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第52話  人として無価値。生きることすら無意味

心が消えていく。

目に映る世界が崩れていく。

ぐらぐらして、足元に何も存在しないかのような不安感。

酷い吐き気がする。

ほら、大嫌いなあいつらが向こうで手招きしている。

嫌だ。絶対に嫌だ。

あそこには逝きたくない。

幸せまで、あと一歩だったのに。

どうして・・・どうして、私の幸せは、こんなにも小さいものなのに、流砂のように指の隙間から零れ落ちていってしまうのだろう。

私は、ただ、人並みの幸せが欲しかった。

金も、地位も、名誉なんて要らない。

ただひとり、この心を理解してくれる人がいればそれでよかった。

それって贅沢なことなの。

求めてはいけないものなの。

その程度のわがまま、聞いてくれてもいいでしょう。

最初で最後の私のわがままなのだから。


でも、そこから得るものなんて何もなかった。結局、全てを失って、何もかもが終わった。きっと、あの人は、自分のことを見限ってしまったのだ。それもそのはずだ。自分のわがままはいささか無理難題なのだ。無理が通れば道理が引っ込んでしまう。

そんなこと、分かっていたはずだ。あの人の心の動きは、自分が誰よりも理解しているはずなのだ。当然、自分のしようとしたことを、あの人は意図していないはず。あの人は、人を憎むことなど知らない。あの人の辞書に憎しみはない。あの人はそういう人なのだ。だから、私のしたことに賛同してくれるはずはない。あの人なら、絶対に私を止めたに違いない。

でも、何かをせずにはいられなかった。心の奥底で沸きあがる衝動を抑え込むことなどできなかった。私は所詮、鬼に選ばれた憐れな少女。その宿命に抗うことはできない。ふきこぼれそうな憎悪の向く先にしたがって、何かをせずにはいられないのだ。


そして、その結果がこれだ。ただひとりの親友にも見放され、絶対的な力も失い、あとは死を待つだけの隔離病棟の患者みたい。憐れだ、憐れ。これが他人の人生なら爆笑ものだが、自分はまさに当事者である以上、全く笑えない。

本当に、酷い人生だ。神も仏もいないのだろうか。もしくは、それに準ずるものでもいい。人外の力で、人を救うことのできる存在はいないのか。この際、なんでもいい。助けて欲しい。

だが皮肉なことに、私の周りには、醜い鬼しかいないのだ。果たして、こんな人生があっていいのだろうか。

そんなはずはない。生まれてこない方がよかった、そんな人生なんて惨め過ぎる。

それなら、私は、なぜ生まれたのか。何のために生まれたのか・・・。

教えてよ。しーちゃん・・・。



(二)

東京大学上空


そこには、ルビーのような真っ赤な血液の色をした宝玉が5つきらめいていた。それらは、4本の巨大な槍の先端部分と、1本の両手剣の刃先にくっついて、太陽の光をさんさんと吸収して、この世のものとは思えない怪しい輝きを放っていたのだ。それはまるで脈打つ血の流れのように、なまなましい生命の鼓動を感じさせるヴィヴィット・カラー。

また、その4本の槍は、役目を終えた斬頭台のように、恐怖のシンボルとして静寂を維持しながら、ただ何もない宙に漂っている。そして、その処刑執行官たるオーガは、左手に不相応に巨大な両手剣をだらしなくぶらさげるように持って、呆然と立ち尽くしていた。


「まもる!」


団堂は、強大な敵であるアイアンメイデンを、そのパイロットを除いて、跡形もなく浄化して見せたのだ。団堂のアニミストを軽く踏み潰すほどの巨大なアイアンメイデンであったが、その大量質量にもかかわらず、徹底的な浄化を促すことにより、完全に滅した。

ただ、アイアンメイデンの執行官、沖まもるは、アニミストの巨大な手の平の上で目を閉じて横たわっていた。彼女の顔の色は、血の気が引いてしまったかのように真っ青であり、ヴァイタリティの欠片も感じることができない。


