第47話 わが理想
―東京大学本郷キャンパス―
団堂曹士は、自分の雇い主である弥生遼子から、大仕事の前の最後の休みであるからどこか好きな場所へ行ってこいと休暇を命じられた。そのとき、彼は弥生からお小遣いとして1万円の交付を受けた。
彼は受け取った1万円の絵柄をじっと眺めながら、果たしてこれからどうしようかと思慮にふけってしまう。団堂にとって、これといって休暇を取りたい理由もなく、その必要性もなかったからだ。しかし、滅多に休みなど与えない人使いの荒い彼女のせっかくの申し出であるからと、団堂はこの機会を積極的に利用することにした。
そして、そんな団堂が結局訪れたのは、彼にとっての母校である東京大学であった。もっとも、ここにどうしても来たかったわけではない。ただ、なんとなくである。相棒アニミストと一緒に空を飛んでいる最中に、ここの建物が偶然目に留まったから、なんとなく懐かしくて降りてしまっただけである。
(ほんとにここもボロボロになっちまったな)
巨大なオーガが踏みつけていった庭や、倒壊させられた校舎などがそのままの状態で放置されており、瓦礫の上に生育する雑草の長さから、破壊から相当の年月の経過も感じられる。まるで、ここら一帯は自然へと還元されてしまっているようなのだ。それは、なんぴとにも盛者への滅びを感じさせ、浮世のはかなさを歌わさずにいられない。ましてや、それがわが母校である団堂にとってはなおさらであり、涙さえ滲んでくる。
(でも、ここに俺はいたんだ)
一度、破壊されてしまった団堂の記憶ではあるが、ここでの学生生活はよく覚えている。超一流の国立大学に現役で入学し、彼の将来は薔薇色に輝いていた。民間も、国家公務員も、大学研究者も、より取り見取りである。若かったあの頃は、さすがの団堂も鼻の高い天狗のようであった。
もっとも、団堂の大学生活は一般的な男子学生と同様、どうしようもない学生生活ではあった。講義は出ないか、出ても寝ているかで、我ながらろくでもない学生生活であると恥ずかしくなる。しかし、それでも不思議なことに成績は飛びぬけてよかったのだが。
(まだ、図書館は残っているだろうか)
団堂は、さらに大学の奥へと進む。石畳の隙間から頑張って生えている雑草を踏みつけながら、遺跡のようになってしまった大学の内部へと進んでいくのだ。
それにしても、校舎内も酷いものだ。天井がすっかりなくなってしまい、れんがが廊下の至るところに落ちていて、ここにも雑草が棲みついてしまっているのだ。
それだけではなく、なぜか割れたビール瓶がいくつも転がっており、これで殴り合いでもしたのではないかと思われる。おそらく、この中は不良どもの集会か何かに時々利用されているようだ。しかも、誰が書いたのかは知らないが、ボロボロのコンクリート壁には『共産党万歳』なる落書きが赤いチョークのようなもので書かれており、こういうところは東大らしい。
(袴田と会ったのも、ここなんだよな)
ふと、団堂がこの廊下を見ていると、袴田とよくここを往復したことを思い出す。なんとなく気が合って、早い頃から仲良くなったのが袴田馨である。そのため、悪友としてよくつるんでいたものであった。彼はもともと心の優しい、穏やかな性格をした男だったと記憶している。それでいて、国をよくしたいという確固たる使命感を持っていた男でもあった。優しさと強さを兼ねそろえた、非の打ち所の無い人間であったのだ。それゆえに、団堂自身、袴田をライバル視するとともに、これには一目置いていた。
そんな袴田が、ある日、外法学にのめりこんでいく。それにつられるように、団堂も外法学を学ぶことにしたのだ。それにより団堂らは、次第にその人智を超えた力に魅せられていく。
