表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/68

第36話  dualism

弥生遼子と田中愛が乗る戦艦は、アヴァターの衝撃波により飛ばされて以後、暫くのあいだ沈黙をしていた。衝撃波によってかなりの距離を引きずられたらしく、艦体が大地を削ったあとが長く尾を引いているのである。もっとも、艦体に致命的な外傷はなく、航空能力が奪われてしまったわけではない。


「いてて・・」


弥生遼子は、転倒して意識を失っていたが、ようやくにして目を覚ました。頭をぶつけたためか、鈍い痛みがする。頭から液体が滴る不快感がしているため、少し流血もしているようだ。しかし、あれほどの膨大なエネルギーをくらっていたにもかかわらず、こうして生きていたことはむしろ感謝すべきであろう。鬼となる前のあの輸送機であれば、搭乗員もろとも塵ひとつ残らずに消し飛んでいたに違いない。


「一応、生きているようね」


弥生は、いま現在、自分が戦艦のブリッジにいることを認識した。操縦席には操縦桿を握ったまま秘書が気絶している。ただ、シートベルトを着用していたためか、弥生のように転倒するということはなかったようだ。なら気絶するほどのものでもないだろうと突っ込みを入れたくなるが、あれほどの眩しい光と衝撃波の二重奏である。本能的に死を確信し、苦痛に襲われる寸前に意識という電源を落としてしまったのであろう。いわば秘書は、ショック死の一歩手前である。

ということで、秘書はなんともないようであるから、改めて弥生は辺りを見回した。


「何、あの青い光・・」


弥生は、強く輝く青い光を見た。その発光源には見たことのないオーガもいる。なんとも奇妙な光景であるものだ。彼女はまだ意識が十分に覚醒しきっていないのだろうと思い、強く目を閉じて自分の顔をはたく。そして再び目を開いて、前方の光景を見るのである。


「やっぱり、気のせいなんかじゃない」


しかし、結果は同じであった。襲撃してきたオーガのうち一体と、青いメンタルスフィアを持つ未知のオーガが戦っているのだ。青いメンタルスフィアなど、弥生が知る由もない。あれは本来、薄緑色の弱弱しい光を放つに過ぎないものではなかっただろうか。なのになぜ、あのような目を背けたくなるような威光を放っているのだろう。

また、それ以上に彼女の目を引くのは、青い光の源たるあのオーガである。白と黒が織り成すその身体は、善良なるものと害悪なるものとのカオスを思わせる。神々しくも醜い、優しくも卑劣な、存在そのものが矛盾しているオーガなのだ。


「あれがまさか、ナインのオーガ・・」


そしてあの矛盾に満ちたオーガは、敵のオーガと相対している以上、姿は変われどナインの鬼であると結論せざるを得ないのだ。


「ナイン、あなたはいったい何者なの・・」


もちろん、答など誰も提示してはくれないのである。弥生は、向こうで煌く青色の威光をただ眺めて、その戦いを見守ることしかできなかった。



(二)

最高執行官『アニミスト』。その強大な力の淵源は、青きメンタルスフィアに求められる。このおぞましき身の毛のよだつような青の輝きは、数えきれないほどの生命体を生贄にし、その魂の土壌の上に醸成されたのである。その土壌には無残にも圧殺されてしまった生物たちの苦痛や怒りが肥溜めのように蓄積され、絶えずアニミストの動力源となっているのである。いわば、アニミストに向けられた憎悪を再構成し、純度の高いエネルギーに転換して循環利用するものといえる。だから、このアニミストは、生きとし生けるものを殺せば殺すほど、そしてその殺戮対象に憎まれれば憎まれるほど強くなる。まさに、外法の執行者の長としてこれ以上に相応しい存在はないであろう。


「団堂ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


シックスは、身も心もボロボロにやつれてしまっていた。このアニミストというオーガは、彼女の想定していたものとはまるで異なり、はるかに強大な力を持っていた。軌道の読めない攻撃や、予測不可能な攻撃からはたとえこのアルビオンでも、直撃を回避するだけで精一杯なのだ。また、前形態と比較して、か細くなってしまったあの腕から繰り出される一撃も極めて痛いものである。いったいどうして、あの細い腕からこのアルビオンの防禦を突破し、大損害を生じさせることができるのであろうか。それゆえ、ある一定の距離まで両者の間合いを詰めることすらできず、シックスはまともな攻撃を敵に叩き込むことができないでいる。


