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第55話  カオティック・グリード

グレイのゲイボルグ・ディアボリカと高等執行官アーミタイルを取り込んだサードの新しい力は、その名を最高執行官アポカリプスと呼んだ。

この何もない広大なドーム空間を、その偉大なる力で全て塗りたくるほどの圧倒的な存在感がある。地の奥深くから滾々と汲み上がってくる無限の力は、相対する団堂曹士の心をひれ伏してしまうほどだ。

それは、底なしの欲望を体現した形なのか。サードという男の中に、長い間くすぶっていた権力への強い憧れ。全てを我が物にせんとする、この男の執念に近い願望が淵源となっているのだろう。


「高等執行官・・アポカリプス」


思わず団堂もつぶやいた。

そう、これは紛れもない欲望だ。欲望は、例外なくありとあらゆる生命体に備わることが許された、『生きる』ことへの活力をもたらす絶対のエネルギー。生命体の行為の動機を生み出すのはいつもこの欲望なのだ。欲望がなければ行為など生まれない。

だが、欲望それ自体、全く『無』である。ゆえに形もなければ、熱も生まない。しかしなぜ、これが人の業として、無限大の『有』を生み出すのだろうか。単なる感情という、あるかどうかもわからないようなあいまいな存在だというのに・・。

ゼロに等しい欲望というモノ。ここから無限が生まれるのだ。そんなエネルギーは、少なくともこの世界において類を見ないであろう。現世において、唯一、論理法則も因果律も及ばない、いたって不合理なエネルギーだ。

しかし、これこそが全生命体の活動を支えている根源にちがいない。

そんなエネルギーの高まりを、アポカリプスの中心から滾々と感じるのだ。故にやつは、このおそるべきエネルギーを操る最高執行官なのだ。


「団堂よ。少し、このアポカリプスの力を試したい。だから、お前がお気に入りのその剣で、私のアポカリプスを八つ裂きにしてみろ」


サードは、必死に笑いをこらえながら、不合理なことを言う。


「サード、貴様・・・ふざけているのか?」

「ふざけてなどいない。私は、本気だよ。本気で、お前に斬られてやろうと言っているのだ。遠慮はするな。このチャンスを逃したら、もう二度と、お前は私に触れることすらできないだろうからな、クククク」


サードは、おそらく団堂に対して、アポカリプスの圧倒的な力を見せ付けたいだけなのだろう。そのうえで、アニミストを凌駕し、完全な勝利を得ようというのだ。だから、少なくとも罠を張っている様子はない。本当に、八つ裂きにしていいらしい。


「なら、遠慮はしない。これで死んでも、恨むなよ」

「ああかまわない。殺せるのなら・・・な。くくくく・・・」


アニミストは、大剣を手に持ち、構える。その切っ先は、真直ぐにアポカリプスの喉笛を捕らえている。


「・・・・」


いつでも団堂はサードを殺すことができる体勢に入る。アポカリプスは、外見上、装甲も薄く、あんな柔肌のような鎧など、このアニミストの前では壁にもなりはしない。一撃でサードごと貫くことも可能だ。しかし、それが逆に彼の不安を煽る。どうにもいやな予感がしてたまらない。

ふたりの間の空気は、妙に冷え切っていて、濃密な瘴気が響かせる耳鳴りだけがやたらとうるさかった。


だが、次の瞬間には、この広いドーム内を一筋の風が走り抜ける。強烈な風圧が、濃霧のような瘴気を吹き飛ばして、アポカリプスの身体に叩きつけられる。

このような閉鎖空間で、突然発生のように風が吹くことはない。この強烈な風の原因は、アニミストにある。一瞬にして、アニミストが動いたのだ。この風はアニミストそのもの。

アポカリプスの喉笛を目がけて突き抜ける魔槍のごとき必殺の一撃は、唯一点のみにあるごく小さな獲物を目がけて突撃するハヤブサのよう。

これでは、仮にサードが罠を張っているにしても、避けられるはずがない。


肉を裂く、生々しい音が少しだけ響くと、アニミストのつるぎは敵の腹部あたりをきれいに貫いていた。文字通り、串刺しにしたのだ。

だが、団堂はまだ安心できなかった。この程度でアポカリプスが機能停止に陥るとは到底思えない。だから、彼は続けて、追撃にはいる。

アニミストは、アポカリプスの肉を引きちぎるように、そのグミみたいな肉を切り開いては、突き刺したままのニルヴァーナを切り上げて、胸部を引き裂く。そして、続けざまに、その首を切り落とすように大振りの一太刀を入れる。あまり切り口はきれいなものとはいえないが、当然に胴と首は切り離される。この時点で、アポカリプスはオーガとして必要な機関を失っているので、事実上、機能停止のレヴェルに至っている。つまり、団堂の勝ちなのだ。