「しっかりしろ、おい!」


団堂は、コクピットから降りて、まもるの下へと向かう。アニミストの腕の上を走って渡るのだ。


「まもる」


彼は、倒れている少女を抱きかかえる。彼女に触れた途端、その身体の酷い冷たさに驚愕する。人のぬくもりを感じさせないどころか、まるで氷のように、触れるもの全ての温かみを奪っていくようである。


「おい!」


団堂は、彼女の頬を2~3発はたいた。それに促されるように、まもるの眉がピクリと動いた。


「・・・ん・・」


そして、彼女の目が次第に開いては、数回まばたきして、虚ろな瞳を覗かせてくれる。


「しー・・ちゃん・・・」


まもるは、完全に目を開くと、目の前にいる男に触れられていることを認識し、急にはっとするようにして、顔つきが厳しいものに変わった。


「私に、触るな!!」


まもるは、突然に団堂の腕を強く振り払って、飛び起きる。そして、バックステップで3歩ほど後退し、団堂とは距離を置く。


「まもる、もう戦いは終わったんだ。早く、戻ってこい。そんな身体で何ができる?」


それを聞いたまもるは、急に大声で大空に向かって笑い転げた。


「あはははははは。何が終わったって?まだ、これからよ。アイアンメイデンはなくなっちゃったけど、お前が生身の身体で私の前に現れてくれたおかげで、もう一度、お前を殺すチャンスができたんだ。だから、まだ終わっていない」


まもるは、なにかをセカンドポーチから取り出しては、無防備な団堂に護身用の小銃を向けた。それは小柄な女性でも容易に扱える銃器であり、その殺傷能力は相対的に低いが、この距離で急所をうちぬくのであれば大人の人間ひとりを殺すには十分なほどの威力はある。そうでなくとも、痛手を負わせたうえで、この地上20メートルほどある高所からこの男を大地に突き落とせば、十分に目的を達しうる。


「まもる・・・」

「ひゃははははははは。さようなら、団堂。一足先に地獄に堕ちな」


まもるは、ためらうことなく団堂に向けて、一発だけ撃つ。護身用なだけに、からっからの軽い銃声が、静かに冴えわたる広大な天空に寂しく響き渡る。それの爾後、団堂は少し呻いては、膝をついた。


「・・・・どうした・・・?」


団堂の左腕から、血が噴き出る。ぽたぽたと、重力に従って左の手を伝い、アニミストの手の平に彼の血が落ちる。


「俺を・・・殺すんだろう。そんなところ、狙ってもしょうがないだろ?それとも、俺を、殺せないのか・・・」


団堂は、苦痛に歪んだ声で挑発する。


「う、うるさい!うるさい!!」


彼女は、頭をぶんぶん振って、現実の結果から目を背けようとする。一番殺してやりたかった男を今ここで、簡単に殺すことができる。なのに、この自分に限って、この絶好のチャンスをものにすることができないとは、とうとう自分にもやきが回ったと思わずにはいられない。こんな大切なところで団堂の急所をはずすなどあってはならないことなのだ。

まもるは、当惑したまま目をぎゅっと閉じて、狙いを定めることすらせず、2発だけ撃つ。だが今度は、団堂にかすりもしない。


「まもる、お前はやっぱり・・まもるだよ・・。わかっているんだろう。あいつの気持ち。だから、迷っている・・・。そうなんだろう?」

「ちがう。私は、お前を殺したいんだ」


まもるは、団堂に再び銃を向ける。そして、その引き金を引くのだ。

だが、ブリキのぶつかるような乾いた音だけが響くだけで、何も起こらない。どうやら弾切れらしい。護身用なだけに、3発しか弾が入っていないのだ。それに気づかない彼女は、幾度か引き金を引くも、相変わらずおもちゃのような音が響くだけで、弾は出ない。しばらくすると、彼女の手は小刻みに震えだした。自分の無能さゆえに絶望し、もはや放心状態となっているのである。


