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第17話  あの頃の笑顔のままで

「わ・・私の艦隊が・・全滅だと・・」


小田原は背骨を抜かれたかのように、すっかりへ垂り込んでしまった。


「社長、こっちに向かってきます」


おそらく、あの黒き鬼のねらいはナインとプロトオーガである。だからこそ、同属の匂いでこちらに気づいたのである。


「どうすれば・・」


事前にあの鬼の戦いを見て、弥生遼子はまず我々に勝ち目がないことを悟った。とすれば、ここはもう逃げる以外の手段は無い。しかしながら、問題はプロトオーガの搬出である。操縦者であるナインの意識が回復しない以上、これはうんともすんとも言わないのが現状である。したがって、何体かでこれを担いでいく必要がある。ただ、そうなった場合、あいつから逃げ切れるのか。

  無理。

のろのろ動いているだけの赤鬼とは異なり、黒いオーガのあの細身からして、これは相当な速度で移動することも可能なのは明らかである。完全な戦闘タイプの鬼である。


「ちっ・・!」


その時、グレイがどこかへ走り出した。


「あ、グレイ!」


グレイは廊下を駆けながらいう。


「俺が時間を稼ぐから、あんたたちは急いでナインを連れて脱出しろ!」

「馬鹿!アンタ死ぬ気?ゲイボルグは戦うことはおろか、歩くので精一杯なのよ」

「考えはあるさ」


そういって、グレイは見えなくなった。


(二)

ナインは、夢の中にいた。

ぼろいエアコンが今にも爆発しそうなほど必死に稼動して風を送っている。それと、外からは油蝉がジリジリと鳴いている音がする。今は夏なのであろうか。

そんななかで、ナインは半そでに少し汗を滲ませながら、リースのシールが貼り付けられている新しいパイプ椅子に座っている。そこは、小さな教室か。室の中央には長机を幾つか並べて、四角形を構成しているのである。またそこには、ナインを含めて9人の学生らしき者たちが、全員の顔を見合わせて座っていた。


「『先生』、物理属性と外法属性との区別が、少し難しいので教えていただけませんか」


ひとりの学生が、『先生』と呼ばれる年長の学生に問う。


「よかろう。まずそもそも、『属性』とは、その効果発生手段によってふるい分けられることは理解しているかい?」

「はい。『属性』が手段、『方法』が効果であると理解しております」

「そう、今の段階ではそのような理解で十分だ。『属性』も『方法』も、我々が日常的に使用するそれとは、意味の乖離が生じているから混同してはいけない」

「はい、先生」

質問をした学生は、深く頭を下げた。いくら先輩後輩の関係であるとはいえ、そんなに頭を下げる必要はあるのだろうかと思う。それはまさに、治者と被治者の関係にも似ている。いや、教祖と信者といってもよさそうである。とにかく、年下の学生の方は、『先生』と呼ばれる男を、熱狂的に尊敬しているのは明らかである。


「しかし、属性を区別するための『手段』を何と捉えるかという点でも、困難が生じているから、『手段』の解釈いかんによっては、属性の分類を間違えてしまうこともある。君の見解がいかに論理的に筋道だったものであろうとも、外法効果が発生しないのでは何の価値もないのだよ。けだし、外法は真理を常に審理するゆえ、外法が其れを偽と認むれば外法要件を充たすことはないのだから」

「はい、肝に刻みもうしあげます」

「自分の解釈が誤っていたことを実戦で気づいても遅い。それは、君にとって死を意味する。だからこそ、外法の絶対的な体系的論理の集積を自らの手で見出していかねばならない。ならば、日頃から、外法に触れていなければ、それも到底かなわぬ」

「はい。先生」

「・・・が、両者の分類をよく知っている。聞いてみるといい」


奥にいた『先生』がナインを示してくれた。それに従い、教えを受けていた学生もナインを見る。


「『先生』も、よろしかったら教えていただけませんでしょうか」


その学生は、ナインに向かってそういった。ナインは、なぜ自身が『先生』などと呼ばれているのか、理解に苦しんでいた。しかし、相手の学生はやたらとニコニコして、教えを待っている。