それと同じくして、穏健であった袴田の政治思想は、タカ派的発想を取り入れてく。いや、タカであるのであれば、まだ幾分ましである。彼は、やがて鬼そのものになり、窮極的には、世界そのものを破壊してしまうというチャプター9の適用を思い至るのであった。誰よりも優しい心の持ち主であり、誰よりも世界の平穏を願った袴田は、世界の破壊を目論むようになってしまった。彼はすっかりと変わってしまったのだ。それはまるで別人であるかのように。
(俺は、袴田の目を覚まさせてやらないとな)
袴田の優しい心を喰らっていったのは、他でもない。あの最高執行官アムネシアである。最初にして、最強のプロトオーガ。プロトオーガの中のプロトオーガ。
そのアムネシアを破壊し、袴田を救い出せば、自分の役目は終わる。
そんなことを考えている間に、団堂は図書館跡地の付近へ到着した。本棚がドミノのように盛大に倒れており、分厚い本がいたるところにばら撒かれている。そこはもはや、ゆっくりと読書を楽しむ場所ではないのだ。
ところが、そんな人の訪れるはずのない図書館から人の気配がした。間違いない。乱雑に床にばら撒かれた紙を堂々と踏みつける音がするのだ。ただでさえここら一帯はオーガの巣窟と化しているので、人がいることそれ自体、大変異様なのである。だから、団堂はおそるおそる中の様子を窺う。
だが、団堂がちょうどひょっこりと顔を出したところで、中の人物と目が合ってしまった。
「お前・・・」
「団堂。君も来ていたのか」
その男は、つい先ほどまで団堂の回想にも登場していた、団堂にとって最大の敵、袴田馨である。団堂はそれがあまりに唐突だったので、反射的に壁の裏に隠れてしまった。しかし袴田は、宿敵が目の前にいるにもかかわらず、団堂の方を一瞥すると、再び呑気に読みたい本を選び始めた。
そのためいつになっても袴田が近づいてくる気配がしないので、団堂は思い切って身を乗り出した。相変わらず袴田は、本をじっと選んでいて害意の欠片も感じられない。
「お前、なんでこんなところにいる?」
「卒業生が母校を訪れちゃいけないのかい」
袴田は、本棚から何かを探すのに夢中で、まるで団堂を相手にしていないかのように返答する。そのため、団堂は少しむっとして、袴田のほうへと向かう。
「俺が聞いているのはそういうことじゃない。お前は第2次再生計画のため、こんなところにいるはずがない。にもかかわらず、なぜこんなところで呑気なことをやっているんだ」
「なんだ、団堂。俺を心配してくれているのか?」
「ふざけるな。俺はお前のことを殺したくてたまらないんだ。間違っても、お前の心配をするなどありえない」
団堂は、胸に忍ばせていたハンド・ガンを、袴田へ向け、照準を合わせる。それを見た袴田は、なんだか苦笑して、手にしていた分厚い本を棚に戻した。そして、あらためて団堂の方を向く。
「団堂。今を生きる愚かな人間どもの最大の不幸とは何だか分かるか?」
「さあな。お前が生まれてきたことじゃないのか」
「・・・」
袴田は、団堂のいやみに出鼻をくじかれるも、再び本棚に目をやって言葉を続ける。
「これだけの書物がありながら、読書の楽しみを知らないことだ」
それを聞いて団堂は苦笑した。昔、ふたりで似たような趣旨のことで共感したことを思い出したからである。
「それは、俺とお前くらいの特別の趣向だ。必ずしも全員が不幸なはずがない」
「ちがうな。ここでいう読書とは、字図らを追うことだけではない。深い教養を得ることを示している。つまり、教養を得、自己を成長させることの喜びだ。これは何者にも眠る至高の喜びなのだ。この喜びに気づかない人間は、憐れでしょうがないよ」
