第33話 ソウル攻防戦
焼肉屋を後にした6人は、人通りの多いソウル繁華街で通行人を巧みに避けながら、ソウル飛行場へ向けて走っていた。もっとも、目の見えない詩季をここで走らせるのは困難なので、ナインが彼女を背負って走っているようである。そのためか、彼らを見る人々は次々に後ろ指を差すような目でその集団を見ている。
「えぇ~ん。海鮮チヂミぃ~」
「最初にぐずってたからだろ。がまんしろ」
辰巳春樹は、注文だけして食べ損ねた海鮮チヂミを名残惜しんで、小さくなっていく焼肉屋を振り向いて見る。そのような、彼女をナインは咎めて、前方へ向き直らせる。
焼肉屋と飛行場はそれほど離れていなかったためか、ナインたちはすぐに戻ってくることができた。
「案外早かったのね。目標は、韓国領空内に侵入して真直ぐにこちらに向かっているわ。急いで準備して」
飛行場の入り口付近で弥生遼子が、6人を迎えてくれた。彼女のいうとおり、鬼はまだここに到着していないようで、嵐の前の静けさといわんばかりに静かである。
「あれ、何?」
ふと、まもるが走りながら鬼と化した戦艦を指差した。まるで、アザゼルの赤い肉を装甲に移植したような禍々しいものが置いてある。
「あれは、あんたたちがメシ食ってる間に完成した、わが隊の戦艦よ」
弥生は、自慢気に正体不明の物が何者であるかを紹介してくれた。
「わぁ。すげぇ」
確かに禍々しい点は否定できないが、味方の兵器である以上、その禍々しさは強さの表現でもありかえって辰巳には頼もしいとさえ思えた。
「さすが、社長。仕事が早いですね」
詩季は、弥生に向けて親指をたてる。
「当然よ。さて、無駄話はこれくらいにして、急ぎなさい」
弥生がそういうと、全員は搭乗口から戦艦内へと駆け込んでいった。
(二)
数分後、五体のオーガと1隻の戦艦型巨大オーガが所定の位置に付くと、まもなく南東の空から2体の巨大な影と、数機の戦闘機と人型ロボットがこちらに近づいてくることを見て取れた。戦闘機やロボットは、おそらく韓国軍の兵器であり、領土侵犯者を排斥するために、攻撃を行っているようである。しかし、侵犯者は物理属性攻撃無効シールドを展開しているのか、全ての物理属性攻撃はこれによって無効化されてしまう。そのため、韓国軍の攻撃を毛ほどにも気にかけず、むしろこれらを完全に無視して進行していた。
『そこの2体、これ以上の進行は止め、即刻退去しなさい』
ある兵隊が、メガホーンを使って、英語・中国語・日本語などの各言語で、そのような趣旨の呼びかけを繰り返す。しかし、それでも2体の侵犯者は進行を全く止めようとはしない。
『しかし、なんだこいつら?我々の攻撃が全く効いていない』
韓国軍兵士は、銃弾の一切が空間の中に吸い込まれる光景を目の当たりにして、手に汗を握るような想いであった。
『韓国軍、聞こえますか?あの2体は我々が応戦するので、一旦退避してください』
弥生が無線を使い、韓国軍兵士たちに注意を向けさせた。その声に導かれるように、彼らはさらに飛行場にいる6体の異様な兵器群を目の当たりにすると、もう何が何だかわけがわからなくなってしまう。
『アルファチーム。あれは日本軍の特殊部隊だ。後は彼らに任せて退避してくれ』
韓国軍司令官らしき男が、重みのある声で命令すると、交戦を続けていた兵たちも納得したのか、次々に戦線を離脱していった。そして、2体の侵犯者たちだけが残り、いよいよ公益社団法人東京陸運保険機構の部隊の目の前にその姿を現した。
まず一体目は、巨大な翼をもつ人型のプロトオーガ、アルビオンである。2体目は、今まで現れなかったタイプであり、アルビオンの3倍ほどの巨体を持つ翼竜のようなプロトオーガである。また、ずっしりとした恐竜のような下半身から生えた、人型のほっそりとした上半身が異様といえば異様である。
「やっとみつけましたね。シックス」
「えぇ。しかも、人間のくせにエイトのアザゼルをあんな風に使うだなんて許せないわ。絶対に皆殺しにしてあげるから」
シックスと呼ばれる少女は、怒りのあまりそのグレーの瞳が狂気に染まって、もはや人の目ではなくなっていた。
