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第32話  束の間の余暇

弥生遼子は、西新宿のとあるショット・バーにいた。ここは、西新宿のビル街を縫って入っていったようなところにあり、夜になるとおそろしく静かになるので、落ち着いた時間を過ごすことができる。もうラストオーダーの時間を過ぎているのだろうか、カウンターには彼女とバーのマスターくらいしかいないのである。

「あれ?私なにやってんだろ?」

弥生は今の自分が置かれた状況が全く読めないでいる。しかも、なぜこんな締めつけられるような紅色のドレスを着ているのか。普段は黒のスーツに身を包んでいるだけに、こういったドレスは全く着慣れないのだ。

「弥生さん、大丈夫ですか?」

マスターが心配そうに訊いてきた。たしかに、そういわれると、体がだるくて大丈夫とは程遠い体調にある。きっと、飲みすぎたのだろう。

「本当に、どうしてこんなにだるいんだろう・・」

弥生は、カウンターに突っ伏してしまった。どうしても体が言うことを聞いてくれないのである。

「もう、辻本さんは来られないのではないですか?あの人は、とても忙しいひとですから。今日も何かあったのですよ」

マスターは、洗浄したカクテルグラスの水滴を丁寧にふき取りながら、弥生にぼそりと言う。

「辻本さんって、幸治さんのこと?」

弥生は、いきなり起き上がり、マスターを問い詰めたため、彼は怪訝そうな顔をした。

(そうか。これは、あの夜だわ・・)

もう3年前になるのか、忘れもしない夜だった。あの時も、弥生はこういう感じでだらだらと、辻本幸治を待っていた。しかし、待ち人は一向に現れなかった。

辻本は、弥生の防衛省時代の先輩にあたる人間であり、この日、彼女に大事な話があると言って、ここに待たされていたのである。ところが、約束の時間になっても彼は弥生のもとに来ることはなかった。だから、次の朝、仕事であったときには、文句を言ってやろうと心に決めていたのだ。女を数時間も焦燥に置くことがどれほど罪深いことなのか、その身をもってわからせてやる。そう思っていた。

だが、そんな弥生の矛先は、生きている辻本に及ぶことはなかった。次の日、辻本は、変わり果てた姿で発見されたそうだ。おそらく遺体は修復不可能なほどにまで壊されていたのであろうと思われる。彼もまた、鬼の襲撃の果てに殉職したらしい。最後まで、未知の生命体との死闘を仲間とともに続けていたが、当時の兵力で鬼に勝るわけもなく、奮闘もむなしくやられてしまったのだ。

弥生は、辻本の遺体が入っていると思われる棺桶に向かって、怒りをぶちまけるしかなかった。泣きながら、何度『馬鹿』という言葉を吐き出したかわからない。あとで、遺族に聞いた話だが、辻本の遺品には、4カラットのダイヤの指輪がケースの中に大事そうにしまってあったそうだ。

(いま、深夜1時をまわったところか・・)

これが、あの時の追憶であるとすれば、いまから辻本の下へ行けば彼は助かるかもしれない。

「行かなきゃ!幸治さんが!!」

弥生は、飛び出していった。マスターが後ろの方で何か言っているが、気にしない。なぜか、さっきまでのけだるさは綺麗さっぱりと消えていた。

(たしか、あの時の事件は六本木だったはず)

弥生は、すぐにタクシーを拾い、六本木へ向かうよう指図する。

「六本木ですか?あそこは今、有事でして近づけませんよ」

「ギリギリのところまででいいわ。運賃も好きなだけ出す。急いでちょうだい」

弥生は、すごい剣幕で迫ったようで、運転手はまるで銃でも突きつけられたかのように抑圧されてしまい、ついに観念して車を走らせた。

  

六本木に近づいてくると、いよいよ戦火が酷くなってきていた。いつ鬼と遭遇してもおかしくないような危険な場所にまでやってきていたのだ。

「お客さん、私はもう限界ですよ」

「ここで十分よ、ありがとう」

そういって、弥生は財布からありったけの札を取り出しては運転手に渡し、車から降りて戦火の中へと飛び込む。

六本木の街は、ビルが崩壊し、あちこちで炎上も見られる。もう、とっくに深夜をまわっているが、まだなんとか生き残っている兵もいるようで、銃声は途切れることがなかった。なんにせよ、この先には日本の行政機構の中枢を担う霞ヶ関があるのだ。だから、ここを鬼どもに突破されるわけには行かなかった。

