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第11話  孤独の決意

その夜、各機に残っていた試験における映像データを見ながら、弥生遼子はひとり考え事をしていた。


『ひゃははははははは』

『しねしねしねしねしね』


弥生は、グレイがこの手の属性を有する人間であるということはある程度予想していたのであまり違和感はなかった。しかし、辰巳春樹の意外な言動には、同じ女として若干引きまくっていた。


「ふぅ」


弥生はセブンスターに火を点けては、煙をすぅーっと吐く。そして、映像があまりにもカオスを極めてきたため、自分も頭がおかしくなる前に、とスイッチを消した。


「にしても、どうすっかなぁ・・」


弥生は仰向けになるほど椅子の背もたれにどっかりと寄りかかると、歪んだ背骨がぱちぱちと音を立ててきもちがいい。そして、もう一度、セブンスターを吸う。


弥生は、憂鬱であるが故に考え事をしているわけでは決してなく、むしろ新人3人が予想以上に頼もしかったために積極的な策を練ろうとしていたのであった。性格上の瑕疵はたしかに問題ではあるが、戦闘に関してはこの3人は相当筋がよいというのは映像を見れば明らかである。これほどの戦力があれば、わが社の経営も何不自由なく、順風満帆な人生を送ることも可能であり、現状維持のままでのらりくらりと受身的に依頼をこなしていけばこれほど楽な仕事もない。また、ここはそもそも、そういう団体であるし、弥生自身もこのまま行くほかはないと考えていたであろう。

ただ、彼女には古巣である防衛省の奴らに一泡吹かせてやりたいという強い希望があったのだ。しかも、これほどなまでに優秀な戦力が自分の手の内にあるのだ。これを利用しない手はない。このままやつらに媚びへつらえているだけ、というのは彼女にとって最も耐え難い事実でもある。やつらに自己の力量を見せ付ける方法はただ一つ。


「赤鬼の討伐」


弥生は天井へ向けて、煙の輪を浮かした。


しかし、あの子達にこんな危険な任務をさせてよいのであろうか。赤鬼の戦闘データ自体、全く残されてはいないのだが、防衛省の艦隊をいくつも沈めていることや、ここよりも大規模な傭兵派遣会社の部隊が殲滅されていることからもその強さはある程度、帰納的に求めることは可能である。しかも、敵が持つと考えられるプロトオーガの存在も懸念材料である。ただし、赤鬼は全国に9体配置されていることは既に明らかであるが、他のプロトオーガの存在自体は何ら実証されていない。ゆえにそもそも、そんなもの存在しない可能性だってある。しかしながら、ナインのプロトオーガが『9』の番号を付されていることからして、これも少なくとも9体いるはずである。このことを考えると、赤鬼の全国的な分布図はかかる数字と一致するのである。赤鬼に加え、こいつらまで出てきたとすれば、おそらく皆殺しに遭うことは確実である。それほどまでにリスクの高い任務なのだ。にもかかわらず、自分の汚名返上のためにあの子達を利用して許されるのだろうか。もっとも、あの子達の力を信じていないわけではない。きっと赤鬼にも負けないはずである。


「ごめんね、みんな。悪いけど、利用させてもらうわ」


しかし、彼女の結論は決まっていた。やるかやらぬかで迷ったら、とりあえずやってみるが彼女の根本ルールである。弥生は心を鬼にして、それを決意すると、赤い火の元を灰皿に強くこすり付け、もみ消した。



(二)

次の日、弥生遼子は、従業員を会議室に集めては朝の定例会議を執り行おうとしていた。最後にグレイが眠そうな顔でのんびりと部屋に入ってきた事を確認すると、弥生は口を開いた。


「みんな、揃ったわね。これより会議を始めます」


弥生は緊張していた。果たしてこの連中が自分の案に乗っかってくれるのか不安であったからだ。その緊張が皆にも伝わっているのだろうか、普段は浮き足だっている者も真剣な表情になる。


「それでは、今日の仕事内容ですが・・・」


弥生はもったいつけると、参加者全員が息を呑むのである。弥生はもう後戻りはできないのだと自分に言い訊かせる。どうせやるなら早いほうがいいのだと自分の論を正当化するのである。


