第40話 盲目のシキ
―東京都荒川区―
渾沌の最高執行官アニミストは、大きな市街地のあるこの東京荒川区で破壊の限りを尽くしていた。その悪魔にも似た兇悪なオーガは、鉄筋コンクリートの建物が密集するエリアに飛び込んで、いくつかの建造物を崩落させる。
「消えろ・・・全て消えてしまえ」
俺は、アニミスト胸部に埋め込まれた青い焔を覚醒させ、周囲に衝撃波を巻き起こす。いくつもの青白い雷鳴が、大地を隆起させながら、周囲の物を岩盤ごと持ち上げて粉砕する。
「逃がすか」
蟻塚が掘り起こされたみたいに、崩壊した住処から、住人たちがぞろぞろと飛び出していく。
アニミストは家屋をなぎ倒し、ビルを切断し、逃げまとう人々の逃げ場を封じていく。
「うわぁぁぁぁ」
「ママぁぁぁぁ」
殺人マシーンと何ら変わりない、このおぞましいオーガを目の当たりにして、人は絶叫せずにはいられない。白黒の鎧を全身に纏うこのオーガは、まるで狂った道化師のよう。そして、猛獣のようなその強い眼光に見つめられたら最後、生を放棄するのが相当であると解さざるを得なくなる。
「た・・たすけてくれ」
追い詰められた人間たちは、アニミストを前に媚びへつらう。
「もし宜しければ、この私があなた方を世界で一番安全な場所へお連れしましょう」
俺は天使のような口調で語りかける。だが、その声の発生源がこの悪魔では、胡散臭さがぬぐえきれない。依然として、集団は怯えきってしまっている。
「どうか、この子だけは・・・」
「もちろんです。私があなた方をお救い致します」
「よかっ・・・」
だが、その瞬間、大地の下にはべらせていたニルヴァーナが、大きく口を開いて集まっていた連中を丸呑みしてしまうのであった。彼らの悲鳴ごと、ひと口で消し去ってしまうのだ。
「これでお前たちは、このネクロマンサー・システムの円環の中で、未来永劫生きていけるだろう。チャプター9の影響を受けることもないのだ。感謝するがいい。あーっはっはっはっは」
アニミストのネクロマンサー・システム。死者たちの情念を肥やしへと換える、禁断のエネルギー精製装置。俺は、久しぶりに力を取り戻したことが何よりもうれしくて、特に珍しいわけでもないのだが、高笑いしていた。
「ん?何か来るな」
アニミストは、多数の反応を検知する。アニミストの出現を知った防衛省の自衛隊がすぐに駆けつけたのだ。自衛隊は間もなく到着して、アニミストを包囲する。
「自衛隊のクズどもか、懐かしいな」
俺は、見覚えのある鉄の塊どもを一瞥する。以前自衛隊にいたからよくわかるが、どれも取るに足らない雑魚どもである。無能な人間どもによって作られた、ただのガラクタ。それが畏れ多くも、高度な外法技術の集大成であるこのアニミストに対峙しているのだ。
『見たことのないオーガだ』
『ひ、ひるむな』
アニミストが纏う邪悪な魔性に魅入られただけで、兵士たちは小便を漏らしそうなほどに恐怖しているようだ。空気を通して震えが伝わってくる。彼らも伊達に毎日戦っているわけではない。毎日戦っているからこそ、このオーガの恐ろしさがよく分かってしまうのだ。彼らにとってはまさに、神の御前で告白をさせられているような威圧感である。
「久しぶりだな、自衛隊の諸君。俺は、団堂曹士。かつてはナインと呼ばれていた男だ」
俺は怯えすくみあがっている連中に名を名乗ってあげた。
『貴様が団堂か。』
『ナイン、貴様。裏切りやがって。オーガに乗っている奴だからおかしいとは思っていたんだ。やっぱり敵だったのか』
それぞれの軍人はこのアニミストに乗っている男が、かの指名手配犯であることを知って、さらに格別の戸惑いをみせる。特に、ナインのことを知っている者にとっては、この男に対する疑念で一杯であろう。
「お前たちの安い魂。チャプター9を発動するための糧として少なからず利用してやるよ」
俺は取り囲んでいる連中へ殺意を放つと、アニミストの背後にある3つの宝玉、ニルヴァーナを全て槍状に変形させ、臨戦態勢に入る。
「ニルヴァーナ。この馬鹿どもをぶち殺せ」
そして、戦いの火蓋は切って落とされた。一斉に3本の槍はアニミストの周囲を飛び交う。予測不可能な軌道を描きながら、それらは自由気ままに上空を交差する。
『うわぁぁぁぁぁ!!!』
爆発。
『何だ?一体、どこから・・・ぎゃっ!!』
爆発。
『あああああ!!!!』
無駄な銃声。後に爆発。