(あの人は、こんなところで戦っていたのに、私は・・)

ここは地獄であった。人が火傷や裂傷などの痛みでうめく声しか聞こえない。しかも、生きている兵も逃げることは許されていないため、あとは足掻くだけ足掻いて死を待つだけである。もちろん、白旗の意味がわかるような相手でもない。そんな絶望的な世界であった。

(私は、あの人に守られていたんだ。今まで、ずっと)

弥生は、走った。走りにくいハイヒールを捨て、邪魔なドレススカートを引きちぎり、走った。これが夢であってもいい、タイムパラドックスが起こらなくてもいい。ただ、最後に生きているあの人に会いたかった。

「幸治さん!!」

タバコの吸いすぎなのか、息が切れて仕方がない。大声を搾り出すのもやっとのことである。

「り・・こ」

その時、弥生はいくつものロボットの残骸の下から、かすかに自分の名を呼ぶ声がするのを聞いた。

「幸治さん!」

弥生は、返事をして自分の位置を知らせつつ、辻本の居場所を探す。

「遼子・・」

まちがいない、辻本の声である。おそらくあの残骸の下であろうか。

「あれは・・」

辻本がいた。やはり残骸の下敷きになっている。弥生は、その場所へと駆け寄った。

「幸治さん、いま助けるわ」

「馬鹿、どうしてこんなところに来た?」

辻本は、激痛をこらえ、絞り出すような声で言った。

「あなたを助けるためよ」

「いいんだ、俺はどちらにせよもう助からない。それに上の残骸が崩れて降ってきたら君も死ぬぞ・・。早くここから去れ」

辻本のいうように、彼に堆積している残骸は不安定で、今にも崩れてきそうである。

「嫌よ!あなたをここに置いてはいけない!私もここで一緒に・・」

「馬鹿やろう!!君は生きるんだ!!ここで死ぬなどということは許さない!!」

辻本は、精一杯の声で怒鳴った。

「幸治さん・・」

「いいか遼子、よく聞くんだ。鬼どもの野望は絶対に阻止しなければならない。そのためには君をここで失うわけにはいかないんだ」

「鬼の野望・・?」

「それは、『チャプター9』と呼ばれるおそろしい計画だ」

「『チャプター9』?」

「それは・・・世界を、っく!!」

激痛が走ったのか、辻本は一瞬、意識が飛びそうになってしまった。

「幸治さん!!」

痛々しい辻本の容態を見ていられず、弥生はやはり彼に近づこうとしたが、辻本はそれを目で制止した。

「大丈夫だ。とにかく、君はそれを阻止してくれ、遼子。君のような有能な部下ならば、きっとできるはずだ・・」

とはいうものの、辻本の口調が次第に弱くなっていた。それはまるで、いよいよ死を覚悟した老人のようなのである。

「そんな、私だけに押し付けるなんてずるいわ」

それだけに弥生は、生を放棄しようという辻本が許せなかった。悔しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。

「そんなことはない。俺は、ずっと君のそばで見守っているさ」

「嘘!そんなの嘘っぱちよ!!」

「約束するよ・・。そして、遼子・・。愛して・・」

その時、不安定だった上の瓦礫が辻本にふりかかった。そして、彼のいいかけた言葉と共に、彼の肉体は瓦礫の中へと還っていった。ただ、最後の辻本の顔は、笑っていた気がした。死への絶望ではなく、残された者へ希望を託したことで、彼は自分の役目を終えたのである。

「馬鹿!馬鹿!馬鹿!」

そして、今度は棺桶ではなく、崩れた瓦礫に向かって、ただひたすらに気持ちをぶつけたのであった。

  

気が付けば、弥生は、ナインのプロトオーガの中にいた。悲しい夢のあとにふと目覚めたような気分である。その証拠なのか、彼女の目じりには涙が通ったあとが残っているのであった。

(そうか、これが『尋問』なのね・・)

弥生は、涙のあとをこすっては消して、『尋問』が成功したのかを確認することとした。そのために、まずはプロトオーガを降りる。

(特に、何も変化はないようだけど・・、失敗なの?)