「我々は、横浜の本隊へと向かいます」


弥生は一瞬、参加者の顔が凍りついてしまったかのように見えた。やはり、この提案、この時点で皆に提示するのは時期尚早であったか。


「社長、それってもしかして」


だれかが弥生に補足説明を求める。


「そう、今日の主要な任務は赤鬼の討伐です」


それを聞いた参加者たちは、一斉にため息をつくと、肩の荷を降ろすかのごとく緊張をほぐしていく。やはり、弥生は呆れられてしまったのかと感じていた。そうか、まあそれも無理もないだろう。なぜなら、あの赤鬼なのだから。しょうがない、今の発言は撤回することにしよう。彼女が一瞬、諦めかけたその時であった。


「やった!今日の任務やばくなぃ?」


辰巳春樹が、隣に座っているものに対してうれしそうに同意を求める。


(え?やった、って?)


弥生は耳を疑った。辰巳は、この任務を遠足かなにかと勘違いしているのではないかとさえ思う。


「社長、すごい真剣な顔してたから、何言い出すのかって思ってたけど」

「そんなことか」


しかし、辰巳のみならず、他の連中までうれしそうな顔をしているのである。


(え?そんなことか、って、あんた達赤鬼よ。未だかつて誰も倒した者がいないのよ。ここよりもはるかに規模のでかい軍隊ですら皆殺しに遭った凶悪な鬼なのよ)


「ゲイボルグの力を図るにはちょうどいいな、くくくく・・・」


グレイは、腕を組んで怪しく笑った。


(『くくくく』って、あんたも何笑ってんの?)


「まったく、社長も水臭いじゃないですか。俺たちが反対するとでも思ってたんですか?」


ナインの質問に対して弥生遼子は、おそるおそる頷いた。


「しゃちょ~、アタシはもう大賛成っすよ。赤鬼なんてロケラン <注:ロケット・ランチャーのこと>で粉々にしてやりますから」


辰巳は急に立ち上がり、大船に乗ったつもりでといわんばかりの態度で、自分の胸を叩いた。


「お前は、調子にのるな」


ナインが辰巳の頭をはたく。いつものどつき漫才が始まるのである。


「隊長がおっしゃるのであれば、俺はどこへでも・・・」

「おっさん、顔赤ぇぞ」


西田は顔を真っ赤にして、生意気なクソガキ、グレイの頭を殴打する。


「わ、わたしも、こわいですけど、賛成です」

「私も、ここのみんななら絶対勝てると思います」


まもるにいたっては少し恐怖心を抱いていはいるが、大人しいふたりの少女たちも同意見のようだ。

弥生は改めてこの仲間たちの頼もしさを実感した。彼女は何も迷うことなど無かったことを反省したのである。彼女はもっとこの仲間たちを頼り、信頼してよかったのである。弥生はもとより、誰かに頼るということは苦手で、それならば自分で全て背負い込むのがましであると考える性分であるから、ここまで誰かに頼ろうとしたことは今の今までなかったのだ。だから、彼らの頼もしさには気づけなかったし、そもそも気づこうともしなかった。


「ありがとう、みんな」


弥生遼子は柄にもなく、自分の被用者に対して小さく礼をいった。ついついそのような言葉が、口をついて出てしまったのだ。しかも、彼女は感激のあまり、目に涙を浮かべていることに気づいた。こんなに自分以外の他人を頼もしいと思ったことは生まれてこの方、一度もなかったからである。


「社長、私たちのこと心配して悩んでたんだ・・」


仲間たちはそんな社長を優しいまなざしで見守っていた。弥生は、すぐに涙を拭き去ると、いつもの表情に戻って言うのである。


「ごめんね、みんな。じゃあ改めて、ブリーフィングを始めるわね」

「了解」


会議参加者の表情も、承諾の意思表示を契機として、真剣な表情へと戻る。


「今回の任務は先ほど申し上げたとおり、横浜の山下公園付近にいるとされる赤鬼の討伐です。しかし、グレイが昨日、横浜周辺の鬼をかなり片付けてくれたようなので、任務は少しだけ楽になると思います」