アニミストの周りにいたガラクタは、戦場を飛び交う3本の槍によって、次々にエンジン部分をくり抜かれ、エネルギーの反応を起こし、至るところで爆発がする。その爆風に乗って、機械の部品がふっとんでくる。果たしてこれが戦いとして成立しているのであろうか。一方的な虐殺だった。
「ギャハハハハハ!!そうだ、もっと俺を憎め!死して俺を呪い殺すほどにな!!」
アニミストは、ただその場に突っ立って、ニルヴァーナの虐殺行為の一部始終を傍観していた。本体はなにもせずとも、可視不能の速さで突撃する槍が自動的に掃除してくれているのだ。
『た、たすけてくれぇぇ!!』
気づけば俺の足元に、のこのこ一機のガラクタがやってきて、助けを乞う。どこから持ってきたのか知らないが白旗を揚げて、降参の意思表示をしているのだ。
「ははははは!!!貴様はどうしようもねぇやろうだな。いいだろう、特別扱いだ。俺に勝ったら、生かしてやる」
『そんな・・』
「こい、ニルヴァーナ」
そういうと3本のうち2本の槍が、アニミストの両手に収まる。そして、今度はそれが剣状に変形する。
「覚悟はいいか?貴様も軍人なら、最後まで戦え」
俺は、そのガラクタから50メートルほどの距離を置いてやる。
『ああああ・・・・』
相手の男は、完全に頭が混乱し始めているようだ。
「さあ、一騎打ちだ。どこからでも来い」
『ぎゃああああ!!!』
前方のガラクタは、マシンガンを照準も定めずに連射する。もっとも、それは的をちゃんと狙えてはいるが、物理属性攻撃無効シールドによって、完全に攻撃能力を阻却されてしまう。だから俺は、全く損害を気にしないでそのまま対象へ向けて直進した。
『来るなぁぁぁ!!!』
「あーはっはっはっはっはっは!!!!」
俺は腰を抜かしてしまった相手を、ただひたすらに切り刻んだ。両手の剣で丁寧に丁寧に、鉄の塊を切り刻んでいく。あえてニルヴァーナからにじみ出てくる外法エネルギーを使わずに、純粋に物理属性攻撃だけで破壊を楽しむのだ。なぜなら、その外法エネルギーを解き放ってしまうと、すぐにこのガラクタが灰塵になって消えてしまうので、おもしろみがないからである。この臆病者に、圧倒的な暴力をその身をもって体験させ、いつ死ぬとも知れない絶対的恐怖のもとにおいてやる。
『やめろぉぉぉぉ・・・ぐへぇ!!』
搭乗者の身体にニルヴァーナが刺さったようだ。どうやら完全に殺してしまったらしい。
「もう終わりか・・」
最後の余興が済んだところで辺りを見回すと、もう生き残っている兵士は誰一人として存在しなかった。とっくに仕事を終えたひとつのニルヴァーナが、手持ち無沙汰になってしまい、ただ辺りを回っているだけである。
「これだけの人間を殺して、これっぽっちか・・」
俺は、アニミストにキャプチャーされた人々の精神の量の僅少さにびっくりした。
「規定値まで集めるのも時間がかかるな・・。ん、何か来る」
アニミストは、レーダーでふたつの友軍アイコンを探知した。しかし、そのアイコンが示すものは登録時において友軍気であったにすぎないものであるから、今はもう襟元を分かつ敵同士であってもおかしくはない。
「鬼女アリスに、鬼女メイデン」
俺はそのふたつの敵影の方を見た。俺はニタリとして、愉悦に歪んだ。
『ナイン君、もう止めて!!』
アリスが、アニミストの近くに猛スピードで突っ込んできた。
「ククク・・・。会いたかったよ、詩季」
この世で最も殺してやりたい女が来た。会いたかった。そして、死よりも辛い苦痛を与えて、悲鳴を挙げさせ、じっくりなぶり殺しにしたかった。自分の心を奪っておきながら、いとも簡単に自分を裏切り、絶望の淵へと貶めた張本人。そんな女が、よもや自分から出向くとは思いもよらなかったから、うれしくてたまらない。
「ナイン君、帰ろう?」
アリスは、手を差し伸べる。しかし、俺にはその手が地獄からの手招きに見えて仕方なかった。
「俺をナインなどという名で呼ぶな、裏切り者がぁぁぁ!!」
俺はそういって、アリスの手を取る代わりに、彼女に対して鋭い刃を向けて拒絶する。代わりに俺が持ちうる精一杯の殺意を放つのだ。愛情として蓄積していたものを全て憎しみに転化させた、悲しい殺意である。それは、何も信じられなくなった俺のその心をドロドロにして、表現したような精神の波動。
『ナイン君!!』
詩季はそれでも手を差し伸べてきた。圧倒的な殺意をぶつけているのに、ひるむことすらない。