「なるほどな。要するに、成長を止め、あとはただ腐っていく人間たちは不幸のどん底にいる。だから、チャプター9で救ってやろうというわけか。その論証は耳が腐るほど聞いた。それこそ余計なお世話なんだよ。お前のやろうとしていることは、ただの虐殺だ。絶対に赦されるものではない」
「そうか・・・。ならば団堂。俺をここで撃ち殺してみろ」
袴田はそういうと、無防備な呈を曝け出して、団堂のほうへ向き直った。団堂は、袴田を簡単に殺す絶好の機会であると理解しながらも、引き金を引く気には全くなれない。いくら最大の敵とはいえ、もともとはすばらしい友人であった袴田である。だから、団堂は心に大きな迷いが生じているのだ。
「どうした?撃たないのか、団堂。君によれば、俺は悪なのだろう。ならば、この悪の化身を滅ぼしてみろ。お前は俺を殺すために、4人もの教え子たちを手にかけてきたのだろう?ならば、俺を殺すのも、その延長のようなものではないか。それとも、いまさら躊躇しているのか」
今、袴田の頭部を打ち抜けば、ほぼ間違いなくこの男を殺すことができる。だが、引き金を引けない。袴田は、こんなにも団堂を挑発しているのに、ずっと殺してやりたかった相手なのに、団堂はこの絶対のチャンスを前に何もできないのだ。
「くそ、なんで撃てないんだよ」
団堂は、思い切り引き金を引こうとする手に力を入れるも、まるで金縛りのように動きを縛り付けてしまうため、腕がプルプルふるえるだけなのだ。
「団堂。君に俺を殺すことはできない。君は、俺以上に優しすぎるからな。だから、無理はするな」
袴田は、優しい微笑みを浮かべつつ、当惑する団堂の目の前まで近づき、彼の持つ銃に手を触れた。
「団堂。今からでも遅くはない。再び、俺の右腕になって、この世界を作り変えていかないか。そうすれば、今まで君がしてきたこと全てに目を瞑ろう。浦和のこともそうだ」
浦和のこととは、団堂の叛逆行為が開始された事件のことである。彼は、手始めに浦和拠点から破壊することとしたのだ。もっとも、次に行く前には袴田に察知され、見事にやられてしまったのだが。
「世界を・・作り変える・・?」
「そうだ。俺たちが学生の頃、よく語り合った理想の世界だ。よく働き、鍛錬を怠らないものだけが全てを得ることのできる世界。皆が世界のための歯車として、文明を高め合っていく世界だ。逆に、何もせずのうのうと生きていこうという連中は全てを失う世界。そんな世界がすぐそこまで来ているのだよ。団堂」
「俺の理想の世界・・・」
「この世界の人間どもは、皆、死んでいるも同然だ。チャプター9で彼らの息の根を止めてやることこそが、真の慈愛というものではないのか。お前が命をかけてまで守る価値など、この世界には何一つない」
袴田は、団堂の銃を納めさせ、その肩に手をおいた。そして、諭すような表情で、彼を見つめるのだ。
「あはははははは」
だが、団堂は、突然に大声で笑い始めた。笑いが全然止まらなくて、さすがの袴田も鳩が豆鉄砲をくらった様な顔になってしまう。
「何がおかしい?」
「確かに、お前の言うとおり、俺もこの世界の連中を見限っていたさ。どいつもこいつも、同じような面をして、同じような行動をコピーして、何のために生きているのかすらよくわからない連中ばかりだ」
「・・・・・」
「だがな、俺はそんな馬鹿な連中が好きになった。俺たちからすれば、腐ってるような連中でも、必死に悩んで、足掻いて生きてるんだ。そして、そこにあるたった1パーセントの搾りかすみたいな幸せを探しているんだよ。俺が記憶を失って、いろんな世界を見ていくうちにいろんな馬鹿からそれを教えてもらった。もっとも、それがどれほどの意味を持つのか、お前には到底理解できないだろうがな」
「そんなもの理解する必要がない」