弥生はグレイのほうを見た。


「ふん、あの程度、大したことないな」


そう言いつつも、グレイは少し嬉しいのか、満更でもないらしい。


「それで、具体的な役割分担について、説明をしようと思います」


弥生は、地図などの情報が記載されたプリントを全員に回した。


「昨日のテスト結果などから総合して、具体的な役割分担を決めさせてもらったわ。まずは、まもるね。あなたは防御型で出撃し、弾薬や電池パックなどの補給物資を死守し、かつ弾切れになった友軍機を援護すること。あなたはうちのライフラインそのものだから、重要な任務よ。よろしくね」


弥生は、優秀な彼女に対して、柔らかい表情で命じた。


「は、はい!」


しかし、自己に課された責務の大きさを感じ、まもるに緊張が走る。


「それで、詩季はまもるを援護しつつ、弾丸の交換などを補助してあげること」

「はい」


返事のあと、彼女はまもるの方を見て、互いに頷くのである。


「グレイは、主に青鬼を探知、発見し次第、これを専門に討伐していって。まあ、言わなくてもやるんだろうけど、余裕があれば地上の鬼の掃討をおねがい」

「了解」


グレイは、重々しい面持ちで自己の命を受け止める。


「西田は私とペアでやるから、あとで適宜指示を出すわ」

「了解です、隊長」


次に、弥生は辰巳の顔を見た。


「春樹はナインの援護をよろしく。今回は遊んだりしないようにね」


弥生は、鋭い目つきで、予め釘を刺す。


「あはははは・・・、りょーかい」


今回も遊ぶつもりだったのだろうか、彼女は照れくさそうな表情で頭をかいた。


「最後にナイン」


弥生はナインを見て言った。


「はい」


ナインは弥生の強いまなざしに劣らないよう、その目を見返して返答する。


「あんたは赤鬼の撃破よ。おそらく、赤鬼を倒すことのできる攻撃力を備えているのはあんたの鬼だけだから、ナインが本作戦の鍵。気合入れてやること、いいわね」

「了解しました、社長」


ナインは強く応えた。


「あ、しゃちょー。ちょっと、いいすか?」


辰巳が突然手を挙げた。


「なに?」

「もし、赤鬼よりも強いやつが出てきたらどうしますか?」


辰巳の発言により、一瞬、会議室の中が静止したかのような状態になった。しかし、弥生はさっさとこれに応答する。


「いい質問ね。たしかに、赤鬼のいる場所にはプロトオーガや赤鬼以上の鬼が配置されている可能性はある。仮にそれが出てきたら、本作戦は即刻中止よ」

「まじすか・・」


辰巳は、まるで遠足が雨で中止となったときの小学生のようにがっくりと肩を下ろす。


「ただね、これまで多くの部隊が赤鬼と交戦しても、今まで一度もそれが出てきたことはないの。しかも、赤鬼のいるところに指揮官がいるという説は、あくまで推測だし、何もない可能性だってある。だから、今回も出てこないものと思っていいわ」

「なぁんだ、それなら中止の心配はないですね。でも、もっと強いのがいるんなら、ちょっと戦ってみたいかも・・」


そして辰巳は、運動会が再会されるという朗報を聞いた小学生のように喜ぶのである。


「調子に乗るな、死ぬぞ」


そして、辰巳が暴走する前にナインが突っ込みを入れるのだ。

そのような微笑ましい光景を笑って見ていた弥生であったが、彼女じしん、自分の考え方もあくまで推測の域を出ない、ということを認識していた。万が一、敵が操るプロトオーガが出てきた場合、どのような結果になるのかはナインのプロトオーガを見れば一目瞭然である。記憶喪失で、よく扱い方が解っていないナインですら、あれほどの力を引き出すことができるのだ。百戦錬磨の乗り手が出てきた場合の結果は火を見るよりも明らかである。しかし、プロトオーガが他にも存在するというのもあくまで仮説である。とすれば、いつまでもこのような推測論を交し合って、何もしないのは相当でない。とにかく、今回は赤鬼を倒すこと、それだけを考えればよい、と弥生は自分に言い聞かせる。


「じゃあ、10分後、一旦ガレージに集まって、それぞれの役目に合った装備を行います。それから横浜へ向かいましょ。みんな、絶対に生きて任務を成功させてね」


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