それにしても、一体何なのだこの人間たちは。そろいもそろって、いかれた人間ばかりではないか。ホワイトボードをちらっとみると、『外法学ゼミ』と大きく汚い字で書かれており、怪しげなゼミ活動を繰り広げている。一体、こいつらは何を真面目に勉強しているのだ。黒魔術か、もしくはそれに類する何かか。何よりも、普通でないことを普通にやっているこいつらの行動が気持ち悪い。


「先生?」


もう一度、ひとりの学生がナインに呼びかけた。気づけば、そこにいる連中はノートを開いては、メモを取る準備万端で待っていた。


「え、何だっけ?」

「外法属性と物理属性の分類でございます」

「外法属性・・」


ナインは、記憶の中で救いようの無いほど複雑に絡まった糸が、少し解けるような気がした。

  

(三)

グレイは急いでゲイボルグのところへ向かう。先の戦闘によりグレイの心と体はボロボロであるはずなのに、グレイの気分は蒼天のように冴え渡っていて、なぜこんなにも自分が気力にあふれているのか、わからなかった。彼も、もちろん、あの黒い鬼の兇悪な力をその目で見ていたはずである。しかし、彼には妙案が芽生えつつあったのだ。それは、倫理も条理をも超えた恐ろしい妙案であった。


(今の俺の力では、あのクラスのオーガには、足元にも及ばないのはわかってる)


それは、赤鬼の奇妙奇天烈な能力によって、いやというほど思い知らされた。いわんや、完全なる戦闘型である黒オーガは、今のゲイボルグなど瞬殺であろう。


(ならば)


俺が、鬼になればいいだけのことだ。


自分をより強くするため、グレイは魂を鬼に売る覚悟はできていた。

最強だとタカをくくっていたこの自分が、敵に対して傷ひとつ負わすこともできず、完膚なきまでに叩き潰されてしまったのだ。それがどれほど自分のプライドを傷つけたことか。とにかく、もう、あんな惨めな思いはしたくなかった。だから、自分がどうなろうと構いはしない。もっと強くなることさえできるのならば。


「ゲイボルグ!!」


グレイは倉庫に置いてあるゲイボルグに対して、叫んだ。ゲイボルグはもちろん応えることはなく、広い倉庫の中で自分の声の反響だけしか聞こえてこない。ゲイボルグは胸部をごっそり失い、左腕を失い、頭部裂傷、それに至る所が穴だらけとなっていてグレイにとっては目を背けたくなるほどの悲惨な光景であった。


「すまねぇな、少しだけ我慢しろよ」


グレイはゲイボルグに乗り込む。一応、まだ動力は生きており、弥生のいうとおり、動くだけであれば何とがなりそうであった。ぐにゃりとひねられた足を引きずりながら前へと進む。


「たしか、地下にメンタルスフィアがあるっつってたな」


グレイは倉庫の右側に機械運搬用のリフトを見つけると、それを操作する。グレイはゲイボルグごと地下へ向かうのである。


「もう少しの辛抱だ・・」


そう、彼は、メンタルスフィアをゲイボルグに移植することを思い立ったのである。そうすればきっと、自分も鬼の力を得られるはずだと。


「あれか」


グレイは薄緑色に光る培養棟を発見する。すぐにそれをぶちこわすと、中から、液体とともにメンタルスフィアが流れ出てきた。そう、これが鬼の心である。これを見ていると死者達の心の声調が自分の心へ響いてきて、グレイですら気味が悪いと思うのである。


「これで、俺も・・・」


グレイは内心ためらいを隠せ無かった。実際に、メンタルスフィアによる精神吸収は、辰巳のそれを見てしまうと自分も無事では済まされないと悲観的になったからである。


「どうせこのままじゃ、いずれ死ぬんだ」


それよりも、グレイは強くなりたかった。誰よりも。どんな鬼よりも。もちろんナインのオーガよりも。


ゲイボルグはそれを右手で掴むと、ちょうどその心臓部分に空いていた穴の部分へとメンタルスフィアを押し込んだ。

その時、グレイの心と、メンタルスフィアが結びつき、それは強い輝きを放ったのである。そう、グレイは鬼の心に選ばれたのだ。


(なんだ・・・これ・・・)


グレイは自分の心に何かが取り付けられたような感覚を味わいつつも、同時に懐かしい気分に浸っていた。


(この感じ、まさか・・マコか。マコなのか?)