「まもる、俺は・・お前になら殺されてもいいと思っている。俺のしたことが、お前をどれほど苦しめたのか・・・痛いほどわかるから・・・」


団堂は、負傷箇所を押さえてよろよろと立ち上がると、少しずつ、彼女との間合いをつめながら言う。だが、まもるからすれば、自分のことをこれだけ追い詰め、アイアンメイデンまでも消滅させておきながら、いまさらに殺されてもいいなどと抜かす、この男の矛盾挙動に苛立ちを隠せないはずである。


「なら、今、ここで死ねよ!!そこから飛び降りるなりして、今すぐ、ここで、死ね!!」


まもるは、無価値となった護身用小銃を放り投げて、強く喚き散らしながら大地を指差した。


「悪いな、今はまだ死ねない。でも、全てが終わったら、必ずあいつのところへ行く。約束する・・・あいつの親友との約束だからな・・・絶対に守る」

「ふざけるなよ・・・。お前の戯言なんて、いったい誰が信じる?どうせ、ひとりのうのうと生き延びて、幸せな人生でも送る気なんだろう?それじゃあ、しーちゃんが、かわいそうだよ・・。お前に・・・愛している人に信じてもらえず、殺されていった、しーちゃんが、かわいそうだよ」


まもるは、その場にへたり込んだ。そして、彼女の目から大粒の涙がこぼれ出る。もう、彼女はあらゆる手を尽くしたが、他にこの男を殺しうる手段も思いつかないのである。だから、悔しくて、やるせなくて、泣くしかなかった。


「まもる、俺はもう、幸せになんてなれないよ。一生不幸でいるさ」

「うるさい、口だけならなんとでも言える。お前の言いたいことを私に信じさせたいなら、そこから飛び降りて、死ね!!」


とはいえ、団堂も手の施しようがないのは同じである。まもるは、団堂の言葉に聞く耳を持たず、もはや何を言っても無駄だ。

彼もこの少女を救ってやりたいのはやまやまだが、当の本人にとっては、団堂に助けられるなど恥辱以外の何ものでもないはずである。

ふと、そのとき、ふたりを大きな影がつつむ。上空に光を遮るように、何かが現れたようだ。


『まもるちゃん』


まもるは、自分の親友と似た声の感じがする方を、とっさに向いた。すると、桐生亜季の乗る、鬼女アリスが来てくれたのだ。アリスは、アニミストの立っているすぐ傍に着陸して、アニミストが手を伸ばす先に重ね合わせるように、手を伸ばす。どうやら、団堂たちのところへ行くための架橋をしたらしい。


「さっきの、しーちゃんの偽者。お前まで、私を馬鹿にしにきたのか」


まもるは、親友の愛機を乗り回す、この偽者が気に入らなかった。そのため、絶望のため怒る元気もなかったが、残りの力を振り絞って、すさまじい形相でアリスをにらみつける。


「まもるちゃん、お願い。私の話を聞いて」


だが、亜季はめげることなく説得を続けようとする。そこで彼女は、アリスのコクピットを開扉して、上半身をのぞかせた。団堂はそこで見た亜季の髪型が変わっていることに気づく。すなわち、出撃前において彼女の髪の毛は腰まで伸びていたものであったが、それをばっさりと切り、肩にかかるぐらいの長さにしたのだ。それはまるで、妹の姿に酷似していたのだ。


「そんな・・・本当に・・・本当に・・・しーちゃんなの?」


まもるは、アリスのコクピットから出てきた女性の見目形を目の当たりにすると、目を皿のようにした。まもるから、亜季のいる地点までは多少の距離があるが、遠目に見れば、おそらくほとんどの人間が姉なのか妹なのか、全く見分けがつかないだろう。特に、精神的にやつれきっているまもるにとっては、どうしても亜季のことが妹の方に見えてしまうのだ。


「うん、そうだよ。まもるちゃん。私は、大丈夫だから。まもるちゃんはもう、戦う必要なんてないの。これ以上、辛い思いなんてしなくてもいいの。だから、一緒に帰ろう?」


亜季は、足元に気をつけながら、ゆっくりとまもるの下へ向かう。そして、亜季は、時折、団堂の方にアイコンタクトを送って、『あとはまかせて』という意思表示をしてくれた。