だが、それでもなお、アポカリプスは抵抗するどころか、動くことさえしなかった。

もっとも、最初の一撃で、オーガのコックピット部分を意図的に突き刺したので、サードが死亡して動かなくなっただけである可能性もある。それならばよい。ここでの戦いは、これにて一件落着となるから。

しかしながら、その可能性に期待するほど団堂はお気楽な男ではない。きっと、サードは生きているはず。だからこそ、このようなボーナスステージのようなチャンスをわざわざ与えてくれたのだ。必ず何か裏がある。それならば裏があるにしても、できる限り自分に有利になるよう、アポカリプスを破壊すべきだ。もっと、徹底的にアポカリプスを粉々にしなければ、この焦燥感が団堂から晴れることもない。

アニミストは、アポカリプスをすりつぶすように、まだきれいに原型が残っている左腕を切り落とす。また、続けざまに目にも留まらぬ速さで、敵を乱切りにするのだ。


「これでどうだ・・・」


もうすでに、アポカリプスは五体満足の状態にはない。これでも動くのであれば、それはもう奇跡なのだ。そんな納得感が得られるほどにまで、団堂はアポカリプスを気が済むまで八つ裂きにしてやったのだ。


「さすが、団堂曹士。見事なまでに徹底した破壊だ。痛かった・・・。非常に痛かったぞ・・」


アポカリプスの胴体部分に与えた大きな剣創は、その肉をぱっくりと開いて、コクピットブロックにまでも貫通していた。団堂の一撃が中にいるサードに致命的な一撃を与えたことは、その光景からして明らかだった。


「サード、お前・・どうして生きている?」


その傷口から見えるサードの様子を見て、団堂は目を疑った。アポカリプスのコクピットブロック内は、執行官たる彼の血で赤く染まり、サード自身、死んでいてもおかしくない傷を負っている。いや、通常の人間がこれほどまでの傷を負ったのであれば、死んでいなければならない。生きていること、それ自体が異常なのだ。すなわち、サードは上半身と下半身をふたつに分けられてしまったのだ。そんな光景が、団堂の目にも飛び込んでいるのだ。


「確かにそうだな。こんな傷を負えば、以前の俺なら一瞬にして死んでいるだろうよ。だが、事実として、俺はこうして生きている。己の半身が分断されてもなお、こうしてお前と言葉を交わしているのだ」


地に落ちていたサードの上半身は、ふわりと浮かび上がって、団堂の方へと向き直る。団堂は、その不可思議な光景をただ呆然と見つめるだけだった。


「これこそがアポカリプスの力だ。執行官である私は、その永遠の力の恵沢を授かり、人にあらず外法生命体となったのだ。だからもう、なんぴともこの私を殺すことはできない」


そして、ばらばらになっていたアポカリプスの肢体がそれぞれ、ぷるぷるとしたみずみずしいリキッドタイプに形質変化して、胴体部分に結集する。まるで、時を高速で巻き戻しているかのようにアポカリプスは本来の姿を取り戻していく。


「自己再生か。させない」


団堂は、アポカリプスの再生が追いつかないほどの速さで、何度もこれを斬りつける。自己再生は、基本的に執行官のメンタルポイントを代償にしてなされる回復行為。だから、切りまくっていれば、いずれ執行官の方が先に死ぬことになる。


「無駄だ。アポカリプスの再生能力は、私の精神とは無関係に発動する。私のメンタル切れを狙うのは無意味だよ」


やはり団堂の思惑は外れたようだ。無限に再生するのでは、斬っても斬れない水を何度も斬るのと同じ不毛な行為だ。


「くそ!」


だが、あきらめきれない団堂は、粉々にすればあるいは斃せるのではと、アポカリプスを砕いていく勢いで切りまくった。


「何度やっても同じことだよ、団堂曹士。さきほどからそういっているのがわからないのか?お前はそんな馬鹿ではあるまい」


やはり無駄なようだ。どれだけ団堂がその肉を引きちぎったとしても、全て本体に還ってくる。たとえ、粉々にしたって同じだ。ならば、アポカリプスを破壊することでこの戦いに勝利するという戦法は採れないことになる。