「俺は、お前だけは赦さない!!俺の心を・・散々弄びやがってぇぇぇぇぇぇ!!!!」
アニミストからニルヴァーナが飛ぶ。そしてそれは、一直線にアリスに突き刺さろうとする。
『しーちゃん!!』
しかし、メイデンのシールドが割って入り、その攻撃を無効化してくれた。
「鬼女メイデン。まもる、貴様ァァァl!!」
『ナインさん、もうやめてください!!ナインさんは、しーちゃんのことを誤解しているんです』
「そうやって、俺の油断を誘うんだろうが!!邪魔なんだよ、消えろぉぉぉ!!」
俺は彼女の説得に対して、全く聞く耳を持たなかった。どうせ今回もまた裏切られるに決まっているのだ。だから、殺意の赴くままにアニミストの細い右腕を伸ばす。そして、それは白き巨鳥のごとく、メイデンの喉笛を目がけてすごい速さで飛んでいく。
『メイデン、耐えて!!』
メイデンは、前方に物理と外法の両属性無効シールドを展開することによって、備えた。しかし、それもアニミストを前にしては、属性の転換によって、あっさりと突破されてしまう。あとは、各種攻撃ガードバリヤを何重にも張って、攻撃の到達に備える。
『きゃぁぁぁ!!!』
しかし、アニミストの攻撃の威力は凄まじかった。まもるは、全精神力をもって、防禦に徹したにもかかわらず、かなりの致命傷を被ることとなる。
『まもるちゃん!!』
『しーちゃん、大丈夫・・。私はまだ戦える』
『もういいの。まもるちゃんは早く逃げて。もう十分だから。まもるちゃんの気持ち、よくわかったから』
『嫌!!私は、しーちゃんを守るんだもん!!』
「いや、お前はこれで退場だ。まもる・・」
『え・・?』
いつの間にか、周囲には3本のニルヴァーナが槍となってメイデンを囲っている。
「死ね」
『いやぁぁぁぁ!!!』
それらは、メイデンを3方向から串刺しにした。それはまるでアイアンメイデンさながらに、自らの鎧という棺の中で、刺殺刑をなされたのだ。鎧の中に溜まった血が溢れて出てくると、メイデンはとうとう動かなくなる。
「さて、今度はお前だ、詩季。死ぬ前に言っておきたいことはあるか?」
メイデンが地に倒れるのを見て、アニミストは、その左腕をアリスに対してむけた。
それを見て、彼女は一瞬面食らってしまうが、それでもけなげに言葉を返す。
『うん、いっぱいあるよ。だから、最後まで聞いて欲しいな』
詩季は、アニミストから発せられる瘴気をその身に受けてもなお、いつもと変わらぬ口調で返事をしたのだ。
「・・・・」
俺は、彼女がいたって普通の対応をしていたので、かえって拍子抜けしてしまう。いったいこの女が何を考えているのかは知らないが、この状態のままでは全然満足できない。自分が受けた絶望と同じくらいの恐怖を与えて、この女の泣き喚く声を聞かなければ全然足らないのだ。だから俺は余計にいらついてしまう。しかし、それでも彼女は手を差し伸べる。
『私・・・守ってあげられなかった、ナイン君のこと』
「何だと?」
『ごめんね。あなたのこと、守ってあげられなくて』
「なにをいまさら・・・。そんなの最後の命乞いにしか聞こえねぇよ!!」
アニミストの黒い左腕が伸びる。それは矢のようなスピードで駆ける龍のようであり、対象へ咬みつくのだ。そしてあっという間に、アリスの右腕を奪っていった。なぜならアリスは、その攻撃に対して防禦も回避もしようとはしなかったのだ。
『私を殺すことで、ナイン君の気が済むのなら、私の命をあげる。それが、あなたを守るために私ができる最後のことだから』
詩季は強い決意を持って、その紅き目を開き、今の団堂を直視する。その上でアリスは、アニミストの前に立ちはだかった。
『しーちゃん、死ぬ気なの?ダメよ!!しーちゃん!!』
「ふざけるな!!お前は、俺を裏切ったんだ!!俺の心の中に土足で入り込んで、俺を支配して、最後には捨てたんだ!!いまさら、俺に優しくするんじゃねぇぇぇぇ!!!」
アニミストは、その腕を大きく振りかぶって、綺麗な流線型を描く。そして再び、アニミストの右腕が伸びる。
『メイデン!!しーちゃんを守って!!』
アリスとアニミストとの間にメイデンのシールドが幾つか入り込んできた。しかし相変わらずとんでもない威力を誇るアニミストの攻撃は、皮のようなシールドをばりばりと引き剥がして、アリスに到達した。しかし、アリスは全く防禦行動に入ることはなかった。
『くっ・・・』
今度は、アリスの左腕が奪われた。