「しーちゃん・・・。本当に、本当に・・しーちゃんなんだね・・・」


まもるがほろほろ泣いている様子を見ると、彼女は完全に詩季が生きているものと誤信しているようである。そのため亜季のやり方が、団堂からすれば、まもるを騙しているような気がして気が進まなかったが、彼はそれ以外に有効な手段を思いつくに至らなかったため黙認する。

さっき、まもるの身体に触れてわかったが、彼女はもう長くは持たない。また、この至近距離で銃をはずしたことからも、彼女の視力はほとんど奪われつつあるのだろう。あの身体の冷たさは、限界をはるかに超える精神力を費消した証拠である。アイアンメイデンの維持コストが、遡及的に彼女の精神を蝕んでいるのだ。

そのため、まもるが、亜季が詩季であると誤信するのも、それはそれで好都合かもしれない。たとえそれが彼女を欺くような方法であったとしても、彼女を救ってやれる方法があるのなら、嘘も方便というもの。彼女が、亜季のことを本当に詩季だと思っているのなら、それを妨害する理由はなにひとつない。


「まもるちゃん。もう、いいんだよ。私のために、まもるちゃんは、まもるちゃんなりに、一生懸命戦ってくれたんだよね。だから、まもるちゃんの気持ち、痛いほど伝わったよ」

「しーちゃぁん・・・、わたし・・わたし・・・」


とうとう亜季は、まもるのすぐ近くまでやってきた。そのことは、亜季が団堂の近くまで来ていることを同時に意味しているが、髪を切った亜季は、団堂でさえ、彼女が妹にそっくりであると思ってしまうほどである。そのため、亜季がまもるに近づくにつれて、彼女から憎悪の焔が浄化されていくようになり、次第に気弱なまもるの表情へと戻っていった。そして、消えていく憎悪と反比例するかのようにぶわっと涙があふれ出る。

そして、亜季はまもるのすぐ目の前に跪いて、目の位置を合わせると、迷子の少女をあやすように微笑んだ。


「ありがとう。まもるちゃん。ずっと、私の味方でいてくれて。私のために、こんなに傷だらけになってまで戦ってくれて」

「ううん。ちがうの・・。本当は、しーちゃんのためなんかじゃない。本当は、私のわがままなの。しーちゃんのためにならないと分かっていたのに、私が、馬鹿だったから、団堂さんを・・・しーちゃんの大切な人を、殺そうとした・・・」


まもるは、ついに自分の気持ちを告白した。そして、親友に対して嘘をついていたことの後ろめたさで胸が一杯になってしまい、彼女の涙は留まるところを知らなかった。


「まもるちゃん・・・。本当に、泣き虫なんだから」


そして、亜季は、這いつくばるようにぐしゃぐしゃになっているまもるを、優しく抱いた。


「ごめん・・・ごめんね。しーちゃん・・・。私は、しーちゃんを盾にして、しーちゃんを、一番傷つけることをしてしまった。本当に、ごめんね」


そして、まもるは、亜季の胸で泣いた。涙も鼻水も、お構いなく亜季の服に垂らし放題である。


「いいんだよ。最後の最後で、まもるちゃん、踏みとどまってくれたんだから。みんな、無事だったんだから」


亜季は、まもるをあやすように、その背中を優しく撫でる。


「しーちゃん、こんな私を・・赦してくれるの?しーちゃんの想いを、踏みにじるようなことをした、こんな私を・・・」

「何言っているの。どんなことをしたって、まもるちゃんは、私の大切な親友なんだから。赦すに決まっているじゃない。まもるちゃんがいたから、私は、ここまで来れたんだよ。だから、まもるちゃんが思っている以上に、私は、まもるちゃんが、大好き」


亜季は、涙を浮かべた笑顔で言った。それを聞いたまもるは、強く、親友の幻影を抱きしめた。


「ありがとう、しーちゃん。私も、しーちゃんが思っている以上に、しーちゃんのことが、大好きだよ。だから、ずっと・・ずっと・・・しーちゃんのこと、見守ってあげる。ずっと、しーちゃんが団堂さんと幸せでいられるように・・。それが、まもるの、生きる意味だから・・・」