「くやしいよぉぉぉぉぉぉ!!ちくしょぉぉぉぉぉ!!!!」


シックスは、あのふざけた男が、この敬虔で忠実な自分を軽く凌駕し、絶望のどん底に突き落としているのが、悔しくてたまらなかった。必死でもがき苦しんでいる彼女は、まるであの男に見下されている気がしてならないのだ。

シックスは、少し遠くにいるアニミストを見る。現在はいたって静かにしており、攻撃のそぶりは見せていない。まるで、大仏のように優しく世界を見つめているだけなのだ。しかし、アニミストの異常な静けさからして、かえってシックスの警戒心は深まるばかりである。この透き通るような無心状態は、外道の王者であるからこそなし得る領域である。不用意に攻撃を仕掛けるのならば、自分の命はない。


「来た」


ついにしびれを切らしたのか、アニミストが動き出した。背後に攻撃の気配がある。それはなぞの宝玉であり、アルビオンに対して体当たりを目論んでいるようであった。ただ、機動性に関しては絶大な能力を持つアルビオンであるから、何とかこれを回避する。


(またこの攻撃だ・・。虚物化を封じているというのに、いったいなぜ私は背後を取られる?)


しかし、そのなぞの宝玉を回避したと思った矢先であった。アルビオンの右腕が切り落とされる。


「あああああ!!!!」


今度は、別方向から、なぞの宝玉を棒状に伸ばしたようなものが襲い掛かっていて、これによってアルビオンの腕は切り落とされたようである。切断部分から血液が滝のようにあふれ出る。とはいえ、ひるんでいる場合ではない。相手は、すぐそこにまで飛びかかろうとしてきている。次は、シックスの命をとりに来るつもりだ。


「ちくしょぉぉぉぉ!!!なめんなぁぁぁぁ!!!」


アルビオンは、断末魔の叫びを挙げる。それは、地獄の苦しみから抽出される哀れな受刑者たちの叫びの塊である。その叫びは、いったいどれほどの残虐な仕打ちを叩き込めば、これほどに恐ろしい叫びを挙げることができるのであろうと思わざるにはいられないほどのものである。おそらく、現世では何者も出すことのできない音に違いない。存在してはいけない音色。すなわち、禁断の唄である。

そして、その断末魔の叫びは、空間を歪めるほどの音波となってアニミストに襲い掛かる。その音に触れたアニミストは、自身の身体をボロボロにされた。まるで、巨大なハンマーか何かで打ちつけられたかのように、身体が粉砕されるのだ。


「ははははははは!!!ざまぁぁぁ!!!」


シックスは、風化した岩石のように砕かれていくアニミストを見て、いい気分に浸るのである。


「もう一度、食らわせてあげる」


アルビオンは再度、断末魔の叫びを挙げる。今度は、音波を一点に集中させ、アニミストを一気に砕くつもりらしい。一方、敵はこれを避ける気がないのか、全く動こうとはしない。そのため、アニミストは甘んじて、腹部にその直撃を受ける。結果として、アニミストの腹部は、押しだるまのように吹き飛ばされてしまい、上半身と下半身がふたつに分かれてしまったのである。


「てまどらせやがって!これで終わりよ!!」


アルビオンは、アニミストにとどめの一撃を刺そうとした。ところが、そのような致命傷を受けてもなお、アニミストは攻撃の意志を弱めることはなかった。むしろ、最後の一撃を受けてあげたといわんばかりであり、熱風のような殺意がシックスに襲い掛かってきた。

アニミストの上半身と下半身の切断部分に、魔方陣のような紋様が発生して、光の文字を描き出す。すると、アニミストの全身が強く煌き、そこに外なる世界から膨大なエネルギーが怒涛のようになだれこんできたのだ。


「なんだ?何をするつもりだ?」


シックスは、なにやら空間が軋むような感覚を肌で明瞭に感じ取ってしまう。それだけに、彼女でも何かが来ると具体的に予測できてしまうのである。とはいえ、それは彼女にとって、嫌な予感以外のなにものでもないのであるが。