「だろうな。お前にこれが分かるはずもない。だが、今の俺にはよくわかる。俺は、そいつらの1パーセントの幸せってものを2パーセントにでもできればいいんだ。一番の馬鹿が、自分の幸せも省みないで、自分の力で少しでも世界をよくしようって、本気で願ったんだ。なのに、俺たちがそれをあきらめて、この世界そのものを否定するのなら、この先いったい誰がそれを成し遂げられる?お前のやろうとしていることは、結局困難から目を背け、安易な道に奔るようなもの。つまり、お前は馬鹿以下なんだよ」
「俺が、馬鹿以下だと・・・」
「そうだ。だから俺はお前の考えは絶対に認めない。お前の計画を絶対に阻止して、チャプター9を終わらせてやる。あいつが願った、最高の世界を創るために」
袴田は、心底がっかりした表情を見せて、2~3歩後ずさりした。そして、切り裂くような細い目で、団堂をにらみつける。
「そうか、それが君の答か、団堂。君には失望した。君はもっと利口な人間だったと思っていたが、やはり一般大衆と何ら変わらない、成長を止めた死人だ。結局何も分かっていないのだよ。君は」
「なんとでも言え。誰がなんと言おうと、俺はお前を止めるだけだ」
「わかった。ならば、もう何も言うまい。君が邪魔をするのであれば、俺はこの絶対の力によってそれを排除するだけだからな。君も知っているように、アニミストでは、俺のアムネシアを斃すことはできないのだから」
「それでいいんだ、馨。じゃあ、俺はもう行くぞ。最後にお前と話ができてよかった」
団堂は、手にしていた銃をしまい、踵を返して立ち去ろうとした。
「団堂!」
だが突然、団堂の背中に向けて、袴田が呼びかける。それによって、団堂は歩を進めるのをやめた。
「第2次再生計画は、3日後、この東京大学で執り行う。これを阻止したくば、ここに来い」
「袴田?」
「勘違いするな。チャプター9は、ひとりの債権者しか生き残ることができないのがルール。あくまで、当日にお前を殺しに行く手間を省くためだ。だから、俺の計画を阻止したいのなら、逃げずに再びここに来い」
そのときの袴田の話し方は、昔の誠実だったころの彼そのものだった。それが団堂にとって、なんとなくうれしかった。
「わかった。3日後、必ずお前を殺してやる」
「俺もだよ。団堂」
団堂は、キザに手だけ振って、一度も振り向くことなく去っていった。
(二)
―福岡拠点―
ここは九州最大のオーガの聖地、福岡拠点である。例によって、拠点の付近は相変わらずオーガどもの巣窟と化していた。
ところで、そのような福岡拠点の上空には、鮮やかなピンク色をした妖魔がおり、下界の様子を見下していた。それは、辰巳春樹の駆る鬼女セアトである。
「ここに帰ってくるのも久しぶりだな・・・」
辰巳はもともと、ここ福岡県で生まれ育った人間である。ただ、彼女が生まれ故郷を懐かしむには、そのふるさとはいささか荒れ果てすぎていたのである。いまはもう、オーガたちによって十二分に蹂躙されており、どこがどうなっていたのか、その手がかりでさえも木っ端微塵となっている。
「パパ、ママ・・・。アタシ、帰ってきたんだよ・・・」
もっとも、壊滅したここら一帯のどこかに、自分が住んでいたことだけは確かである。そう、彼女の実家周辺は、まさにユグドラシルの転送拠点に選ばれてしまったのだ。
辰巳はそのころ、東京の特別な専門学校に通うため、上京していた。だから、ここでオーガたちの襲撃に遭うことはなかった。ただし、東京において襲撃を受けたのは彼女も同様である。
そのような危難をなんとか生き延びた彼女は、ニュースで自宅周辺がとんでもない襲撃を受けていたことを知り、すぐに親の安否を確かめることにした。
