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第10話  『いつか』の可能性

試験開始から1時間30分ほど経過した。この頃、六本木まで行っていたナインと辰巳が事務所に戻ってきた。また、ちょうどそこには、詩季とまもるペアが15体分の綺麗な鬼の残骸を運び込んだ後であった。


「あれ、ナイン君も帰ってきたんだ。そっちはどう?」


詩季はロボットの手を振りながらきいてきた。


「どうって、おい・・」


どさっと、辰巳とナインが地上に放り投げたのは、ばらばらとなった鬼の頭だとか腕だとか、ほとんど評価点が0に等しいものばかりであった。


「なに、これぇ。全然ダメじゃん」

「いや、これは辰巳がなぁ・・・」

「せんぱい!あたしだけのせいにしないでくっさいよぉ!」


たしかに、辰巳の行動を制止しえたという点で、こちらにも落ち度は1割ほどあるのかもしれない。だが、たったの1割である。


「はいはい、わかったよ。喧嘩している時間が惜しい。辰巳、さっさと行くぞ」


ナインはいろいろと不満もあったが、ここは先輩として寛容さを見せることにし、さっさと辰巳のロボットの背中を押した。


「あ、せんぱい。その前にショット・ガンの弾・・」

「お前、もうショット・ガン使うな!」


ナインは思わず辰巳に突っ込みを入れてしまった。


「えぇ~、あれがないと盛り上がんないじゃないっすかぁ」

「お前に付き合わされる俺の身にもなれ、ばかやろう」


そういって、ナインと辰巳は一旦ガレージの中へ消えていった。それを見ていた詩季は、なぜか心の奥底では苛立ちを隠せないでいたのであった。


「もう、はるきちゃんたら・・」


まもるが辰巳の放置していった鬼の残骸を綺麗に片付けながらいった。


「しーちゃん、私たちも行こう?」

「・・・」


詩季はまもるの誘いに応えなかった。というより、正確には何も耳に入らなかったのだ。なぜなら、彼女は苛立ちを越えたすごく不安な気持ちに襲われたからであった。


「しーちゃん?」


まもる機が自分の前に立ったことで、ようやく思考が正常に戻る。


「あ、ごめん。もう行かないとね・・」


詩季は、気力なく応える。


「しーちゃん・・・」


まもるは、そんな彼女の気持ちを悟ったのか、その後は言葉を続けなかった。代わりに、ガレージのほうをぼぅっと見つめている詩季を見守っていたのである。

そうこうしているうちに、ガレージの中に入っていたナインと辰巳が外に出てきた。詩季はその声のするほうをみる。


「あーあ、マシンガンじゃいまひとつなんすけどねぇ」

「こっちも最大限譲歩してんだから、ありがたく使えよ」

「はいはい、わかりましたぁ。まぁ、マシンガンでもショット・ガンと同じような快感は味わえるし、いっかぁ・・」

「だから、それをやめろって言ってるだろ。まじで俺たち0点だぞ」

「ケチー」


詩季はその会話をずっと聞いていた。会話を聞くたびにいらいらするのはわかっていたが、聞かずにはいられなかったのだ。聞かないと不安で不安でつぶれそうになるから。しかし、話を聞けばさらに不安が募る一方で、かえって悪循環であった。

詩季はこの不安の元を断ち切るために、『ナイン君、がんばって』とか気の利いたことを言おう、言おうとするも、なぜか今は言い出しづらくて言葉が口をついて出てこない。他方のナインはというと、そんな彼女の気持ちなど露知らず、もう間もなく飛び立ってしまいそうである。そんな詩季を横目に見ていたまもるはナインに対して言う。


「あの、ナインさん」


もうこれから飛ぼうとしていたナインがぴたりと止まり、声のほうを向いた。


「どうしたんだい?まもるちゃん」

「しーちゃん、こんなに鬼を倒したんです。せめてしーちゃんよりはいい点をとってくださいね」

「まもるちゃん?」


ナインはどうやら困惑しているようだ。あのまもるからこのような挑戦ともとれることを言われるとは思ってもいなかったからであろう。


「ほら、しーちゃんに何か言うことはないんですか?」

「・・詩季、第1ラウンドは遅れをとったけど、次は負けないからな。そっちも無理はしないほどにがんばれよ」


これを聞くと、あれだけ詩季の心に蓄積されつつあった不安や苛立ちはきれいに吹っ飛んでいってしまった。詩季はいつもの彼女に戻っていうのである。


「あ・・う、うん、ナイン君も・・その、私に負けないように・・がんばってね」

「ああ」


それをきいたナインと辰巳は再び空へと舞い戻っていった。


「・・・」


まもるは自分の友人がいつもの詩季らしさを取り戻したことに胸を撫で下ろすと、少しだけ微笑んだのである。


「まもるちゃん、ありがとう」


さすがの詩季も、まもるが気を回してくれていたことに気づいた。あの、恒常的におどおどしているまもるがナインを挑発するような態度にでるなど極めて異例の出来事であるからである。


