のようにつやつやのアポカリプスをあとに残して、次なるステージをめざすのだ。
「・・・く・・」
しかし、動かなくなったと思われたアポカリプスの腕がかすかに動くと、団堂は身構えた。
「サード、まだ生きているのか。なんて執念だ・・」
彼の欲深さにはさすがの団堂もあきれ果てるほどであった。だが、そこから聞こえる声は、サードのそれとは、どうやら別人のようである。
「俺・・・こんなところでなにやってんだ・・・」
「グレイ?取り込まれたんじゃなかったのか」
その声は紛れもなくグレイのものであった。サードのアーミタイルによって、取り込まれてしまっていたグレイが、何処からともなく帰ってきたようなのだ。
「あ、そうだ・・・あの時、たしか、俺はサードのやつに取り込まれたんだった」
グレイは、意識を失う前の状況をかろうじて想起した。
「それで・・・そのあとは・・・思い出せねぇ」
グレイは、投げ出すようにして、それ以降の追憶をやめた。
「おい、グレイ。大丈夫なのか」
団堂は、おそるおそるグレイの下へと近づく。
「あれ、団堂・・団堂じゃねぇか。なにやってんだ、アンタ。こんなところでよ」
「なにって、サードと戦っていたんだ」
「ああ、そうか。そういやそうだったな」
グレイは、まだ頭痛でもするのだろうか、頭を押さえながら現状認識を行う。
「それで・・・ここにアンタが生き残っているということは、アンタがサードに勝ったんだろ、団堂」
「そうだ」
「け、やっぱアンタはつぇえよな。あのサードをぶったおしちまうんだからよ」
「ああ、お前が吸収されたおかげで余計に手間取った」
「ふぅん。まあいいか。とにかく、団堂。アンタは、俺に勝ったんだ。この先に進む権利がある。だから、さっさといきな」
「しかし、グレイ。お前はまだ戦えるのに、俺を先へ行かせてもいいのか。俺はお前の妹を殺した張本人なんだぞ」
「うっせぇよ、もういいんだよ。そんなこと。お前と戦うことで、あいつを殺したのは、結局、俺自身だったってことに気づいたんだ・・・。ありがとうよ」
グレイは、らしくもなく顔を赤らめて礼を告げる。
「グレイ・・」
団堂は、なんとなくそんなグレイに後ろ髪惹かれる想いであった。
「あぁー、もういいからさっさと先に行きやがれ。まだ、やることが残ってんだろ?なら、こんなところで油なんか売ってるんじゃねぇよ、ばーか」
「しかし、グレイは、これからどうするんだ」
「俺か?俺は、社長の船を守りに行く。鬼に取り付かれて、ひょいひょい出ていっちまったからな。そんで謝ってこねぇと」
「そうか、お前がいてくれれば心強い。社長たちのことをくれぐれも頼む。グレイ」
「ああ。アンタも、袴田なんぞにこの世界を消させるんじゃねぇぞ」
「わかった・・」
そういって、団堂は、さらに奥へと消えて行った。
「さてと、俺もそろそろこんなとこからオサラバだな」
グレイは、改めて自分の乗っている機体を動かしてみると、いつも乗っているゲイボルグとはどうも勝手が違うことに気づく。そう、彼の機体はアポカリプスになってしまっているのだ。
「こいつ、使えんのかよ・・」
グレイは、愚痴をこぼしながらも出口へと向かっていくことにする。
「・・・?」
だが、そんな彼の背中には、身が凍りつくほどの冷酷な殺気が突き刺さるのだ。
アポカリプスが、欲望を体現した無限の力であるならば、この殺気は圧倒的絶望の総体にあるうちの氷山の一角だ。途方もない負の世界から生まれる絶望のエネルギーが、ひしひしとグレイの心を掴んで離さない。
「久しぶりね、グレイ。債権者総会の会場はこの奥でいいのかしら」
「この声!てめぇ、しばらく見ねぇと思っていたが、生きてやがったのかよ。しかも、なんだそのオーガ?」
振り返るグレイの前には、魔界の支配者たる高貴なる威厳があった。そこから放たれる魅惑のオーラは森羅万象あらゆるものを跪かせる。そう、その名は最高執行官アスタロトであった。
「あなたのオーガこそ、随分と変わってしまったのね、グレイ」
「安心しろ、てめぇのキャラほど変わっちゃいないさ。辰巳春樹」
「ふふふ・・・」
少女は、なんともいえぬ、不敵な笑みを浮かべるのであった。