サードは、うっすらと笑みを浮かべて団堂に対してため息をこぼす。


「お前では俺を斃すことはできない。永遠の力の前では、団堂も、袴田も無力な存在と化すのだ」

「くそ、これで終われるものか」


団堂は、めげることなく乱切りを繰り返す。しかし、機械的に再生が働くアポカリプスの力を前に、団堂のほうが疲れてきてしまうのだ。


「さて、もう気は済んだだろう。次は、いよいよ私の番だ」


アニミストによって破壊された身体が、まだ十分に再生されていないアポカリプスは、パン生地をこねてつくったような人型をしていた。そしてその両腕から、白い光の剣と黒い闇の剣が真直ぐに伸びる。まるでサーチライトのようなふたつの剣は、それぞれアニミストを照らすと、その通過点を切り刻んでいくのだ。


「何・・・」


光のようにあまりに短い瞬間で、団堂も何がおこったのかわからない。しかし、攻撃を受けてから数秒経過して、アニミストが異常を訴えたことにより、ようやく攻撃を受けたことを認識する。


「こんなものではない・・」


予想外の出来事に狼狽する団堂の隙をついて、アポカリプスが近接する。そして、両手から延々と伸びる白く細い光と黒く細い闇とを合成して、カオスを生み出す。両者が結合するエネルギーは、団堂の心を引きずり込むほどに大きいものであり、そのカオスに触れたが最後、生きてはいられないと思わずにはいられないほどだ。


「さようなら、団堂!!」


サードが咆えた瞬間、そのカオスは固形へと形質を変化させ、直ちに剣を形作る。それは、本体であるアポカリプスと同じ、クリーム色をした棒のような物体であり、オーガの筋肉を断ち切るほどの能力があるとは思えない。しかし、それはあくまで物理法則までの話だ。外法としての能力は未知数。そこに仕組まれた外法法則がいったい何なのか。一撃をもらえばそれでゲームエンドの可能性もある。アポカリプスはそれほどまでにおそろしい剣を持っている。


(避けられない・・・)


その正体不明のカオスの存在を認識するだけで精一杯であった団堂は、アポカリプスの攻撃を回避する余裕はない。まちがいなく、その一撃をもらうことになる。だから、団堂の背筋はゾッとしていた。

アポカリプスは、問答無用で大振りの一撃を加える。見事なまでのオーバーハンドブロウは、大きな弧を描いて、アニミストに対して盛大に降り注ぐ。団堂は、ダメージを最小限に抑えるべく、剣でこれを受け止めようとした。


「ぐあ・・」


だが、アポカリプスの持っている剣は、アニミストの持つ大剣型ニルヴァーナをすり抜けるようにあっさりとクリアし、本体を切断する。胸部に致命傷をもらったのだ。


「どうしてニルヴァーナが・・・」


団堂は、一応不完全ながらもガード行動に入ったはずだし、実際にアポカリプスはニルヴァーナを構えているアニミストに対して、カウンターを気にすることもなく思い切りきりつけた。そうであれば、アポカリプスの一太刀の重みがニルヴァーナを伝わって、アニミストの腕をじんじんと痛めつけるはずだ。渾身の一撃を叩き込んできたアポカリプスだって同じはず。

だが、そんな感覚など全くなく、アポカリプスの一太刀は、なんなくアニミストの胸部まで到達したのだ。本当に、あらゆる装甲をすり抜けてしまうように。これこそアポカリプスの特殊能力に違いなかった。


「まだまだいくぞ・・」


やつのあの剣の能力はなんなのだ。そんな疑問を抱いたままの団堂に対して、アポカリプスは容赦なくもう一太刀を振るう。


(あれは、ガードができない。なら、避けるしかない・・・)


団堂は、サードの空振りを誘って、タイミングを合わせてバックステップによる回避をする。


「甘い!!」


だが、そんなありきたりな緊急回避は当然にサードに読まれていた。突然にして、アポカリプスの剣のリーチがとんでもない長さに伸びたのだ。おそらく、この広い空間の端にまで到達するほどだ。そして、その通過点にいるアニミストは、無残にも右腕の肩部分を貫かれる。このままやつは、右腕を切り落とすつもりか。それはまずい。