「化け物・・・」


アニミストの切断部分にできた魔方陣は、まるで地獄へのデモンズゲートである。そしてそこから、変な化け物が門を突き破って、この現世に生れ落ちようとしているのだ。現に、化け物の手か何かが、もぞもぞと外の世界に出ようとあがいているのである。

他方、アニミストがその化け物の出生を助けるため、自己の手を門の中に突っ込んでは、その化け物を一気に引きずり出す。

すると、変な蛸のような、単細胞生物のような、訳の分からない巨大生命体が出てきた。それは、この世の生物ではない。また、神話にものぼることのないような醜い存在。人の観念を超えた外道。まさに外なる世界にのみ生息する、この世界にいてはいけない矛盾パラドクス。アニミストは、このようなものを現世に呼び寄せてしまったのだ。


「oaihgoaihgilahgoiauhgo」


その生命体は、なんとも知的に言葉らしいものを発しているが、現世に生きる人間にとってまるで意味不明である。しかもその醜い醜態に似合わず、理性的であるが故に余計気味が悪い。


「何をする気だ!!団堂!!」


シックスは、人智を超えたアニミストの能力の前に、自身の心に芽生えた恐怖を隠せなかった。死など、とっくの昔に覚悟していたはずである。しかし、さすがにそれにも許容範囲というものがあって、死を超えた恐怖まで覚悟していないことはもちろんである。いったい、このアニミストに殺された場合に自分が体験する恐怖や苦悩とは、いかほどのものであろうか。想像してもし足りないほどである。特に、あの奇妙な生命体は、自分を異世界へ連れ込んで、無限の恥辱や苦痛を与えるに違いないであろう。


「そんな豚野郎で、私を斃せると思うな」


だが、そのような恐ろしいことになる前に、あの生命体を殺してしまえばいいだけの話である。だから、シックスは気持ちを落ち着かせて、改めて攻めるのである。あの奇妙な物体が何であれ、一瞬にして灰塵に帰してしまえばよい。


「obdsobiusodfubsodfubs!!」


他方、その生命体をアニミストが片手で掴むと、それはばたばたと暴れだした。しかし、アニミストはそれを気にも留めないで、後方へと大きく振りかぶる。


「隙だらけだ、馬鹿!!」


アニミストは、あの化け物を飼い馴らそうとしているのだろうか、攻撃してくれとでも言わんばかりの隙が生じている。これで終わりだ。その豚野郎ともども消え去るがよい。

アルビオンが咆哮する。断末魔とともに滅びの唄が天空に響き渡る。透明な矢のようなその音の粒は、アニミストを貫こうと襲い掛かる。

しかし、アニミストはそんなアルビオンの渾身の一撃を豆鉄砲くらいにしかみなしていないようだ。この致命的とさえ思える大きなモーションは、あくまで必殺の一撃を叩き込むための前置きに過ぎなかったから。この時点において、シックスは死んでいるのだろう。だから、アニミストは振りかぶった化け物を、思い切りアルビオンに向けて投げつけた。


「え・・・」


アニミストに降りかかろうとした音波は、全てその化け物の巨体が被る。しかし、投擲の勢いは全く衰えないままアルビオンに化け物は襲い掛かった。その蛸のような無数の触手を伸ばし、球体のような体の中心には大きな口が開いて、獲物を捕食せんとするのである。


「こないで・・。こないでよ!!」


アルビオンは、完全に攻撃態勢に入っていたため、カウンターとして投げられたこの化け物を回避するには、敵の攻撃を認知するのが遅すぎたのだ。まさか、あれを投げてくるとはここにいる誰が予想しようか。しかも、でかいくせにかなりの速度で来る。したがって、回避不能であった。


「きゃぁぁぁぁぁ!!!」


アルビオンは、無数の触手によって捕縛され、その手足や翼を絡め取られてしまうのである。しかも、触手の先端ごとにも醜い口がついており、その貪欲さは火を見るよりもあきらかである。


「いや!!いやぁぁ!!!」


アルビオンは、その醜い化け物に様々な方向へと引っ張られることによって、瞬く間に四散する。肢体は細かくパーツに分断され、翼ももぎとられ、各触手がそれらを求めて一斉に喰らいつく。アルビオンもおそらく人間の肉でできているのであろう、赤い血が大量に噴出し、化け物に降り注ぐ。しかし、貪欲で、食することに夢中なこの化け物は、ただひたすらにアルビオンの肉を喰らうだけだった。