「うん、そうだね。まもるちゃん・・」


まもるは、改めて、親友の幻影の深紅なる瞳を見つめて、涙で琥珀のようになったきれいな瞳を覗かせて、微笑んでくれた。しかし、まもるが言い終わるころ、亜季を強く抱きしめていたはずの彼女の腕の力が急激に弱まる。そして、腕が使い物にならなくなってしまったのかのように、地に落ちた。


「まもるちゃん・・?」

「それで、よかったはずなんだよね。私のするべきことは、最初からすぐそこにあったのに・・・、遠回りしちゃったよね・・・。でもね、実は私、団堂さんのことが羨ましかったんだ・・。だって、しーちゃんを独り占めできるんだもん・・」


亜季は、そんな彼女に異常が発生しつつあることを認識し、切ない表情で、まもるの言い分を聞いてあげた。


「ああ・・・、私、なんだか、とても眠くなってきちゃった・・・。少しだけ、眠ってもいいかな・・。すごく寒くて、身体が言うことを訊いてくれないの。無理して、メンタルポイントを遣い過ぎちゃったのかな・・・。ざまぁみろ・・だね・・」


そして、今度は、まもるの瞼が重くなってきたようだ。瞳孔がとじられてしまったように、彼女の瞳は輝きを失っているのだ。


「ダメよ、まもるちゃん!私のこと、ずっと、見守っていてくれるんでしょう?やっと見つけた、まもるちゃんの、生きる意味なんでしょう?こんなところで、眠ったらダメ」


亜季は、強く、まもるの肩を揺さぶった。だが、とじかけている彼女の瞼が、再び持ち上がることはない。


「本当に・・・しーちゃんは・・・いつも、厳しいよね・・・。でも、私、すごくがんばったんだよ・・・。いっぱい・・いっぱい・・がんばったんだよ・・。だから、少しくらい・・休んでもいい・・よね?大丈夫、ほんとに、ほんとに少しだけだから・・・」


まもるの言葉はかすれつつある。そしていよいよ、まもるの首は据わらなくなってしまうようになった。亜季が、彼女の肩を揺さぶるたびに、彼女の小さな頭が大きく揺れる。


「ダメよ!まもるちゃん」

「えへへ・・・大丈夫・・・。目が覚めたら、また・・いつもみたいに・・しーちゃんのこと・・守ってあげられるから・・・だから・・泣かないで、しーちゃん・・・」


まもるは、だんだんと口を開かなくなり、最後の方は何を言っているのかよくわからないほどである。ただ、最後の力を振り絞って亜季の瞼に溜まった涙を、感覚がまるでなくなった手で拭いてあげるのだ。


「まもるちゃん!!」


亜季は、最後に一度だけ、彼女の肩を強く揺さぶった。


「しーちゃんは・・・私が・・・まも・・・」


まもるは、最後に笑顔を作った。だが、その作られた笑顔は一瞬で消える。そして、それ以降、まもるが動くことはなくなった。


「まもるちゃん・・・」


亜季は、まるで自分の親友を名残惜しむかのように、沖まもるの遺体を強く、抱きしめるのだった。



いま一度だけ問う。

生きる意味とはなんなのだ。

幸せを求め、足掻くことなのか。


ならば、彼女は『生きた』といえるのか。

彼女が最後に見つけた、自分の価値。生きる意味。

それは、既に履行不能だというのに、そんなことにも気づいていない。

そうだとすれば、彼女は無価値である。生きることに意味は無い。

なぜなら、彼女の価値実現が不能だからだ。

したがって、彼女は足掻いたところで、幸せが得られない。


よって、彼女は『生きた』とはいえない。


だが、彼女は最後に笑っていた。それでも、彼女が『生きた』とはいえない、といいきれるのだろうか。

いや、いいきれまい。蓋し、彼女は、最後の最後で『生きた』のだから。


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