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第34話  覚醒の妖魔

恐竜のようなプロトオーガ、アヴァターから放たれた巨大な衝撃波が消え、周囲の眩しさも落ち着いてくると、ソウル飛行場の広大な敷地も一瞬で焼け野原へと変わっていた。アスファルトで舗装された綺麗な地面もすっかり引き剥がされて、寒々しい不毛な土地が顔を出している。


「少し、やりすぎてしまいましたね」


ファイヴは、少々興奮気味に力を解放してしまったため、必要以上に周囲の環境を破壊してしまったことを嘆いた。もっとも、嘆くといっても、事後的に若気の至りを笑い飛ばす程度のものではあるが。


「まぁ、いいでしょう。敵はもう虫の息・・」


気を取り直したファイヴは、自分に対峙する身の程知らずな虫けらどもを見渡した。焼け野原となった大地に、ぽつりぽつりと残骸のようなものが転がっている。この滅びの風に呑まれた哀れな虫けらたちは、手足などもふっとんでいて、立つことさえできないでいるのだ。


「あとは、確実に息の根を止めればいいだけです」


そしてファイヴは、まず一番近く地面に横たわっているゲイボルグ・Dを標的として、止めを刺しに向かう。


「待ちな!アンタの相手は、このアタシだ!!」


怒鳴り声と同時に、数発、弾が放たれる。辰巳春樹の乗る鬼女セアトは、いまだ健在であったようだ。どうやら上空にいたおかげで、間一髪衝撃波から逃れることができたようである。

面倒なことに一匹だけ仕留めそこなって、ファイヴにとっては、そのセアトがうるさいハエか蚊に思えて仕方が無かった。


「貴女の攻撃は、このアヴァターには無意味だということがわからないのですか」

「無意味かどうかは、やってみねぇとわかんねぇだろうが!!」


ただ、辰巳自身も、いつまでも同じ攻撃をしていても相手に吸収されてしまうので、新たな攻撃手段に訴えかけねばならないことを強く認識していた。知らなかったとはいえ自分のせいで、敵をアシストしてしまい、味方が無残にも傷ついてしまったのだ。ここは自分が命に代えても、味方を守っていかなければならない。


「おもしろい。いったい貴女がどういう手段に出るのか、ゆっくりと拝見することに致しましょう」


そういって、アヴァターの上半身である本体は、腕を組んで高みの見物を始めるのである。


「余裕ぶっこいていられんのも、今のうちだ!ばぁか!!」


セアトは、強大な外法エネルギーを爆発的な推進力へと転化させ、アヴァターに急接近する。それは、音速を超え、目にも留まらぬ速さとなる。


「そういう魂胆ですか。頭の悪い人の浅知恵のように思えます」


ファイヴは、救いようの無い人だと呆れかえってお手上げ状態であった。この女は、おそらく各種属性攻撃吸収シールドの中に侵入して、直接攻撃に踏み切るつもりなのであろう。しかし、そのような浅はかな考えでは、このアヴァターに傷ひとつ負わすことなど到底不可能である。というより、その策に出た時点において、このアヴァターの術中にはまっているのだ。


「出なさい。グラヴィディ・アクス」


すると、アヴァターの本体は、全長50メートルほどもある巨大な斧をその手に顕現した。


「へ、そんな斧でアタシをぶった切れると思うな!!」


他方、辰巳はその斧が巨大である故に、容易に避けることができるであろうと考えた。だからこそ、怖れることなくそのままの速度でアヴァターの懐へ飛び込むのである。


「やれやれ、貴女は何かを勘違いしておられるようだ。この斧は、ただの外法媒体物です。貴女の考えているように、私はこれを振り回す気など全くないのです」


そういって、セアトが接近しているにもかかわらず、アヴァターは巨大な斧をかざしているだけで何もしようとはしなかった。見るからに隙だらけなのである。


「んだと?・・・ってあれ?」


もう少しで吸収シールドの範囲内に入ることができると思ったところで、辰巳は違和感を感じる。ただ、その危険探知はあまりにも遅すぎたようだ。


「かかりましたね」


ファイヴは、口元を引きつらせて笑う。


「体が、重い・・」


驚異的なスピードで接近を試みたセアトであったが、急にその身体を自由に動かすことができなくなった。いや、動かせるのであればまだ良い。もはや腕を挙げることすらも苦悩を伴う状態である。


「コレは重力結界です。動くことすらできないでしょう」


ファイヴが説明するや否や、重力結界の射程内にいたセアトは、その異常重力によって大地に叩きつけられた。それはまるで大地に強力な磁力でも仕込まれているのではないかとさえ思えるほどの力であり、立ち上がることすらも困難を極める状態である。