「我々はエイトのように優しくはありませんよ。行きましょう。わが化身、アヴァター」
2体のプロトオーガは、突撃してきた。
「ファイヴは、まわりの雑魚をお願い。私はアニミストをやるわ」
「わかりました。シックスも気をつけて」
それをきくと、アルビオンは巨大な翼をはためかせ、ナインのプロトオーガに向かって急降下する。
「ナインさん!」
まもるが危機を探知すると、急いでメイデンのシールドで援護をさせる。
「ふん、そんなもの、何も無いのと同じよ」
アルビオンは、何体にも分身しては、敵の注意を撹乱する。そして、それらの分身があらゆる方向からナインに襲い掛かる。他方、ナインのプロトオーガはメイデンのシールドで全身を保護され、全く隙はないように思われた。しかし、アルビオンの分身には実物ばかりでなく、虚物のものも含まれており、攻撃の性質を多様化させることでメイデンのシールドを全く無効化してしまうのである。
「ぐわぁぁぁぁ!!」
ナインは、それを一身に受け、遠くへと吹っ飛ばされる。
「ナイン君」
詩季は、ナインを助けに向かおうとしたが、その時に猛烈な殺気を感じた。
「おっと、あなた方の相手はこの私がつとめて差し上げましょう」
巨大な翼竜が、いつの間にかアリスの背後にそびえたっていた。
「ち・・」
そして、その巨大なプロトオーガ、アヴァターは、すかさずその尾でアリスを地に叩きつけようとする。
「そんな、トカゲみてぇな尻尾。俺が叩ききってやる」
寸前のところで、ゲイボルグ・Dがアリスの前に割って入り、漆黒の炎を纏ったバスタード・ソードでこれを受け止めつつ、切り上げた。すると、すぱっと尻尾は切断され、上空へと吹っ飛び、紫炎につつまれて消えていった。
「ほう。そんな真似ができるのですか」
アヴァターの執行官であるファイヴという男は、感心してその光景を見ていた。しかし、切れた尾もすぐに再生してしまう。
「まだまだ。今度はセアトよ」
鬼女セアトは、アヴァターの上空からグレネード・ランチャーとショット・ガンを連射する。アヴァターに、透明なガラス玉のような高エネルギー体と緑色の溶解液が雨のように降りかかる。
「いい攻撃ですね。しかし・・」
ところが、その弾丸の雨はアヴァターに着弾する寸前のところで、弾丸を纏っていた外法エネルギーが剥ぎ取られ、次いで実弾が光の粒子に分解され、アヴァターに吸収されていく。これは、攻撃吸収シールドである。しかも、外側から内側に向けて外法属性、物理属性の順で重畳的に吸収シールドを展開していた。
「いい攻撃であるだけに、逆効果です」
アヴァターに膨大な量のエネルギーが注入されてしまったようだ。上半身のアヴァター本体の筋肉がやけに膨張をはじめた。
「同時にふたつの属性シールドを張っているというの?そんなの、どうやって攻撃すればいいのよ」
シールドを扱い慣れているまもるにとって、いや、シールドを扱い慣れているからこそ、このアヴァターの防禦能力の恐ろしさに平伏しそうになる。
「そう。あなた方にこのアヴァターの障壁を破る術はありません。この滅びの風に包まれて、どうか大人しく死んでください」
そして、アヴァターはたっぷりと吸収したエネルギーを解き放った。アヴァターを中心に光をともなった衝撃波が外へ外へと何もかもを押し流していく。その光はあまりに眩しくて、何もかもが見えなくなっていく。
「詩季!!」
ナインは、幸い先ほどの突撃で相当遠くへと飛ばされたので、アヴァターの攻撃を免れられたが、巨大な爆心地にいたアリスを見て、まず叫んだのである。
「あなたに余所見などしている暇などあって?」
「女・・」
ナインは、声のする方を振り向く。すると、先ほどナインに向かって突撃してきたアルビオンを見とめた。
「あなたを殺す前に聞きたいことがあるの」
シックスは、抑揚の無い声で淡々と尋ねる。
「何だ・・」
「なぜ、エイトを殺したの?」
「奴が俺を殺しに来たからだ」
「そんな理由で?」
「それで十分じゃないのか」
「十分?」
シックスは、ナインを鼻であざけ笑う。
「俺は俺の生きる権利を守った。それだけだ」
