第49話 第2次再生計画前準備手続
今日も太陽は、東の空から昇ってくる。
藍色の空を切り裂いて、オレンジ色の閃光が、墓標のような東京全域を照らす。母のように優しいこの光は、いかに憐れなこの瓦礫の山であろうとも、平等にその恵みをこの不毛な大地に降り注いでくれる。
この天の光は、絶望と共に生きる人々に、朝の訪れを告げてくれるのだ。
このように、太陽の動きは時間の流れを感じさせてくれる。どんなに世界が滅ぼされようとも、この時の流れだけは、絶対に変わることのない世界の真理である。人がどれほど足掻こうと、時間の流れは止まらない。世界を変えても、過去に戻ることはできない。泣いても笑っても、今日のこの瞬間は、もう二度と来ないのだ。
そして間もなく、今日この世界は、無くなる。今日が、この世界にとって、最後の日となるかもしれない。この世界が死んで、新たな世界が生まれようとしているのだ。
これを止められないのならば、自分を含めたこの世界は消滅する。
幸せも、後悔も、全て、虚物というプログラム的存在に還元され、この世界という一個の構造物ごと消し去るのだ。これを止めることができるのは、プロトオーガを用いる人間でありながら、オーガに相反するこの団堂曹士しかいない。団堂が敗れれば、世界は終わる。みんな死ぬのだ。
(袴田・・・。お前の親友として、俺はお前を止めてやる)
団堂は、東京上空を飛行する戦艦アガメムノンのブリッジから、オレンジ色の朝日に包まれる地上を見て、考え事をしていた。
現在の時刻は、6時23分。彼が起きるには、やや早い時間ではあるが、最終決戦を前にした緊張で、すっかり団堂の目は覚めていた。
先ほどから、何度か水分を補給しているが、やけに喉が渇く。この生理現象は、今の自分の精神状態を投影しているのだろう。
それゆえに怖いかと聞かれれば、確かに怖い。武者震いなのか、全身がガクガクと震える。なにせ、自分にこの世界の命運がかかっているのだ。しかも、相手はあの袴田である。その他にも多数の執行官がいる。正気の沙汰ではない。
だが、それでいい。それが、団堂に科された罰なのだから。死ぬことが十中八九確実と分かっていても、この身を粉にして、最後まで足掻いてやる。馬鹿な自分のせいで殺してしまった、あいつのために。あいつの願った世界を創るために。
「こら、曹士。なにぼぉっとしてんの?」
しばらく窓の外の様子を見つめていた団堂は、ノートのようなもので頭を軽く叩かれることで、自分の現在おかれている状況を再認識する。
「社長・・」
緊張に心をやられている団堂を気がかりに思ったのであろうか、弥生遼子が団堂に声をかけたのだ。
「あんた、本当に大丈夫?」
「少し、緊張しているだけです。問題ありません」
「そう。まあ、言うまでもないだろうけど、今回の戦いは今までで一番厳しいものになるわよ。きっと、あの3人もくるだろうし・・」
弥生も、窓の外に目をやって、寂しそうに言った。あの3人とは、辰巳春樹、グレイ、沖まもるのことである。
「倒すべき敵は、余りにも多くて、強大です・・」
「仮に、あいつらがあんたに牙を向けたとして、曹士、あんたにあの子達を殺す覚悟はある?」
「・・・」
団堂は、一瞬、答えるのをためらった。やはりかつての仲間である以上、殺したいわけないからである。
「あいつらのオーガは人工物との混合体であるとはいえ、立派なオーガよ。生半可な覚悟で臨めば、あんたでも負けるわ」
「それはよくわかります。なにせ、ずっと、一緒に戦ってきた仲間たちですからね。あいつらの強さは、俺がよく知っていますよ」
「分かっているのなら話は早いわ。なら、頭のいいあんたなら、この先何がどうなったとしても・・・わかっているわよね?」
団堂は、ゆっくりと頷いた。
「そう、それでいいの。あんたが、あいつらを殺さなくてもあいつらは結局この世界と一緒に死ぬ運命なの。変わってしまったあの子達を救えるのも、あんたしかいない。だから、せめてあんたが、あいつらに止めを刺して・・・助けてあげて」
弥生は、団堂の肩にずっしりと手をかけた。
「はい・・・社長」
団堂は、気のない返事をした。そんな団堂の様子を見た弥生は、軽いため息をつくと、少し笑顔になって言う。