プロトオーガを降りて、ガレージの内装を確認するも、これといって目立った変化はない。

「ん?外がうるさいわね」

しかし、なにやら外が騒がしい。数人が口論するような音もしくは野次馬がわめいているような音が聞こえてくるのである。そのため、弥生も急いで輸送機から降りることにした。

「あの?何かありました?」

「リョーコ、コレドシタ?」

知り合いの国防当局の人間が、輸送機を指差してはたまげた顔をした。弥生は、その指の先をたどると、ありえない光景を目にした。

それはなんと、メンタルスフィアの寄生が成功したようで、ブリッジの部分が緑色に輝いているのである。しかもそれだけではなく、アザゼルの強力なメンタルスフィアを寄生させたためか、それが輸送機に取り付いてしまったかのように全体を赤い肉が覆いつくしていて、明らかに戦闘的な輸送機になってしまっていた。まさにこれは戦艦形態をとるオーガと呼ぶに相応しいものであった。

「成功したのね・・」

とりあえず、めちゃくちゃ強そうな戦艦が完成したようなので、弥生はガッツポーズをとった。

そんな喜んでいる弥生を横に、飛行場の警備員や管理人などはびっくり仰天である。突然にただの輸送機が、気味の悪い戦艦へと様変わりしたものだから、その変化を目の当たりにした人たちが腰を抜かすのも当然であろう。

まず弥生は、そこで驚いている人たちに、害はないことを説明しておく必要があるだろう。果たして鬼のことをよく知らない韓国の人たちが弥生の説明を聞いて納得してくれるのであろうか。まだまだこなすべき問題はあるが、とにかく今はうれしかった。そのひと言に限るであろう。

  (幸治さん。ありがとう・・。今まで守っていてくれて)

弥生は、しばらく戦艦のメンタルスフィアの輝きを見つめていた。


辰巳春樹と別れたあと、美男子リーは携帯電話で誰かと話をしながら繁華街を北に向かっていた。

「ファイヴか、どうした?」

『どうした、ではありませんよ、トゥワイス。シックスがアザゼルのメンタルスフィアの再活性を捉えましてね。どうやら、そちらの方で反応があったとか。今から我々もそちらへ向かいますが、貴方も何か変わったことがありましたか?』

「ああ、特にない。あえて言えば、可愛い子を見つけたこと・・くらいかな」

リーは、前髪をかきあげて、少しニヤついて応えた。

『そういうところは貴方らしいのかもしれませんが、もう少しマジメにおやりになったらどうです?チャプター9まで、あまり日はないのですよ』

通話相手の口調は強かったので、リーは耳を電話から遠ざける。

「別にそう焦ることもないだろう。それとも、ファイヴは先生が、彼に劣るとでも言いたいのかい?」

『それはもちろんあり得ませんが、少しでも先生の不安材料は取り除いておきたいのです』

それを聞いたリーは、深くため息を吐いた。

「はいはい、わかったよ。とにかく、何かあったら連絡するから。それでいいよな?」

『ええ、頼りにしていますよ、わが同志。すぐに到着すると思いますが、そのときにこちらからも連絡します』

それをきいて、リーは携帯電話を切って、鞄にしまった。

(まったく、ファイヴは心配性だな。なるようにしかならないだろうに・・)

リーは、負けのリスクのないゲームというものが嫌いであった。理由は単純でつまらないからである。敵が雑魚ばかりにもかかわらず、圧倒的な力を振るっていくような一方的なゲーム展開など、彼にとっては何の価値もないのである。

しかし、今日は久しぶりに刺激的な出来事があった。リーは、それを思い出すことにしたのだ。

(辰巳春樹か・・。相当、精神球体にとりつかれているのか、鬼のにおいを滲み出していたな)

鬼の執行官だからこそわかる、特異な人間が持つ鬼の適性である。それを持つ人間がたまに現れるのだ。しかしながら、そんな稀に見る鬼の適性者の中でも、頭ひとつ分際立っていたのがあの少女である。あれほどの適性は、日常的に外法に触れていなければ到底身につかないものである。とすると、最近現れたという、執行官の紛い物に乗っているというのは紛れもなく彼女であろう。

