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第12話  みんなとみらいで

―1時間20分後、横浜みなとみらい―


ここはかつて横浜とよばれた場所。もともとはここにもシンボルタワーや大きな観覧車などの目立つ建造物をはじめ、非常な賑わいをみせた中華街があって日本でも指折りの華やかな街であったのだが、いまや鬼に占拠されその町並みは廃墟と化し、横浜というかつて隆盛を極めた地名だけが残っている死の街であった。粉塵が舞い、死者たちの邪気・瘴気が街全体を包み、まだ昼間だというのにどす黒い霧に包まれているように見える。

東京陸運保険機構の従業員はその横浜に到着し、6体のロボットとその正面に1匹の鬼を配置していた。


「これが今の横浜かよ、俺がガキの頃はけっこういいとこだっだんだけどよ」


それぞれに内蔵された通信機から、西田の感傷にふれ、嘆いている声が聞こえる。


「ついにこの街を取り戻すときが来たな。まぁ、鬼どもは俺が全員叩き切ってやる」

好戦的なグレイは相変わらずの臨戦態勢で頼もしい限りだ。


「グレイ、あんた自分勝手な行動は慎みなよ」


辰巳が今にも飛び出してしまいそうなグレイをニヤついた声で牽制する。


「その台詞、そっくりそのままお前に対して引用する」

「そう、今回の目標はあくまで赤鬼の討伐よ。他の鬼とは必要以上に交戦しないこと。あと、グレイを除き、必ずペアで行動することも忘れないで。単独行動は危険よ」


隊長である弥生が最後の確認を行う。彼女の声を聞く限り、相当緊張しているようだ。


「詩季、平気か?」


ナインは、隣にいる詩季に声をかけた。彼女はいつもナインに対して心配しないように言ってくれてはいる。しかも、盲人とは思えない感覚も持っているのだから、ナインの心配など杞憂かもしれない。だが、やはり彼女が満足に戦えるのかどうか彼には不安なのだ。


「うん、問題ないよ」


そんな老婆心の塊のようなナインに対して、彼女は自信をもって答えてくれた。そこには、これ以上ナインに心配をかけさせたくないという彼女なりの配慮があり、ナインは少しだけ安心できた。


「はい、みんな。おしゃべりはもうお終い。前方300・・・敵が見えたわ」


弥生は前方に餓鬼が無数にいることを確認した。さらに上空にも空を覆い尽くすほどのオーガの群れである。あれは飛行型の青鬼であろう。


「おいおい、青鬼1体ですら、強敵なのによ、あんなにいやがるじゃねぇかよ」


西田はつい最近、青鬼に殺されかけた経験を思い出しては緊張が走っていた。


「おいおい・・・おっさん、びびってんのか?ま、俺は遠慮なく行かせてもらうぜ」


グレイは西田をおっさん呼ばわりし、そのうえ挑発して先に行ってしまった。


「全く、ガキはいつも後先のこと考えねぇからよぉ」


西田はグレイの行動を冷静に評価するも、武者震いは隠せない。そんな彼の肩に、辰巳がそっと手をかけていう。


「おっさん、グレイは大丈夫だって。それよりおっさんも死なないでくっさいよ」


西田は辰巳にもおっさんと呼ばれる始末である。個人的にはまだぎりぎりお兄さんではないかと思っていただけに衝撃は大きい。女の子にまでおっさんといわれた男は、もはや二度とお兄さんの属性へと戻ることはないのだから。


「ほら、おっさん。突っ立ってないで行くよ」


弥生は西田とのペア。これはこれである意味心配の尽きない組み合わせだ。殊に、西田が弥生に見捨てられて還らぬ人となる可能性が極めて高い気がする。


「はい、隊長・・・」


西田は『おっさん』といわれたショックが抜けきっていないようで、下を俯いてとぼとぼ弥生の跡を追う。ところが、弥生のロボットはいったん立ち止まった。前を見ていなかったのか、西田は前を行く弥生にぶつかりそうになる。