「まあ、あんたの帰ってくるところは、ちゃんと守っておいてあげるから、安心していってきなさいな。期待してるわよ、曹士」
「先輩の言うとおりよ、団堂君」
「うわっ!!」
団堂の後ろから、艶めかしき声が突然に聞こえたので、団堂は変な声を出してしまった。もっとも、こんな声を団堂に出させることのできる人間はひとりだけである。
「おはようございます。団堂君、先輩」
団堂が後ろを振り向くと、亜季が戦闘用スーツに着替えてちょんと立っていた。妹とは異なり、非常にグラマラスな体型をしているにもかかわらず普段は落ち着いた服装をしている亜季ではあるが、今日に限っては、ボディラインがくっきりと出てしまう過激なスーツに身を包んでいるので、男たる団堂はこれを直視することができない・・・。が、思わずこれをちらちらと見る。
「亜季さん、その格好って、まさか?」
「ええ、団堂君。私も最後まで戦います。あの子の乗っていた鬼女アリスの修補が完了したようなので」
「アリスで出るんですか?アリスは、執行官の精神を吸うんですよ?」
「大丈夫。あの子ができて、私にできないはずがないもの。それに、私もあなたの助けになりたいの」
「はあ・・・」
「それより団堂君、どうしたの?様子が変よ。やっぱり、緊張しているのかしら?」
亜季は、団堂の挙動不審な行動をまじまじと見つめてくる。
「ええ、まあ、そんなところです」
団堂は、原因は貴女にあるとは、口が裂けてもいえなかった。
「緊張なんてらしくないわね。団堂君は、最強なんだから、自信もってね。それとも、私に何か求めているのかしら?先ほどから、目が教えてくれているわよ」
亜季は、やはり自分の格好を男に見られるのが恥ずかしいようで、少し顔を赤くして言う。どうやらばれていたようである。
「そ、そんなことよりも・・・。無理はしないでください。貴女が無事でなければ、意味がありませんから」
団堂は、慌てて窓の外へと目を逃がし、取り繕う。
「団堂君。あなたが失敗すれば、私だって死んでしまうのよ。だから、私だけ特別扱いっていうのは無し。いくら団堂君が無理するなって言っても、私は命をかけて戦うわ」
「そうでしたね・・」
「だから、あなたは私のことなんか気にしないで、自分のやるべきことに集中しなさい。あなたの足を引っ張りたくないもの」
「そ、亜季のいうとおり。こっちはどうにでもなるから、曹士は申立人の殺害。それだけを考えてちょうだい」
弥生は、馴れ馴れしく団堂をチョークにかけるように抱き込んで、それだけを伝えると、さっさと秘書の方へと行ってしまった。
「うわ、社長、香水臭い・・」
抱き込んできた弥生のぬくもりが、団堂の付近を濃密な香りを伴って、いまだに漂っている。最終戦だというのに、不謹慎な人だと思う団堂。
「ふふ、先輩も相変わらずなのね。じゃあ、私も・・・」
そんなふたりのやりとりを傍らから見ていた亜季は、不敵な笑顔を浮かべて、団堂のすぐ目の前に立った。弥生のぬくもりと入れ替わるように流れてきた、また別の亜季のぬくもりが、団堂を包み込む。
「あの・・・亜季さん?」
「がんばってね、団堂くん・・・」
亜季は、団堂の頭を優しく引き寄せて、キスをしてくれた。
何秒くらいしただろう。これはすでに、社交辞令の域を超えている。
「・・・」
ようやくにして、亜季は団堂の唇から離れる。
団堂は、突然のことで頭が上手く働かなかった。ただ、後ろめたい気持ちで一杯であったことだけは確かであり、天に向けて心の中で懺悔したのだ。
「じゃあ、私は、先に行くわね」
そんな団堂の苦悩も露知らず、亜季は恋する乙女のように満面の笑顔を浮かべて、機嫌よく行ってしまった。
団堂が、しばらく亜季の行く先をぼぉっと眺めていると、突如、警報が鳴り響き、彼もようやく正気に戻る。
「理事長。まもなく東京大学の上空近辺に到着します。突入の準備を開始してください」
「曹士。聞いてのとおりよ。覚悟はいいわね」
「は・・・はい」
団堂は、慌ててアニミストのところへと戻ろうとする。すると、誰かが変な声を挙げた。
「うわっ!あれ?ちょっと待ってください。この反応は・・・鬼女メイデン?まさか、まもるさん?」
団堂も、いったん皆とともに、窓の外に目を向ける。