完全に逃げ腰の団堂は、虚物となり、アポカリプスとは距離の置ける位置に逃げる。


「あいかわらず逃げ足だけは早い男だ。あの時も、こんな感じで袴田から逃げていたのか、団堂」


団堂に対して圧倒的優位に立ったサードは、彼を鼻であざけ笑う。団堂は、やはりなめられている気がしていい気分ではなかったが、今までの数回の攻撃を観察し、あの剣の能力を見抜くことができた。


「逃げる?どうして俺が、お前ごときから逃げる必要がある」

「お前ごときだと・・?」

「お前のその剣、おそらく分子結合を破壊する装置か。触れただけで、対象の構造維持機能をことごとく破壊するようだな。おそろしい武器だよ、まったく。どうりで、ニルヴァーナが真っ二つにされたわけだ」


団堂は、先ほどアポカリプスの一撃を受けたニルヴァーナを見せる。攻撃を受けた部分は、分子結合を破壊され、そこからニルヴァーナが折れてしまっているのだ。

それに加え、ガードバリアをかなり重ねがけしていたにもかかわらず、本体に深い剣創を作ってくれたあの剣の一撃は、分子結合破壊と考えなければ説明がつかない。分子は破壊するかしないかである以上、あの一太刀に攻撃力もクソもない。攻撃力とは無関係に触れれば対象を破壊するのであるから、ガードバリアはあっても意味が無いものとなる。


「さすがは団堂先生・・。よく、アポカリプスの力を見抜いたな。そこまでわかっているのなら、もはや隠す必要もない。そうだ、お前の言うとおり、これは分子結合を破壊する。よって、いかなる防禦も、このアポカリプスの前では無力」

「やはりそうか」

「だが、それを知ったところで何になる。いかに、最強の力と最強の鎧を持つアニミストといえども、アポカリプスを前にすれば、貴様にはこれを防ぐ術もなければ、これを破壊することもできない。この時点で貴様は負けているのだよ。団堂」

「なるほど。つまり、アポカリプスは用意周到で臆病なお前らしい能力を持っているわけだわな」


団堂は、しれっとサードを挑発する。


「貴様・・・」


当然にして、サードは憤慨する。頭に血が上った彼は、猪突猛進の勢いで、一気にアニミストの前にまで接近するのだ。


「いつもいつも偉そうにしやがってよ。特にてめぇは、俺のことを馬鹿にしやがって。だから、てめぇらは鼻につくんだよ。今すぐ、死ねよ。クソが!!」


無限の欲望を形にしたカオスが、真直ぐにアニミストを、そして団堂を絶命させんと襲い来る。これをくらえば、団堂曹士という人間は、極小の分子という欠片に換えられて空気中の塵と化してしまう。


「死ねぇ。団堂曹士!」


だが、団堂は避けようとしない。他方で、アポカリプスの痛恨の刃は目と鼻の先にある。

サードは、カウンターを気にすることなく、再びオーバーハンドブロウをする。まあ、それも当然だ。ガードはすり抜けられるし、カウンターをくらっても死なないのだから。少なくとも彼はそう思い込んでいる。


だが、サードの予想に反して、剣と剣とが交わる音が盛大に響いた。アポカリプスの剣は、分子崩壊をさせることなく、しっかりとアニミストのニルヴァーナとかみ合っていたのだ。


「なぜだ・・・なぜ、貫通しない・・」

「さあな、もっとも俺は、基本的なことしかしていないけどね、サード君。しかし、これがわからないようなら、また始めから外法学の勉強をやり直したほうがいいんじゃないか?」


明らかな動揺を見せるサードに対して、団堂はさらに馬鹿にしたような態度を採る。さっき、笑われたことが少し恨みに残っていたのだ。


「お前はいつも基本をおろそかにするから、どうせ俺のねらいは知らないだろうな。ちゃんと、基本を勉強している人間であれば、誰だって俺を斃せたぜ、サード。せっかく、いいオーガを持っているのに、もったいないな」


団堂は、カウンターとして、大きくアポカリプスを斬り払う。そのため、アポカリプスは勢いよく後方へとふっとんでいった。


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