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第30話  戦艦引渡作戦ー3

名古屋市上空、地上はもとより、この空における敵機の数量も半端ではなかった。そのため空は飛行型の鬼によって覆いつくされ、日の光もまともに到達しないほどである。そのような状況の中、ナインが駆るプロトオーガに護送されながら、田中愛こと『あいちゃん』が操舵する輸送機は、着陸ポイントに向けて強行突破を試みていた。


「ぎゃぁぁぁぁ!!ホントに死ぬ死ぬぅぅ!!」


無駄に大きいこの輸送機は、当然に空の鬼どもにとっては格好の的であり、敵の集中攻撃の只中にあるのもまた当然であった。それにしても、まさかこれほどの修羅場であるとは、この臆病な秘書も予想すらしておらず、彼女は極度の恐慌状態に陥っているのである。そのため、わんわん悲鳴を挙げて泣きながらも、一生懸命に輸送機を運転していた。


「田中さん、その調子です」


とはいえ、さすが一級操舵士の技能を持つ者である。相当程度の訓練を積んだのであろう、混乱状態であるにもかかわらず、よく敵の攻撃を避けながら進んでいる。その怯えきった表情とは裏腹に、手足が機械のように的確かつ迅速に動いているのであった。


「田中さんじゃなくて、『あいちゃん』ですぅぅぅ!!」


また、秘書は混乱状態にあるか否かを問わず、ナインに対して、いつもの突っ込みを入れるのを怠らなかった。どうやら田中と呼ばれることを条件に、反射的に突っ込むようプログラムされているようだ。


「あ、『あいちゃん』。前・・」


ナインがそういうと、黒いオーガ、ベルセルクが冥府のエネルギーを輸送機ブリッジへと向けて放出していた。


「ぎゃああああああ!!!」


回避不可能。秘書は、死んだと思った。そして、背の低さのために最終面接で自分を落とした某航空会社の人事担当、ここに就職したこと、及びこの作戦に関与した従業員の全員(特に代表理事)を呪った。


「あれ?」


しかし、直撃のはずであった黒い剣が自分に突き刺さることはなかった。ナインが、うまく外法属性攻撃反射シールドで防禦をしてくれていたのだ。そして、反射した冥府のエネルギーは全て、発動者である前方のベルセルクが代わりに受ける。結果として、そのベルセルクは粉々になって地上の土へと還っていた。


「ナインさぁん」


秘書は、ぐしゃぐしゃな声で命の恩人の名前を呼んだ。そして、感激のあまり、ハンカチで涙をふくのである。


「まだ、たくさん来てますよ」


しかし、安心するのはまだ早い。敵は無数に存在する。ナインの処理能力がそれに追いつくはずもない。また、プロトオーガには広範囲の敵を一斉排除するような武装も今のところないから、完全に受身の戦略をとらざるを得ないのである。


「青鬼のライフルはそれほど怖くないが、黒鬼の攻撃は危険だな」

「あわわわわ・・、もうだめですよぉぉ」


気づけば、ナインたちは完全に敵に包囲されていた。この状況で、一斉掃射などされれば、せっかく運んできたこの戦艦も完全にアウトである。


「ナインよぉ、随分と苦戦してんじゃねぇか。手伝ってやるよ」

「田中せんぱいも生きてますかぁ」


さすがにナインも冷や冷やしてきたところ、頼みの伏兵であるゲイボルグ・Dと鬼女セアトが、間一髪で到着した。ゲイボルグ・Dは、輸送機の左翼方面を取り囲んでいる鬼の群れを暗黒の剣でまとめて排除し、他方、セアトが右翼方面の鬼をグレネード・ランチャーとショット・ガンの連射により、一掃する。


「ナイン、『あいちゃん』、ご苦労様。あと少しよ」

「りじちょぉぉ・・」


小さな秘書は、代表理事弥生遼子のねぎらいの言葉を聞くと、自己の生存を実感してはこの理不尽な役回りを押し付けられたことも忘れ、うれしさのあまり涙した。

そして、弥生の言うとおり、目標地点がはっきりと見えてきた。一箇所だけ、鬼が存在しない更地がくっきりと見て取れるのである。また、そこには結界が張ってあって、アリスとメイデンが目的物の到着を今か今かと待ちわびているのであった。


「では、みなさん。行きますよぉ」


田中は涙を拭くと、今回は珍しく、頼りない秘書があれくれ部隊の音頭を取った。そして間もなく、輸送機のブースターを噴出させて一気に加速する。


「田中せんぱい、なんか気合いはいってんじゃん」

「辰巳さん!私は『あいちゃん』です!あなた、今日二回目ですよ!」

「へいへい・・」


辰巳春樹は、しっかりと数を数えている秘書に呆れ、適当に返事をするも、内心では秘書が意外にも頼れることを知り、うれしくはあった。それゆえ、次からは『あいちゃん』と呼んでやろうと思ったのである。


