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第44話  激動の大巨人

日比谷公園を抜けて、霞ヶ関の官庁街を通過すると、日本国天皇の城である皇居を守るように、桜田門が厳格に構えている。桜田門は数年ほど前の建て替えにより、鋼鉄の堅牢な門へと変わっており、決して名ばかりの門ではない。もちろん、現在の皇居に天皇家は誰一人として残ってはいないので、現在は全く門として機能していない。この辺一帯は、ユグドラシルを始めとする尖兵隊による襲撃を集中して受けたため、人の住むことのできない地獄へと変えられてしまったからだ。だが、不思議なことに、桜田門だけは綺麗に残されており、誰もいない皇居を孤独に守り続けているのであった。

その堅牢なる桜田門の手前、山のようにずっしりと構えた巨大なオーガがいた。それは高等執行官アトラスである。地面を這いずり回っている手下のオーガなどとは比べ物にならないほどの巨体であり、その太い腕一本で、下等オーガのプレス加工が可能である。また、その巨大な足に踏みつけられたのならひとたまりもないであろう。それにあの血の通わない虚ろなひとつ目。その意味では、いままでで最も鬼らしいプロトオーガといえる。


「これも読んだ・・・。飽きちゃった・・・」


しかし、これに乗る執行官のフォースは、ふっくらしたボブヘアの小さな女の子である。しかも、その身には涼しげな水色のワンピースを召している。また、コクピットの中は本で散らかっていて、終いには腰掛け部分にピンク色のクッションまでおいてある始末である。そのため、とてもプロトオーガのコア部分であるとは思えず、完全に女の子のプライヴェート・ルームとなっている。その意味では、質実剛健なイメージの名の下にある大巨人、アトラスの執行官として、この少女は最も似つかわしくない。

突然、アトラスが何かに気づいた。OSが、特異なメンタルスフィアを検知したらしい。


「なにかくる・・・」


それは地上を移動しているようだ。アトラスの目は上空100メートル地点にあるので、大地の様子を窺うのは少し骨の折れる作業である。しかし、アトラスの目に対象は映った。それは人間の作りし、不完全なオーガ。分厚い鎧に身を包んだ、真正オーガの紛い物。


「ここまで来れた、ということは・・・そこそこ強い、かな。アトラス・・?」


この桜田門周辺には、ベルセルク級の下等オーガをこれでもかというほどにばら撒いていたのであるから、並みの兵器ではここまで来ることすらかなわないであろう。しかし、あの紛い物はここにいる。それは、一定程度の強さの証明である。


「いくよ、アトラス・・」


アトラスは起動した。その巨大な両腕を天へと掲げて。



まもるは、前方の巨大物体が動き出したのを確認する。どうやら気づかれたらしい。


「これも、プロトオーガなのね」


彼女も始めはただの建造物ではないかと目を疑ったが、燃え上がるように輝くメンタルスフィアを目にすると、あれがオーガであると思わずにはいられない。そもそも、戦艦ですらオーガとなりうる時代である。100メートルを超す、超巨大オーガがいてもなんらおかしくはないのだ。


「いくよ、メイデン。早速、あいつを殺す」


メイデンは飛翔した。アトラスの頭部にあたる高さまで。その間に、外法エネルギーランチャーに必要なエネルギーをチャージする。一気にその頭を潰して、機能を停止させるのだ。このオーガはただ大きいだけの木偶の坊。メイデンでも十分に斃せる。


「発射」


メイデンの胸部には、巨大なエネルギー球体が形成される。これだけでかいエネルギー弾であるうえ、的もでかい。精密射撃などせずとも、これをはずす余地はまずない。だからまもるは、ためらうことなくその頭部目がけて、必殺の一撃を叩き込む。


「死ね!」


だが、その体長100メートルもある超巨体は、一瞬にして消える。そのため、巨大な外法エネルギー弾は、目標を失い、どこかへと行ってしまった。


(こいつ、この巨体全てを虚物化できるの?)


さすがのまもるも、虚物化という選択肢を考えてはいなかった。そもそもこれほどの質量がある巨体を消すということは不可能であると思っていたから、検討の余地もなかったのだ。


「いきなり随分なご挨拶ね・・・・。紛い物さん・・・」


フォースは、ニコリと笑った。だが、そんな彼女の満面の笑顔を、まもるが見ることはない。アトラスは、既にメイデンの背後にいるのだ。しかも、アトラスのその巨大な腕がメイデンの真上にある。


「無礼な人は、さようなら・・・」


フォースは、まもるに向けて手を振った。最初で最後のお別れの合図である。それと同時に、アトラスの巨大な腕が振り下ろされて、メイデンを大地に叩きつける。それはまさに、大地を砕く鉄槌である。アトラスがメイデンごと大地を粉砕すると、大地震が発生し、巨大な衝撃波とともに辺りの建物を揺るがす。