「あ・・あ・・。くそが・・・・」


辰巳自身も異常重力の影響下にあるため、操縦席の床部分に這いつくばるように倒れてしまう。また、それだけではなく、強烈な重力の力は体内の物へも同様に及び、臓物が腹の肉を破り割いて地に落ちてしまいかねないほどであった。


「ああ・・!ああ!!」


そのうえ、横隔膜もまともに上下できないので、息もほとんどできない状態にあった。このままでは、セアトが潰れる前に辰巳の方がぺしゃんこになりかねなかった。


「敵とはいえ、貴女も女性です。いつまでもこの苦しみに耐えることはできないでしょう。すぐに楽にして差し上げます。ですからご安心ください」


アヴァターは、のっしりと近づいてきて、巨大な斧を手にとった。すぐに楽にすると言っている割にはその気があまり無いようで、行動はやけにゆっくりである。要するに、苦しませながら殺したいというのが、この男の本音であるようだ。


「あああ!!!」


声を発するにしても、苦しそうに涎をたらしながら喘ぐことくらいしかできない。


「ふふふ、苦しいでしょう」


ファイヴは、手にした斧をセアトに振り下ろすことも無く、ただその光景を傍観していた。


「苦し・・・、うげぇぇぇ!!」


臓器がひとつつぶれたのだろうか、血反吐を吐くようになってきた。セアトの操縦席内は、赤い血で汚くなった。


「あああああああああ!!!!」


内臓損傷の痛みで、ただ叫び散らす。しかも痛みで悶えるにも、両手足を革ベルトで強く押さえつけられているかのようであり、激痛を紛らわすためにじたばたすることすら許されない。


「嫌だよ・・。死にたくない・・・。誰か、助けてよ!」


これは、身体を縛られたまま、体内の臓器を一個一個潰されていくような卑劣さ極まる拷問に等しい。このような苛烈な仕打ちを、まだ少女のような辰巳が耐えられるわけもないのである。現に彼女は、からだ全体が苦痛に満ちてきたため、いよいよ自分にも死が迫ってきていることを具体的に認識した。そうすると、恐怖で頭の中が真っ白になってしまっていた。


「やめて・・。もう、やめて・・。痛い・・死んじゃう。ママ。パパ・・、助けて。ぐヘッ!!」


そして、もう一度、大量の血を吐き出した。辰巳は、操縦席の中で、干上がった魚のようにぴくぴくするだけである。


「ああ!!本当に愉快です!!貴女のその無様な格好!!地に這いつくばりながらも、生にしがみつこうとする惨めさ!!」


ファイヴは、辰巳の行動にあわせてぴくぴくしているセアトを見て、大爆笑を始めた。もうこの男は、止めを刺す気など毛頭ないらしい。ゆっくりと、この女が潰れていくことを見物するだけなのだ。


「ママぁ・・。ぱぱぁ・・」


辰巳は最後に、遠い海の向こうにいる両親の笑顔を思い描いては、ホームシックになってしまった子どものように泣いていた。だが、涙が出るだけで、自分の吐き出した血だるみに身体を横たわらせている以外になにもできることはなかった。もう、そのまま死を待つしかないようであった。


(春樹さん・・。春樹さん・・。こんなところで死んじゃってもいいんですか?)


ふと、気のせいなのか、辰巳の頭の中にどこかで聞き覚えのある声が響いてきた。


「アタシ・・・お迎え・・・」


ついに死神でも来たのではないかと思えてくる。もしくは、見殺しにした友達が手招きをしているのであろうか。もしそれならば、それでもいいのかなと辰巳は思ってしまっていた。


(今回は特別です。ゲームを楽しくするために、貴女に力をあげましょう)


だが、やはり声が頭の中に響いてくる。消えそうな意識の中でも、辰巳は誰かが自分の耳にささやいていることをはっきりと認識できたのだ。


(貴女もこれで、偽りの鬼女から、真の鬼になれるはずです。それは、貴女にとって、きっと楽しい世界の幕開けですよ)


すると、セアトのOSが、何かのプログラムを受け取った。そのプログラムは、辰巳が特になにをするでもなく自動的に執行される。


(さあ、お目覚め下さい。貴女はメンタルスフィアに選ばれた、正統なる執行官です。存分にその力を使いなさい)


たちまちに操縦席内を異世界から取り入れてきた狂気が充たしてしまった。辰巳は、邪悪な瘴気の塊に飲まれて見えなくなってしまう。むしろ、それに飽き足らず、膨大な量の外法エネルギーはその行き場をなくして、セアトの全身を覆い尽くすほどである。