「嫌嫌嫌嫌嫌!!!!!」


シックスの悲鳴は、止まらなかった。近くで見れば見るほど、この化け物の醜さをリアルに実感できた。それだけに、恐怖は絶頂を迎える。しかも、本体の巨大な口は、彼女を食べる気でいるようで、臭い息を吹きかけ、むごたらしい口内を覗かしている。いったい、あの中に入ってしまったら、自分はどうなってしまうのか。輪廻転生から除外され、無限地獄を、自分の魂が消えてなくなるまで歩かされるに違いない。


「先生、助けてください!!ファイヴでもいい!!誰か!!誰か!!!きゃあああああ!!」


そんな呼び声に反応したのか、アニミストが全身を補修しては、化け物の食卓に近づいてきていた。そして、その手には剣状に変形させたニルヴァーナを手にしている。


「いやぁぁぁぁぁ!!!エイトォォォ!!!」

『ごめん・・・』


アニミストはその剣で、いままさに食われようとしている直前のアルビオンの胴体を、化け物ごと突き刺す。


「bxoiuboxubizdfyuboid!!!!」


化け物もなにか言葉を発したようだ。だが、それも束の間、突き刺したニルヴァーナが次第に巨大化して、化け物ごとアルビオンを包み込んだ。


「団・・・」


そして、その巨大化した剣は、一瞬のうちに収縮してしまうと、その範囲にあった物体の全てを消滅させた。



(三)

アニミストは、着地すると途端に、その胸の輝きを緑色へと戻してしまう。すると、白と黒の身体は徐々にその体の中へと吸収されてしまい、もとの基本形の姿へと戻っていってしまうのであった。


「俺は・・・」


ナインは急に目が覚めたようになり、意識が飛ぶ前と意識が戻った後の変わり具合を比較して、状況が一変してしまっていることに気づいた。確か、自分は翼の生えたオーガに猛烈な攻撃を受けていたはずである。しかし、少し疲れたことを除いては、いたってからだは無事なものといえる。


「またこの感じだ」


これは、アザゼルと戦ったときと同様であった。自分の中のなにかが目覚めては、自分の心を支配し、その器たるからだを操作するのである。そして、自分が目覚めたときには全てが終わっているのだ。おそらく、自分の前人格が戻っているのであろう。きっと、何かがトリガーとなって本当の自分が目を覚ますのだ。


「そういえば・・」


ナインは、アルビオンの攻撃を受けて、精神が壊れていく最中、巨大なオーガを見た気がした。いくら薄れゆく意識の中であっても、あの凄まじい力は嫌でもかんじることができた。しかし、その像は極めてぼやけているためか、そもそもオーガであったかすらも疑わしい。


「ナイン!!大丈夫なの?」


そのようなことを考えているうちに、弥生から通信が入った。よく周りを見渡せば、結構近いところに彼女の乗る戦艦はあった。とすると、彼女はこの戦いの一部始終を見ていたのかもしれない。


「社長。俺は何をしたんですか?」


ナインは、知りたかった。自分が一体どういった存在なのか。どんな恐ろしい力を持っているのか。


「俺が知らない俺は、一体何をしたんですか?」

「・・・」


弥生は、少し黙っているようであった。言葉を選んでいるのであろうか。なんせここからでは彼女の表情は伺えないので何ともいえない。


「今、私も意識が戻ったばかりだから、何も見てないの。ごめんなさい」

「そうですか・・」


ナインは、彼女が本当のことを言っていないと思えた。しかし、あの弥生がそういっている以上、彼はそれ以上のことを聞けなかった。

今回のことと前回のことを線で結べば、自分の真の本性がこの心の奥底に眠っていることがいよいよ実感できる。やはり、ナインはナインなどではない。なら自分はいったい何なのだ。この器に一時的に住まわせてもらっている、かりそめの魂に過ぎないのだろうか。来るべき時が来れば、自分はこの肉体の主たる意志によって、その深層意識の中へと囲い込まれ、その中に霧散して最終的には消滅してしまうのであろう。そうしたら、この短い期間ではあるが、積み上げてきた大切な思い出や、愛する人のことも、なにもかもが無くなってしまう。

ナインは、ただひざを突いて、呆然と立ち尽くしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