攻撃の衝撃によってアリスは地に倒れる。そんな様子を俺は、したり顔で見下していた。だが、アリスはふらふらしながらも、立ち上がる。アリスはすでに両手を失い、満足に動くこともできなくなった。そろそろ、怖くて声も出なくなっているはずだ。おもしろくなるのはこれからだ。これからじっくりいたぶってやろう、と愉悦に浸っているときであった。
『ナイン君、本当にごめんね』
だが、憎きこの女は悲鳴を挙げるどころか、ただ自分に対して謝罪の言葉しか述べなかった。俺はこの不可解な矛盾挙動を理解できず、かえって苛立ちが増加する一方であった。
「俺を、ナインと呼ぶなぁぁぁぁぁぁ!!!」
アニミストは、両腕に剣となったニルヴァーナを携えて、アリスへと近接する。アニミストの主力兵装であるニルヴァーナを手にしたということは、徹底的に詩季を殺しに行くことの意思表示に等しい。
『メイデン!!しーちゃんを守ってよ!!メイデン!!!』
メイデンは、どんどん残り少なくなりつつあるシールドを、アリスに与えた。幾つもの盾が、アリスに密着し、鉄壁の結界を生み出す。
「詩季!!俺は、お前を信じていたのに!!!うおぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺は目にも留まらぬ速さで、剣を柔いアリスの体に突き刺した。もうシールドなどは関係ない。このニルヴァーナを前に、どんな盾もベニヤ板同然。したがって、アニミストの攻撃の前ではシールドなんて、あってないようなものである。
「お前だけは、お前だけは・・・」
俺は、何度も何度も、同じような攻撃を繰り返していく。アリスは、ついにその肢体を切断され、もう立ち上がることすらできなくなる。だが、それでも俺が聞きたかったこの女の悲鳴は挙がることはない。
「痛いだろ?痛いんだろ?ならさっさと喚いてみろ」
泣け。叫べ。命乞いをしろ。そんなクソやろうをじっくりいたぶるのが最高なのだ。そして、この女はそのような残虐刑に値するクズであったはずだ。
「なのに、何で!!何でだ!!!うおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
俺は、怒りなのか、憎しみなのか、愛情なのか、よくわからない感情にただふりまわされていた。しかし、いまの俺は間違いなく詩季を殺す。それほどまでに、アリスを切り刻んでいるのだ。そんな中でも、詩季は俺に優しく語りかけていた。
『覚えてる?ナイン君。私たちがはじめてキスした日のこと。忘れてたら、ちょっとショックだなぁ』
詩季は、小恥ずかしそうに、あの時のことを回想していた。顔を少し赤くして、その唇に人差し指を当てる。
「この女を殺せぇぇぇ!!アニミストォォォォ!!!」
俺は聞きたくなかった。耳を塞ぐよりもより確実だったのが、彼女を殺すことだ。もはや一言も発せられない状態にしてやればいい。
『でも、あのとき、ナイン君は私に言ってくれたよね。私が笑っているだけで、ナイン君にとって、すごい助けになってるって』
詩季は、俺に向かって問いかけた。あの時の情景が鮮やかによみがえるのだ。見つめあった熱い視線も、高鳴る心臓の鼓動も。あの時の気持ち全てが、彼女の大切な宝物。あの時の言葉の全てが、彼女にとって想い出のアルバム。思うだけで心が温かくなれる。それらは彼女にとって、誰かを愛した証。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇぇ!!!!」
しかし俺は、アリスをただぶん殴ったりして返事に代えた。詩季に記憶を喚起される度に頭が割れるように痛くなるのだ。これ以上、しゃべらせると自分が壊れてしまう。この女は、他の連中と結託して自分を売った。そんなクソやろうであればよい。これ以上、苦しませるな。
『あのとき、私、すごくうれしかった。今まで人の役にたったことのない私が、だれかにとってかけがえのない存在になれたから。人に世話をかけてばかりの私が、とても活き活きできたんだぁ。これって、すごいことなんだよ』
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