「まず、あなたは前提から間違っているわ。あなたに生きる権利など無い。あなたにあるのは、死ぬという義務だけ」
「そんなこと、お前に言われる筋合いは無い」
ナインは、相手の言い分を切り捨てるように応える。
「不合理よね。生きる権利のない人に、あの人の無限の可能性を無残に抹殺されるというのは。なぜそんな不合理な結果が許されるのかしら?」
「不合理なのはどう考えてもお前らだろう」
「なぜ・・?なぜ・・?なぜ・・・?」
シックスは、ひとりぶつぶつと自問自答を始める。
「・・・!」
ところが、アルビオンの覇気の無さが、急に威圧感へと転化されたため、ナインは本能的に生命の危機を感じた。
「なぜ、お前のような生きる価値もないクズ野郎が生き残るために、彼が殺されなければならないのよぉォォ!!!」
アルビオンは、猛烈な雄たけびを挙げながら、分身して突撃する。そして、両手には鞭のような細い武器を手にして、四方八方からナインを捕縛しようとする。
(ここは虚物化して・・)
ナインは、世界と融合を果たそうとした。
「逃がさない。お前だけは逃がすものかぁぁぁぁ!!」
しかし、虚物化ができない。これは、ナインのプロトオーガの周囲に対虚無効シールドという、特殊なシールドを張られていたためである。
「捕まえたぁ」
ナインは、3体の分身が放り投げた鞭に手足を絡め取られてしまった。しかも、この鞭はかなりの強度であり、全くちぎれない。そのうえ、虚物化によって離脱することも不可能である。
「さて、お前の魂を吸い取って、廃人にしてあげる」
ナインのプロトオーガに絡みついた3本の鞭は、毒蛇のようにするすると表面を移動して、メンタルスフィアに噛み付く。これは、物理属性精神方法攻撃か。
「なんだこれ・・・うがぁぁぁ!!」
そして、3本の蛇は鬼のメンタルスフィアを通して、勢いよくナインの精神力をまるでポンプのように効率よくナインの心からくみ上げていく。
「うふふふ・・。エイトの苦しみの分まで、たっぷり苦しみながら死になさい」
シックスは、うっとりとした目でその光景を眺める。この拷問じみた攻撃方法は、本当にたまらない。身動きひとつできない哀れな奴隷が断続的に挙げる悲鳴もまた心地よい。さらに精神力を40パーセントほど吸い取ってしまうと、一般的には人間の廃人化が進行するのであるが、これまた快感なのである。どんどん人間としての理性を剥ぎ取られていき、人間の頭がおかしくなっていく様は、麻薬中毒者を檻の外から傍観するに近い狂気のスペクタクルである。この男もすぐにラリって、涎をだらだら垂らして、ひいては糞尿まで垂らし、命だけはと自分に対して媚びへつらうのだ。そのような人間の野性を目の当たりにするのは実にクセになる。
「がぁぁぁぁぁぁ!!」
「あなたもいい声を出すじゃない。でもこんなものでは済まないわ」
精神吸収が進むと、もうじき社会性と合理性に塗り固められた人間の外壁が瓦解してパトスをむき出しにした『サル』が現れるのだ。『サル』の喘ぐ声はほんとうにたまらない。そして、ゆくゆくはお前も『サル』として死んでいく。お前のような、傲慢な知識人が『サル』同然となるのは、死よりも耐え難い屈辱であろう。
(それにしても、なぜこの男は鬼化しないのであろう)
もう生命の危機はすぐそこまで来ているというのに、この男はいつまでも基本形のままなのだ。出し惜しみなど、この状況では無意味であろう。あるいは、別の目的があるのか。
(まさか!?)
鬼化は、メンタルスフィアに認められた執行官でなければなし得ないもの。すなわち、アニミストに鬼化できるのはこの男しかいない。とすると、このままこの男を始末してもアニミストは手にはいらないどころか、永遠に闇の中である。もっとも、アニミストなど無くとも計画が無になるわけではなく、著しい支障が生じるだけであるから致命的というわけではない。にもかかわらずこの男は、それだけのために死ぬつもりなのだろうか。
いや、やけに悪知恵ばかりはたらくこの男に限って、そのような不合理なまねはしない。もしや、我々が知らない重大な事実ごと道連れに死を選ぶつもりなのか?
