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第42話  第1次再生計画

2110年12月。チャプター9の適用が開始された。

この制度の窮極にある目的とは、まさに世界の構造を作り直すことである。もちろん、旧制度と新制度とは非両立の関係にあり、チャプター9によって新制度が設立されたならば、旧制度は消滅しなければならないのがこの制度において避けることのできない最大の問題である。そのため、旧制度を成り立たせていた個々の構成要素は、全て消滅することとなる。


「ナイン・・・。いや、もう、団堂曹士というべきかしら」


団堂は、弥生遼子の下、すなわち機構のプロトオーガ級戦艦へと帰還していた。つい先ほどまでの団堂は、この女も必ず殺してやろうと決意していたのだが、もうその気も全く失せている。


「ええ、団堂で結構です」


団堂は、気前よく応える。もっとも、好きな方で呼んでもらっても、彼にとって不都合はない。彼は、ナインであると同時に、団堂でもあることに変わりないのだから。


「曹士、ごめんなさい。私が、あなたにしたこと、謝って済む問題ではないわよね。だから、殺したかったら好きにするといいわ」


そういって弥生は、団堂にハンド・ガンを渡そうとした。ところが、彼はその手を突き返す。


「もういいんです。俺は、もう誰も憎しみたくない。そのせいで、俺は、大切な人を殺してしまったから」


団堂は、自分の手の平を見つめた。彼には、その手に誰かの血がへばりついて映っているように思えてならなかった。


「詩季を殺したのは、あんただけじゃないわよ。私も同罪」


弥生は、団堂の気を察して、その痛みを分かち合う。彼女も、先ほど詩季の変わり果てた姿を目の当たりにして、嘆いたひとりであった。自分を呪いつけるような言葉を、彼女は何度も自分に対して吐いていたのだ。


「でも、あいつの死を悲しんでいる暇はありません。チャプター9の適用が始まりました。このままだと、恐ろしいことになります」

「その恐ろしいことって?」

「簡単に言えば、この世界の人間、全員が死にます」

「なによそれ、冗談でしょ?」

「チャプター9の目的は世界の改正です。そうなると、旧世界の人間は必然的に消滅することになりますからね」

「なるほど・・」


弥生は、団堂の表情を覗き込んできたが、彼の真顔を見る限りでは、それは冗談などではないということを理解してくれたようだ。


「それと、すでにチャプター9の犠牲者はすでに相当数出ていると思われます」

「どういうこと?」

「順を追って説明します。適用が開始されたからといって、直ちに世界がぬりかわるわけではありません。手続の重い制度なので、一定の緩衝期間が設けられます。それが、第1次再生計画です」

「第1次再生計画・・・。それと、相当数の犠牲者にどんな関係があるというの?」

「緩衝期間であるとはいえ第1次再生計画の段階においても、次々と世界が縮小されていきます。これは、チャプター9の申立人によって、進行具合を自由に設定できるのですが、それがいかなるものにせよ、多少なりとも犠牲者は発生することになります。今回の場合、申立人袴田は、まず『20歳以上の人間の消滅』を計画に入れていたと思います」

「20歳以上の人間の消滅?それって、80パーセント相当の人間を消去したのと一緒じゃない!あれ、20歳ってことなら、私も消滅していてもおかしくはないわよね?」


弥生は、目をぎょっとさせて、自分の足元を見た。


「いいえ、これには例外があります。袴田は同時に但書を設けて、『債権者にあたる者、又は30歳に満たない者で、存続させるに足る相当な理由のある者は消滅しない』としています」

「そうだとすると、私は、その但書のおかげで生かされている、というわけね」


弥生は、そっと胸を撫で下ろした。


「はい。厳密には、社長はこの戦艦の執行官ですから、『債権者』に該当するわけです。外法学の定義では、処分可能な魂を保有するもののことを『債権者』と呼んでいるんです。オーガの執行官であれば、膨大な人間の魂や精神を管理しているわけですから、当然といえば当然です」

「あら?私のこと、存続させるに足る相当な理由のある者とは言ってくれないのね」

「いえ、個人的にはそう思いますけど、それについての評価をする前に、社長はたしか、30歳を超えて・・・、痛っ!!」


弥生は、団堂の頭を思い切り叩いた。また、彼も頭をさすりながら、つい口を滑らせてしまったことを反省する。なお、債権者にあたる場合、年齢の要件はかからない。


「・・・私のことはともかくとして、西田なんかはもう、消えちゃってるわけか。あいつ、30歳超えてるし、執行官でもないから」

「はい。間違いありません」


団堂は、弥生の表情に陰りを見つけたが、適当に嘘をいったところでぬか喜びを得させるだけである。だから、あえて断言した。


「でも、『あいちゃん』が残っていたのは、奇跡かしら」


弥生は、操縦席にいる田中に対して、冷めた視線を送った。よもや、このへタレ秘書が存続させるに足る相当な理由のある者であるとは、全く思えないからである。


「それで、私たちが生き残るためには、結局どうしたらいい?」

「申立人袴田を殺すことが必要で、かつ、それで足ります」

「なるほど、最後の標的はあんたの最大の敵ってことね」

「はい。ただ、奴がどこにいるのかは、よくわかっていません」

「そう、困ったわね・・・、あら?曹士、ちょっとごめんなさい」


弥生の電話が鳴ったようである。


「亜季!あんた、無事だったのね。いったい、どうしたのよ?」


弥生は、桐生亜季が消えていなかったことを知って喜んだ。しかし、彼女から連絡があるときは決まってよからぬことが起きるという経験則が存在したから、同時に不安も募る。


『先輩、横須賀基地が、現在オーガの襲撃を受けています。しかも、どういうわけか、兵力が10分の1以下にまで減っていて、全然持ちません。どうか、助けていただけませんか?』