「もう終わり・・」


フォースは、霞ヶ関にまたひとつ作ってしまった巨大クレーターを眺めて、暇つぶしが終わってしまったことを少しだけ嘆く。アトラスの鉄拳はシンプルだが、下級執行官ですら一撃で粉砕できる攻撃力があるので、ましてやそれ以下の紛い物が生きているはずなどなかった。もう少し手加減をして、遊んでいればよかった。フォースは、そのように後悔したのであった。


「つまんないの・・・」


フォースは口を尖らせてすねた。



気づけばまもるは、暗闇の中にいた。

周りを見渡したところで黒一色の暗黒の世界である。

何も見えないし、何も感じない。闇が何もかもを喰らっていってしまうのだ。


(私、死んでしまったの?)


しかし、死んでしまった人間が自分に死んだかどうかを訊くことはおよそ考えられないであろう。自分はまだ自分を意識できる。自分の心の動きを実感できる。

ところが、暗い闇の世界に放り投げられていたと思っていたまもるの前に、ある人間の姿が映し出される。


(何で、よりにもよって貴方なの?)


まもるの目の前には、彼女が大嫌いな養父の姿があったのだ。

幼い頃より両親を亡くし、身寄りのない彼女を引き取ったのが、遠い親戚にあたるこの養父である。引き取ってくれたこと自体、感謝していないわけではないが、なにせこいつは最低の男であった。

まもるは、両親からかなりの財産を相続していたので、始めのうちは養父に可愛がってもらってはいた。たまに訪れて来る、養父と内縁関係にある女も、彼女の面倒を見てくれていた。

もっとも、それはまもる自体が、お金に見えたからであろう。実際に、養父は親権を濫用し、まもるを代理して、相続財産を勝手に処分し、金に換えては博打に明け暮れていたのだ。

もちろん、そんな浪費生活がいつまでも続くわけもなく、ほどなくしてまもるの相続財産も底を尽き、養父には煩わしい養子の扶養義務だけが残ったのだ。もともと定職にも就かず、のらりくらりとやってきた養父は、金の無い苛立ちを虐待という形でまもるにぶつけるようになる。また、はじめは優しかった内縁の女も、同様にまもるを虐げ始めた。

この連中は、ろくに養子を養うこともせず、しかもその養子を酷使しては金を稼がせ、その金もろくでもない使途へ消していってしまう。しかも、逆らえば殴られた。そんな毎日だった。

そのため、学校にも満足に通うことができず、友達もいない。なにもかもが腐った世界であった。


(何で、私だけ・・)


横を通り過ぎる同い年くらいの女の子が、優しそうな母に手を引かれていて、とても羨ましかった。

彼女の楽しみといえば、養父が使い終わったマリファナの残りを使用して現実逃避することと、寝る前に養父と内縁の女を殺すシーンを思い浮かべることだけであった。


(おとうさん。おかあさん・・)


まもるは、貧乏でも、普通の幸せが欲しかった。優しい父と母がいて、学校に行けば友達がいて、そういう誰もが享受するはずの普通の生活が欲しかった。

だからある日、まもるは、養父と内縁の女を殺害することを計画した。

方法は単純に放火である。ふたりが2階の寝室で寝静まったあと、一階のリビングに2リットルほどのガソリンを撒いて、火をつけるだけだ。何においても計算高いまもるは、証拠を残さない。確定的な殺意と、その強い覚悟は、彼女を躊躇わすこともなく、計画を狂わせることもない。さらにおそろしいことには、彼女は自分の焼け焦げた死体が必要だったので、適当にそこらへんにいたムカつく少女を殺して、自分の代わりに燃やしたのだ。


次の朝、これによって彼女の思惑通り、この事件は一家全員が死亡した不幸な失火であるとして処理された。ただでさえ忙しい警察は、放火事犯であるといえない限り、検視が困難な焼死体をわざわざ調べることもない。外形上、親子3人の遺体が消失した家屋からちゃんとでてくるのだ。だから、まもるが訴追を受けることもない。仮に訴追されるにしても、当時13歳で刑事未成年である彼女は、責任能力が阻却され、無罪であるし、せいぜい少年事件として処理されるにすぎない。もっとも精神上問題有りとして、数年間、精神病棟に押し込まれる危険はあったが、今の生活よりははるかにましである。

そのあとの彼女は、沖まもるという偽名を使って、偽りの世の名を必死に生きた。だが、すでに本当の地獄を経験した彼女にとって、この世の中はそう辛いものではなかった。自分が生きるだけに必要な金は簡単に稼ぐことができる。しかしながら、必死に生きても、彼女のもとに幸せが舞い込むことはなかった。幸せは金では買えないのだ。