  (ふふ、楽しみにしているよ。戦場で貴女と出会うことを・・)

  

  ナインたちは、無事に辰巳春樹と合流して、6人でソウル飛行場から歩いて程無くのところにある焼肉料理屋に入っていた。ここは、繁華街の端の地点に位置しており、通行人は中心街に比べてまばらであったが、それでも店内はサラリーマン風の男達で混雑している。ナインは特に食べたいものなどはなかったが、一部の者による熱狂的な押し通しを受け、焼肉を食べることとなったのである。

「それにしても、辰巳。何だか機嫌悪そうだな」

ナインは、自分の右斜め前にどっかり座っている辰巳の表情が、やけに膨れてしまっていることに気づいた。

「別に、なんでもないもん」

辰巳は、アタシに構うなとでも言わんばかりにそっぽを向いてしまうのである。

「おい、グレイ。お前が迎えにいった時、あいつになんかやったんだろ?」

ナインが、左横の席に座っているグレイに対して、耳打ちする。

「ちげぇよ。あいつと再開した頃にはもう、カンカンだったんだからよ。それで、俺の顔を見るなり、殴ってきやがったんだから。わけわかんねぇよ」

グレイは、膨れている辰巳をちらちら見ながら、ナインに耳打ちした。

「ギロ」

他方、辰巳はそんなグレイをにらみつけた。

「あはははは・・・」

さすがのグレイも、怯えてしまっていたようで、辰巳に関する話題は慎みながらやめることにしたのだ。

「ほら、春樹。いつまでもぶすっとしてないで食べようよ。おいしいよ」

詩季は、十分に火が通った肉を示して言う。

「お腹へってないもん・・」

とはいったものの、詩季が示したうまそうな肉をちらちら見ているので、意地を張っているのは明らかである。ただ、どうしてそこまで意地を張っているのかは、彼女にもよくわからなかった。

「辰巳さん。お腹が減っていないにしても、次にいつ食事ができるかわからないんですから、少しだけでもたべましょう」

秘書の田中も、自分のために確保していた肉類を辰巳の皿に分け与えた。しかし、彼女は、食べるという行為をなしうるだけの活力がなかったようで、全く口が開かないのである。  

「はるきちゃん。お肉とってあげるから元気だしなよ」

そういって、まもるは焼きすぎにより炭化寸前の肉ばかりをつまんでは、辰巳の前に置いた。その肉を辰巳は、じっと見つめる。いつもなら、まもるにこんな仕打ちを受けたならば、直ちに彼女をぶっ飛ばしているところだが、いまの辰巳にそんな元気は全くなかった。

「しーちゃん。今日のはるきちゃん、絶対におかしいって」

「うん」

辰巳の左隣に座っていたまもるは、目の前に座っている詩季の隣へ行き、耳打ちする。

ふたりは、改めて辰巳の表情をみると、ぶすったれた表情はいくらか緩和されたものの、どこか遠くをぼんやりと見つめてまるで恋する乙女のようであった。

「はぁ・・」

恒常的にポジティヴなパラダイムを持つ彼女であるだけに、ため息をすること自体が前代未聞なのである。そうだとすると、辰巳にため息を教えるような原因となりうるのはひとつしか考えられなかった。

「春樹。もしかして、男とか?」

それを聞いた辰巳は、顔を真っ赤にした。そのうえ、らしくもなく下を向いてしまうのである。また、彼女は肯定も否定もしようとはせず、そのまま黙ってしまった。

「やっぱり」

ふたりの少女は、互いに顔を見合わせた。

「だとすると、グレイが殴られたのは、彼がはるきちゃんを邪魔したからってところかな」

「グレイも、もっと気を遣ってあげればよかったのにね」

「黒井さんは言葉遣いが悪くても、人の痛みがわかる人だと思ってましたのに」

女性陣は、口々に耳打ちをしながらグレイの方をちらちらみる。グレイはそれに気づいているのか、ただ黙々と焼けた肉を白米の上にのせて食べ続けていた。

「はるきちゃん。社長に時間をもらって、あとで私も一緒にその人を探してあげるから、今はちゃんと食べようよ。食べないで死んじゃったら、会える人にも会えなくなっちゃうよ」