「亜季さん!」


弥生の電話から、聞き覚えのある者の切羽詰った声が聞こえた。その声を聞いた団堂は、反射的に駆け出した。


「ちょっと、曹士!」

「すいません、先に行っています」


団堂は、弥生の静止を聞き入れずに、そのまま飛び出していってしまう。


(亜季さんは、あいつにとって、誰よりも大切な人なんだ。彼女だけは、絶対に俺が守る。これができなければ、俺が生きる意味は無い)


団堂は、走りながら、ある外法規定を脳内に呼び起こす。

それは、顕現的虚物化という外法技術である。すなわち、自己とは区別された特定の客体に対して、虚物化を促すものであり、もっといえば、召喚に近い。ここで団堂が虚物化を促したのは、もちろん、相棒アニミストである。もっともここで、アニミスト全体を実体化させると、戦艦の廊下が潰れてしまうので、コクピット部分だけを顕現的虚物化する。あとは、そこに自分が入り込み、コクピットごと虚物に戻れば搭乗完了である。


「行くぞ、アニミスト!」

「わんわん」


アニミストは応えなかったが、コクピットに居座っていたきゅうすけが、代わりに吠えてくれた。


「きゅうすけ。お前も力を貸してくれ」



―横須賀基地―


日本の最重要防衛機能を陥落させるため、この基地には多数の下級オーガが集まっていた。人間の兵器を超える性能をもつオーガに対しては、数的有利で迎え撃つ必要があった日本軍であるが、チャプター9の影響でかなりの兵力が消滅してしまい、今やそれもかなわない。

そのような圧倒的不利な状況であるから、基地の機能を十二分に発揮することもできず、オーガの軍勢は留まるところを知らない。残された兵士たちも、もはや基地にまで防禦を及ぼすどころではなく、広大な敷地と防衛装置を備える横須賀基地であるが、カノン砲や地対空ミサイル発射装置などはことごとく破壊されてしまっている。


『中佐、お逃げください!』


桐生亜季は、自らもロボットを駆り、戦っていた。しかし、その損傷は著しく、これ以上の交戦は不可能という段階にまで来ている。


「私がここで逃げたら、消えてしまったお父様に申し訳が立ちません。それに、あの子にも・・」


彼女の父、桐生憲次郎は第1次再生計画の消滅要件に該当してしまい、突然にして消滅した。それは、彼女にとって理不尽以外の何者でもなかった。こんなことが可能なのは、外法の力以外に考えられない。父は外法を操るオーガによって殺されたのだ。それが、彼女にとってどうしても赦せなかった。他方で亜季は、存続させるに足る相当な理由のある者として生き延びたのであろう。


『わかりました。それならば、最後までお供いたします』

『私もです、中佐』

「ありがとう」


そういって、2体のロボットが、亜季のロボットを庇うようにして躍り出る。


(それにしても、なんていう数なの?おまけに、後方に控えている2体は高みの見物か。私たちも随分、なめられたものね)


そう、オーガの群れの奥にはさらに、プロトオーガ、アヴァターとアバドンが控えているのだ。彼らは、基地の制圧を手下に任せて、何もしていない。彼らからしてみれば、いつでもこのような貧弱な基地など壊滅可能なのである。しかし、それではあまりに早く決着がついてしまうから、気まぐれで人間たちを生かしておいて弄んでいるに過ぎないのである。だからもう、これは戦争などではないのだ。もはやただのゲームである。


「でも、私たちが逃げたら、誰も彼らを止めることができない。だからせめて、最後まで戦います」


亜季は強い決意を持って飛び込んでいった。


『中佐、危険です!!』


前方には黒いオーガ、ベルセルクがいる。それは旋風のように、のろい人間のロボットを翻弄する。


「あの子だって、がんばっているの!私も、負けられない」


亜季は、ベルセルクの動きを落ち着いて捉え、マシンガンを命中させる。しかし、その闇の力を前に、弾丸など、攻撃力をいとも容易く奪われてしまう。


『中佐ぁぁぁぁ!!』

「きゃぁ!」


亜季のロボットは、護衛の体当たりによって飛ばされる。


「古田中尉!!」


体当たりした護衛のロボットには、ベルセルクの回し蹴りが叩き込まれる。それによって、上半身と下半身が綺麗に分断させられてしまっていた。


『中佐、必ず生きて・・・』


そして、ベルセルクのとどめの踵落としである。斧と化したその細い足の強烈な一撃は、コクピットごと、ロボットを潰す威力である。


「中尉・・・。なんてこと・・・」


亜季は、自分の無力さを悔やんだ。皮肉なことに彼女の中佐というエリート勲章など、いまはもう何の価値もない。それどころか、自分の無能さの箔つけに一役かっているとさえ言ってもいい。