「俺も『あいちゃん』には負けてらんねぇな」


グレイは、自分でそう言ってみたものの、柄にもなく女性を『ちゃん』付けで呼ぶのは恥ずかしかった。


「ふふ、黒井さんにそう呼ばれると、変な感じがしますね」


そして、秘書も同じような感情を抱いていたようであり、恥ずかしいと思っていたことを指摘される。


「今の俺は、グレイだ。田中さん」


グレイは、わざとそのように呼ぶと、やっぱりこっちの方がしっくり来ると確信したようだ。


「ムキー、だから私は・・」

「『あいちゃん』。無駄話はあと!前にたくさんのお迎えがいるわよ」


そんな口論をしている間にも、敵はチームを組んで前方に立ちはだかっていた。


「ぎゃああああ!!どうしよう!どうしよう!!」


秘書は余所見をしていたのか、急に慌てふためきだすのである。やはりこの秘書は頼りないな、と皆が再認識するのである。


「『あいちゃん』は、アタシたちが死んでも守りますから、さっさと行ってくっさいよ」

「しょうがねぇ。次、生きて会えれば『あいちゃん』って呼んでやるか・・」


相変わらず、好戦的なふたりは挑発的な言葉を吐く。しかし、かえってこのような言葉が、秘書にとって頼もしく感じられた。


「はい・・、絶対にこの艦を届けます」


その秘書の言葉を受け取ったふたりは、前方の群れの中へと飛び込んでいく。


「ゲイボルグの秘剣、その身に焼付けな」


ゲイボルグ・Dは、巨大なバスタード・ソードに闇の力を大量に注ぎ込んで、正真正銘の闇の剣としてしまうのである。すなわち、これによってゲイボルグの大剣は物理属性と外法属性との併合兵器となった。また、広範囲に分散してしまう冥府の力を一点に留めることで、バスタード・ソードの攻撃力を飛躍的に増強させ、かつエネルギーコストを抑えることができるゲイボルグ・ディアボリカの奥義である。


「ひゃはははははは!!!ゲイボルグ、あのクソどもを切り刻んじまいな!!!」


ゲイボルグ・Dはメンタルスフィアを覚醒させると、旋風のごとく敵チームの只中へとその身を投げ込む。

そして、あとは敵の群れを切り刻むだけである。濃密な闇を纏ったバスタード・ソードを一振りすれば、何体かの鬼がスパッとふたつに分断されてしまい、そのうえ漆黒の炎が燃え移り、瞬く間にその身を地獄の黒炎で焼き尽くす。


「あははは!グレイ、ひとりだけずるいぞ。アタシもまぜな!!」


さらに、そこにはセアトも介入し、全身の銃器で蜂の巣にする。


「ここでずっと、暴れていたいぜ」

「ほんと、アンタたち、マジ最高だわぁ」


セアトは、胸部のマシンガンを撃ちっ放しにしながら、両手の銃器で鬼の群れを粉砕・溶解させ、次々と墜落させていくのであった。


(二)

「ふたりとも、きりのいいところで戻ってきてくれ」


輸送機を直接護衛しているナインは、上で遊んでいる連中に通知した。すでに輸送機は結界の中へと到着しようとしていたので、護衛はもう必要がないのである。このことは、ミッションの終了を意味し、すき放題暴れていたふたりはがっかりしたようであった。


「ナイン君、『あいちゃん』。お疲れ様」


桐生詩季は、ようやく到着したふたりを出迎えてくれた。


「おふたりとも、もう大丈夫です」


そういって、沖まもるは、輸送機が入れるだけの穴を結界に開けてくれた。その中に、大きな輸送機がずぶずぶと入っていく。


「はぁぁぁ、こわかったぁ」


ようやく安心できる結界に到着したため、秘書は大きくため息をついた。あいかわらず結界の外では、弾丸などが飛び交っているも結界がほとんど防いでくれている。


「これで作戦は終了っすね」


上空でどんぱちやっていたセアトとゲイボルグ・Dも、追撃してくる敵を追い払いながら、結界のところまで戻ってきた。


「じゃあ、メイデンの結界を維持しつつ、みんな輸送機の中へ入ってちょうだい」

『了解』


従業員の皆は、口々にそれを了承した。

すると、輸送機の搬入口がゆっくりと開き、ようやく中に入れるようになる。外に、メイデンのシールドを巡回させたまま、5体のオーガは順序良く輸送機の中へと入っていくのである。


「OK、みんな入ったわね。『あいちゃん』、出発していいわよ」

「了解です、理事長」


秘書が承諾すると、輸送機の搬入口は再び閉じられる。そして、結界に守られたまま、さっさと離陸してしまうのである。敵は、これを逃すまいと次々に攻撃を仕掛けるが、相変わらず結界によって阻まれては、それらも攻撃能力を失っていく。そのため、秘書は平常心を維持でき、自己の技能を最大限に発揮しながら戦線を離脱していった。