そして、まもるが18歳になって、はじめて親友と呼べる人と出会えた。

その人は、桐生詩季といった。

彼女は、まもるにとって光そのものであった。3人もの人間を殺め、家を燃やし、名前を偽り続けた大罪人であるまもるを、彼女は温かく接してくれたのだ。こんなまもるを、まるで自分と同じように大切に扱ってくれる。

彼女がいたから、まもるは毎日が楽しかった。これが幸せというものなのだと、彼女は理解した。


しかし、それも長くは続かなかった。団堂曹士が、大切な親友を殺したから。

あの男は自分から幸せを奪ったのだ。

足掻いて、足掻いて、ようやく手にした一筋の幸せを、あの男がぶち壊しにした。

これでまた、昔の孤独な自分に逆戻りだ。もう、自分を幸せにしてくれる人は誰一人としていない。

(また、養父のところにいた惨めな自分に戻るのは嫌・・・)

この手で殺した、養父の憎たらしい顔が浮かぶ。地獄の底で、今の自分をあざけ笑っているのだ。ざまぁみろ、と。

(ふざけるな。私は、アンタなんかのところに行くもんか。団堂を殺して、しーちゃんの無念を晴らさなきゃいけないのに、こんなところで死ぬもんか)

まもるは、ここで養父の待つ地獄へ落ちる気はさらさらない。行くなら、親友の待つ天国がいい。そのための翼が、この鬼女メイデンである。

(メイデン・・・。私に、力を貸して。団堂にも負けない力を・・)

そのとき、まもるの心が完全にメイデンと融合する。

彼女の心の奥底に潜んでいた、醜悪な鬼が覚醒した。


「死んじゃったの・・・?」

アトラスの鉄柱のような巨大な右腕は、地面にできたクレーターに数秒間食い込んでいた。あれから全く反応がない以上、敵はペラペラになってしまったのだろう。いくらオーガを真似たところで所詮は紛い物である、この高等執行官の敵ではない。

「え・・・?」

だが、大地に叩きつけたはずのアトラスの腕が、持ち上がっていくような感覚がする。

いや、それどころか、この巨人アトラスがフォースに警告する。危険であると。

「しーちゃんの復讐を果たすまでは、ここで死ねないの・・・・」

下から声が聞こえてくる。まさか、プロトオーガですら耐えることのできないアトラスの一撃である。まして、紛い物が生きているなどありえなかった。

「団堂をこの手でぶち殺すまで、アタシは死ねねぇんだよ!てめぇなんかに、やられてたまるかぁぁぁぁぁ!!!!」

まもるの叫びが響き渡った。それと同時に、アトラスの巨大な右腕が砕け散る。

「アトラスが・・・」

フォースは信じられなかった。一体あの紛い物のどこに、この高等執行官に傷を負わすほどの力を持っているのか、まったくもって理解できない。

「メイデン。あなたの本当の力を、私に見せて!」

まもるがそういうと、メイデンのメンタルスフィアが青い光へと変わる。あれこそは、高等執行官を超える強大なオーガであることの証。

「まさか・・・」

そして、メイデンはその重々しい鎧を解き放つ。すると、中から美しくも恐ろしい聖女が姿を現すのだ。解き放たれた鎧は、メイデンの剣へと変わり、あるいはその周りを巡回する僕となる。

「紛い物なんかじゃ、ないのね・・・」

だが、フォースはおもしろいことになってきたものだと、内心わくわくしていた。生ぬるいままチャプター9が終わってしまうのでは、自分がここにいる意味がない。こういった番狂わせがあるからこそ、外法学は奥が深いのだ。

「いいよ・・。全力で戦ってあげる・・・」

アトラスは、破損した右腕を自己修復し、巨大なバズーカ砲のようなものを手にした。それは、アトラスの右腕全体を覆い尽くすほどの装置であるのだが、どのような攻撃がそこから繰り出されるのかは明らかでない。

「そういえば・・自己紹介・・・まだね・・・。私・・・フォース。そして・・・この子は、相棒のアトラス・・・。よろしくね・・・」

そんなことを言いながら、フォースは巨大なバズーカをメイデンへ向ける。

「私は、まもる。そして、この子は相棒のメイデン。死ぬ覚悟はいい?」

対して、まもるも、アトラスに右手の武器を向ける。

「うん・・・。大丈夫・・・」

フォースは、即答する。チャプター9で生き残ることができるのは、袴田だけであるから自分は結局のところ滅ぶ予定であり、いまさら命を惜しいとも思わない。なら最後に、ひと暴れできるというのは、フォースにとってこの上ない幸せなのである。

「じゃあ、行くよ。フォース!」

メイデンは、身軽になった身体を天へと飛翔させる。

「いいよ・・・。まもる・・・」

フォースは、にっこりと笑った。


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