「私に、もっと力があれば、中尉はこんなところで死ななかったのに・・」


亜季は、黒いオーガをにらみつけた。そして、マシンガンを構える。こんな兵器など無力であることは重々承知している。だが、何もしないわけにはいかないのである。


「もう、鬼でも何でもいい。私に力を下さい!!」


その時である。白と黒の槍が3本ほど、戦場を飛びまわった。それは、赤い宝玉の輝きを残しつつ、縦横無尽に駆け回る。


「これは?」


そして、そのうちの1本が、亜季の前方にいるベルセルクの腹を貫通して、上半身を消し飛ばしていった。


「亜季さん!!」


見たことのないオーガである。しかし、自分の名前を呼ぶ聞き覚えのある声。


「ナイン君?」

「はい!あなたを助けに来ました」

「ナイン君、助けてくれるの?」

「はい。あなたたちは下がっていてください」


亜季は、かつてのナインと同じ雰囲気を感じることができて、喜びの表情を浮かべた。


「ニルヴァーナ!前方の集団を一気に消滅させる」


団堂がそういうと、3つの槍は、アニミストの下へと戻る。すると、こんどは非常に細かい弾へと分裂を開始し、同じような弾丸が無数に作られる。


「吹き飛べぇぇぇぇぇぇ!!」


そして、無数の弾丸と化したニルヴァーナは、前方の大軍勢へ向けて一斉に放たれるのである。それはまるで巨大なひょうが空から降りそそいでくるような光景である。一個一個の粒が、敵に喰らいついて、吹き飛ばしていく。しかも、それが広範囲に拡散し、この戦場に生き残っているあらゆるオーガに喰らいついていくのである。


「これが、ナイン君の本当の力なのね・・」


亜季は、前方のオーガたちが、ばたばたと倒れていく光景を見て、圧倒されていた。まさにこれこそが力なのである。世界を変えていくほどの大きな力。


「来る!」


だが、アニミストの一斉射撃をぬって、2体のプロトオーガが接近する。今まで手持ち無沙汰にしていたあの2機が、ようやくにしてその重い腰を上げたのだ。


『待っていた!お前を待っていたぞ、団堂!!シックスの仇だ!!』


復讐に燃えるファイヴは、殺意をむき出しにして襲い掛かる。


『団堂。貴様は此処で死んでもらう』


そして、アバドンに乗る男、セヴンもそれに続く。


「アヴァター、それにアバドンか。ちょうどいい、ふたりまとめてこい」

『執行官2体を敵に回して、よくそのような減らず口が叩けるものだ』


セヴンは、低い声でそういうと、アバドンの両手から鋭利な爪を伸ばした。


『団堂、我らのコンビネーションを知らないわけではないだろう?お前は、私たちに勝てないのだ』


そういって、アヴァターは手に持っている巨大な斧からマイクロ・ブラックホール弾を数発発射した。それを、アニミストは巧みに回避していく。


『甘いぞ、団堂!!』


しかし、影から忍び寄るようにして、夜の悪魔アバドンは、アニミストの背後に実体化する。


「ち・・」


アバドンは、その長く伸びた鋭い爪で、アニミストの肉を切り裂こうとする。団堂は、これを直ちに、大剣としたニルヴァーナによって受け止める。


『後ろがガラ空きだ』


だが、アヴァターが瞬時に虚物化による移動で、現れる。いまや、アバドンとアヴァターでアニミストを挟み撃ちにしているようである。


『死ね!』


アヴァターがその斧で一刀両断にする。しかし、手の空いているニルヴァーナが盾状になり、それを確実に跳ね返す。


「隙だらけなのはお前らなんだよ」


アニミストの肩にある、第3、第4の腕が伸びては、両機を力任せにぶん殴るのである。それによって、アヴァター並びにアバドンは、地に叩きつけられる。


『く・・』


しかし、両機は直ちに体制を立て直した。


「ファイヴ、セヴン。お前たちも強くなったな」


団堂は、かつての教え子の成長を感じて、なんだか懐かしい気持ちになった。


『貴様に言われたくはない!』


もっとも、教え子の連中は団堂がかつての恩師であることも忘れているようである。彼らからすれば、この男を先生と呼んでいた過去を抹消したくてしょうがないほどである。


「だが、もう遊びは終わりだ。これで俺がお前たちに教授するのも最後にしよう。死ぬ気でこい・・・」


アニミストからとてつもない殺意が溢れ、辺りは渾沌に包まれる。


『これが・・。アニミストの力なのか?』


ファイヴは、恐れを隠せなかった。なんだかんだで、この男は唯一、袴田に対抗しうる存在であることを再認識したのである。


『団堂、やはり貴様は危険だ。命に代えても此処で貴様を止める』


そのときセヴンは、死を覚悟したのである。彼はあくまでチャプター9を、全て滞りなく完遂するためだけに存在するのであるから。


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