「あと、ナイン。この作戦はあなたにかかってるから、絶対に振り向かないでただ赤鬼だけに集中しなさい」


それだけいって、弥生はブースターを吹かして、とっとと飛び去ってしまう。それを慌てて西田が追うことで、弥生・西田両名のペアは行ってしまった。


「じゃ、まもるちゃんよろしくね」

「うん、しーちゃん」


ふたりは互いを見合わせ、頷きあう。


「詩季、まもるちゃん、無理はするなよ」

「うん」

「はい」


そして、大人しい詩季、まもるペアも死と隣り合わせの戦線へ突入していった。


「じゃ、アタシたちもいきますかぁ。あ、せんぱい例によって、よろしくっす」


辰巳はワイヤーロープをナインの鬼に絡めてきた。


「ああ、しっかり捕まっていろよ」

「りょーかい。じゃあ、さっさと行きましょーか!」

「そうだな、このミッションは俺たちが鍵だ。俺たちが早く目標を達成しさえすれば、それだけみんなの危険も減る。そういうわけだから辰巳、さっさと終わらせて帰ろうぜ。ただ、今回はお前を助けてやれるかわかんねぇから、くれぐれも無茶すんなよ」

「はぁーい」


相変わらず辰巳は、わかっているのか、それともわかっていないのかよく分からない返事を返す。もっとも、彼女のそんな適当な態度がナインの緊張を若干緩和してくれた。

そしてナインは飛行プログラムを執行すると、鬼から悪魔の羽がその背中に生え、ふたつのオーガが大地を離れて宙に浮く。するとナインは、辰巳のロボットを引き上げながら横浜の中心街へと飛び立った。


ナインは空高く飛ぶと、まだ昼だというのに暗黒に包まれた横浜の街の全貌を見ることができた。街には鬼の群れなのか、蟻みたいな粒々の集まりがもぞもぞしていて気味が悪かった。また、建物の9割が瓦礫と化しており、人はもう一人もいないようだ。その暗黒の街のさらに上空には青鬼がおり、こちらを完全にロックオンしているようだ。が、あれはグレイに任すとして荒野と化した山下公園の方へと急ぐ。地図によれば、ちょうどそのあたりに横浜のシンボルタワーがあるとされているが、崩れかかっているのだろうか、それはやや斜めに傾いてしまっていた。


「あ、せんぱい、なんか撃ってきましたよ」

「わかってる」


当然に青鬼たちはこちらの侵入を妨げるため、ナインたちに集中砲火をかける。東西南北、至る所からなされる十字砲火であった。そのうちの一発が辰巳を引っ張っているワイヤーロープをかすめる。


「あわわわ!せんぱい、マジで頼みますって。これ切れるとアタシ死んじゃうんすからね」

「下にいる鬼がクッションになるから大丈夫だろ。それより、近いぞ」


敵本営が近いのか、黒の瘴気が視界を遮るほどに濃度を増し、10メートル先すらもまともに見ることができない。しかし、目指すべき方角ははっきりしていたので、かまわずに突き進むのである。黒の瘴気がある程度はれてくると、ナインたちは山下公園のベイサイドに埋め立てるような形で突き出ていた山下埠頭に何かを見ることができた。それはラグビーボール型の赤い巨大な浮遊物である。それはくるくると軸を中心としてゆっくりと自転しており、頂上にはアンテナのような角が生えているのであった。


「あれが、赤鬼?」


赤鬼。

いや、あれが鬼なものか。

鬼とはもっと人のような形をしているのではないか。

あれは鬼というより、要塞。そう、巨大な要塞である。


(まずい!)


ナインが一瞬、赤鬼の方から殺気を感じると、大量の光球が赤い表面装甲から放たれた。光の弾幕による一斉掃射である。光球の弾道軌道が緩やかなカーブを描きながら、それぞれ不規則にナインたちを襲うのである。それでもプロトオーガの機動力を活かしてこれらを巧みに回避すると、光球は目標を失い、どこか適当なところではじけ飛ぶ。しかし、その衝撃が辰巳のワイヤーロープを大きく揺らすのだ。


「わわわ・・・」


辰巳は手をじたばたしてこれらを避ける。これでは思うように近づくことすらままならない。プロトオーガの速さを持ってしても、赤鬼の一斉掃射の中をかいくぐることは不可能。どうすればよいか。