「しーちゃん、私たちも行こう?」


まもるは、素直でない友人に対して、手を差し伸べてくれた。


「うん」


詩季は、うれしそうにその手をとった。



その頃、西田は鬼を運んでいた。


「俺も、誰かと組んでりゃよかったぜ・・」


一方、その頃のグレイはというと。

地上に降りて、ただひたすらに鬼をバスタード・ソードを用いてはぶった切っていた。この男も辰巳同様、鬼を持ち帰ることなど頭には全くなく、自己の欲望を充たすためだけにただ、剣を振るっているのである。

鬼が集まってきたら横一閃し、まとめて鬼を上半身と下半身とに分けるのである。基本的には、集まってきたら横一閃。集まってきたら横一閃の繰り返し。ときどき別の感触を味わうためか、頭部から剣を突き立て一刀両断したりするのである。そう、ここは横浜の青いベイサイドとは対照的に、赤い血の海となっているのであった。


「なんかそろそろ飽きてきたな」


ゲイボルグに見合うような、心踊る相手を探していたグレイであったが、敵のあまりの弱さに無気力感を覚えるようになっていた。



(二)

そして、試験時間はあっという間に過ぎ去り、本試験は特に問題もなく無事に終了した。試験結果を心待ちにしていた弥生遼子は、実際に蓋をあけてみると、さすがの彼女もこれには唖然とした。


「なによ。これ!!ふざけてんじゃないの?」


ナイン 100点。

辰巳 春樹 1000点。

西田 武彦 1億点。

グレイ 1億6千万点。

桐生 詩季 1億8千万点。

沖 まもる 3億点。


「なんでうちの稼ぎ頭であるアンタが最下位なのよ?」


弥生遼子はナインの胸倉をつかんでは上下左右にこれをおもいきり揺さぶる。


「いや、これには訳が・・・」

「言い訳なんかいいの!あんた減給処分ね!!」


そう言って弥生は、ナインを思い切り突き飛ばした。それにしても、『なんで』と、あなたが訊いてきたのだから弁解させてくれと反論することは、今の彼には無理であった。たしかに、いかなる事情があろうともナインが100点しかとれないという事態は容易には想定し難いから、これほどまでに弥生が激昂するのもやむをえないであろう。

ちなみになぜ、ナインの点数がこれほどまでに低いかといえば、ペアを組んだ辰巳が後半戦においても、前半戦のショット・ガン同様、マシンガンで鬼の群れを粉砕してしまったためである。かといって、自分の仕事に集中してしまうと、すぐにでも辰巳は鬼に殺させかねない状況であったから、援護せざるを得ず、全く自分の仕事に首が回らなかったのである。しかもその上で、ハンディキャップとしてマイナス90パーセントの補正まで掛けられてしまったのだ。

一方、グレイも同じような理由で、時間ぎりぎりまで鬼を切り続けていたはいいが、結局持ち帰れたのは最初に倒した青鬼だけだったからであった。そこから、ハンディッキャップとしてマイナス40パーセントしてこの点数となった。

結局、一番点数が低いと思われていたまもるが抜きん出た成績で、堂々の1位となった。もっとも、プラス50パーセントの補正はかかっているが。



(三)

本日の業務終了後、町田の空は、すっかり橙色に変わってきていた。ナインは弥生遼子に、はじめてこっ酷く怒られたため、自分もいずれは西田のような立場になるのではないかと不安で心が一杯であった。そんな陰鬱な気分の中、ひとり喫煙所のソファに横になってみても、全く寝付けそうにもなかった。かといって、本を読む気も起きない。


「最下位か」


別に成績の悪さに不満があるわけではなかったが、その理由を全く弥生に聞いてもらえなかったことが少し悔しかった。ナインはそれなりの働きはしていたはずだと思っていたからだ。とはいえ、辰巳に対して少し甘いところがあったので、そこは素直に反省すべきであろうか。これは、辰巳の実力を試す試験だったのであるから、今日、彼女のために自分がしたことはありがた迷惑的カンニング行為に準ずる行為であったのかもしれない。