「そうそう、運命って結構あるものなの。私とナイン君だって、運命に導かれるように出会ったんだから」

そういって、詩季は赤くなって、しあわせそうな表情を浮かべた。もちろん彼女も、運命などという実証不可能な根拠を持ち出すのは正しい説得方法といえないことは十分承知していたが、自己の体験を持ち出すことでなんとか主張を補強したのである。しかし、恋する乙女と化している辰巳にとっては、運命という言葉ほど説得力のある言葉はないであろう。

「ほんとにアタシ、また会えるかな?」

辰巳は、上目遣いで詩季に問いかけた。

「うんうん」

ふたりが同意すると、だんだんと辰巳の顔が明るくなった。

「そうだよね。あの人も、また会えるっていっていたし」

「うんうん」

「嫌われてなんかないんだ」

「うんうん」

すると、辰巳はひとりで頷いては、増強剤でも注入されたかのように、いつもの表情へと戻っていった。

「よぉし。なんか安心したら、急にお腹減っちった。とりあえず、肉でも食うか」

辰巳は、元気を取り戻し、まもるが取ってくれた肉を食べた。

「うげぇ・・。なんだこれ、もう炭じゃん!まもる、てめぇ!!」

そういって、辰巳は身を乗り出してまもるの頭をぶった。

「うぇぇん。ごめんなさぁい」

なにはともあれ、辰巳がいつもの調子に戻ったようなので、全員は安堵した。

「詩季もあまり食べてないんじゃないか?何か別に頼むかい?」

ナインは、右に座っている詩季も、肉を2~3枚と野菜類しか食べていないことに気づく。そのためか、思いのほかテーブルは6人席にしては寂しかった。まもるもあまり食べる方ではないし、辰巳に関しては炭化物を除いて何も口にしていない。だから、実際のところ、ナイン・グレイ・田中の食卓になっていたのだ。

「じゃあ、このコムタン・スープっていうのもらおうかな」

「OK。辰巳も、何か食べるだろ?」

「アタシ、シジミ食べたい」

辰巳は、今までの反動からか、テーブル上に置いてあった肉をありったけほおばりながら応える。

「チヂミな。いい加減に覚えろよ」

そして、ナインは暇そうにあくびをしている店員を呼び、コムタン・スープと海鮮チヂミを指差して、注文を伝えた。

「それにしてもよ、マジな話、これからどうすんだよ。俺ら」

グレイは、お茶をすすりながら訊いてきた。

「日本に帰っても、仕事なんてまともにできないだろうし、ここにいても鬼なんていねぇからな。せっかくのゲイボルグも腐っちまうよ」

「社長のことだ、おそらくマスコミを利用した執行官を討伐するはずだろう」

「でも、そいつは日本の救世主になってるって話じゃねぇか。そんなやつ倒しちまったら、余計に俺らの印象が下がるぜ」

「確かにな」

ナインも、熱いお茶をすすりながら深く考え始めた。執行官からいつまでも逃げるわけにはいかない。かといって、救世主と崇められているプロトオーガを倒してしまったら、それこそ日本で自分たちがいられるところなどなくなってしまう。

「でも、グレイ。消耗戦になれば、私達がもっと不利になるのは明らかよ。しかも、戦い方によっては、敵がペテン師だってことも明らかにできるかもしれない。少なくとも、ずっとこうしてくすぶっているよりはいいと思う」

詩季がナインの横から身を乗り出して、グレイに言った。

「なるほどな。まあ、俺は社長の命令さえあれば、なんだって叩ききるまでさ」

そういいながら、グレイは大きな牛カルビを箸で突き刺して、口に放り込んだ。

と、その時であった。ナインの携帯電話に着信が入ったようだ。どうやら弥生遼子からのようである。

「ナイン!急いでこっちに戻ってきてちょうだい!!」

弥生は声を荒げていった。このことから何かよからぬことが起ころうとしていることに気づいた。

「どうしたんですか?」

「プロトオーガよ。しかも2体いるわ。急いで!」

そういうと、すぐに電話は切れた。

「プロトオーガが来ているらしい。急いで戻るぞ!」

ナインは、呑気に食事中の仲間達に弥生の言葉を告げた。すると、仲間達は互いに顔を見合わせて頷くと、一斉に立ち上がった。


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