「せんぱいはあいつを引きつけといてもらえますかね?そしたら、アタシがその間にロケランでアイツを粉砕しますよ」


今日はいつになく辰巳のロボットが重いと思っていたら、ロボットの全長ほどの大きさもある巨大なロケット・ランチャーを持ってきていたのだ。それだけではない。辰巳専用に特殊装備を施したのか、ショット・ガンをはじめとして歩く武器庫のようになっている。


「そうだな、任せる」


ナインは、少なくともこの動きづらい状況を続けるよりは良いと思い、辰巳を安全に着地させるため降下を開始する。


「よいしょ」


辰巳はある程度高度が低くなったことを確認すると、ワイヤーロープを切断し、地上に自己を投下した。


「おい、辰巳、無理すんなよ」


下方で、ずしりと重量のある着地音が鈍く響き渡った。もう、やる気になったあの少女を説得する方法はない。この弾幕を回避しながらあの装甲を貫く攻撃を実行するのも困難であるから、あの巨大なロケット・ランチャーの一撃を放つのが最適だ。しかし、火薬庫のようになっている辰巳のロボットに敵の攻撃が集中すれば、大爆発さえも引き起こしかねない。とすれば、自分ができる限り、あの鬼の注意をそらし、辰巳の攻撃にかけるしかない。


「もう少し近づくか」


近づけば近づくほど弾幕の密度が増してくる。しかし、そうでもしないと辰巳に攻撃が当たる可能性が増えてしまう。もうダメージはある程度許容せざるを得ないだろう。


「く・・・」


いったん、一発でも砲撃をもらうと、それだけで身体が重い鉄球にぶつけられたようになり、かつ、爆発する。また、バランスを崩したところに追い討ちの連撃をくらう。ただ、致命傷には程遠いので、もう少しだけ陽動に徹する。

  

辰巳は、ロボットの軸足に取り付けられているかぎ爪を大地に突き刺し、しっかりとランディングして、ロケット・ランチャーの高反動に備えていた。そのまま、コクピット内で精密射撃用スコープを目の前に持ってくる。


「せんぱい、その調子っすよ・・」


辰巳は、敵の急所を探し、一撃必殺を狙う。そこまでいかなくとも、そこそこの隙ぐらいは作りたい。


「よっしゃ、きたきた」


辰巳はロケット弾頭が派手に爆発するのを想像すると、にんまりと笑った。


「これはどうだ」

ナインは、非オーガ用のライフル銃を発射する。しかし、赤鬼は外見だけ見ても非常に硬く、かつ厚みのある装甲を持っている。蚊がとまったような威力でしかなさそうだ。その時、辰巳から連絡が入った。


「せんぱーい、一発ドカンといきますわぁ」


そういうと、後ろの方から巨大なロケット弾が勢いよく前方の球体へ飛んでいくのが見えた。弾頭の大きさからして、相当量の火力を搭載したにちがいない。

命中。

巨大な爆発が赤い球体を覆うと、黒い灰塵が空に舞う。はたしてこれは赤鬼に有効であったのか。次第に赤鬼のあたりの視界がよくなってくると、ナインは濃厚な殺気を直感した。

目。

大きな目。瞳を失った目。

あのラグビーボールの中心に目があった。あれはまずい。

とてもいやな予感が、ナインの心を突き動かした。異世界から膨大なエネルギーを取り寄せているのではないかというほどの、異常な力の流入が感じられるのだ。何かが来る。そう感じざるにはいられない。


「辰巳、避けろ!!」

「へ・・・?」


言うのが遅かったか、一瞬早かったか、どちらにしてもその目から破滅の光が放たれたのであった。ナインは、とっさにその機動力を活かして回避。しかし、その目に見つめられていた辰巳はどうか。

その光は放射状に拡散し、周囲を強烈な衝撃波とともに吹き飛ばしては蒸発させていく。その光の通過コースに存在するもの例外なく跡形もなく消える。それが建物であろうが、ロボットであろうが、その場に居合わせた鬼であろうが、全てを押し流していった。


「おい!!たつみぃぃぃぃ!!」


ナインの叫びは、衝撃とともにかき消されていった。


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