だが、連絡はつかない。折り返して電話をくれることもない。一方で、訃報を告げてくれる人もいない。つまり、両親の生死は不明となってしまったのだ。また、両親は法律上も、失踪宣告の確定により死亡したことにされている。そうするとこの場合、死んだと考えるのが最も自然であろうが、生きている可能性がゼロではない以上、どこかで必ず両親が生きていると信じるしかなかった。だから、辰巳は本気で両親がまだここにいると思い込んでいるのである。
目の前で、友達を全員失って、そのうえ心の支えである両親まで失うとすれば、彼女の心は壊れてしまうのだ。本当は、辰巳春樹という女性の心は誰よりも脆い。
彼女は、その心の琴線が誰よりも繊細であるが故に、自分の心を探られるのを嫌う。だから、あえて明るく馬鹿みたいに振舞う。他人に入られるくらいなら、自分から入っていって荒らしてしまえばいい。
攻撃こそ最大の防禦。相手に自分の心を覗き込む隙を与えない。それこそが、辰巳春樹を辰巳春樹のままでいさせてくれるための、彼女なりの処世術なのである。
「でも・・・もういいんだ。実際に帰ってきて、ようやくわかった・・・」
しかし、自分を騙し続けるのも、もう限界であった。いくらなんでも、この光景を見てしまうと、全てを諦めたくなる。この光景はなんとなく予想していた。だからこそ、彼女はここに帰りたくはなかった。
「パパ・・・。ママ・・・・」
辰巳の脳裏には、まだ鮮やかにふたりの笑顔が想起される。そこそこ自分のわがままも聞いてくれて、優しい両親。この世で一番、大切な人たち。父と母を守れる力を得るため、彼らが死んでいるとも知らずに、今まで必死に鍛錬を積んできた。全ては、もう一度家族みんなで安心・安全に暮らしていくため。だが、それはもう不可能であると確定する。今までの努力は全て水の泡。ご愁傷様でしたという他ない。
「蛾ァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
辰巳は、声にならない声で精一杯、叫んだ。叫んでも、叫んでも、悲しくてたまらない。この心の渇きは全く癒えないのだ。自分はいったい、何をしてきたのだろう。原点回帰してみても、何の答もでやしない。何もやっていないのと同じなのだ。自分なりにはがんばってきたつもりではあったが、結果的には無価値。
「パパァァァァァァァ!!!」
そのとき、突如としてセアトが暴走を始めるのだ。
ドクン、ドクン、と辰巳の鼓動に合わせて、セアトのメンタルスフィアが同調する。すると、次第にその色が青き焔へと変わっていく。
セアトの巨大な右手は、木の根のように枝分かれして行き、大地にその根を下ろそうと、すさまじい速度で成長する。無数に分岐したセアトの右腕は、大地を這いずり回るオーガたちに的確に降りかかる。その根は、オーガの肉をことごとく貫きながら、大地に埋め込まれていく。そして、その根を伝い、九州の広大な大地に異常重力を発生させる。
「ママァァァァァァァ!!!」
大地が爆砕する。異常な重力が、この大地に立つ全てのものを地獄へ引きずり込もうとする。無数のオーガたちの肉をミンチ状へとすりつぶし、地上の瓦礫をさらに粉末へと粉砕する。仮にここに、彼女の両親が生存していたとしても、これでは間違いなく死んでしまうだろう。だが、そうだとしてもそれでよい。この一撃は、過去との清算の兼ねている。もう、この世に存在しないのなら、こうして完全にぶち壊した方が諦めもつくし、何よりも潔い。それに、故郷を蹂躙したこのオーガどもを一掃してやる必要がある。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
セアトはまだ止まらない。広範囲に枝分かれしたその右腕の原状回復能力を利用して、一瞬のうちに、その腕が突き刺さっている大地へと降り立つ。着地地点には、赤い肉がごろごろと転がっており、なんとも惨たらしいありさまである。