「これはいったい?何が起こっている!?」


膨大な外法の力を認識したファイヴは、自分の目の間で起きようとしている前代未聞の出来事に当惑していた。


「まさか、紛い物の分際で鬼化しようというのか?」


このメンタルスフィアの異常活性は、まさに鬼化の前触れである。しかし、鬼化は選ばれた執行官にのみ与えられた、特別の秘儀である。こんな紛い物などが断じて到達してよい領域などではない。


「な・・、なんということだ・・」


アヴァターの重力結界によって押しつぶされていたはずのセアトが、その力を押し返してなお、立ち上がったのだ。


「あーはっはっはっはっは!!!行くよ、セアト!!!」


死にかけていたはずの辰巳が、まるで鬼にでもとりつかれたかのようになり、異常に元気よく叫んだ。そして、黒い瘴気につつまれたセアトに異変が生じる。すなわち、右腕がありえないほどにまで巨大化し、木の枝のような翼が背中に勢いよく生えた。また、体中をピンク色の筋肉が覆い、もはや鬼女などではなく異形の悪魔であった。


「信じられない。こんなのありえない・・。なぜ、コイツが?」


そして、ファイヴは痛感していた。あの紛い物から発せられる異常な瘴気が、このアヴァターにも匹敵する力を持っていることを。いや、それ以上かもしれない。彼は、あの紛い物のいったいどの部分に、これほどの力が眠っていたのか理解できなかった。


「あーあ。やってくれたね、アンタ。口ン中が鉄臭くてきもちわりぃんだけど」


辰巳は、口の端に垂れている血を舌で一蹴しながらいう。


「それに、マジで痛かったわ、アレ。百万倍にして返してやるよ。観念しろや、ガリ勉野郎。あーはっはっはっはっは!!!」


辰巳は、大声で笑い飛ばした。


「鬼化したからといって、調子に乗らないで頂きたい。貴女にアヴァターの障壁を破る術はないのだから」


ファイヴは、鉄壁の二重吸収シールドがある以上、やはり自分が負けるはずは無いと確信していた。だからこそ、彼は強気でいられたのである。


「ああ、それね。そんなのこうすりゃいいじゃん」


セアトは、巨大な右腕をアヴァターに向けて、伸張させた。それは鋭利な槍のようになり、アヴァターを串刺しにしようと、ものすごいスピードで伸びていく。


「それでは無意味と何度も言っているでしょう?それがな・・・・・」


すっかり安心しきっていたファイヴは、不測の事態に気づくことができなかった。あの明らかに物理属性である攻撃は、物理属性攻撃吸収シールドによって攻撃能力を完全に奪われるとタカをくくっていたのだ。ところが、そうなることはなく、その巨大な槍はアヴァターの上半身付け根部分を貫通していたのだ。


「吸収シールドが適用される前に、攻撃の属性を変えちゃえばいいんじゃん。簡単なことだろ?」


辰巳のいうように、彼女は、確かに物理属性攻撃を行ったのであるが、外法属性吸収シールドを突破した直後に、攻撃の性質を外法属性に変えたのである。そのようにして辰巳は、セアトの攻撃を到達させることに成功したのだ。


「貴様が、属性の転換を知っているはずなど!!仮に知っているにしても、一朝一夕でモノにできるような技術ではない!!それをなぜ貴様が・・」

「アタシ、天才だからさ」


アヴァターの防禦能力は一見完璧のように見えるが、実は属性の転換という攻撃方法を知っている者にとっては、裸同然であった。無論、ファイヴ自身も属性の転換を知っていないわけではないのだが、この紛い物がその技術を持っているなどということは夢にも思わなかった。一見、頭の悪そうな女だが、本当に戦闘の天才なのかもしれない。


「これで、吸収シールドは無効化した。あとは、思う存分、アンタをぶっ殺すだけね。けけけけけけけけ」


辰巳は、奇妙な笑いを挙げるとともに、突き刺したままの右腕をドリルのように反時計回りに回転させる。すると、アヴァターの肉を掻き出しながら、右腕は勢いよく抜けていった。


「調子に乗りすぎです。たかがアヴァターの吸収シールドを破っただけで、私に勝てると思ったら大間違いです。第5の執行官の恐ろしさは、これからが本番なのですから」


ファイヴは、闘争心に火がついたのか、巨大な斧を手に構えて上空へと飛翔した。


「そうそう。そうこなくっちゃ。せっかく手にしたこの鬼の力。雑魚相手に使ったんじゃもったいないからね」

「貴様が、この私を雑魚呼ばわりするなど!!」

「ま、いいや。アンタが雑魚かどうか、このアタシがためしてやるよ。かかってきな」


セアトは、その巨大な右腕をかまえる。他方でファイヴは辰巳に言われるまでも無く、セアトに向かって、その巨大な斧を振り下ろしつつ急降下するのであった。


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