(三)

「作戦終了よ。みんな、お疲れ様」


従業員たちは、それぞれのオーガから降りて、足早に輸送機のブリッジへと向かったのである。そこに皆が集まったところで、弥生は改めてねぎらいの言葉を述べた。


「にしても、アタシたちの戦艦っすよ、しゃちょぉ!」


辰巳は、新しいおもちゃを手に入れた子どものようにはしゃいでしまっている。


「これも『あいちゃん』のおかげですね」


詩季は、引き続き輸送機を操舵している秘書に向かって笑いかける。これに対し、秘書は余所見をできないので、詩季に向けて親指を立てて返事に代えた。


「中の施設もすごくいいですよ」


いつの間に探索をしたのか、まもるはこの輸送機を気に入ったようだ。


「まもる、なに先に探険してんだよ。あたしが先だろ」

「はるきちゃん、そんなの聞いてないよぉ」

「うるさい、うるさい!まもるのくせに!」

「ひどいよぉ・・」


辰巳は、いわゆるジャイアニズムを発揮しては、まもるのくせにという理不尽な理屈をこねて、彼女の頭を叩いた。


「コラ、辰巳。あんまりまもるを虐めるんじゃない」


ナインが、両者の間に入って仲裁する。そのため、代わりにナインが辰巳にぽかぽか殴られる羽目となった。


「それで、これから何処にいくんすか、俺たちは」


ひと騒動を巻き起こしている連中をよそに、グレイが冷静に問うのである。


「そうね。本作戦で、弾薬とかも結構使っちゃったし、色々と買い物したいのよね」

「食料とかも、全然ないですよね」


詩季がそういうと、朝から何も食べていないことに気づき、皆、一斉に空腹感に襲われた。あちこちから、腹のなる音も聞こえてくる。


「とりあえず、どこかで食事にしましょう・・」


弥生は、いつまでも従業員の腹のなる音を聞いていられないと思い、まずは食事をすることとした。


「でも、日本で降りれそうなところなんてないから、どこかの国に降りるしかないわね」

「国外逃亡ですか」

「まあ、それは否定しないけど。でも、この国は今、領空の監視もほとんど機能してないから、逃亡なんて簡単よ」


弥生の言うように、現在の日本国は外患に対抗するだけの軍事力をほとんど持っておらず、国内の対応だけで手一杯であったから、領空・領海の監視機能はほぼ形骸化していたのである。


「ただ、渡航先によっては不法入国ですよね」


詩季は、冷静に意見を述べる。出るのは簡単でも、入るのはやはり難しいのだ。現在これほどまでに国内の問題に頭を抱え、まともな出入国管理ができなくなっている国は日本くらいであり、他の国は依然として自国の領土を侵すものに対しては、厳しい目を光らせている。再三の警告を無視して領土侵犯を犯すものなら、直ちに撃ち落とされかねないであろう。


「心配しないでいいわよ。私を誰だと思ってるの?これでも元は防衛省にいたから、結構近隣諸国の国防当局の人に顔は知れてるの。訳を話せば、多分入れてくれると思う」

「そっか、さすが社長!」


弥生は早速、暫く使っていなかった、古い友人の番号へと電話することにした。すると、間もなく電話が繋がった。


「アンニョンハセヨ」


弥生は、韓国語でなにやら交渉を始めたようだ。ここにいる他の連中は、彼女が一体何を話しているのか、全くわからない。


「マジで社長がいて助かったぜ」


グレイは早く食料にありつきたいのであろうか、弥生を心から感謝しているようである。

しばらくすると、弥生はうれしそうな声調で別れの言葉を述べ、電話を切った。


「OK、韓国が入国を許可してくれたみたい。というわけだから、『あいちゃん』。ソウルに向かってもらえる?」

「はい、理事長」


秘書は、さっきから腹を雷の音のようにゴロゴロと鳴らしていたので、顔を真っ赤にしていた。


「『あいちゃん』。今日は好きなものおごってあげるから、もうひとがんばりしてね」


弥生は、やはり肝心なところで頼りない秘書をほほえましく思い、笑いかけた。


「すいません、理事長」


秘書は、恥じらいながらも、いまは本場の焼肉のことしか頭になかった。


「じゃあ、ソウルにつくまで、せんぱいはアタシと一緒に艦内の探険っすよ」

「俺も腹へってるから、動きたくないんだけど・・」


しかし、ナインは反論を聞き入れてもらえず、辰巳に引っ張られては、どこかへと行ってしまった。


「きゅうちゃんも、もう少しでゴハンだから我慢してね」


詩季は、空腹に耐えかねている愛犬を優しく撫でた。それを見ていたグレイとまもるも、なんとなく手持ち無沙汰だったので、犬のところでしゃがんでは、一緒にこれを撫で始めた。当の本人は、これを甘んじて受けつつも、不機嫌そうに伏せているばかりであった。


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