マコとは、グレイの唯ひとりの大切な妹であった。病気がちで、ほとんど外に出れない体質であったが、生きていればちょうどまもると同じような感じに育っていたかもしれない。しかし、彼が横浜にまだ住んでいたころ、鬼の襲撃に巻き込まれ、死亡したのだ。グレイは妹を守れなかったのである。自分だけがおめおめと生き延びてしまい、それが生涯グレイを苦しめ続けていた。


(間違いない、マコだろ。寂しくなかったか?)


グレイの目には妹の姿がはっきりと映っていたのだ。もうその笑顔は未来永劫戻ることは無いと諦めていた。いつも勉強勉強と煩い親父に疲れ果てていたグレイをいつも笑って支えてくれたグレイにとっての希望そのものだった。誰よりもグレイのことを理解してくれていたかけがえの無い妹である。はからずも、このようなところでその笑顔を見ることができたグレイは、自分の目の前に現れた妹の幻影を抱きしめた。そして、そのままグレイの心は、どこかへ飛ばされるような感覚になった。

  

(四)

グレイは、気づけば3年前の横浜・山下公園にいた。

横浜の海からくる、からっからの潮風がなんとなく傷だらけのグレイにとってヒリヒリとさせるも、心地よい。青い空に青い海、横浜のランドマークタワーや遊園地も全てもとのまま。あの頃の思い出のまま、手付かずに保存されていたのである。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


気づけば、グレイの手には車椅子の手すりがひかれていた。そこにはグレイの妹が座っていて、日焼けしないための麦わら帽子を深々とかぶってる。そして、グレイと目が合うと、妹は優しく微笑むのである。


「悪い。潮風が気持ちよくてさ。もういかないとな」

「変なお兄ちゃん」


そして、潮風に長い髪をなびかせながら、妹はまた、グレイの目を見て優しく微笑んでくれた。


「うっせぇな、さっさと病院に行くぞ」


グレイは照れてしまい、妹と目を合わせずにそういった。


「こんな日が、いつまでも続くといいのにな・・」


ふと、妹が、下を向いてどこか切なそうに無理して作った笑みを浮かべてつぶやく。


「いつまでも、お兄ちゃんと、こうやって散歩できたらいいのにな」


グレイは、妹の悲しげな顔を見た。妹の表情は、もうこんな日々が続かないことを予め知っているのかのようであった。


「お前には、寂しい思いなんてさせねぇから安心しろ」


グレイは完全にそっぽを向いてそういった。しかし、心だけは、ちゃんと妹を見据えていた。


「だから、お前は、絶対に笑ってろ」


それを聞いた妹は、グレイの方を見て、にこりと笑ってくれた。


「お兄ちゃん、ありがとう」


グレイの心は、元の場所に戻った。もう妹はどこにもいない。しかし。


(もうずっと一緒だ。もうお前に怖い思いなんてさせやしない。お前を泣かす奴がいれば俺が叩き切ってやる。だから、ずっと一緒だ)


マコがあの頃の笑顔のままグレイに寄り添ってくる感じがした。


(マコ、一緒に行こう。どこまでも)


ゲイボルグが永遠に失われてしまったと思われていた妹を、メンタルスフィアを通して、会わせてくれる。もう2度と妹を殺させやしない。妹は俺が守る。


(お兄ちゃん、ありがとう)


妹がグレイに向かって、あの頃の笑顔のままで、もう一度だけ、最高の笑顔でにこりと微笑んでくれた。

  

『ゲイボルグ』ハ其ノトキ『鬼』ト化シタ。


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