「なぜ、鬼化しないの?」
シックスは、一旦、精神吸収を取りやめた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・」
ナインは、相当程度の精神力を吸われて、答えられないほどに疲弊していた。
「このままでは、無意味に死ぬというのに、なぜ?一体、お前は何を企んでいる?」
シックスは、憎き敵をいつでも殺せる状況にありながら、これを殺せないでいるため非常に動揺していた。だが、その動揺を隠そうとして、できる限り声に抑揚が現れないように淡々と尋問する。
「はぁ・・。さぁな・・。なんでかな・・?」
しかし、ナインは相手の心に生じた大きな変化を見逃さなかった。だからあえて、挑発的な態度を採る。
「貴様ァァァァ!!」
だが、そのナインの挑発的言動はシックスの堪忍袋の緒を切断するに十分であったようで、逆効果を生じさせてしまったようだ。
(もういい。この男が何を隠していようがどうでもいい。その精神をからからになるまで吸い尽くして、殺してやる)
そして、再度、シックスは精神吸収を開始した。
「ぐわぁぁぁぁぁ!!!」
「やっぱり、これがいい。お前がこわれるまで、ずっと遊んでいてあげる」
シックスは、男に悲鳴を挙げさせることを止められなかった。これこそが彼女を興奮させてくれる。
「ああああああ!!!」
「うふふふ・・」
「あへあへあへはえへへへ・・」
そろそろ頭がおかしくなってきたようだ。これからがおもしろくなる。この男にも、人間社会とのおわかれのじかんがちかづいているのだ。野蛮な哺乳類となり、狂気の乱舞を踊るがいい。
「叫べ、喘げ、馬鹿!!」
と、その時であった。
「・・・!!」
強烈な悪意。刺し殺しかねないほどの殺気。絶望的なまでに圧倒的なプレッシャー。これらの精神的な負荷が一挙に暇もなく、シックスの心を押し潰そうとする。
突如、アルビオンの背後に巨大な影が出現したのだ。それだけで、シックスは心が凍りつき、冷や汗が滲んでくる。
『そのぐらいにすれば?シックスねぇちゃん』
シックスは、後ろを振り向いた。そこには、アルビオンすらも威圧するほどの邪気を放つ、巨大な悪の結晶体が浮いている。鋼鉄の花弁を幾重にも貼り付けたような巨大な蕾。空に咲く、魔性の妖花。そう、これこそは、最凶のオーガ、アーリマンである。
「ナイン、そのぐらいにしろとは一体どういった趣旨かしら?」
しかし、シックスは次第に平静を取り戻し、アーリマンの執行官であるノイに対して切り返す。ちなみにナインとは、ノイのコードネームである。いなくなった9番目の執行官の後釜として抜擢されたのがこの少年のようだ。
『そのままの趣旨だよ。もっといえば、それをやめようと言っているの。わかるよね?』
「お前、我々を裏切るのか?」
『裏切っているのは、僕じゃなくてねぇちゃんの方じゃないかな。アニミストを失うことが先生にどれほどの迷惑をかけるのか、頭のいいシックスねぇちゃんならもちろんわかるよね』
「くそ!!」
シックスはそういって、ナインに唾を吐きかけるようにしながら精神吸収を解いた。彼女は自分のしていることが、先生の命に抵触していることを認識していただけに、第三者にそれを咎められると反論ができない。
『にしても、団堂先生。ひどいやられようだなぁ』
ノイは、アーリマンの目を通して、心がボロボロになったナインをまじまじと眺めた。もう、ぐったりとしているようで、新手がきたことにも全く気づいている様子は無い。
「しかし、ナイン。この男を野放しにしておくわけにもいかないわよ」
『それはもちろんだね。でも、団堂先生はこのままじゃ、絶対にアニミストを出してくれないよ』
「なぜそういい切れるの?」
『だって彼、記憶喪失だから』
「記憶喪失?」
『うん』
「あはははははは!それ本気で言ってんの?お前も冗談がうまくなったわね。あはははは!!」
『そういうわけだから、アニミストはでてこないの』
「ざけんじゃねぇよ!じゃあ、コイツ生かしたところでアニミストはどうせ出てこねぇだろが!!やっぱりいま、コイツはここで殺す」
シックスは、改めて精神吸収を再開しようとした。
その時である。
アーリマンから無数の太い触手が伸びて、シックスのアルビオンを完全に包囲する。