「うそ?あれが、メイデンだなんて・・。あんな大きい化け物が、メイデンのはずないですよ」
そう、団堂たちが向かうその先には、巨大なオーガが仁王立ちするかのように待ち伏せをしていたのだ。それは分厚い鋼鉄の装甲に身をつつんだ、大地のようなオーガである。
おそらくは、目測でもこのアガメムノンよりも巨大なオーガである。
「いえ、あれは間違いなく鬼女メイデンを含みます。そしておそらく、敵のプロトオーガアトラスと融合したものでしょう」
団堂は、あの巨大なオーガにつき、思い当たる節はひとつしかなかった。それは、高等執行官アトラスである。あれほど巨大なプロトオーガはアトラスくらいのものである。しかし、メイデンの部分も認められる以上、オーガとオーガスの融合を果たし、最高執行官になったのであろう。
(フォースか・・・。まもるを取り込んで、より強大な力を手に入れたか・・・)
そして団堂の頭には、非常に優秀な教え子であるフォースが浮かび、この少女がメイデンを吸収したにちがいないと推論した。なぜなら、アトラスにメイデンが敵うことなどありえないと考えたためである。
ところが。
「みんな、久しぶり・・・。早速だけど、団堂はいるかしら?」
団堂は、その巨大なオーガから聞こえた声が、フォースのものではなく、まもるのそれであったがために驚愕する。
「この声、まもるなのか?」
「そう、私は正真正銘、あのまもるよ。そして、あなたをずっと待っていたの。団堂曹士」
まちがいない。若干、キャラ変わってるが、この声調は間違いなくまもるのそれである。
「メイデンが、フォースのアトラスを斃したというのか・・」
「そういうこと。フォースは、この私が殺したわ。まあ、そんなことよりさぁ、みんな、見てよ。この子」
まもるは、自分の乗る巨大なオーガに注意を向けさせる。そうすると、新しい洋服のお披露目でもするかのように、その巨大なオーガは宙に浮いて、360度回転する。
「この子が私の優秀なオーガ、アイアンメイデン。どう?すごいでしょう?」
団堂は、確かにすごいと感じざるを得なかった。どこまでこのアイアンメイデンは、憎しみに支配されているのだろうか、彼にも全く想像がつかない。その重々しい憎悪のヴェールは、この世界の全てを呑み込んでも足らないほどである。
「まもる・・君は、そこまで・・・」
「ご理解いただけたかしら?」
「・・・」
できれば理解なんてしたくない。どうして、あの優しい彼女がこうなってしまったのか。いつも、後ろで団堂たちを見守り、あいつをいつも後ろから支えてくれていた、あのまもるが、こんな存在に成り下がってしまうなんて。
「・・・理解したのなら、さっさと来いよ。クズ野郎。私はお前を血祭りに上げたくて、ずっとここで待っていたんだからさぁ」
まもるがそういうと、同時に、アイアンメイデンの主砲がアガメムノンへと向けて、放たれる。かつての仲間もいるというのに、彼女は全くためらう様子も見せずに撃ったのだ。
「団堂を匿っているあんた達も同罪だ!死ね!!」
「アニミスト!!」
団堂は、顕現的虚物化により、アニミストを起動させ、瞬く間にその中に入り込み、アガメムノンの盾となる。瞬時にアニミストは出しうる限りのバリヤを張って、その砲撃の威力を相殺する。だが、有り余るほどの憎しみの業火は、アニミストの防禦能力を上回って、その身を焦がす。だが、こちらも死者たちの力の総力を用いて、全てを焼かれることのないように耐えるのだ。
「くっ・・・」
「団堂君!!」
亜季の声が聞こえる。どうやら、彼女たちは無事のようであり、団堂は安堵する。
それにしても、あのメイデンからこのアニミストの防禦能力を大きく上回る攻撃が放たれたのだ。こんなこと、信じたくもない。
「きたきたぁ。フォースの残留思念が教えてくれる。それがお前のオーガ、アニミスト。そして・・・」
まもるは、胸が詰まって一瞬間をおいた。
「そして、しーちゃんを殺した、最低のオーガだぁぁぁ!!」
まもるは、団堂に対して、後ろ指差すかのように、弾劾するかのように叫んだ。
「まもる。お前は、俺が止める・・・。これ以上、あいつを苦しませるわけにはいかないんだ」
第18話の2を冗編として新たに設けましたので、お気づきでない読者の方は宜しければ御閲読下さい。