だが、辰巳もセアトも、そんな光景を見ても何も感じない。ただ屍の道の上を、べちゃべちゃ踏み歩きながら、前を目指す。目標は、前方のユグドラシルである。
もっとも、ユグドラシルも先ほどの異常重力攻撃の直撃を受けたため、外殻が崩壊し、中身が飛び出ている。あと一撃でも食らわせてやれば、おそらく機能を停止するに違いない。この赤きオーガ、ユグドラシルさえ消えれば、故郷を陵辱するものたちも皆、消えてなくなるのだ。
全てはこの一撃で終わる。これで平和な生まれ故郷に本来的な意味で帰ることができるようになるのだ。
「みんな、きえろぉぉぉぉ!!!」
セアトの右腕が、再びおそろしい速さで伸びる。ユグドラシルに向かって、ただ一直線に伸びていくのだ。
だが。
ユグドラシルの少し手前。なにものかが、その空間を引き裂いて、セアトの右腕を異次元の彼方へと吸い込んでいってしまう。気づいた頃にはもうおそい。次元の歪みは瞬時に閉じられて、異次元の中へ入っていってしまった腕の一部分はもう帰って来れなくなった。他方、空間という絶対的な切断機により、セアトの右腕が一部分ごっそりと切り取られてしまうのだ。
『そう簡単には、通しませんよ』
何処からともなく声が響く。聞き覚えのある、甘い声。
すると、直ちにセアトの前方の空間が切り裂かれ、こじ開けられ、中から灰色のオーガが現れる。
空間を無数の細い腕でこじ開けながら、ずるずると現世に這い出るものがあるのだ。それは次元を自由に操るという、おそろしい能力を持つ異質なプロトオーガ。戦災を司り、敬うべき神を形式的に象った邪悪な魔神。それは、高等執行官アスラである。
『ユグドラシルを破壊するのは、この私を斃してからにしてください。辰巳春樹さん』
「どけ・・・」
『春樹さん?』
トゥワイスは、目の前の少女の異常に驚きを隠せなかった。あの青いメンタルスフィアを見れば分かる。完全に覚醒したらしい。それは、さすがのトゥワイスでも予想外の成長振りであった。
「どけっつってんだぁぁぁぁぁ!!!」
セアトの腕が、緑色の毒液を撒き散らしながらアスラへと向かう。周囲の環境を溶解させながら、敵の首元を一直線にねらうのだ。
『全く、こんな形で貴女と戦うことになるとは、少し残念です』
アスラは、虚物化により、これを緊急回避する。
『ですが・・・心の底ではやけに興奮している自分がいるのはなぜでしょうかね・・・』
セアトのはるか後方に現れたアスラは、その無数の手を巧みに操り、何かをつむぎだす。
すると、セアトの周囲の空間が異常に歪む。世界が崩れていくような圧迫感がセアトを包み込むのだ。そして、空間が切り取られていく。セアトの存在する座標ごと、一切の防禦機能を無視して『1』を『0』へと変えていくのだ。
だが。
『くっ・・・』
どこからともなく、凶弾が撃ち込まれる。マグナム弾だろうか。しかも、下からの攻撃である。アスラは今、セアトの背後をとっているだけに、トゥワイスの予想しない地点からの攻撃であった。腕を2、3本根元からもぎ取られてしまう。
『なるほど・・。ここはもう、貴女の世界でしたね・・』
そう、トゥワイスは気づいた。セアトは、根っこのような触手を大地に突き刺し、地中から上空へ攻撃することが可能なのであった。もう、どれほどの触手がこの大地に埋まっているのか想像もつかない。すでに準備は出来上がっていたのだ。
『手加減の必要は、どうやらないようですね。わかりました。全力で楽しみましょう』
トゥワイスは、自身の圧倒的不利を感じつつも、どこか心躍る気持ちであった。
最近、更新がかなり滞ってしまっていることをお詫び申し上げます。
なるべく、連日作業するようにしますが、一週間に一度程度の更新になると思います。