『慎め、シックス。ここで俺が、貴様を殺してもいいんだ』
そして濃密な殺意と共に、あの明るい少年から発せられたとは思えないほどの冷たい声が、シックスの心につきささる。そのために、やむなくアルビオンはそこにぴたりと停止せざるを得なくなった。
「く・・、アーリマン・・!!」
シックスは、悔しさで歯軋りをするほどであった。
『うん、それでこそシックスねーちゃんだね。アルビオンごときが僕のアーリマンに敵うはずないんだから』
アーリマンは、伸ばした触手を自身の体に戻していくと、ノイは、ニコニコとした表情に戻っていた。
そう、ノイの言うとおりアーリマンとは高等執行官であり、シックスの下級執行官であるアルビオンとは一線を画す、上級のプロトオーガなのだ。しかもこのノイという餓鬼は、あとから入ってきたくせにえらく先生に気に入られたうえ、瞬く間に高等執行官としてのポストを彼に与えられた天才中の天才である。それだけにシックスは、この餓鬼が大嫌いであった。
『もちろん、僕もねぇちゃんに無理強いをするような理不尽なことを言うつもりはないさ。だから、こういうのはどうかなと思って、わざわざ来たんだよ』
「なんだそれは?」
『こういうことだよ・・』
ノイの口調が怪しくなると、巨大な蕾が開花して、それはまたまた巨大な蝶の羽のようになる。そして、アーリマンは、ナインのプロトオーガに向けて、何かを放ったのだ。しかし、それは物理的・精神的に害を及ぼすものではない。
(おねぇちゃんには悪いけど、まだ先生には死んで欲しくないんだよね。団堂先生を超えるのはこの僕じゃなきゃダメだから)
『オッケー。これで僕のやりたいことは終わりだから、あとはねぇちゃんが好きにするといいよ。じゃあね!』
そういって、アーリマンはどこかへ消えてしまった。
「あいつ、一体何をしに来たのよ」
シックスは、消えていくアーリマンを見届けると、再びナインのほうへ向き直った。思わぬ邪魔が入ったが、すぐに帰ってくれたのであとは思う存分にこの男をなぶり殺しにできる。
「え・・・?」
しかし、シックスは、いまさらながらにあの子どもがナインにしたことが、ようやくわかった。おそらく、何かのプログラムを送信したのである。いわば、この木偶人形がアニミストになるための起爆剤をセットしに来たのである。
そう、この青いメンタルスフィアこそ、最高執行官の証である。理性も何もかもが剥ぎ取られたこの男であるが、そのような焼け野原同然となった心の深層意識に、ひそひそとくすぶっていた動物の本能の基礎であるアニマが覚醒したのだ。しかもこの男は、事前に理性だとか社会性だとかが失われているがために、覚醒しようとしている野性は、通常よりも露骨で情熱的である。
「あのクソガキィィィィィ!!!」
むざむざアニミストを目覚めさせ、自分だけ逃走してしまうとは、してやられた感が残る。しかし、これで確信した。あのガキは裏切り者だ。絶対に弾劾してやる。いい口実ができた。
とはいえ、奴を弾劾するにも現状を乗り切らねばならない。目の前のアニミスト前段階は、無数の泡に囲まれて、まもなくアニミストとなろうとしている。それにしても、アニミストはこれほどの強さを持っていたのか。明らかにアルビオンの潜在能力をはるかに超越している。
(勝てない・・。逃げるか?しかし、この男を背に逃げるなど言語道断だ。ファイヴと協力をすればあるいは・・)
「ファイヴ、聞こえる?」
『・・・・・』
繋がらない。まさか、相手は紛い物の雑魚集団だ。ファイヴのアヴァターに限って、あんな連中に後れを取るはずもない。むしろ寝てても勝てる相手だ。しかし、現に繋がらないということは、こちらと同じように異常事態が発生したことは確かなようである。
「うふふ・・。おもしろいわ。もとより、そのつもりでここに来たのだから。このアルビオンが相手になるわよ。アニミスト」
シックスが覚悟を決めるとまもなく、アニミストが現れた。黒と白の混沌の邪神である。ひれ伏したくなるほどの強烈な威圧感を前にしてはとてもではないが、まともな精神では耐え切れない。
「エイトの仇。ここで討つ!!」
シックスは、決死の覚悟でアニミストへと飛び込んでいった。