すると、喫煙所のドアが静かに開いた。詩季である。


「ナイン君、今日の勝負は私の勝ちだね」


詩季はブイサインをして勝ち誇った顔をした。


「ああ、俺の完敗だよ。すっかり、後輩の尻にしかれてしまったな・・」


そういいながらナインは起き上がって、ソファひとつを詩季に譲る。


「結局ナイン君、春樹のいいなりになってたんだ」


詩季は、ナインのすぐ隣に開いたそこに腰掛けた。


「ふがいないけどそういうことだよ。あいつは本当に、猛獣みたいなやつだよ」

「春樹がそれ聞いてたら、怒るよ」

「絶対に言うなよ」

「うん」


そう言った彼女の顔は、悪意に満ちていて、今から30分後に辰巳の逆襲がないか不安だった。


「まぁ、負けた理由は何にせよ、勝負に負けた以上、何かおごるよ。金ないけど」

「え、いいよ。そんなの期待してないし」

「俺、そういうけじめくらいはしっかりしたい性分みたいなんだよ」

「そこまでいうなら。でも、欲しいものなんて急に言われても困るなぁ」


詩季は記憶を搾るように考え込んでしまっているようだ。


「おいおい、なんか高いものとか考えてないか?」

「ううん、やっぱりそういうのとか全然いらない。だから代わりに、その・・」


詩季はまもるみたいに頬を赤くしてもじもじしてしまった。


「代わりに、いつかデートしよ!」


詩季は勢いに任せていってしまった。もともと肌の白い彼女は、林檎飴のようにまでなっていた。


「デート?」


ナインは思わず聞き返してしまった。というのも、ナインが彼女に何かを奢るという過程には、論理的にデートという行為が当然の前提に含まれていたから、その前提だけでいいと言われるとかえって何をすればよいか困ってしまうからである。しかし、ナインの目的も窮極的にはそれであった。だからこそそのために、こんな回りくどい話を持ちかけたのである。


「あ、だめならいいんだ、別に・・」


詩季は、自分が何をやっているのかわからないのであろう、殊更に羞恥心を感じて今にも泣きそうである。


「わかった。今度いつ休みが取れるかわかんないけど、その時にでもしよう」


詩季の表情が一気に明るくなった。


「うん!」


このとき、ナインはこれでよかったと思えた。試験で悪い成績をとったおかげで、楽しい日がこれからも永遠に続くのだと思えた。だから、このときのナインは、その『いつか』が来ない可能性など、全く考えることもできなかった。


その喫煙所の外では、ドアの窓から見える詩季の嬉しそうな顔をみて、まもるも笑っていた。一時期は、泣きそうな位にまで沈んでいた詩季であっただけに、ここまで彼女を回復させた自分の腕に惚れ惚れしているのである。


「ま・も・る!」

「あ、はるきちゃん」


ひょっこりと辰巳がまもるの横に現れてきては、辰巳もまもるの視線の先をたどり、一緒に喫煙所の様子を窺うのである。


「やっぱ、詩季ってせんぱいに惚れてたんだぁ」


辰巳はいたずらそうにまもるに耳打ちした。


「はるきちゃんも気づいてたの?」

「明確ではないけど、女の勘ってやつ?」

「じゃあ、はるきちゃんの勘はすごいね」


まもるは軽く拍手するまねをして見せた。


「だとすると、今日アタシ、詩季に悪いことしちゃったかな」


辰巳は今日のナインとのやりとりを思い出しているのか、やや遠い目をして言うのである。まもるはそんな辰巳を見ては、喫煙所にいる詩季を指していう。


「でも、もう大丈夫みたいだよ」

「そっか。ならいいけど。ところで、アンタ実はやるのね。見直しちゃった。さては、あのプラス50パーセントも計算のうちかい?」


辰巳はまもるの頬をつつく。


「う、うん」

「あら、あっさり認めんのね」


辰巳は、まもるの頬に指を突いたまま硬直する。そして、辰巳は悪戯半分に軽い気持ちでまもるの表情を覗くと、それを見てしまった辰巳は後悔した。そう、辰巳はまもるがニタリと凶悪な笑みを浮かべているのを見てしまったから。そのまま、まもるはいう。


「人間の思考パターンなんて手に取るようにわかるもの。所詮は合理的判断に基づく論理の連続に過ぎないから、ちょっとの計算で操ることすら簡単・・・ふふふふ」


辰巳はその時思った。この少女は今まで自分とはまったく別の人間だと思っていた。極論をいえば抽象的な一般人の不特定多数に含めてしまってもいいような種類の人間であったのだ。しかしながら、この少女も自分と同じ側の人間であることを今、確信したのである。蓋し、背筋が凍るような言葉を平気ではき捨て、暗黒の心を垣間見せたからである。そう、彼女もまた‘鬼’の適性をもっているのだ。


「あんた・・もしかして、いつももじもじしてんのも計算のうちってやつ?」

「そ、それはちがうよぉ。直そうと思っても直らないんだよ」


まもるはいつものまもるに戻っていた。


「あ、そ」


辰巳はしばらく眉をしかめて、この性悪女を観察していた。


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