アニミストは、白と黒のボディにアリスの紅い返り血を浴びながらも、ただひたすら、アリスを切り刻んだ。その腹部を切り刻み、内蔵を潰し、再生不可能な状態にまでする。もう何も聞きたくないのだ。いまさらそんな話、聞いたってしょうがない。お前は、ただの裏切り者。それ以下でもそれ以上でもない。だから、裏切り者のままでいてくれ。もう、戻れないんだ。もう俺はただの人殺しに成り下がってしまった。そして、今度はお前を殺そうとしている。だから、いまさら戻れないのだ。
『このままじゃ、しーちゃんが、しーちゃんがしんじゃうよ。もっと、シールドをだしてよ。ねぇ、メイデン、助けてよ』
まもるは、自分の無力さに耐えかねて、涙をだらだら流している。このままでは大切な友達を失ってしまう。しかも、そのなによりも大切な親友が、愛する人の、まさにその手によって殺されようとしているなんてあんまりだった。そんな結末、酷すぎる。ただでさえ、目が不自由で、人並みの幸せも掴むことができない彼女なのだ。せめて、彼女が手にした唯一の幸せだけでも守ってあげたかった。しかし、もうメイデンからは一枚もシールドは出てこなかった。
『だからナイン君。私、あなたに会えて、とっても幸せだった。優柔不断で、鈍感で、いつも本ばっかり読んでて、でも優しくて』
「やめろおぉぉぉぉぉぉぉ!!!これ以上、俺の心の中に入ってくるんじゃねぇぇぇぇ!!!」
俺は心の中によみがえってくる記憶を、叫ぶことでもみ消そうとする。だが、それらはねちっこく俺の頭にしがみついてはなれない。
『私がいなくなっても、必ず、この世界を守ってあげて。おねぇちゃんや、おとうさん。社長や、西田さん。グレイに春樹にあいちゃん。それと、私の親友のまもるちゃんも』
『メイデン、しーちゃんを助けてよ!!!ねぇ!!』
「我ァァァァァァァァァァァァ!!!!」
アニミストの一撃でアリスの頭が破裂する。もう原型は留められていない。
『ほんのちょっとだけでいいの。みんながもっと、人を思いやりながら、助け合って生きていける世界。みんなが、生きててよかったって思えるそんな世界。これが私の願った世界。きっと、ナイン君なら作っていける。だから、約束だよ。私が見れなかった世界を、ナイン君が私の代わりに見ないとダメだから。ナイン君は絶対に生きなきゃダメだから!』
「俺はぁぁぁ!!!!!」
「ナイン君、大好きだよ」
最後に俺は、愛した彼女の笑顔を見た気がした。それは一片の偽りもない、本当の笑顔だった。それは俺にとって、あまりにも眩しすぎた、すばらしい笑顔だった。
「うおぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
アニミストは、右腕を巨大化させて、最後の一撃を放つ。だがその反面、俺の頬を涙が伝っていた。
(俺、なんで泣いているんだろう。これを望んでいたんじゃないのか、俺は。あんなに殺したかったんじゃないか。なのになぜ、俺は泣いているんだ)
『しーちゃん!!いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
アニミストの右腕が炸裂した。何もかもを吹っ飛ばしてゆく。詩季との楽しかった思い出も。彼女と未来を誓い合った約束も。あふれ出る涙を吹き飛ばして、乾かして。何より大切な、彼女までも。
(ああ、君とはじめてあの山の中で出会って、一緒にいろいろ話したよな。カフェにも入ったりしたし、一緒にお前の大学にも行った。そういや、テストの時、俺、負けたんだよな・・・。あの時、社長に怒られたの、結構傷ついたんだぜ)
分厚い閃光がアニミストの周囲を包んだ。光の世界に包まれたことで、ようやく俺と詩季は一緒になれた気がする。その閃光は、全てを洗い流していく。俺をずっと覆い隠していた心の闇をかき消す光となったのだ。詩季は、最後に約束を守ってくれた。彼女は俺をしっかりとつなぎとめてくれた。
やがて、閃光がなくなってくる。不思議と、俺の心は落ち着いていた。
「詩季!!」
しかし、前方の光景を見ていてはそう落ち着いてはいられない。俺は、心臓がドクドクしているのを感じながら、アリスの肉片の中を見渡した。おそらくコクピットブロックであるとされる箇所を覗く。そのひしゃげた球体の中から、めちゃくちゃになってしまった女の子の遺体が確認できる。
「俺は・・・俺は・・・・」
これは何かの間違いだ。あの壊れた肉片が、彼女なのか。
(俺ハ、詩季ヲ・・・・)
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
俺は、ただ絶叫した。それは、信じたくもない光景であったのだ。